第3章 パート2 — 未来の距離
未来の距離 — ユキ
数分後、ベルが鳴った。
ほとんどすぐに、教室はまた騒がしさの中へほどけていった。
椅子が床をこする音がした。筆箱がぱちんと閉じる。窓際の誰かが次の数学の課題に文句を言い、別の生徒が、サクライ先生は前の先生より宿題が少ない方だと言い返していた。
さっきの進路面談についての連絡は、もうほかの誰にとっても特別に重要ではないようだった。
それほど意外ではなかった。
進路希望調査の用紙を受け取ってから、昨日のほとんどを、みんなはすでに将来の話に使っていた。大学、仕事、入試、アパート。衣替えや試験日程がやがてそうなるように、その話題は自然と教室の会話の背景に落ち着いていた。
まだそこに引っかかっているのは、ユキだけだった。
表には出さずに。
彼女はいつもと同じ速さでノートをしまい、シャープペンを筆箱に入れ、進路希望調査の用紙を、もともとついていた折り目に沿って一度折った。
教室の向こうで、誰かが何人かの顔を向かせるくらい大きく笑った。
「本気だって」男子が言い張った。「通学に一時間以上かかるなら、俺は行かない」
「それ条件にしてたら、大学生活も生き残れないよ」
「快適に生き残る」
「それはもっとだめ」
サトシはカイトの机の横で、椅子がきしむほど大きく伸びをした。「俺としては、学食が一番うまい学校を選ぶ」
アイコが教室の後ろから歩いてきながら、そちらを見た。「それが基準なの?」
「大事な基準だろ」
「救いようがないね」
「長い目で考えてる」
「お腹で考えてるだけでしょ」
カイトは鞄のファスナーを閉めた。「そこは合ってる」
ユキは黙って聞きながら、鞄の中の紙束の端を整え、角がきちんとそろうようにした。
会話は途切れず続いた。
いつか東京に出たいと言う生徒がいた。別の生徒は、インスタント麺以外何も作れないから一人暮らしはつらそうだと言った。ドアの近くの女子が、いくつかの大学の近くにあるアパートの家賃について話していた。
普通の会話だった。
誰も落ち着かない様子ではなかった。
その考え自体に立ち止まっているようにも見えなかった。
みんなは、別の街について、駅前の路線やコンビニの話をするのと同じように話していた。
ユキは一瞬、机へ目を落とした。
違う大学。
違う県。
違う住まい。
その言葉はまだ、妙に途中で止まっているように感じた。
怖い、というのとは少し違う。
ただ、うまく並べられない。
「……ユキ?」
彼女は顔を上げた。
カイトが机の横に軽く片手を置いていた。「三十秒くらい、鞄を見てた」
「そう?」
「少し」
サトシがすぐに指を差した。「ほら。進路面談の話でユキがやられてる」
「面談でそんなに大騒ぎしてるの、サトシだけだよ」アイコが言った。
サトシは腕を組んだ。「俺は事態の深刻さを分かってるからな」
ユキは鼻から小さく息を抜いた。ほとんど笑いになりかけていた。「大丈夫」
「本当に?」アイコが聞いた。
「うん」
完全に嘘ではなかった。
実際に何かが間違っているわけではない。
サクライ先生は進路面談について連絡しただけだった。生徒は毎年そうしている。三年生は進路や大学について話す。家の近くに残る人もいる。離れる人もいる。
普通のこと。
当然のこと。
カイトは鞄の紐を肩に掛け直した。「途中で予定を変える人も多いだろうし」
サトシが彼を見た。「お前が言うと、変に柔軟だな」
「なんで?」
「一回決めたら、そのまま二度と変えなさそうに見える」
カイトは鞄の紐を少し直した。「早いうちから自分を縛る意味はないだろ」
「やけに大人っぽいこと言ったな」サトシが言った。
カイトは無視した。「あとで別の学科の方がよさそうなら、変えればいい」
簡単な答えだった。
実際的な答え。
ユキは自然と彼の方を見た。
その日の朝、学校へ来る途中で、必要なら県外に出ることについても、彼はほとんど同じようなことを言っていた。
そのときは、その言葉は自然に通り過ぎた。
今は残った。
感情としてではない。
いつもの形の真ん中に、片づかないものが一つ残ったみたいに。
ユキは少しだけ、それをきちんと思い浮かべようとした。
カイトがどこか別の場所の大学に通っているところ。
違う駅。
違う道。
家ではなく、アパート。
最初のうちは、その映像ははっきり形になった。
鞄を持って自動ドアを通るカイト。電車の中に立っているカイト。横断歩道で待ちながらスマホを見下ろしているカイト。
そこまでは、うまくいった。
けれど、そのあとで――
考えは、どこかでつながりを失った。
夕食は、まだ自然に四人分の席を前提に並んでしまう。
朝は、まだ朝食の前に二階から足音がするものとして始まってしまう。
通学路は、まだ信号の近くで、何も聞かずに誰かが隣にいる形を取ってしまう。
意識してそこから彼を外そうとしても、形は途中で勝手に元へ戻った。
文章を書き直しているのに、同じ言葉がまた自然に入ってくるみたいに。
「……ユキ?」
彼女はまばたきをした。
アイコがまだ彼女を見ていた。
