32 真相はどうなんだろう?
捜査が本格的に動き始めた。
鑑識班が現場を細かく調べ上げ、検死の結果が報告される。犯行が行われたとされる時間帯は、夜の8時半から10時前後。その時間帯に第二の犯行現場となった部屋の周辺を出入りしていた人物に、捜査の焦点が当たっていく。
警部が手帳を開きながら、容疑者たちのアリバイを一人ずつ確認していく場面だ。従業員と女将についての話になったとき、警部がそれとなく口にした。
「従業員と女将については、繁忙時間帯ですし……アリバイの確認対象から外してもいいかもしれませんな」
その言葉に、由紀かおるが静かに首を振った。
「それはないと思います」
「ほう。なぜです?」
「温泉宿の従業員というのは、お客様の部屋を回って、滞在に不都合はないかを確認する仕事もあります。その時間帯に廊下をうろついていたとしても、まったく不自然ではありません。アリバイの対象から外すのは早計かと」
警部がわずかに表情を変えた。
「……それも、そうか」
「さすが由紀かおる」
俺は思わず声に出した。
「我が君……目がキラキラしていますよ」
「演技がいいと言っているんだ」
「そういうことにしておきましょう」
メセタがすました顔で前を向いた。くそ、この狼は本当に飄々としている。
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「たしかに従業員というのは怪しいですね」
メセタが真剣な顔でテレビを見ながら言った。
「それだけじゃなくて、従業員なら被害者と過去に因縁があった可能性もある。宿泊客は今回初めて来た人間がほとんどだろうけど、従業員はこの温泉郷にずっといるわけだから」
「なるほど……土地に根付いている人間は、それだけ過去の繋がりも多い、ということですね」
「そういうこと」
画面の中では、捜査が続いていた。従業員の一人、武井善子という名の女性が映し出される。落ち着いた所作で警部の質問に答えているが、その目の奥に何かがある気がした。
「武井善子……アリバイはあるようですが」
「あるからといって、完全に外せるわけじゃない。アリバイは作れる場合もあるからな」
「共犯者がいれば、なおさらですね」
メセタの目が細くなった。ドラマに引き込まれているのがよくわかる。
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しばらくして、全員に部屋での待機命令が出された。
場面は由紀かおるとヨシオの部屋へ。ふたりが向かい合って座り、これまでの情報を整理し始める。
「かおる、今回の真相はどう思う?」
ヨシオが問いかけた。
かおるは少し目を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。
「今の段階では確証はないけど……武井善子さんが気になるわね。でもアリバイはある。そして密室のトリックも、まだ解けていない」
「ということは?」
「まだ足りないピースがある、ということよ」
俺はそこで箸を置いた。
「このドラマの面白いところは、ここなんだよ。謎を全部明かさないまま、じわじわと伏線を積み上げていく。見ている側も一緒に考えられる」
「それがミステリーの醍醐味というものですね」
「そう。答えが出る前に自分なりの推理を立てて、当たるか外れるかを楽しむ」
「では我が君はいま誰が犯人だと思っていますか?」
「……武井善子かな。でも理由がまだ見えない」
「わたしも同じです。ただ……アリバイがある人間が犯人という可能性を考えると、共犯者の存在が気になります」
(やっぱりメセタは鋭い)
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物語はなかなか進展しないまま、夜が明けた。
翌日。本来なら宿泊最終日のはずだったが、事件に巻き込まれたという事情から、宿泊期間を延長しても料金は発生しないということになったらしい。
だが事件は、まだ終わっていない。
昼過ぎ、廊下が急に慌ただしくなった。由紀かおるとヨシオが部屋を出て確認すると、203号室の前に人だかりができている。
「どうしたんですか?」
「中で人が死んでいるらしい」
隣に立っていた宿泊客が、青ざめた顔で言った。
「また!?」
俺とメセタが同時に声を上げた。
203号室の宿泊客、祖父江俊和という男性が亡くなっていた。そしてその枕元には、一枚の紙が置かれていた。
由紀かおるが手袋をはめて、それを広げる。画面にその文字が映し出された。
『この事件の犯人は私です。長い間、脅されていました。耐えきれなくなったのです。だから今回、この温泉郷にて犯行を行う決意をしました。死をもって罪を償います』
メセタが静かに言った。
「これで事件は解決ですか……?」
俺は首を振った。
「いや。これは偽装工作だよ」
「偽装……ではこれ自体が第三の犯行ということですか」
「そういうこと。遺書を残して自分が犯人だと見せかける。でも本当の犯人は別にいる」
「遺書を書かせた、あるいは書かれたものを利用した……ということですね」
「鋭いな。どちらの可能性もある」
メセタが難しい顔をしながら、スコーンをひとかじりした。画面の中では、由紀かおるが静かに考え込んでいる。その表情が、何かを掴みかけていることを示していた。
「我が君、由紀かおるは気づいていますね」
「そうだな。あの顔は、ピースが繋がりかけている顔だ」
「次の展開が楽しみであります」
尻尾がゆっくりと揺れた。
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