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まだ知らなかった距離  作者: 遠井エイト
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第6章 パート1 — 求人

求人 — カイト



一週間後、学校の空気は、少し静かで、けれど前より長く続くものへと落ち着き始めていた。

 

職員室の外に貼り出された進路面談の予定表には、最初の数日のように人だかりができることはなくなっていた。生徒たちは今でも時々確認していたが、たいていは通りがかりにちらっと見て、そのまま教室へ向かっていく。放課後のざわめきは、他のクラスの生徒たちも面談を始めたせいで、以前より長く廊下に残るようになっていた。

 

大学の名前は、何度も聞くうちに、もう遠いもののようには響かなくなっていた。

 

最初のころ、カイトは近くでそういう話を耳にするたびに、その言葉がやけにはっきり聞こえた。けれど最近では、天気予報やテスト日程と同じように、教室や廊下の中をただ流れていく。

 

この一週間で、季節そのものも、ほとんど分からないくらい少しずつ変わり始めていた。午後遅くの日差しは教室の床に前より長く伸び、暑さはまだ消えていないのに、空気はもう完全には止まっていなかった。開いた窓から時々、不揃いな風が入り、後ろの席のあたりのプリントを揺らして、下の通りから遠い車の音を運んできた。

 

カイトは黒板に書かれた最後の課題の内容を写し終え、シャープペンにキャップをはめたところで、桜井先生が授業を終えた。

 

周りでは、椅子が床をやわらかくこすりながら、生徒たちが鞄をまとめていく。後ろではサトシが、いつものように違う椅子に座ったまま、さらに後ろの生徒と、家にいながら働けるようにネットで金を稼ぐ方法について話していた。

 

カイトはプリントを鞄に入れながら、半分だけ聞いていた。

 

この一週間で、家でも少しだけ変わったことがあった。

 

はっきり何が違うのか言えるほどではない。

 

ただ、普通の流れの周りに、小さな変化が静かに積もっていくようだった。

 

数日前の夜、次の模試に向けて一緒に練習問題を見直すかと聞いたとき、ユキはノートから目を上げないまま、ほとんどすぐに答えた。

 

「今日は一人で大丈夫」

 

別の夜には、カイトが階下で夕食の片づけを手伝い終えたころには、二階はもう静かになっていた。夕食が終わってすぐ、ユキの部屋のドアは閉まっていて、ドアの下から机の明かりがかすかに見えていた。

 

昨日の朝は、彼女が誰よりも早く起きて、先に朝食を食べ、出る時間になるまで本を読んだままあまり話さなかった。学校へ向かう道でも、口数は少なかった。

 

どれも、一つだけなら変なことではなかった。

 

今も、それを問題だとはっきり思っているわけではない。

 

それでも最近、二人の流れは少し予想しにくくなっていた。長いあいだほとんど変わらなかったものだから、小さなずれでも、たぶん必要以上に目についた。

 

教室がだいたい空になったころ、カイトは立ち上がり、鞄を肩にかけた。

 

後ろの中央あたりでは、アイコがユキの机に軽くもたれながら、カフェのデザートと、買い物アプリの割引クーポンの話を少し弾んだ調子でしていた。ユキはプリントを丁寧に重ねながら聞いていて、アイコが返事を入れられるくらいに間を空けたときだけ、短く答えている。

 

廊下へ出る生徒が減ったところで、カイトは通路を渡った。

 

「帰れる?」

 

ユキは彼を見上げた。けれど、一瞬、返事はすぐに出てこなかった。

 

代わりに、鞄の肩紐を肩のところで軽く直してから言った。

 

「今日はアイコと寄って帰る」

 

「ああ」

 

返事は、思ったより平らに口から出た。

 

アイコはすぐに笑った。たぶん、それに気づいたのだろう。

 

「少しだけだよ。駅の近くの商店街に寄るだけ」

 

「最近、二人でどこにも行ってなかったし」ユキも後から付け加えた。落ち着いた声だったので、その説明はほとんど必要ないもののように聞こえた。

 

カイトは一度うなずいた。

 

「分かった」

 

そこで会話が少し途切れた。

 

いつもなら、この時間は勝手に流れていく。どちらかが先に荷物をまとめ、もう片方が教室のドアの近くで待ち、やがてあまり相談もしないまま一緒に帰る。何年も何度も繰り返してきたので、ほとんど意識する必要もなかった。

