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まだ知らなかった距離  作者: 遠井エイト
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第11章 パート1 — 引くこと

引くこと — ユキ

 

 

朝は、薄い赤い光になってテントの中へ入ってきた。

 

ユキは、ちゃんとは眠れなかった。

 

眠りはした。けれど疲れていたのに、途切れ途切れだった。真夜中より前のどこかで、腰の下がまたマット越しの硬い場所を見つけて、目が覚めた。そのあと、冷気が顔の上を這うように広がった。さらにあとで、誰かが寝返りを打ち、寝袋のかすかな音が、沈み直す前のユキを半分だけ起こした。

 

上の天井は低く、朝の光が近くにあるように見えた。テントの中にはまだ冷たい空気が残っていて、外では鳥が鳴いていた。自分とは違って、鋭く、はっきり目覚めた声だった。

 

ユキはもう数秒、そのままでいた。それから動こうとした。

 

痛みは、部分ごとにやってきた。

 

最初に気づいたのは肩だった。普段より長くパドルをこいだせいの、鈍く引かれるような痛み。寝袋の下で腕を動かすと、痛みは肘の方へ流れてから、また落ち着いた。脚もあまりましではない。歩いたせいで太ももには重さが残り、狭い場所で膝を曲げようとすると、ふくらはぎが張った。

 

腰の下の硬い場所もまだあった。けれど、それはたくさんある不満の一つにすぎないように感じた。

 

騒ぐほど悪いわけではなかった。ただ、昨日が普通の日より長かったことを思い出させる種類の不快さだった。

 

肩の近くで布がこすれた。母の寝袋の向こうで、父が抑えたような音を出した。静かに起き上がろうとして、体が反対していることに気づいた人が出すような息だった。

 

ユキはきちんと目を開けた。

 

朝のテントの中は、昨夜より小さく見えた。

 

昨夜、ランプを暗くして、みんなが声を落としていたときは、外が消えるような囲まれ方をしていた。今は赤みのある光が、布の折れ目、入口の近くに押し込まれたバッグ、グラウンドシートのしわを全部見せている。テントが外の草へ近づきすぎて傾いている角には、結露がついていた。

 

狭い空間の向こう側で、カイトは入口の近くで起きていた。片肘をついて半分だけ体を起こしていたが、そこで止まっている。

 

目は開いていた。けれど、いつも誰より早く起きるときのようなはっきりした目ではなかった。彼もまた、テントの中で眠るより、テントの音を聞いていた時間の方が長かったように見えた。

 

数秒のあいだ、彼はただファスナーを見ていた。朝のためにそこまで動く価値があるのか、考えているみたいに。

 

それから起き上がろうとした。

 

座れるようになる前に、口元が固くなった。

 

ユキは、彼がバッグの近くの水のボトルへ手を伸ばすのを見ていた。その動きは、いつもよりぎこちない。

 

少なくとも、自分だけではなかった。

 

なぜか、それだけで朝を少し受け入れやすくなった。

 

カイトは彼女が見ていることに気づいた。

 

「おはよう」と彼は言った。

 

声はいつもより少しかすれていた。

 

ユキは少し遅れて答えた。

 

「おはよう」

 

「寝た?」

 

「たぶん」

 

「説得力ない」

 

「兄さんも説得力ないよ」

 

カイトはまばたきをしてから、何か説明がそこにあるみたいに自分の寝袋を見下ろした。

 

「地面が思ったより硬かった」

 

まだ誰かに肘をぶつけないように起き上がろうとしていた父が、小さく笑った。

 

「よかった。俺だけじゃなかったか」

 

「テントを楽しみにしていたのはあなたでしょ」と母が、自分の寝袋の中から言った。

 

「野外の思い出を楽しみにしてたんだ」

 

ユキは、はっきり笑いすぎないように口を閉じた。

 

母はいつもより慎重に体を起こし始めた。

 

「入口の近くのバッグを蹴らないでね。何か汚れても、私は洗いません」

 

カイトは前室の方を見た。

 

「何も転がってない」

 

「もう確認したの?」

 

「見えるから」

 

ユキもまた、今度はゆっくり体を動かした。夜のあいだにマットの下へ折って入れた上着のおかげで、でこぼこはそこまで気にならなかった。けれど目が覚めると、小さなこわばりが一つずつ自分を主張してくるようだった。

 

手の近くには、防水ポーチが昨夜しまった場所にあった。

 

ちゃんと閉じていて、濡れていない。

 

それを見て、昨夜の小さな一場面が戻ってきた。カイトの静かな質問。彼の声は疑っているようではなかった。ただ、気づいている声だった。

 

ユキはポーチの端に二本の指で触れ、それからそのままにした。

 

カイトがファスナーを開ける音がした。

 

冷たい空気が一気に入ってきて、ユキはもうすぐ出なければならないことを思い出す前に、寝袋の上を引き上げた。外では、木々の上のどこかで鳥が鳴いている。

 

カイトが先に外へ身を乗り出した。

 

それから止まった。

 

「何?」ユキが聞いた。

 

「靴が思ったより冷たい」

 

父が同情するような音を出した。

 

「それも野外の思い出だな」

 

「そういうのは少なめでいい」とカイトが言った。

 

母は自分のバッグの近くに畳んであったタオルへ手を伸ばした。

 

「みんな、暖かいものを着て」

 

ユキは上着を肩にかけ、髪も半分しか整っていないまま外へ出た。キャンプ地は、暗くなったあととはまったく違って見えた。焚き火台は鈍く低い。昨夜の火の黒くなった薪と灰は、朝露で湿っていた。暗闇の中へ消えたように見えていた道は、低木と木の根のあいだに見えていて、ユキが覚えていたより細かった。

 

赤いテントは、その真ん中に立っていた。外から見ると小さい。

 

入口の近くの地面には葉がくっついていた。その一枚が、カイトの靴下についている。

 

ユキは少しそれを見てから、指さした。

 

カイトは彼女の指を追い、葉を取って、草の上へ落とした。

 

「それ、気づいたのか」

 

「気になった」

 

「葉っぱが?」

 

「兄さんの靴下が」

 

カイトは一秒ほど彼女を見てから、きちんと靴を履くためにかがんだ。

 

「起きてる声だな」

 

「起きてない」

 

「じゃあ寝ながら指摘してる」

 

「効率的だね」

 

「ユキにとってはな」

 

父は両手を腰の後ろに当てて、近くに立っていた。

 

「靴下について言い合う元気はあるのか」

 

「言い合いじゃない」とカイトが言った。

 

「なりかけてたわ」と母が返した。「先に朝ごはん」

 

朝食は、料理というほどでもないくらい簡単だった。

 

父がコンロでお湯を沸かし、カイトがドライバッグの一つからコップを探した。母は食べ物の袋を開け、本格的に片づけを始める前に食べられるものを取り出していった。前の日から包んであったおにぎり、インスタントの味噌汁、クラッカー、ドライフルーツ、ナッツ、それからなぜか潰れずに残っていたお茶の袋。

 

ユキは丸太の一つに座り、温かいコップを両手で包んで、湯気を顔に当てた。最初の一口は熱すぎて、コンロの空気のせいか少し煙の匂いがした。けれど冷たいテントのあとでは、指がコップの周りでゆるむには十分だった。

 

カイトは先に母へコップを渡し、それからユキにおにぎりを一つ渡した。

 

「鮭」

 

ユキは包みを見た。

 

「なんで分かるの?」

 

「折ってある角」

 

彼女は手の中でそれを回し、端に小さな印を見つけた。

 

「覚えてたの?」

 

「昨日、お母さんが言ってた」

 

「昨日は疲れてた」

 

「俺も」

 

「それだと余計にだめじゃない」

 

彼は隣に座り、丸太がその重みで少し沈んだ。動きはいつもより遅かった。雑ではないけれど、こわばりでやわらいでいる。体の一つ一つが別々の不満を持っていて、彼は全部は聞かないことにしたみたいだった。

 

まだコンロの近くにいた母が、こちらをちらっと見た。

 

「私の印を尊重してくれる人がいてよかったわ」

 

「尊重してる」とカイトが言った。

 

父はカイトから両手でコップを受け取った。

 

「昆布は印が間違ってた」

 

「じゃあ半分尊重してる」

 

母は父を見たが、その目は穏やかだったので、父はコップに口元を隠すようにして笑うだけだった。

 

数分のあいだ、誰も急がなかった。キャンプ地はまだ片づけなければならないし、道を歩き、カヤックを回収地点へ戻さなければならない。それでも朝は、もう少しだけ四人をそこに留めていた。

