1 移転先で様々な出来事起こりすぎなんすけど!?
世界は広い。広いはずなのに――どうして転移初日から池にダイブしてるんだろう、俺は。
水を吸った服が重い。岸に這い上がりながら、冷たさで痺れた手足を動かして、俺はようやく地面に膝をついた。
「……はぁ」
ため息ひとつ。見渡す限り、森。人の気配もなければ、道らしいものもない。とりあえず体を温めなければ話にならない。
薪があれば。
頭の中でそう思った、まさにその瞬間だった。
ドサッ。
目の前に、乾燥した薪の束が現れた。
「………………はい?」
二度見した。三度見した。どこからどう見ても、薪だった。
じゃあ、火は?
試しにそう念じると、薪の先端がぼっと音を立てて燃え上がった。
「うわっ!?」
思わず後退りながら、それでも俺の頭は妙に冷静に状況を整理し始めていた。
――願ったものが、出てくる。
もう一度「薪」と念じる。また出た。「魚」と思った瞬間、
ぴちぴちっ。
足元に、銀色の魚体が跳ねていた。
「……嘘でしょ」
拾い上げてよく見れば、やまめだった。背中の斑点模様が美しい、川魚の中でも上品な部類の奴だ。さっきの池は川と繋がっているのかもしれない。まあ、細かいことは後でいい。
それよりも――この力、どこまで使えるんだろう。
バスタオル。
ぽんっ。
着替え。
ぽんっ。
肉と野菜、鍋、竈門かまど……あと、できれば住む場所が――
ぽんっ、ぽんっ、ぽぽんっ。
背後で、何かが建つ音がした。
「……え」
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、こぢんまりとした一軒家だった。ログハウス風の外壁に、小さな煙突。窓の向こうには明かりまで灯っている。
「なんですと」
思わず素の声が出た。
恐る恐るドアを開けると、中はリビングダイニングが広がっており、奥には風呂場。キッチンには竈門がどっしりと構え、冷蔵庫まである。扉を開ければ、新鮮な肉と野菜がきっちり収まっていた。
「さっき俺が頭の中で思い描いた家が……そのまま建ってるじゃないか」
呟きながら、ひとつ深呼吸する。
転移してきた理由も、この力の正体も、まだ何もわからない。でも今は――それよりも先にやるべきことがある。
俺は外に出て、さっき現れたやまめを手に取った。ひんやりとした感触。まだぴくぴくと動いている。
「せっかく手に入ったんだ。丁寧にやらせてもらうよ」
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キッチンに戻り、まな板を念じると、程よい厚みのある木製のものが現れた。包丁を願えば、「関」の刻印が入った本格的な出刃が出てきた。刃を指の腹でそっと触れると、ひやりとした鋭さが伝わってくる。業物だ。
まずは鱗うろこから落とす。
スプーンを一本取り出し、窪みを下に向けて魚の尾の方から頭へ、逆なでするように滑らせた。鱗がぱらぱらと弾けて、まな板の上に散る。力を入れすぎず、しかし確実に。腹側は皮が柔らかいから、少し角度を変えて丁寧に。
鱗が取れたら、次はエラだ。
エラ蓋に沿って浅く切り込みを入れ、エラ自体を引っ張り出す。ここで力任せにやると血袋を傷つけてしまう。破れれば臭みが身に移る。だから慎重に、指先で確かめながら。
内臓を取り出すのも同様だ。腹に刃先だけを使って薄く切り開き、指でやさしく掻き出す。
冷水でさっと洗い流すと、身がきゅっと締まった。
「……完璧」
思わず独り言が出た。
異世界転移初日に、一軒家を建てて、やまめを捌いている。
なかなかどうして、悪くない滑り出しじゃないか。