 

けれど今は、ユキがアイコを隣に立たせたまま、帰るために立ち上がっている。

 

サトシが、鞄を片方の肩にゆるくかけてカイトの横に現れた。

 

「一緒に帰らないの、久しぶりじゃない?」

 

「ああ」

 

「帰りにポテトでも食べてく?」

 

「いい。書店に寄ろうと思ってた」

 

「お前が?」サトシが聞いた。「自分から? ユキに引っぱられる前に?」

 

「前からたまには行ってる」

 

「そうだけど、だいたい近くまで来たついでだろ」

 

カイトは鞄の肩紐を肩のところで少し直しながら、教室の後ろにいるユキへ一度目を向けた。アイコはもう机から少し離れて、出る準備をしているようだったが、ユキは椅子の横に立ったまま、片手を机の端に軽く置いていた。

 

「そこでバイトしてもいいかと思って」

 

サトシがまばたきをした。

 

「書店で?」

 

その反応は、アイコがすぐこちらを見るくらいには大きかった。

 

ユキも見た。

 

「家から近いし、この前、求人が出てるのを見た」カイトは答えた。

 

「お前が選びそうな場所そのものだな」サトシが言った。「静かな棚。静かな客。静かで暗い照明」

 

「照明は普通だ」

 

「そこが反論?」

 

アイコが小さく笑った。けれど、その隣でユキは目を下げた。

 

サトシは気づかないまま話し続けた。

 

「実際、放課後に働くの?」

 

「たぶん」

 

「なんか変な感じするな」

 

「大したことじゃない」

 

ユキはまた顔を上げ、アイコを見た。

 

「今出ないと、カフェ混むよ」

 

「うん。じゃあ、また明日ね」

 

アイコは手を振って、ユキと一緒に教室を出ていった。

 

カイトとサトシも、少ししてから教室を出た。

 

下駄箱に着くころには、最初の人の流れの多くはもう駅や運動場の方へ散っていた。外の空気には、何週間も続いた暑さのあとでようやく気づく、晩夏の変わり目のようなものが混じっていた。気温そのものはそれほど下がっていない。それでも、空気はもう淀んでいなかった。建物の間を風が通ることが増え、木々はまだ夏の色を残しているのに、乾いた葉が時々舗道の上を転がっていった。

 

下駄箱のそばで靴を履き替えながら、サトシがまた横目でカイトを見た。

 

「本気でそこで働くつもり?」

 

「たぶん」

 

「やっぱ変な感じする」

 

「ただのバイトだろ」

 

「そうだけど、普通、バイトの話をし始めるときって、みんなもっと焦ってる感じじゃん」サトシは外靴を雑に履いた。「お前、夕飯の買い物の予定立ててるみたいに言うから」

 

カイトは靴のかかとを床に当てて整えた。

 

「大したことじゃない」

 

サトシはもう一秒ほど彼を見てから、軽く肩をすくめた。

 

「分かんないけどさ。最近ちょっとぼんやりしてる気がする」

 

カイトは鞄の肩紐を少し直した。

 

「平気だよ」

 

サトシは疑わしそうな顔をした。

 

「お前、いつもそれ言う」

 

カイトが答える前に、サトシはにやっとして、駅の方の道へ後ろ向きに一歩下がった。

 

「まあ、もし採用されたら、社員割引よろしく」

 

「書店はそういう仕組みじゃないと思う」

 

「じゃあ何のために働くんだよ」

 

カイトは一度だけ首を振り、商店街の方へ歩き出した。サトシは反対側の歩道へ消えていきながら、現代の雇用には利点が足りないとまだ大きな声で文句を言っていた。

 

駅の近くの通りは、その時間にしてはいつもより混んでいた。夏服の生徒たちがコンビニやカフェの間をゆっくり流れ、会社員たちは午後の薄れていく暑さの下、駅のホームへ向かって一定の足取りで進んでいく。もっと先の道のどこかで、誰かが下手なトランペットを練習していて、いくつかの音が不安定に曲がってから、急に途切れた。

 

カイトは書店の信号を通り過ぎ、見慣れた店構えが見えてくると少し足を緩めた。

 