 

父が腕時計を確認し、それから木々のあいだの道を見た。

 

「時間に余裕を持って出た方がいいな。寝不足だからって送迎は待ってくれない」

 

「それは不公平だ」とカイトが言った。

 

「予定でもある」

 

ユキにもそれは分かっていた。でも温かいコップがあると、あと一分くらい知らないふりをするのが簡単だった。

 

カイトはゆっくり食べていた。おにぎりの包みは手の中でゆるく、髪はまだ片側がつぶれている。地面のせいで体が痛く、冷たい朝の中で半分眠っているように見えた。それでも、彼の周りにあった張りつめたものは薄くなっていて、ユキは変化そのものよりも、その不在に気づいた。

 

見続けてしまう前に、彼女はコップへ目を落とした。

 

そのとき、カイトが言った。

 

「決めた?」

 

ユキは顔を上げた。

 

「何を?」

 

「賞品」

 

思い出すまで、少し時間がかかった。それからマシュマロ勝負が戻ってきた。火の上にかざした串。慎重に回したこと。父が持っていない真剣さで判定するふりをしていたこと。カイトが、結果は嫌だけれど反論はできない人の顔で、彼女の勝ちを受け入れていたこと。

 

「あ」

 

「忘れてた」

 

「忘れてない」

 

「忘れてた顔だった」

 

「考えてたの」

 

「賞品を?」

 

「違う」

 

「じゃあ忘れてた」

 

ユキは彼を細く見た。けれど、そこに力はなかった。

 

「片づけには使わない」

 

「気前がいい」

 

「もっといいことに取っておく」

 

カイトはコップから飲んだ。

 

「誰にとっていいこと?」

 

「私」

 

「面倒そうだな」

 

「そうあるべきでしょ」

 

コンロの方から、父がこちらを見た。

 

「条件は何だったっけ?」

 

「一つ」とカイトが言った。

 

「無理なことじゃないもの」と母が足した。

 

ユキは、もう少し考えることにした。彼にほとんど何でも頼める機会なんて、毎日あるわけではない。

 

それでも、たぶんちょうどいいときに、小さなことに使うのだろうと思った。

 

その考えは、朝のほかのものの中へ折り込まれていった。コップ、包み紙、湯気、冷たい指、こわばった膝と肩。

 

キャンプ地の片づけは、設営より時間がかからなかった。やることが少なかったからではない。もうその場所が、見知らぬ場所ではなくなっていたからだった。寝袋は少し苦労しながら圧縮され、小さな文句もいくつか出た。マットは十分きつく巻かれたが、カイトは一本のストラップを平らに収めようとして時間をかけすぎていたので、ユキはそばにしゃがんだ。

 

「見た目はよくなくてもいいよ」

 

「閉まればいい」

 

「それは別の話」

 

「均等な方が閉まりやすい」

 

「汚れた靴下と一緒に袋に入れるんだよ」

 

カイトは止まり、それを考えてから、結局もう一度ストラップを引いた。

 

ユキは彼をそこに残した。

 

母は食べ物の袋とごみを確認し、丸太の下や調理場所の近くに何も残っていないか見ていた。父は片手を膝に置いて焚き火台のそばにしゃがみ、金属が冷めているかカイトと確認してから畳んだ。灰入れは閉じたままで、その周りの砂利は朝の空気で湿っていた。煙は上がらない。熱も残っていない。

 

テントが畳まれるころには、空き地は広く見えた。

 

ユキはペグの袋を手に、赤い布が袋の中へ消えていくのを見ていた。場所が自分たちのものではなくなるのは、こんなに早いのだと思うと変な感じがした。昨夜、テントは屋根で、壁で、天井で、ぎこちない部屋だった。今は長い布とポールと湿った草の束で、家に帰るまでそのまま閉じ込められる。

 

母が最後に空き地を一周した。

 

「みんな、自分の足元を確認して」

 

父は素直に下を見た。

 

「俺の足元は何もないと言っています」

 

「昨日、あなたの足元は包み紙を見逃したわ」

 

「あれは隠れていた」

 

今度は母も笑った。小さく、疲れた笑みだった。

 

「じゃあ目が足元を手伝って」

 

最後の確認が終わると、最後のバッグが閉じられ、一つずつ持ち上げられた。ユキの小さめのドライバッグは、昨日より重く感じた。あるいは、肩の方にもう余裕が少なかったのかもしれない。

 

カイトは彼女の足元の近くにあった、持ちにくそうな荷物を一つ、特に何か言うこともなく取った。

 

ユキは反射的に断りかけてから、荷物がもう何となく分けられていることに気づいた。テントの袋は父の肩にある。母は調理道具のバッグを片手に持ち、小さな袋を手首にかけている。カイトは、彼女から全部を取ろうとしているわけではない。ただ、昨日入ってくる途中で彼女の膝に当たっていたものを取っただけだった。

 

それにも気づいていたのかもしれない。

 

ユキは自分のバッグのストラップを直した。

 

「ありがとう」

 

「ん」

 

四人は、前の日に入ってきた開けた場所から歩き始めた。

 

旧船着き場へ戻る道は、来たときより分かりやすく、上ってきたときほど力もいらなかった。道は同じだった。でももう、あれほど知らない道には感じなかった。土を横切る根、斜面に埋まった石、道が下がる場所に集まった古い葉。

 

下りなのは助かった。ユキは一つ一つの上りに体を押し上げる必要はなく、曲がり角を越えるたびに、船着き場が近づいている感じがした。けれど、滑ったり根に足を引っかけたりしないように、前より気をつけなければならなかった。昨日のせいで体が痛かったから、なおさらだった。

 

道が下りに傾くたびに、ドライバッグが肩を引いた。

 

頭上のどこかで鳥が動き、下草では虫がかすれた音を立てていた。

 

しばらく、川の音は聞こえなかった。みんな下ることに集中していて、あまり話さなかった。

 

バッグが乾いた音でずれる音、誰かの脚にバックルが時々当たる音、前を歩く父の靴が土をこする音だけが道にあった。キャンプ地は水から十分離れていて、夜は川ではなく、葉と火とテントの布のものだった。離れていくとき、ユキはそれに前よりはっきり気づいた。空き地は、それをそこに留める音もなく、後ろへ落ちていった。

 

それから、道が下へ曲がり、木々が少し薄くなると、川がまた届き始めた。

 

それは最初、斜面の下のどこかにある、低く途切れた動きとして来た。足音のあいだに現れたり、消えたりする。もう数分歩くと、それはもっと一定になった。枝のあいだから淡い光のかけらが見えるころには、川は完全に戻ってきていた。幹のあいだで、明るい断片になっている。

 

母は、水のボトルを後ろへ回すために少しだけ足を止めた。

 

「カヤックを動かす前に飲んでおきなさい」

 

カイトが先に飲み、それからユキへ渡した。

 

ユキは、前方の木々のあいだから川が光るのを見ながら飲んだ。船着き場へ着くころには、全員が同じ静かな作業に入っていた。バッグを下ろし、ストラップを確認し、何も言われなくても必要なものを近くへ渡す。疲れはあった。けれどそれは、また川へ戻るための小さな動きの中へ落ち着いていた。

 

カヤックは、置いていった場所で待っていた。水際より上へ引き上げられ、旧船着き場に固定されている。

 

朝の光の中では、前ほど怖く見えなかった。

 

父はカイトと一緒にストラップを確認し、母はレンタル受付でもらったリストを見ていた。ユキは自分のカヤックの横に立ち、パドルを握る指を曲げ伸ばしした。肩が勝手に上がった。それに気づいて、力を抜いた。

 

カイトは彼女のこわばりに気づいた。

 

「そのままだと、早く疲れる」

 

「分かってる」

 

彼はもう一秒見てから、それ以上何も言わずに荷物へ戻った。

 

自分の番になると、ユキは慎重にカヤックへ足を入れた。下で揺れたが、その動きは昨日ほど彼女を驚かせなかった。パドルを膝の上に置き、不安定な揺れが収まるのを待って、カヤックが落ち着いたところで息を吐いた。

 

カイトは、自分が望んでいたほどきれいには乗れなかった。片足が濡れた縁で滑り、カヤックが流れ出す前に、彼はパドルで体を支えた。

 

ユキは彼を見た。

 

カイトも見返した。

 

「言うな」

 

「何も言ってない」

 

「言おうとしてた」

 

「そのパドル、普通のパドルよりいろいろ使われてるね」

 

カイトは彼女を見つめた。

 

「言うなって言わなかったか?」

 

