2 魚調理は結構ハードだが面白い
三枚おろし、というやつだ。
包丁を尾びれのそばに寝かせ、刃を横向きにする。焦らず、ゆっくり。刃をエラの方へ向かって滑らせながら、骨の上を丁寧になぞっていく。手を切らないよう、押すのではなく引く感覚で。反対側も同じように。
骨から身が離れた瞬間、小さな達成感があった。
「結構、面白いな……」
思わず声に出ていた。慎重にやっているのに、気づけば夢中になっている。こういう作業、嫌いじゃない。
獲れたてだから刺身にも使える。今度は刺身包丁に持ち替えて、身を薄く、均等に切っていく。刃を引くたびに、澄んだ断面があらわれた。
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盛り付けには皿がいる。
ぽんっ。
出てきた。
(……やっぱり慣れない)
刺身といえば、添えるものがある。食用菊に、山葵わさび、醤油、おろし金。大根も。頭の中で順番に思い描くたび、
ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ。
全部揃った。
山葵の塊を手に取る。包丁で薄く削いでから、おろし金にあてて円を描くようにゆっくり下ろしていく。するとふわりと、鼻の奥を刺すような香りが立ち上がった。目の奥がじんわりする。
「ツーンとくる……」
そういえば、山葵は根だけじゃなくて茎も花も辛いと聞いたことがある。植物まるごと全部が辛い、というのはなかなか潔い生き方だと思う。
次は大根だ。辛味は根の先端に向かうほど強くなるから、下ろすのは葉のついていた側を使う。おろし金で粗くおろして、大根つまは専用の器具で。輪切りにしてセットし、取っ手をくるくると回せば、細い千切りがふわりと出てくる。
「なかなか様になってきたな」
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ふと、シンクの蛇口が気になった。
試しに回すと、普通に水が出た。
「おお」
小さく声が漏れた。当たり前のことなのに、なぜかほっとする。
タオルを三枚願うと出てきたので、一枚を蛇口の近くに掛けて、残りは棚にしまった。手を拭いて、改めてキッチン全体を見渡す。
整っていた。
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ダイニングにテーブルと椅子を出して、刺身の皿を置く。
ここまで来て、ふと思った。
「……炊きたてのご飯があれば完璧なんだけどな」
ぽんっ。
炊飯器が現れた。蓋を開けると、湯気が立ち上った。
(これが出来るなら、電気も――)
念じると、壁にコンセントが増えた。スイッチも加わった。
俺はしばらく、その壁を眺めていた。
望めば、出てくる。生きるのに必要なものが、思い描いた通りに。この力は偶然じゃない。たぶん、俺のものだ。
大袈裟に喜ぶ気にはなれなかった。ただ、腑に落ちる感じがした。そうか、と。これが俺の、ここでの生き方になるんだな、と。
湯気の立つご飯と、やまめの刺身。
まず、食べよう