入口の窓の横には、求人の貼り紙がここ数日と同じ場所に貼られていた。

 

アルバイトスタッフ募集。

 

学生シフト可。

 

貼り紙そのものは、たぶんほとんどの人が一度見たらすぐに意識しなくなるくらい素っ気ないものだった。けれど最近のカイトは、通るたびにほとんど毎回それを読んでいた。

 

大学の費用。

 

電車代。

 

教科書。

 

その先の生活費。

 

この一週間で、そういう考えが少しずつ、普通のものに結びつき始めていた。まだ重く感じるほどではない。けれど、進路の話はもう完全な抽象ではなくなっていた。

 

少し前まで、大学はほとんど、パンフレットの中の名前や面談で出る話題でしかなかった。最近は、その考えにもっと具体的な重さが乗り始めている。

 

予定。

 

距離。

 

お金。

 

現実に考えること。

 

カイトが中へ入ると、書店のドアは静かに開いた。

 

すぐに冷たい空気が顔に触れ、紙とビニール包装と、棚の高いところにたまった薄い埃の匂いがした。店内は、その時間にしてはいつもより空いていた。まだほとんどの生徒が学校から戻る途中だからだろう。

 

カイトは新刊の平台のそばで自然に足を緩めた。

 

放課後、時々立ち寄ってきたので、だいたいの配置はもう分かっていた。入口近くには明るいポップの下に新刊が並び、奥へ進むほど通路は少しずつ狭くなって、学習参考書や文学の棚へ続いている。

 

店のエプロンを着けた高校生くらいの店員が、棚の前にしゃがんで文庫本の列をまっすぐに直していた。レジの近くでは、年上の店員が客にポイントカードの説明をしていて、その横でもう一人が黙って雑誌を通している。

 

カイトは、自分がそこで何をするつもりなのかはっきり決めないまま、奥へ進んだ。

 

実際に店へ入れば、働くという考えはもっと具体的になると思っていたところがあった。けれど店の空気は、その考えを小さな確認事項へ枝分かれさせただけだった。

 

シフトは何時までになるのか。

 

勉強の予定と両立するのが面倒になるかどうか。

 

受験の時期に続けるのが難しくなるかどうか。

 

家での夕食に影響するかどうか。

 

最後の考えだけが、他より少し長く残ってから、また薄れていった。

 

カイトはほとんど自然に、工学と数学の棚の近くで足を止めた。

 

面談の時期が始まったせいか、通路の端には大学受験用の本がいくつも目立つように置かれていた。厚い受験案内、問題集、大学ランキング、奨学金の情報。最近はそれを眺める生徒も増えていて、夏の初めのように棚が手つかずに見えることはなくなっていた。

 

大学生くらいの店員が、返却された本の束を胸に抱えて近くを通った。

 

「何かお探しですか?」立っている彼に気づいて、丁寧に聞いた。

 

「いえ、特には」

 

「受験参考書ですか?」

 

「たぶん、あとで」

 

店員は軽く笑った。

 

「この時期、みなさんそうおっしゃいます」

 

彼女が通路の奥へ消えたあと、カイトはもう一度、店の前の方にあるレジへ目を向けた。

 

ここで働くのは、配置を覚えれば、それほど難しくはなさそうだった。

 

そう思ったこと自体は自然で、自分がさっきより真剣に考えていることにも、ほとんど気づかなかった。

 

特にバイトがしたいからではない。

 

ただ、ここに立っている時間が長くなるほど、その考えがだんだんもっともらしくなっていった。

 

しばらくして、カイトは店の前のレジへ戻った。さっきの年上の店員が、カウンターの横で返却された雑誌をきれいな束に整えていた。近くで見ると、レジのそばに貼られた求人の紙は、外から見たときよりさらに普通だった。黒い印字。店の連絡先。勤務可能時間についての条件。

 

複雑なことは何もなかった。

 

カイトが近づくと、店員が顔を上げた。

 

「すみません」カイトは言った。「求人の貼り紙のことで」

 

女性の表情はすぐに、慣れた理解の色へ変わった。

 

「ああ、応募を考えていらっしゃいますか?」

 

「一応」

 

「学生さん?」

 

カイトは一度うなずいた。

 

店員は雑誌を置いた。

 

「今は主に、夕方と週末に入れる方を探しています。アルバイトの経験はありますか?」

 