すでに座っていた父が声をかけた。

 

「折ったら弁償だからな」

 

カイトは顔を向けた。

 

「入ってこないで」

 

母が笑い、その音は水の上を軽く渡った。

 

一艇ずつ、岸を離れた。

 

昨日と同じ流れが船着き場のそばを動いていた。木々のあいだから陽が届くところでは銀色で、同じ曲がり角が前に待っている。けれど昨日のユキは、揺れや間違った角度を一つずつ気にするので手いっぱいだった。今は流れがカヤックを少し左へ押しても、手が慌てずに直し方を見つけた。

 

入れる。引く。上げる。

 

深すぎない。

 

力を入れすぎない。

 

カイトは近くをこいでいた。必要ならどちらかが話せるくらいの距離だったが、二人のカヤックのあいだの空間は昨日より楽に感じた。流れは二人を、それぞれ小さく不揃いに引く。カイトにも直すべき進路があり、腕が疲れてくると、パドルの入り方が浅くなっていた。ユキは前の水を見て、流されたら直し、前ほど一生懸命考えなくてもいいことに気づいた。

 

その分、もっと多くのものが見えた。

 

頭上を過ぎる低い枝。澄んだ水の下の淡い石。パドルが水面を叩くのではなく、きれいに入ったときの小さな音。昨日ならカヤックの角度ばかり気にして通り過ぎていたかもしれない場所が、今はちゃんと現れる余裕を持っていた。

 

戻りは、あまり止まらなかったせいで短く感じた。あるいは、川がもう一度にすべての注意を要求しなかったからかもしれない。父の指示は少なくなった。母は岸の近くに細い脚で立つ鳥を指さした。父はそれが何か言い当てようとして失敗し、最後には「姿勢のいい鳥」と呼び、母はそれを父の知識の限界として受け入れた。

 

川は少しずつ、普通のものへ彼らを戻していった。曲がり角の先に小さな桟橋が現れた。次にロープの目印。それから木々の向こうに建物の端。人の姿が見える前に、家族のものではない声が水の上を流れてきた。

 

回収用の桟橋が見えるころには、ユキの腕はまた重くなっていた。けれど、使えないほどではなかった。そこは前の日に出発した場所より小さく、細い木の足場とロープの柵があり、木々の向こうの砂利の停車スペースには、レンタル店の名前が横に入った白い送迎バスが待っていた。

 

「見えた」と前の方から父が言った。「時間通りだな」

 

その声には、思っていたより安心が混じっていて、ユキは父が認めていた以上に予定を気にしていたのだと気づいた。

 

桟橋の近くには、すでに二艇のカヤックが引き上げられていた。前の日に見た大学生三人がそのそばに立っていた。疲れ方はそれぞれ違っていて、ライフジャケットは緩められ、髪は川の空気で平らになっている。一人が彼らの家族に気づいて手を上げた。

 

「おはようございます」と彼が声をかけた。

 

父は桟橋へ寄せながら、パドルを少し上げて返した。

 

「おはようございます」

 

その学生は双子を見て、それからバッグを見た。

 

「そちらもキャンプですか?」

 

「一泊だけ」と父が言った。

 

「だからその顔なんだ」と別の学生が言い、すぐ横の人に肘でつつかれた。

 

ユキは自分のカヤックを桟橋へ向けた。直すのが少し遅れて、ゴムの縁に軽くぶつかり、また離れそうになる前に側面をつかんだ。

 

カイトも、ほとんど同じくらいの落ち着きを保って隣に着いた。

 

父が先に桟橋へ上がり、レンタルのスタッフが砂利の停車スペースから下りてくるあいだ、カヤックを押さえるのを手伝った。スタッフは、朝に地面の上で寝たり、森の中をドライバッグを持って歩いたりしていない人特有の明るさだった。

 

「時間ぴったりですね」と彼は言った。「皆さんが降りたら、こちらで積みます」

 

ライフジャケットを脱いだ。パドルは渡され、バスの近くにあるプラスチックの箱へ積まれた。カヤックは一艇ずつ草の上へ引き上げられ、側面から細い水の筋が流れた。ロープには新しい川の水の匂いがある。みんなが小さい荷物をまとめ、スタッフがバスの後ろのトレーラーにカヤックを固定するのを待つあいだ、足元で砂利が鳴った。

 

荷物には、キャンプ地で見た覚えよりも汚れが増えていた。

 

ここで、バスと砂利の停車スペースの近くにいると、どの跡も新しく目につく。テントの袋の角には草がついている。調理道具のバッグの側面には、薄い灰の筋がある。タオルの一つは畳み目から逃げ出していて、旅行のあらゆる場所を引きずられてきたように見えた。

 

母も気づいた。

 

「それ、服につけないで」

 

父が下を見た。

 

「もう遅い?」

 

「その服はもう諦めるしかないわ。きれいなものには近づけないで」

 

カイトは最後のパドルを返し、タオルで手を拭きながら戻ってきた。

 

「カヤックはトレーラーに載せるって。俺たちは荷物と一緒にバスで戻る」

 

「よかった」と母が言った。「じゃあ受付に着いたら、車の前にお手洗いね」

 

ユキは、自分が認めるよりもずっと、それにほっとした。昨日レンタル受付を出る直前にトイレへ行き、そのあとキャンプ地、朝の片づけ、山道、川をどうにかやり過ごした。森で何とかしなくても済んだ。こいだり汗をかいたりしたことで、飲んだ分のほとんどがどうにかなったのかもしれない。あるいは単に運がよかったのかもしれない。

 

どちらにしても、受付のちゃんとしたお手洗いは、車と同じくらいありがたく思えた。

 

シャワーなら、もっとよかった。

 

今は、自分の体に旅行が残っているのがはっきり分かった。きれいな空気の下に乾いた汗。髪に残る川の湿り気。上着についた煙。袖口の土。

 

彼女は送迎バスの方を見た。窓越しに、大学生たちがもう後ろの方の席を選んでいるのが見える。一人はすぐに頭をガラスへ預けていた。二つの家族はゆっくり乗り込む準備をしていて、親たちは荷物と年長の子どもたちを数え、スタッフはクリップボードで名前を確認している。

 

父はもう一度腕時計を見て、それから少し満足そうな顔をした。

 

「まだ予定通りだ」

 

「心配してたんだ」とカイトが言った。

 

「時間を意識していただけだ」

 

「それは心配って意味」

 

「責任感って意味だ」

 

母は調理道具のバッグのストラップを肩で直した。

 

「両方でいいじゃない」

 

誰にも、それをきちんと議論する元気はなかった。

 

カヤックが固定されると、ほかの人たちと一緒にバスへ乗った。ユキは窓際に座り、カイトは小さめのバッグを足元に置いてから、隣の席に座った。

 

バスの中には、濡れたロープと日焼け止めと、疲れた人たちの匂いがかすかにした。前の方で誰かが窓を開け、運転手がドアを閉めると、川の空気が入ってきた。

 

少しして、バスは小さく揺れて桟橋を離れた。

 

外では、しばらくのあいだ川が木々のあいだに光り続けていた。彼らがいなくても、そのまま続いていく。それから道が内陸へ曲がり、水は緑の斜面と電柱の向こうに消えた。

 

ユキは窓に肩を預け、回収用の桟橋が見えなくなるのを見ていた。戻りは、こうして少しずつ運ばれることで、より終わりらしく感じた。一度に終わるのではなく、川、バス、砂利、レンタル受付、車へと、断片に分けて戻されていく。

 

カイトは、川が木々のあいだに現れては消える窓の外を見ていた。

 

「変な感じがする」と彼が言った。

 

「何が?」

 

「もう帰るのが」

 

ユキも彼の視線を追った。水がもう一度枝のあいだから光り、それから斜面の後ろへ消えた。

 

「一泊だけだったから」

 

「分かってる」彼は座席にもたれた。「短かったのに、長かった気もする」

 

不思議と、ユキにはそれが分かった。テントも、火も、冷たい朝も、痛む体も、川のそばで待っていた船着き場も、それほど長い時間ではなかった。けれど、運ばれて離れていく今、それは小さく感じられなかった。

 

「ほとんど疲れてたからかも」と彼女は言った。

 

「それで説明できる部分もある」

 

「部分だけ?」

 

カイトは足元のバッグを見下ろし、それからまた窓へ目を向けた。

 

「本当にどこかへ行った感じがした」

 

「……うん」

 

外で、道は内陸へ曲がり、川は完全に見えなくなった。

 