「またぼうっとしてた」
「ごめん」
「今日、よく謝るね」
「うん」
サトシが少しカイトの机にもたれた。「もしかして、将来の話をちゃんと真面目に考えてるのってユキだけなんじゃないか」
「それはありそう」アイコが言った。「サトシは絶対に考えてないし」
「考えてる。俺の将来の計画は、人生の楽しみを味わうことだから」
「それは計画じゃない」
「哲学だ」
カイトは自分の椅子をきちんと机に入れてから答えた。「どこに行っても、サトシは先延ばしにするだろ」
「それは関係ない」
「だいたい関係ある」
そのあとは、会話がまた流れていった。
入試。通学時間。アルバイト。どの大学の学食がひどいらしいか。
普通のこと。
ユキは話しかけられれば答えた。必要なところでうなずいた。短い質問には、問題なく返事をした。
けれど、注意の一部はずっと別のところに引っかかっていた。
不在に。
感情としての不在ではない。
毎日の形の中から、そこだけが抜けること。
カイトが、彼女が起きる前にもう出かけている朝。
隣の誰かに無意識に歩調を合わせることのない帰り道。
誰かがもう別の場所で暮らしているから、一つの椅子だけが空いたままの夕食。
その考え自体は普通だった。たぶん何千もの家族が、そうやって暮らしている。
それなのに、どうして映像はいつも途中で止まってしまうのだろう。
ユキは必要以上に強く、鞄のファスナーを閉めた。
向かいで、カイトがちらっとこちらを見た。たぶん、その音のせいだった。
「行ける?」彼が聞いた。
普通の質問。
普通のタイミング。
「うん」彼女はすぐに答えた。
カイトは一度うなずいた。
その表情は何も変わらなかった。
次の教師が来て、誰も会話を続けられなくなった。
残りの授業は普通に過ぎていった。
少なくとも、そう見えた。
生徒たちは課題に文句を言った。窓際の誰かは、現代文の授業の半分を、眠らないようにするだけで過ごしていた。数学では、サクライ先生が後ろの列の生徒に話すのをやめるよう、二度注意した。
普通のこと。
ユキは必要なところでノートを写した。正しいタイミングでページをめくった。指名されたときには、一度答えた。
けれど、ときどき彼女の注意は、小さなものに妙に引っかかった。
ワークの例題に印刷された大学名。
東京近郊のアパート代について話す教師。
ロッカーの近くで、一人暮らしは楽しそうか疲れそうか話している女子二人。
そのたびに、同じ中断が戻ってきた。
焦りではない。
はっきりした怖さでもない。
ただ……途中で止まる。
考えがあるところまで届いて、その先をうまく続けられなくなるみたいに。
最後のベルが鳴るころには、教室はすぐにまた放課後の騒がしさへほどけていた。
椅子が床をこすった。鞄のファスナーが閉まる。ドアの近くで、誰かが電車に置いていかれる前に早くしろと友達に叫んでいた。
ユキは立ち上がり、鞄を肩に掛けた。
それから、止まった。
ほんの少しだけ。
何の前触れもなく、また別の途中で止まった映像が頭に浮かんだからだった。
夜の家。
二階の廊下は、自分の部屋のドアの下から漏れる明かり以外、暗い。
向かいの部屋からは、何の動きもない。
ページをめくる音もない。洗面所へ向かう足音もない。二階のどこかに人がいるという静かな気配もない。
たいていカイトは、ユキより早く寝る。
極端に早いわけではない。二十分だけのこともある。朝走って、夜に早く疲れた日は一時間ほど早いこともある。
毎晩どこかで、彼の部屋からの音は少しずつ止まっていく。
引き出しが閉まる音。
椅子が一度、床の上で動く音。
ドアの下の明かりが消えるときの、スイッチのかすかな音。
そのあと、二階は違う形で落ち着いた。
ユキはまだ起きていることもあった。本を読んだり、日記を書いたりしながら、廊下は完全に静かで、下のどこかで配管の音がたまにするくらいだった。
それについて、今まであまり考えたことはなかった。
ただ、カイトが近くで眠っていて、自分はまだ起きているのだというだけだった。
その静けさは、そのとき空っぽには感じなかった。
ただ、そろっていた。
けれど今、同じ廊下を、カイトがまったく別の場所にいるものとして想像しようとすると――
同じ静けさなのに、変わっている。
近くで誰かが眠っている静けさではない。
誰かがいない静けさ。
映像はそこで止まった。
嫌だからではなかった。
寂しいからでもなかった。
あるいは、寂しいのかもしれなかった。
けれど、それでも本当の問題はそこではない気がした。
問題は、そんな小さなことが、自分にとって意味を持ってしまうことだった。
話しているわけでもないのに、隣の部屋で眠っているか、別の建物で眠っているかが、どうして大事になるのだろう。
その考えは、居心地悪く残った。
見慣れたものが、ずっと前から少しずれた場所にあったと気づくみたいに。
そしてその下には、また同じ途中で止まる感覚があった。
家の壁が一枚、なくなったところを想像しようとするみたいに。




