第7話 その9 「鋼の剣と串焼きの誓い」
スリフト様が剣を抜き、こちらを真っ向から見据える。その姿はもはや荒ぶる軍用犬、あるいは獲物を追い詰めた狼です。「グルルル」スリフトです。
対する私の視界も、各種インフォメーションがてんこ盛りの「戦闘モード」へと強制移行した。
《『ストロング・ノブレス・ソード』装備中のため、戦闘力評価を正しく算出できません。結論:圧勝です》
(圧勝って! 自爆前提の『AAA+++』を基準にしてどうしろと言うのよ、プラム!)
わたし達、なんだか最近ポンコツ度に磨きがかかってません?
「せいッ!」
スリフト様が一気に踏み込んできた。上段からの振り下ろし。分厚い西洋刀が、その重量と衝撃で敵を叩き潰す一撃を放つ。混じり気なしの殺気が痛いくらい篭ってる。
――ダメ、身体が勝手に!
自動予知による反撃プロトコル発動。私の『SNS』が、斜め下に据えられ逆袈裟に滑らかに撫で切る。
――リーン!
澄んだ鈴音の斬撃、すぐさま刃を返して次撃に備える。
ヤバいです。タイミングバッチリです。スリフト様を殺っちやいました?
でも、血の匂いはしない。人を斬った感触も……ない。
ふと見れば、スリフト様の両足が地面から浮いていた。
「アルスト王子……!?」
スリフト様の振り下ろす腕の下に、アルスト王子の手が添えられていた。
いや、添えられているんじゃない。片手一本で、フル装備のスリフト様を「吊り上げて」いるのだ。どんな超人筋力なのよ、この王子。
結果として、スリフト様の剣は私の頭上で止まり、踏み込みを浮かされたことで私のカウンターも空を切っていた。
「お見事だね、透香。でも僕も、スリフトをまだ失いたくないんだ。ごめんね」
アルスト王子が楽しそうに笑い、吊り上げていた手を離す。スリフト様がドスンと着地した瞬間、その衝撃で、彼の剣が中ほどからポロリとズレ落ちた。
『SNS』で、刀身ごと断ち切っていたのだ。忘れていた、この刀、なんでも斬れるんだった。
ゴンッ!
「いったぁぁーい!」
落ちてきた剣の先が、私の頭を直撃した。斬れはしないけれど、重いのがゴツんときた。私は頭を抱えてその場に蹲った。たんこぶができたらどうしてくれるの。
「俺の、俺の自慢の剣がぁ……!」
「セシリア鋼って、本当に何でも斬れるんだね。驚いたよ」
頭上で響く、スリフト様の絶叫と王子の笑い声。
「まあ、ここはお互い痛み分けってことで、今夜はいいかな? 透香、立てる?」
差し出された王子の手を取り、私は立ち上がる。
「こっちは斬り殺されそうになったんですけど。なんだか上手く言いくるめられた気がするんですが……まあ、いいです」
私は背中の鞘尻を少し浮かせ、円をなぞって『SNS』を鞘口に走らせる。滑り落ちるように納刀される。そのままホログラムで刀の存在を消去した。
「見事なものだね。誰かに習ったのかい?」
「お祖父様直伝です。えっへん! ……あッ!」
「ふーん。お祖父様、ね」
あああ、またやってしまった!
私の正体、もはや「ギフト」の設定を通り越して、人間くささがフルオープンのマッパです。無念。
「じゃあ、学園まで出発だね」
スカートの砂をパンパンと払い、いざ出発……と思ったけれど。
何かを忘れている気がする。……??
ポン、と手を叩いて思い出した。カバドラゴンだ!
「何よ! やっぱり戦闘力Fじゃない! その刀がチートなだけじゃない、ズルメイド!」
見れば、上空にパタパタとカバ(自称ドラゴン)が浮かんでいらっしゃる。
「おっしゃる通りチート武器ですよ。SNSだけに騙されることも多いんです。勉強になったでしょう、カバドラゴン」
ちょっとは言い返さないと後味が悪い。
「カバって言うなバカ! だいたい、オバサンメイドがどうしてアルスト王子と仲良くしてるのよ!」
「またオバサンって言った! どこをどう見たらこのピチピチなメイドがオバサンに見えるのよ。あなたの目はガラス玉かなんかですかーだ!」
「殿下、あんなアーネストのギフトのどこが良いんです? ぬいぐるみと同レベルで喧嘩してますよ……」
「可愛いよね。彼女は純真なんだ」
外野の好き勝手な言い草に、羞恥と照れで顔が熱くなる。おのれ、カバドラゴン(八つ当たり)です。
「ふん、頑張っても無駄よ! 王子様もスリフト様も、ぜーんぶリリィお姉ちゃんのものなんだから! いーっだ、バカメイド!」
捨て台詞を吐きながら、カバドラゴンは透けるように消えてしまった。
私並みに迂闊な子! 「リリィ」の名前を出したらバレバレじゃない。
「リリィレインの関係者……でしょうか」
「たぶん、彼女のギフトなんだろうね」
ほら、王子たちにも完全にバレている。でも、おかしいな。私のゲーム設定では、リリィのギフトはもっと可愛い「ピンクのドラゴン」だったはず。
王子の性格といい、この世界の「ズレ」が気にかかる。
「逃げちゃったけど、いいのかい?」
「ええ。あれだけヒントを残していった残念な子ですから、すぐに見つかるでしょう」
「そうだね。透香に負けないくらいにね」
またさりげなく手を取って、顔を近づけてくる。それに、イジワル。
私は半歩下がり、小指で口の端を引っ張って返してやった。
「いーっだ!」
イジワル腹黒王子様め。
「へぇ、そういう仕草なんだ。さっきのギフトもやってたから、なんだろうと思ってたよ」
……あれ? この世界には「あっかんべー」の文化がないのかしら。だとしたら、あのカバドラゴンはなぜ知っていたの?
「おい、不敬だぞアーネストのギフト!」
うわ、ワンコ騎士スリフト様、真面目すぎて面倒くさい。剣を折られたのを根に持ってるでしょ。
「スリフト、いいんだよ。僕と彼女の仲なんだから」
「いつそんな仲になったんですか!」
「いつでもいいよ」
会話にならない。隙あらば手を握ろうとするし、私の評価の中で「魅惑の王子」から「怪しい人」へ絶賛格下げ中である。
「そういえば、スリフト。買い出しは済ませたかい?」
「ああ、バッチリだ」
スリフト様がちょこちょこと離れてガサゴソして、色々と抱えて戻ってきた。隠していた骨を掘り返してきた犬、まさにそんな感じだ。やっぱりワンコじゃないですか。
「肉に魚介、揚げ物に菓子、フルーツ! に各種飲み物、至れり尽くせりだぞ!」
「じゃあ、改めて学園に帰りましょうか、透香さん」
アルスト王子が、腕を組めと言わんばかりに横へ並ぶ。王子様、スキンシップしないと死んじゃう病なの? ならお可哀想に……なんてね。
私は王子の腕の間をすり抜けるように手を伸ばし、スリフト様が持っている串焼きを奪取した。
「串焼きゲットです!」
してやったり。そのまま手を引こうとした瞬間、ヒョイと手首を捕まえられた。驚く間もなく上に引き上げられる。
王子が、私の持っている串焼きをアムリと一口。
「透香が選んでくれたから、とても美味しいよ」
……はい、負けました。
美味しかったなら、何よりでございます。王子さま!