レンタル受付では、みんながゆっくりした段階を踏んで降りた。大学生たちが先に降り、その一人が両腕を頭の上へ伸ばしてうめいたので、家族連れの中学生くらいの子が彼をじっと見た。

 

ほかのグループは、座席の下から靴、ボトル、タオル、小さな濡れた袋を集めていた。スタッフはトレーラーを外し、カヤックを保管ラックの方へ運び始めた。

 

ライフジャケットは箱へ入れられた。パドルが数えられた。濡れた道具がクリップボードにチェックされる。家族は小さな荷物を持って受付の建物へ向かった。清潔なカウンター、ラミネートされたルートマップ、自販機、磨かれた床のタイルが、彼らの土や灰をいっそう目立たせていた。

 

父はもう一度タオルで手を拭き、カウンターから戻ってきた。

 

「全部確認終わった」

 

「よかった」と母が言った。「先にお手洗い。それから車」

 

ユキは反論しなかった。

 

トイレの鏡には、一泊以上外にいたように見える自分が映っていた。ほどけた髪。疲れた目。川の空気で少し乾いた肌。彼女は必要以上に長く手と顔を洗い、ちゃんとしたシャワーなしで直せる範囲の髪を直そうとした。

 

あまり効果はなかった。

 

車へ戻ると、カイトは後部座席の小さなバッグの上に、二人で読む本を置いていた。『終バスのあとの灯籠道』。いろいろあったせいで、彼女はほとんど忘れていた。

 

ユキは小さなバッグの上の本を見た。ほかの荷物と比べると、ほとんど触れられていないように見える。

 

「本の方が私たちよりきれい」

 

「地面で寝てないからな」

 

「不公平」

 

「こいでもない」

 

「じゃあ一番楽だったね」

 

母がトランクの方から回ってきた。

 

「全員いる?」

 

父が時間を確認した。

 

「予定より少し遅いけど、悪くないな」

 

ユキはドアを開けて座った。

 

座席が柔らかすぎた。

 

カヤックと山道とテントのあとでは、車はほとんど過剰に思えた。クッションのある座席、閉じたドア、カップホルダー、乾いたフロアマット。空気には、この一日周りにあったものとは違う、知っている匂いがあった。体は、緩もうとする前にそこへ沈んだ。

 

カイトは隣に座った。行きより近かった。両親が、彼はユキの横に座ると分かっていたので、ばらばらの荷物のほとんどがカイトの席側に詰め直されていたからだった。

 

父がエンジンをかけた。

 

しばらく、ドライブは帰り始めたように感じた。道はレンタル受付を離れ、来たときと同じように丘に沿って進んでいく。土地が曲がる場所で道も曲がり、片側には森が近く立ち上がり、もう片側は斜面が落ちていた。川は断片になって隣に現れた。石の上を白く流れる水、枝の下を走る水、陽が底まで届いている浅い曲がり角。

 

最初は、誰もあまり話さなかった。

 

車内は暖かく、座席は地面やカヤックのあとでは柔らかすぎた。ユキの体はもう、週末の大変な部分が終わったのだと信じ始めていた。

 

道は少しずつ広くなった。木々が薄くなり、そのあいだに小さな畑や低い小屋が見えるようになった。ユキは、一つ一つの場所というより、谷の形を覚えていた。昨日もここを通った。けれどそのときは、最初に川が見えるのを待ち、前に待つカヤックのことを考えていた。

 

今は、川は後ろにあった。

 

十五分ほどして、大きな道へ戻った。ユキは、父が来た道を戻るのだと思っていた。

 

けれど父は、山のさらに奥を指す標識の方へ進んだ。

 

ユキは少し顔を上げた。

 

前方の標識には、町へ戻る大きな道ではなく、旅館街や温泉地の名前が並んでいる。

 

「お昼食べるの?」彼女は聞いた。

 

「ガソリン?」カイトが聞いた。

 

「違う」

 

「買い出し?」

 

「物は足りてる」

 

父の声は、あまりに満足げだった。

 

「もう一か所」

 

ユキは前の座席を見た。

 

隣でカイトも少し背筋を伸ばした。

 

「どういう場所?」

 

「お湯がある場所」

 

一瞬、ユキには分からなかった。

 

それから母が少し振り返り、笑った。

 

「今夜は温泉旅館を予約してあるの」

 

ユキは母を見つめ、それからカイトを見た。彼も同じくらい驚いているようだった。

 

父がミラー越しに二人を見た。

 

「もう少し喜んでくれる予定だったんだが」

 

「喜んでる」とユキは言った。

 

「疑ってる顔だ」

 

「疑ってもいる」

 

カイトは母から父へ視線を移した。

 

「いつから?」

 

「出発前から」と母が言った。

 

「計画してたのに言わなかったの?」

 

「それがだいたい、サプライズというものよ」

 

「キャンプの用意をしてた」

 

「屋内に泊まる用意もしていたわ」と母が言った。「あなたたちが知らなかっただけ」

 

ユキは自分の袖口を見た。ズボンの裾近くの土や、動くたびに上着から上がるかすかな煙の匂いも。

 

「このまま旅館に行くの?」

 

「疲れた人くらい、見たことあるだろう」と父が言った。

 

「ちゃんと館内を歩く前に着替えるわ」と母が足した。

 

カイトは座席にもたれたまま、まだ考えているようだった。

 

「じゃあ、今日帰らないんだ」

 

「明日だ」と父が言った。「最終日にサプライズがあるとは言っていただろう」

 

ユキは窓の外を見た。

 

木々が緑と光の帯になって流れていく。体は疲れきっていて、温かいお湯のことを考えると、とてもよさそうに思えた。清潔な床の部屋。タオル。温泉の自然な温かさ。

 

「どうして言わなかったの?」彼女は聞いた。

 

母の表情がやわらいだ。

 

「キャンプ地を、これの前に我慢するものみたいに思ってほしくなかったから」

 

「川が旅行だったんだ」と父が言った。「これはそのあとで、筋肉が俺たちに感謝する部分だ」

 

「どっちも楽しむ予定だったのよ」と母が言った。「片方が作業で、片方がご褒美、ではなくて」

 

ユキは本の端に手を置いた。

 

それは分かった。

 

カヤック、テント、火。それから、特にきれいだった星。彼女はそれを耐えるものとして見ていたわけではない。そのあとに何かがあると知らないまま、楽しんでいた。

 

だから、そのサプライズはもっとよく感じられた。週末の中に、もう一つ部屋が開いたように、思っていたより大きくなった。

 

カイトは本に手を伸ばし、しおりのところを丁寧に開いた。

 

「今読むの?」ユキが聞いた。

 

「時間がある」

 

「今びっくりしたばかりなのに」

 

「両方できる」

 

彼は脚がまた触れるくらい近くへ寄り、しおりのページを開いて二人のあいだに本を持った。ただ、ページは彼の側よりユキの側へ少し近かった。

 

ユキは彼をちらっと見た。

 

「そうしなくていいよ」

 

「何を?」

 

「私の方が見えるように持つこと」

 

ユキは角度に気づき、下の角に軽く触れた。

 

「真ん中でいい」

 

カイトは本を見下ろした。

 

「平気」

 

「半分くらいしか見てないじゃない」

 

「読める」

 

「分かってる」彼女は本を少しだけ彼の方へ押し戻した。「でも、そうしなくていいの」

 

彼女は下の角に軽く触れ、本を取らずに、二人のあいだの空間へ戻した。

 

カイトはその調整に任せた。彼の手は左側を持ち、彼女の手は右側を持った。

 

車は川のあたりから離れて曲がっていくにつれ、少しずつ暖まっていった。前の座席では両親が、チェックインの時間や、到着が遅れそうなら旅館に電話するべきかどうかを静かに話していた。エンジンの振動が座席を通って伝わる。日差しがユキの膝の上を動き、車が日陰に入ると消えた。

 

本は、行きの車で読み残した章の続きから始まった。同級生二人は、灯籠の道を行きすぎて、村は後ろに消え、地図はもう道と合わなくなっている。

 

同じ石灯籠が二度現れ、そのたびに前より道に近づいていた。それから木々が開け、本来あるはずのないバス停が現れる。時刻表には真夜中過ぎの出発しか載っておらず、ガラスの待合所には、二人の後ろについてきていた人影が映っていた。

 

しばらく、二人は何も言わずに読んだ。本は二人のあいだにあり、車は日向と影を抜けていく。

 

やがて、暖かさが追いついてきた。文字の端がゆるみ、読み終えたはずの行が、その場所にとどまらなくなった。

 

ユキは同じ段落を二度読んだ。

 

