3 ここから始まる俺のスローライフ
次に願ったのは、豆腐とわかめの味噌汁だった。
鍋ごとコンロの上に現れたので、蓋を開けて一口すすってみる。ちゃんと味がついている。出汁も効いている。悪くない。
「火、頼む」
コンロのつまみをかちりと回すと、青い炎が輪を描いた。じわじわと鍋の底が温まり始める音がする。お椀も、お箸も、おたまも、家庭用洗剤も、願えば順番に出てきた。
揃えながら、ふと思う。
これからずっとここで暮らすなら、自炊ができないといけない。材料を願い続けるのも悪くはないが、せめて調味料くらいは手元に置いておきたい。
実家でよく飲んでいた味噌汁は、麦味噌だった。
ぽんっ。
「……味噌用のお櫃?」
木製の小さなお櫃が現れた。恐る恐る蓋を開けると、見慣れた色と香りが広がった。麦味噌だ。長年、朝の食卓にあり続けたあの味噌が、ここにある。
少しだけ、懐かしい気持ちになった。
声に出さなくても、心の中で思い浮かべるだけで叶う。それもはっきりわかった。この力は、俺の意志に素直に従うらしい。
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食事の前に、もう少しだけ家を整えておきたかった。
洗濯機。
ぽんっ。
音のした方へ歩いていくと、洗濯機置き場にきっちり収まっていた。電源ケーブルもコンセントに刺さっている。
テレビ。
ぽんっ。
リビングの一角に、テレビとテレビ台がおさまっていた。続けてブルーレイプレーヤーとDVDプレーヤーを念じると、両方とも出てきた。配線まで済んでいる。
「共有リモコンがあれば楽なんだけどな」
ぽんっ。
手の中に、一台のリモコンが収まった。
「……便利すぎる」
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そうこうしているうちに、鍋から湯気が上がり始めた。
ご飯をよそって、味噌汁をよそって。刺身の皿はすでにテーブルにある。椅子を引いて座ると、ちょうどいい高さだった。
リモコンを手に取り、テレビをつける。
画面が明るくなった。音が部屋に広がった。
箸を持つ。
「いただきます」
誰に言うわけでもなく、小さく呟いた。
異世界の一軒家で、やまめの刺身と麦味噌の味噌汁と炊きたてのご飯。テレビの音だけが静かに流れている。
これが、俺のスローライフというやつなのかもしれない。
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