「ないです」

 

「大丈夫です。学生さんは初めての方が多いので」彼女はカウンターの下から、小さな紙のカードを取り出した。連絡先がきれいに印刷されている。「まずはメールで受け付けています。履歴書と入れる曜日や時間を送ってください。問題なさそうなら、そのあと面接の日程を決めます」

 

カイトはカードを丁寧に受け取った。

 

「履歴書に、何か特に必要なことはありますか?」

 

「今のところは基本的な内容で大丈夫です。学年、予定、経験があればそのあたりですね」女性は軽く笑った。「あまり完璧にしようとしなくていいですよ。応募してくる学生さんの半分くらいは、メールからもう緊張していますから」

 

「そうですか」

 

彼女は背後の通路の方へ、小さく手を向けた。

 

「あなたは、もうその中では落ち着いている方に見えます」

 

カイトは棚が奥へ続いていくのを一度見てから、カードを財布に丁寧にしまった。

 

「考えてみます」

 

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

カイトがようやく書店を出るころには、外の日差しはもう夕方の金色へやわらいでいた。

 

帰り道は、いつもより静かに感じられた。

 

通りそのものに音がなかったわけではない。車は交差点を絶えず通り、アパート沿いの木々からはまだ蝉の声がして、駅へ向かう生徒たちの小さな集まりからは会話が流れていた。

 

それでも、ユキが隣にいないと、道そのものがいつもより多く、彼の意識の中に残った。

 

普段なら、道の一部は会話や慣れた沈黙の下でぼんやり流れていく。信号が変わる。歩道が狭くなる。店の前をいくつも通り過ぎる。そんなことはあまり考えなくていい。

 

今日は、その一つ一つが少し目についた。

 

近所の家々の屋根に日が近づくころ、自分の家が見えてきた。

 

中に入ると、家には、夕食の支度が本格的に始まる前によくある静けさがあった。居間にはまだお茶の匂いがかすかに残っていて、奥の方からページをめくる小さな音がした。

 

「ただいま」カイトは玄関に入りながら言った。

 

「おかえり」と母が答えた。

 

靴を替え、手を洗ってから奥へ入ると、母はダイニングテーブルについて、文庫本を片手にゆるく開いていた。テーブルの端近くには陶器のマグカップが置かれ、その椅子の後ろの床板には、午後遅くの日差しが伸びていた。

 

「今日は早いのね」母はページの間にしおりを丁寧に挟んでから、本を閉じた。

 

「ユキはアイコと出かけた」

 

「あら」母の眉が少し上がった。「最近では珍しいわね」

 

カイトは一度うなずき、台所の方へ向かった。帰り道で買ったペットボトルのお茶をしまうために冷蔵庫を開けると、低い音で機械が鳴った。

 

「アイコちゃんがいてくれるのはいいわね」母はテーブルから立ちながら続けた。「あの子、なんだかんだでユキを外に連れ出してくれるもの。最近、あの子は家にこもりすぎていたし」

 

カイトは静かに「うん」とだけ返した。

 

数分後、下でまた玄関のドアが開き、続いて父が仕事鞄を入口近くに置く少し重い音がした。

 

「ただいま」と声がした。

 

「おかえりなさい」母はもう台所へ向かいながら答えた。

 

父はネクタイを少し緩めて奥へ入ってきた。

 

「お前も早いな」

 

「書店に寄ってた」

 

「駅の近くの?」

 

「うん。父さんがこの前読み終わった本の続き、買ってきた」

 

「おお、ありがとう。助かるよ」

 

父は母に軽くキスをしてから流しで手を洗い、そのあいだに母は冷蔵庫から食材を一つずつ取り出し始めた。

 

その後、台所はいつもの夕方の流れへと少しずつ入っていった。水の音。まな板に野菜が当たる軽い音。戸棚の扉が静かに開いて閉じる音。カイトは特に話し合うこともなく、その間を自然に動き、父が流しの近くでねぎを刻んでいるあいだ、上の棚から椀を取り出した。

 

どの動きにも、もう指示は必要なかった。みんな、何がどこにあるか分かっている。

 

数分して、父が横目でカイトを見た。

 

「今日は静かだな」

 

カイトは手に持った小皿の束を少し整えた。

 

「平気だよ」

 