文字がじっとしてくれなかった。

 

彼女が気づかれたくなる前に、カイトが気づいた。

 

「寝ていいよ」

 

「読んでる」

 

「ページめくってない」

 

「丁寧に読んでるの」

 

「丁寧すぎる」

 

ユキはページへ戻ろうとしたが、文字はもう行からほどけ始めていた。一分ほどして、頭が落ちかけ、慌てて戻した。

 

カイトは本が彼女の手から滑り落ちる前に、下の端を取った。

 

「それ続けるなら、こっちにもたれて」

 

「何もしてない」

 

「二回ドアの方に傾いた」

 

「それは違う」

 

「違わない」彼は今度、ちゃんと彼女を見た。「昨夜、ユキも俺と同じくらい寝てないだろ」

 

車が曲がった。彼女は意識する前に傾き、そこにはもう彼の肩があった。

 

意地だけで、もう数秒体を起こしていた。それから、テントで片づけを終えたあと彼にもたれていたことを思い出し、二人のあいだの距離は、守るには小さすぎるように思えた。

 

彼女は頭を彼の肩に預けた。

 

カイトは何も言わなかった。開いていたページにしおりを挟み、本を横へ置いた。少しだけ体勢を直し、彼も彼女の方へ寄るようにして、二人とも楽になるようにした。

 

彼は彼女より頭一つ分高かったが、座っていると、その肩の上はユキが休むのにちょうどいい角度になるらしかった。

 

頬に触れるシャツの袖は温かかった。もう煙の匂いはしない。レンタル受付を出る前に着替えた清潔な布と、かすかな川の水の匂いだけがした。彼の呼吸の落ち着きは、聞こえるというより、感じられた。

 

前の席から母の声が流れてきた。今は少し静かだった。父が答えたが、言葉は道の音に薄まって、ユキには追えなかった。

 

まだ眠ってはいなかった。

 

完全には。

 

カイトが一度動いた。彼女を起こさないようにしているのが分かる動きだった。肩は彼女の下で安定したままだった。

 

そこにいるのは簡単だった。

 

しばらくのあいだ、それだけが考えだった。

 

温かい。

 

それから、目を閉じ、車が暖かい午後の中をさらに進んだころ、カイトの頭が彼女の頭に軽く触れた。

 

最初は軽く。それから、もう少ししっかり預けられた。もう彼が彼女の重さを支えているだけではないのだと分かった。彼も力を抜いていた。

 

ユキは動かなかった。

 

彼の髪がこめかみの近くに触れた。頭の重さは直されずにそのまま落ち着き、しばらくすると、彼の呼吸も均等になった。

 

彼はユキにもたれて眠っていた。

 

ユキはじっとしたまま、道の音の下で彼の呼吸が落ち着いていくのを聞いていた。彼の方が自分にもたれているのは不思議だったが、その考えを最後まで形にするには、頭の動きが遅すぎた。

 

車は暖かい。彼の肩は頬の下で安定していて、川と山道と、途切れたテントの夜から来た疲れが、少しずつ彼女をつかむ力を緩めていった。

 

彼女はそれを追うのをやめた。

 

しばらくして、ユキも眠った。

 

 

目を覚ましたとき、車は速度を落としていた。

 

最初、彼女は目を開けなかった。眠りは一度にではなく、ゆっくりほどけていった。どれくらい眠っていたのか、しばらく分からなかった。道がなめらかになるくらいには長かった。たぶん一時間くらい。

 

カイトの頭は、まだ軽く彼女の頭に寄りかかっていた。重さは小さいが、ちゃんとそこにある。

 

ユキはそのままでいた。

 

頬は彼の肩の温かさに触れている。眠っているあいだに腕の疲れはもっと深いところへ沈み、最初に気づくほど鋭くはなくなっていた。車は低く一定した音を立てて動き、午後の光は閉じたまぶたの向こうからやわらかく押していた。

 

誰かが振り返る前に、たぶん起き上がるべきだとは分かっていた。

 

でもカイトはまだ眠っていて、動けば起こしてしまう。

 

その理由だけで、もう少しそこにいるには十分だった。

 

道が曲がり、それからまっすぐになった。前の方で、母が父に何か小さく言ったが、ユキには聞き取れないほど低かった。隣でカイトの呼吸は均等なままだった。ユキは無意識にその呼吸をいくつか数え、それから数えると自分を意識しすぎるのでやめた。

 

窓の外の何かが、まぶたに何度か影を走らせた。

 

そのとき、ようやく目を開けた。窓の外を標識が過ぎ、次の標識も過ぎていく。木々のあいだに低い建物が現れ、その屋根は午後の光に対して暗く見えた。

 

カイトはまだ眠っていた。

 

ユキは動かなかった。

 

前の席から、母が振り返って二人を見た。その表情が変わり、ユキはそれをどう受け取ればいいのか分からなかった。

 

「二人とも、昔はよくそうやって寝てたわ」と母が静かに言った。

 

その声にカイトが少し動いたが、まだ頭は上げなかった。

 

ユキはまばたきをした。

 

「こうやって?」

 

「車の中で」と母が言った。「起きていようとして、ユキが先に寝るの。カイトはもう少しだけ粘って、それから同じように寄りかかってた」

 

父がミラー越しに二人を見た。

 

「起きたとき、こいつはいつも、まだ起きてたみたいな顔をしてたな」

 

「してない」とカイトがつぶやいた。

 

声はまだ眠りを含んでいた。

 

ユキは彼を見た。

 

「今、寝てたよ」

 

「知ってる」

 

「じゃあ認めるんだ」

 

「今は認める。昔は違う」

 

彼は慎重に頭を上げ、それから首の横をこすった。

 

母はまた道の方へ笑みを戻した。

 

「昔のアパートにいたころは、場所が足りなかったから、二人で同じ布団に寝かせていたこともあったわね」

 

「その言い方だと、あのアパートが悪く聞こえる」と父が言った。

 

「少し不便ではあったわ」

 

「二人は俺たちよりよく寝てた」

 

ユキは体を起こし、鏡がないので直っているか分からないまま、指で髪を整えようとした。

 

カイトは下を見て、本が床へ滑り落ちていることに気づいた。

 

「表紙は無事」

 

「聞こうとしてない」

 

「考えてた」

 

「兄さんの髪の方が私よりひどいって考えてた」

 

彼は手を上げ、乱れているところを押さえ、それ以上答えずに窓の外を見た。

 

旅館は、低い石の縁と植え込みが続く細い道の先に現れた。旅行雑誌に載っているような高級旅館みたいな大きさではなかった。立派な門も、写真用に整えられた広い庭もない。けれど入口には温かい色の木が使われ、清潔なガラス戸があり、やわらかな青い暖簾が、ほかの客のために自動ドアが開くたびにかすかに動いていた。

 

キャンプ地のあとでは、ほとんど贅沢に見えた。

 

父は脇の駐車場に車を停め、しばらく誰も素早くは動かなかった。

 

それから母が軽く手を叩いた。

 

「また誰かが寝る前に、中に入りましょう」

 

ロビーには畳と温かいお湯、それから清潔な室内の空気の下にかすかな鉱物の匂いがした。入口にはスリッパが並んでいる。フロントの近くには枝と秋の花を低く生けたものが置かれていた。浴場の時間を書いた札の横にタオルの籠が積まれ、角の向こうでは自販機が低く鳴っている。浴衣姿の客が何人か静かに動いていて、家族のアウトドア用の荷物がさらに汚れて見えた。

 

ユキはスリッパで清潔な床へ上がり、自分の袖口についた埃の一つ一つを意識した。

 

父がチェックインへ行くあいだ、母は双子を壁際の小さな座る場所へ案内した。

 

「畳にバッグを置かないで。荷物置きのマットを使って」

 

「荷物用のマットがあるの?」カイトが聞いた。

 

「私たちみたいなバッグで来る人のためにね」と母が言った。

 

父は部屋の鍵を持って戻り、小さな声で言った。

 

「先に部屋だ。それからお風呂」

 

部屋は短い廊下の先にあった。途中の窓からは、木々と、斜面の下にある小さな町の端が見えた。母が鍵を開け、戸を滑らせた。

 

畳の匂いがすぐに立ち上がった。

 

中は簡素だが温かい部屋だった。中央には低いテーブルがあり、盆の上に茶器が整えられている。隅には畳まれた布団が置かれていた。押し入れの近くの籠には浴衣とタオルが入っている。窓際のカウンターの下には小さな冷蔵庫が収まり、ガラスの向こうでは、午後遅い光の中で葉が動いていた。

 

ユキは入口を入ったところで止まった。

 

一晩外にいたあとだからこそ、部屋の清潔さがよく分かった。畳は靴下の下で乾いている。バッグは誰かの寝床を押さなくても置ける場所がある。窓の外で葉が動き、空気にはかすかな茶の匂いがあった。

 

父が後ろから入り、深く満足したように部屋を見回した。

 

「これはいいな」

 

母は荷物置きのマットにバッグを一つ置いた。

 

「小さいバッグはここに置いて。残りはお風呂のあとで整理しましょう」

 

カイトは自分のバッグを置き、畳まれた布団の方を見た。

 

「長く座ったら、もう立てなくなるな」

 

「じゃあ、もう少しだけ頑張って」と母が言った。

 

ユキは小さめのバッグを壁ぎわに置き、畳の上に慎重に座った。車でやわらいでいた体は、大変な部分はもう終わったのだと一気に理解したようだった。清潔な部屋は、四人を静けさの中へ集めていた。テントの窮屈な近さとは違うけれど、それでも四人のものだった。

 

母は浴場の時間を確認し、それから時計を見た。

 

「夕食までもうあまりないから、先に洗いましょう。温泉はあとでゆっくり入ればいいわ」

 

「今?」ユキが聞いた。

 

「長く座ったら、誰も動きたくなくなるもの」

 

それは説得力があった。

 

最初のお風呂は、まさに必要なことをしてくれた。

 

ユキは煙と川の空気と汗、それから外で眠った疲れの層を洗い流した。浴場はタイル張りで、やわらかく音が響き、低い椅子と、端が湯気で曇った鏡、蛇口から木桶へ水が落ちる音があった。ほかの客は静かに動き、必要なときだけ話している。

 

母は隣で洗っていた。鼻歌を一度だけ小さく鳴らし、半分しか思い出せなかったようにすぐ止めた。

 

お湯は最初、少し熱すぎるくらいだった。それからユキの肩や脚の痛む場所へ届き、しばらく彼女は考えるのをやめた。

 

湯気が周りに立った。水が腕の周りで動いた。浴槽の上の天井は端の方がぼやけて見えた。母は近くで、縁にタオルを畳んで置き、目を半分閉じていた。やわらいだ光の中では少し若く見え、同時にいつもより疲れても見えた。

 

もっと長く入っていたかった。けれど夕食があるので、最初のお風呂はそこで伸ばせなかった。

 

浴衣に着替えて部屋へ戻るころには、髪は洗われ、半分ほど乾いていた。

 

カイトと父は先に戻っていた。カイトは低いテーブルの近くに座り、濡れた髪のまま、片肘を膝の近くに置いて、旅館の案内紙を見ていた。まだ疲れている。それは、戸が開いたときに顔を上げる動きが遅いことに出ていた。それでも洗ったあとは、車の中より目が覚めているように見えた。

 

ユキが入ると、彼は彼女を見て、それから肩にかけたタオルを見た。

 

「滴ってる」

 

「分かってる」

 

「籠にもう一枚タオルある」

 

「分かってる」

 

「襟が濡れてる」

 

ユキは浴衣の襟に触れた。

 

「文句を言えるくらいには回復したんだね」

 

「文句じゃない」

 

「余計な実況だった」

 

「正確ではあった」

 

それでも彼女はタオルを取った。

 

後ろから母が入ってきた。

 

「いつものやり取りが戻ってきたなら、お風呂は効いたみたいね」

 

カイトは反論したそうだったが、役に立つ形を見つけられなかったようだった。

 

ユキは低いテーブルを挟んで彼の向かいに座り、父がお盆の小さな急須からお茶を注いだ。

 

「気をつけて」と父は湯呑みを彼女の方へ滑らせた。「まだ熱い」

 

ユキはまだ飲まずに、両手でそれを包んだ。

 

母がやわらかく息をつきながら座った。

 

「夕食前だから少しだけね。すぐ食べるから」

 

父は自分の湯呑みを見た。

 

「これは回復だな」

 

「座っただけでしょう」

 

「それが回復なんだ」

 

カイトは案内紙から目を上げなかった。

 

「そこは分かる」

 

彼がそれ以上巻き込まれないようにしているのを見て、ユキは自分でも意外なほど、さっきより少し温かい気持ちになった。

 

夕食はそのあと、下の小さな食事処で出された。疲れたままキャンプ用コンロで作れたものより、ずっとよかった。焼き魚、ご飯、味噌汁、煮物、漬物、そしてガラスの器に入った小さなデザート。家族は、外で一日を過ごしたあとに来る空腹で食べた。最初の会話がゆっくりだったのは、食べることの方が大事だったからだ。

 

父は椀の上で息をつき、背中を伸ばすように、座布団の上で慎重に体を動かした。

 

「もっと眠れたと思ってたんだがな」

 

母は面白そうにした。

 

「今朝もそう言ってたわよ」

 

「今朝はまだ希望があった」

 

カイトはご飯をもう一口食べた。

 

「風呂は効いた」

 

「効いたな」と父は感情を込めて言った。

 

ユキは彼をちらっと見た。

 

「兄さん、今朝カヤックに乗るとき滑りかけたよね」

 

カイトが彼女を見た。

 

父の顔が明るくなった。

 

「滑りかけたのか?」

 

「滑りかけてない」

 

「パドルで支えてた」

 

「そのためのパドルだろ」

 

「パドルは川のためでしょ」

 

「使い道は一つじゃない」

 

母が笑った。

 

「じゃあ、川に入りかけたのは二回目ね」

 

カイトは諦めて、さらにご飯を食べた。

 

ユキはお茶に笑いを隠した。

 

きれいな食事処で、風呂のあとに髪が乾いている状態で笑うのは気持ちよかった。旅館が川やテントを小さくしたわけではない。むしろ、その心地よさがそれらを完成させているように思えた。大変だった部分が、ちゃんと終わっていた。

 

テーブルの向こうのカイトも、さっきよりよく見えた。

 

そのことが、思っていたより大事だった。

 

夕食のあと、四人はあまり手を借りなくても成り立つ、満たされた静けさを持って部屋へ戻った。窓の外では、光が夕方の方へ落ちていた。木々はガラスの向こうで暗く立ち、そのさらに下の枝のあいだに、小さな町の明かりが見える。

 

父は大げさなくらい慎重に座布団へ腰を下ろした。

 

母はお茶を淹れた。

 

カイトは低いテーブルの窓側に座り、持ってきた共有の本を閉じたまま横に置いていた。ユキはその向かいに座り、すぐには飲まない湯呑みを両手で包んでいる。

 

しばらく、川の話をした。

 

カイトは片膝を立て、額の近くでまだ少し不揃いに乾いている髪のまま、聞いていた。

 

それから父が聞いた。

 

「腕が痛くなる価値はあったか?」

 

カイトは答える前に、自分のお茶を見た。

 

「うん」

 

少ししてから、足した。

 

「来てよかった」

 

ユキは彼を見た。

 

カイトはその視線に気づいていないようだった。湯呑みを手の中で少し回している。

 

「頭が少しすっきりした」と彼は言った。「将来のこととか、最初の不採用のこととか」

 

母の表情がやわらいだ。けれど、その場を重くするほど多くは言わなかった。

 

「よかった」

 

カイトはうなずいた。

 

部屋は温かいままだった。ユキの手の中の湯呑みが指を温める。外では、廊下のどこかで扉が閉まり、そのあとスリッパのやわらかな音が続いた。

 

少しのあいだ、それで彼の話は終わりのように見えた。

 

けれどカイトは、同じ穏やかな調子で続けた。

 

「帰ったら、また探し始めようと思う」

 

ユキは動かなかった。

 

彼はそれを、あまり重くなく言った。

 

また動き始められるくらい、回復したのだ。

 

それはまず、うれしいはずだった。

 

なのに、ほんの一瞬、彼女の中の何かが固くなった。

 

ただのアルバイト探しだ。

 

ユキは分かっていた。放課後の数シフトくらいで、彼が家からいなくなるわけではない。朝食も、夕食も、眠る前に二階で彼が動く音も消えない。彼がどこか別の場所を、自分たちより選んだという意味にはならない。

 

自分より。

 

その最後の考えは、落ち着く前に押しやった。

 

最初に浮かんだのは、理屈の通る小さなものだった。カイトがいつもより遅く帰ってくる。玄関にまだ彼の靴が自分の隣にない。シフトが七時に終わるから、夕食は一つ席を空けたまま始まる。待たなくていい、という彼からのメッセージ。彼の書くものはいつもそうであるように、はっきりしていて、短くて、誰も文句を言えない程度には気遣いがある。