父は短く彼を見た。

 

「お前はいつもそう言うな」

 

カイトは父を見返してから、皿をダイニングテーブルへ運んだ。

 

「俺の言うことを全部返してくる人がいないからだと思う」

 

父が小さく笑った。

 

「それはそうかもしれないな」

 

夕食の支度はそのすぐ後に終わり、料理を並べ終えたほとんどその瞬間、下でまた玄関のドアが開いた。

 

「ただいま」とユキが言った。

 

「ちょうどよかったわ」母がすぐに答えた。

 

少しして、ユキがダイニングに入ってきた。まだ制服のままだったが、襟元のリボンは朝より少し緩んでいて、外にいるあいだに直したように見えた。席に着くとき、髪には夕方の外の空気がかすかに残っていた。

 

「早かったな」とカイトは言った。

 

「アイコが電車に乗らなきゃいけなかったから」

 

それから夕食は、普通に始まった。

 

アイコは結局、一時間近くユキをいろいろな店へ連れ回したらしいが、自分ではほとんど何も買わなかった。母は笑って、それはアイコちゃんらしいと言い、父は、今どきの学生は服より飲み物に金を使うんだなと冗談を言った。

 

会話はそれなりに自然に続いていたが、焼き魚と味噌汁のあいだで、さっきの考えがまたカイトの中に戻ってきた。

 

彼は一度、箸を置いた。

 

「バイトをしようかと思ってる」

 

そのあと、食卓が少し静かになった。

 

張りつめるほどではない。

 

ただ、みんなが彼を見るくらいには。

 

「バイト?」母が繰り返した。

 

「うん」

 

父は椅子にもたれるように、少し体を引いた。

 

「急にか?」

 

「急ってほどじゃない。最近、始める人も多いし」

 

「どんな仕事だ?」

 

「駅の近くの書店が募集してる」

 

向かいの席で、ユキの箸が茶碗の縁にかすかに止まり、すぐにまた動いた。

 

見落とされてもおかしくないくらい小さな動きだったが、カイトはそれを言いながら彼女の方を見ていた。

 

「書店なら、働く場所としては良さそうだな」と父が言った。

 

「近いし」カイトは答えた。少し間を置いてから付け足す。「応募のことは、もう聞いてきた」

 

母がまばたきをした。

 

「もう?」

 

「まずメールで履歴書を送るんだって」

 

父は小さくうなずいた。

 

「今はだいたいそうだな」

 

その点は大事だった。通学の邪魔にはあまりならないし、夕方のシフトも、予定をきちんと組めばたぶん問題ない。

 

それでも、口に出すと、その考えは前より具体的になった。

 

母は父と短く目を合わせてから、慎重に話した。

 

「早いうちに責任を覚えるのは、悪いことじゃないわね」

 

「成績に響かなければな」と父が付け加えた。

 

「響かない」

 

「今はそう言えるだろうけど」

 

「自分の限界は分かってるし、今まで成績も落としてない」

 

話しているあいだ、ユキはいつもより静かだった。

 

はっきり落ち込んでいるわけではない。

 

ただ、静かだった。

 

途中で、彼女の目がテーブルの真ん中にある醤油差しへ短く動いたのにカイトは気づいた。あまり考えずに手を伸ばし、少しだけ彼女の側へ寄せてから、手を自分の茶碗に戻した。

 

ユキはそれを取る前に、また一瞬だけ止まった。

 

「……ありがと」

 

「うん」

 

その後、会話は少しずつ、勤務時間や社員割引のこと、学生のバイトには書店の方が飲食店より落ち着いているのか、という話へ移っていった。

 

食卓の空気は普通のままだった。

 

それでも、その普通の会話の下で、夕方全体が少しだけ変わったように感じられた。

 

そのあとも、カイトの意識の一部はユキの方へ戻り続けていた。彼女の様子の変化はまだ少し読み取りにくい。けれど、それ以上問い詰めても、たぶん二人の間がもっと居心地悪くなるだけだった。

 

今は、彼女が最近抱えているものを、自分で整理するのを待つ方がいい。いつか話したくなったら、そのとき聞けばいい。

 

今いちばん筋が通っているのは、目の前にあることに集中することだった。

 

学校。

 

進路。

 

そして、卒業の先に待っている生活の、現実的な形。


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