 

それから、別の絵が続いた。

 

帰り道が変わる。

 

毎日ではない。最初からそうではない。たぶん週に一、二回だけ。彼は学校からそのまま行かなければならないと言い、ユキは、それでいいと言う。それでいいはずだから。彼女は一人で帰れる。道は分かっている。

 

でも、彼が隣にいないまま帰ると、家は彼女を違うふうに受け取るだろう。今までより、家の中で一人でいる時間がずっと増える。

 

それでも、重大なことにするには足りなかった。

 

人はアルバイトをする。予定がある。疲れて帰ってきて、遅く食べる。それで何かひどいことが起きるわけではない。

 

それでも、考えは動いた。

 

仕事というのは、ユキが入る理由のない場所を意味していた。店長、同僚、彼が見せなければユキには見えないシフト表に書かれた時間。彼にとって普通になったあとで、ふと話すかもしれない小さなこと。誰かに教えてもらったこと。シフトを代わってほしいと言われたこと。嫌いな閉店作業。店から駅までの近道。

 

彼の一日の中に自分がいないことが、もっと普通になっていく。

 

ユキは湯呑みを持つ手に力を入れた。

 

それはおかしい。今までずっと一緒にいただけだ。

 

そこで自分に気づいた。

 

おかしいのではなく、兄妹がそれぞれ別の生活へ進むのは、ごく普通のことだった。

 

アルバイトだけではない。アルバイトは、彼女の頭が最初につかめた形にすぎない。その後ろには卒業がある。連休明けにはもう、将来について話す進路面談が予定されている。

 

卒業したら、学校は二人を同じ場所に置いてくれなくなる。

 

同じ教室もない。

 

同じ朝の行き先もない。

 

カイトは大学に通うために、遠くへ行くかもしれない。

 

どちらかがわざわざそうしなければ、会う理由もなくなる。

 

二人は別々の道を選ぶ。彼は工学。彼女はカウンセリング、たぶん心理学。納得できるから選ばれる進路。同じ家に生まれたというだけでは、もう自然に交わらない生活。

 

考えは遠くへ行きすぎた。

 

ユキは、それが行きすぎたことを分かっていた。

 

カイトはまた探し始めるかもしれないと言っただけだ。アルバイトは卒業ではない。卒業は永遠の別れではない。大学に行くことは、消えることではない。兄妹は成長する。学校を選び、仕事を選び、部屋を、家を選ぶ。毎朝も、毎食も、一緒にいることはなくなる。人はそうするものだ。誰もが、それを分かるはずだった。

 

みんなが大人になっていいのなら、どうして自分だけ置いていかれるように感じるのだろう。

 

その問いは、気持ち悪く、答えのないままそこに残った。

 

それから彼女の考えはまた動いた。行きたくない方へ。

 

もっと先へ行った。ユキがこれまで、ちゃんと思い描いたことのない未来へ。思い描く理由がなかった未来へ。大人になったカイト。ユキの知らない人たちがいる生活。彼女がどこにも入っていないのに、自然に流れていく普通の日々。

 

ユキの知らない女性と分け合う生活。

 

ユキが努力しなくても知っていた彼の部分を、その人が知っていく。

 

生まれたときから一緒だったからではなく、互いに選んだから、彼が大事にする相手。

 

これまでユキに向けられていた彼の注意や気遣いは、誰か別の人へ向いていく。

 

その映像で、ユキは湯呑みを握る手に力を入れた。

 

名前をつける前に、鋭く熱いものが体の中を動いた。

 

怒りではない。

 

悲しみでもない。

 

もっと小さく、もっと嫌なもの。自分には感じる権利がないと分かるもの。

 

彼女は手の中のお茶へ目を落とし、その映像を押しのけようとした。

 

彼は、また仕事を探そうと思うと言っただけなのに。

 

それでも、その感情は消えるべきようには消えなかった。

 

父がテーブルのそばで体勢を変え、畳んであった旅館の案内を手に取った。

 

「もう一度風呂に行くなら、混む前がいいかもな」

 

その言葉が、彼女の考えがもっと悪い方へ行く前に切った。

 

母は時計を見て、それからユキを見た。

 

「そうね。夕食前は洗うだけだったから、今度はちゃんと浸かりたいわ」

 

ユキは目を上げた。

 

一瞬、母が自分に話しているのだと分からなかった。

 

「一緒に来る?」母が聞いた。「露天風呂、まだ静かだと思うわ」

 

ユキは手元の湯呑みを見下ろし、それから理由を考える前にうなずいた。

 

カイトはその場に残り、湯呑みを手の中でゆっくり回していた。彼は、何かに気づくほど長くユキを見なかった。あるいは、まだ気づけるほど何も表に出ていなかったのかもしれない。

 

父は慎重に立ち上がり、籠からタオルを取った。

 

「俺も下へもう一度行く。ここにこれ以上座っていたら、立てなくなる」

 

「それ、一度なってたわよ」と母が言った。

 

「回復した」

 

「しばらく座ってたでしょう」

 

「あれは回復してたんだ」

 

「じゃあ下で回復してきて」

 

「いい意見だ」

 

ユキは立ち上がり、タオルを集めた。夕食と最初のお風呂のあとで、脚は少し遅かった。けれど動くことが助けになった。手ですることがあった。たどれるくらい普通のことだった。

 

部屋の外の廊下は、思っていたより暖かかった。階段の近くのどこかから、壁にやわらげられた低い声が流れてくる。子どもが一度笑い、すぐ静かにするよう言われた。浴衣姿の客たちが、腕に畳んだタオルをかけて風呂へ向かうたび、スリッパが床に小さな音を立てた。

 

母は最初、何も言わずに隣を歩いていた。

 

それが助かった。

 

二度目のお風呂は、一度目とは違って感じた。

 

一度目は乾いた汗と土のためだった。これは最初から、もっとゆっくりしていた。風呂に入る前だからもう一度洗う。でもそこには前ほど急ぐ感じがなかった。そこまで念入りにする必要もない。

 

湯気が鏡を曇らせていた。水がタイルの上を流れる。どこか後ろで、木桶が床にやわらかく当たった。

 

母は先に終わり、露天風呂へ続く引き戸のそばで待った。開けると冷たい空気が入り、鉱物の匂いが前よりはっきり届いた。

 

ユキも続いた。

 

露天風呂は小さな囲いのある庭に面していて、低い石の縁と、柵の向こうに暗い低木があった。夕方の空は深くなっていたが、まだ完全な黒ではない。遠い端にはほかの客が数人座っていて、言葉が水の動きにほどけるくらいの小さな声で話していた。

 

ユキは湯へ体を沈めた。

 

今度は、熱がゆっくり周りに上がってきた。さっきのように驚かせるものではなかった。山道とカヤックから残った痛みにかぶさり、体の輪郭を少しずつやわらげ、朝からどれだけ疲れていたのかを分からせてくるだけだった。

 

母は隣に座った。見張られているとユキが感じないくらいの距離を空けて。

 

しばらく、どちらも話さなかった。

 

ユキは湯の表面を見ていた。湯気が細く不揃いな筋になって漂い、誰かが動くたびに崩れた。

 

それから母が言った。

 

「静かね」

 

湯の下で、ユキの指が止まった。

 

「疲れてるの」

 

「分かってる」

 

母の声は、それだけだとは思っていない声だった。だから難しくなった。

 

ユキは水面を見続けた。

 

「それだけじゃない」

 

「そうね」

 

答えは簡単だった。罠ではない。質問でさえなかった。

 

ユキは少し身を沈め、湯が首のつけ根に触れるようにした。

 

「卒業のあとのこと、考えすぎてる」と彼女は言った。

 

母が少し顔を向けた。

 

ユキは見返さなかった。

 

「学校だけじゃなくて。ただ……そのあと」

 

「それは、そうなるわね」

 

「みんな、もう分かってるはずみたいに聞いてくる」ユキは湯気が石の縁をぼかすのを見ていた。「用紙とか、面談とか、学科とか、どんな仕事がしたいとか、どこへ行きたいとか。最終決定じゃないって言われても、全部近づいてきてる感じがする」

 

母は石にもたれた。

 

「三年生って、そういうものね」

 

ユキは彼女をちらっと見た。

 

「軽く言ってるわけじゃないの」と母が言った。「本当にそう感じるのよ。次に何をするのか、人はそれを聞くとき、丁寧に聞いたんだから答えはもう用意されているはず、みたいに聞いてくる」

 

ユキは鼻から小さく息を吐いた。笑いに近かったが、笑いになるほどではなかった。

 

母はかすかに笑い、それからユキを正面から見ずに、庭の方へ目を向けた。

 

「私があなたくらいのころ、ほかのみんなはちゃんと決めていて、自分だけが決めたふりをしていると思っていたわ」

 

「お母さんが?」

 

「私が」

 

ユキには、それを想像するのが難しかった。

 

母はいつも、次に何をしなければならないかを知っているように見える。完璧ではないけれど、家には天気があって、母はたいてい誰より先に雲に気づいていた。

 

「落ち着いて見えるのは得意だった」と母が言った。「それは、自分が何をしているか分かっているのとは違うのよ」

 

ユキは湯の下で片膝を少し引き寄せた。

 

「何度も考えを変えたわ」と母は続けた。「あまり人には言わなかったと思うけど」

 

湯が二人の周りでゆるく動いた。

 

ユキは、これは何をするか決めることだけではないと言いたかった。自分が納得する前に、生活の形が変わっていくことが怖いのだと言いたかった。みんなが、前へ進むことだけがある方向みたいに進んでいくこと。置いていかれるものが、まだ大事であることを終えていないのに。

 

でも、その言葉は大きすぎた。

 

それに、まだ全部ではなかった。

 

代わりに彼女は言った。

 

「普通に受け止める方法が分からない」

 

母の表情がやわらいだ。

 

「一度に普通にならなくてもいいの」

 

ユキは下を見た。

 

「あまり役に立たない気がする」

 

「そうね」と母は言った。「でも、本当のことよ」

 

今度はユキも、ほんの少し笑った。

 

母はその音が消えるまで待った。

 

「時々ね」と母は言った。「一つのことが必要以上に重く感じるときは、それが一つのことだけではないからなの」

 

湯の下で、ユキの手が閉じた。

 

母は急いで続けなかった。そのせいで、その言葉が長く残った。

 

「ほかに何か」とユキは繰り返した。

 

「それは私には分からない」と母は静かに言った。「その部分は、ユキのものだから」

 

ユキは母を見た。

 

母はかすかに笑った。答えを知っているようではなく、答えを持っていないことを分かっているように。

 

「学校かもしれない。仕事かもしれない。いつか家を出ることかもしれないし、人が変わることかもしれない。ずっと同じだと思っていたものが、みんながまだ若かったからそう見えていただけだと気づくことかもしれない」

 

湯がさっきより熱く感じた。

 

ユキは暗い庭の方を見た。けれどもう、ちゃんとは見えていなかった。

 

ずっと同じだと思っていたもの。

 

遅くなる夕食。

 

一人の帰り道。

 

シフト表。

 

キャンパス。

 

ユキが入ったことのない家で、カイトの隣に立つ人。

 

ユキは飲み込んだ。

 

そのとき言えたかもしれない。その一部なら。全部ではなくても、十分な何かを。

 

一緒にいる時間が減るのが怖い。

 

追いつく前に変わってしまうのが怖い。

 

置いていかれるのが怖い。

 

代わりに、彼女は言った。

 

「全部が変わっていって、自分だけ置いていかれるみたい」

 

母はそこで彼女を見た。

 

その表情はやさしかったが、答えが簡単だと見せかけるほどやわらかくはなかった。

 

「変わるわ」と母は言った。

 

ユキは目を伏せた。

 

母は手を伸ばし、湯の上でユキの上腕に軽く触れた。短く、温かい触れ方だった。

 

「でも、今のままを惜しむことを、恥ずかしがる必要はないのよ」

 

ユキの喉が詰まった。

 

母は手を戻した。

 

「今を大切に思っていても、そこから成長していける。その二つは、打ち消し合うものじゃないから」

 

ユキは答えなかった。

 

どう答えればいいのか分からなかった。

 

母はまた庭の方を見て、彼女に余白をくれた。

 

「それに、今夜のうちにその気持ちを全部分からなくてもいいの。正直になるって、時には、それが何か分かる前に、何かがあるって認めることだけだから」

 

湯は二人の周りで静かに動いた。

 

ユキはそれを聞き、手を水面の下で組んだ。

 

正直でいることが問題だった。

 

本当のことは、自分が誇れるものではなかった。

 

そしてその下には、触れたくない感情があった。

 

「どう言えばいいか分からない」と彼女は言った。

 

「無理に言わなくていい」と母が言った。「少しずつ、はっきりしてくるのを待ちなさい」

 

ユキは母を見た。

 

母の声は静かなままだった。

 

「混乱してもいいのよ、ユキ。十七歳なんだから」

 

なぜか、それは少しつらかった。

 

でも、悪い意味ではなかった。

 

ユキはうなずいた。母に答えたのか、自分に答えたのかは分からなかった。

 

「今夜はそれで十分」と母が言った。

 

本当に十分なのか、ユキには分からなかった。

 

けれど、もう同じところをぐるぐる回っている感じではなかった。

 

二人はもう少し湯に入っていた。熱でユキの考えがまた遅くなり、顔に当たる冷たい空気が前より鋭く感じられるまで。ようやく出ると、脱衣所は露天風呂より明るく、ドライヤーの低い音と、客たちがタオルを籠に畳んで入れるやわらかな動きで満ちていた。

 

母が棚から新しいタオルを取って、ユキに渡した。

 

「髪、ちゃんと乾かしなさい」

 

その普通の注意は、もう一つの慎重な言葉より助けになった。

 

ユキは受け取った。

 

「分かってる」

 

「あなたがそう言うときは、半分で済ませるつもりのことが多いのよ」

 

「半分よりはやる」

 

「それは、ちゃんと、とは違います」

 

ユキは手の中のタオルを見下ろし、少し笑いそうになった。

 

部屋へ戻るころには、父は男湯から戻っていて、低いテーブルの近くで旅館の案内を開いて座っていた。カイトは窓側に座り、共有の本は膝の近くにあった。部屋にはかすかに茶と畳の匂いがして、廊下より暖かかった。

 

父が顔を上げた。

 

「こっちの露天風呂の方が景色はよかったな」

 

母はタオルを籠の近くへ置いた。

 

「景色を比べ始めたの?」

 

「あっちにも景色はあった」

 

「自販機の?」

 

「並びがよかった」

 

カイトが顔を上げた。

 

「何か買ってた」

 

母が父の方を向いた。

 

父は旅館の案内を丁寧に閉じた。

 

「地域限定のお菓子だ」

 

「複数?」

 

「小さい」

 

ユキは低いテーブルの近くに座り、タオルで髪の端を押さえた。会話は、彼女があまり加わらなくても周りを流れていった。母は箱を確かめ、その一つは明日でいいと決めた。父は、待つと新鮮さに影響するかもしれないと軽く主張した。カイトはラベルを読み、それからどちらにもつかずに置いた。

 

『終バスのあとの灯籠道』は彼のそばにあり、しおりを挟んだまま閉じられていた。

 

ユキはそれを見て、それから表紙の近くに置かれたカイトの手を見た。

 

お風呂での会話は、何かを直したわけではなかった。

 

考えが小さくなったわけでもない。未来が遠くなったわけでもない。カイトはまだ仕事を探すかもしれない。卒業はまだ来る。みんなはまだ前へ進む。人はそうするものだから。

 

でも、ほかの会話がぼやけていく中で、一つの言葉だけが残った。

 

言えるところから始める。

 

ユキはゆっくり髪を乾かした。

 

何も変わっていないように見えた。カイトはまだ窓のそばにいて、本は膝の近くにある。両親はお茶と土産の箱を挟んで話している。部屋は温かい。

 

だからこそ難しかった。

 

部屋はまだ、四人のものの形をしていた。テーブルのお茶。隅で待つ畳まれた布団。土産の箱を分けている母。あとで試験でもあるみたいに旅館の案内を読む父。急がずにページをめくるカイト。

 

まだ何も変わっていない。

 

ユキはタオルを膝へ下ろした。

 

今のところ、その考えにはまだ言葉がついていなかった。胸の奥にある圧迫感だけだった。隠せるくらい静かで、忘れられないくらい確かにあるもの。

 

彼女は窓の方を見た。

 

外のガラスは、部屋を映すくらい暗くなっていた。一瞬、そこに四人全員が見えた。反射の中でやわらかくなり、同じ四角い光の中に集まっている。

 

それからカイトが少し動き、反射は彼の周りでわずかに崩れた。

 

ユキは考えすぎる前に、目をそらした。


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