第7話 その8 「小さな襲撃者」
立ち並ぶ露店を抜けると、人通りも疎らになってきました。
「アルスト王子殿下。あの、そろそろ降ろしてもらえません?」
「えっ、降りるの?」
「ぜひ。……というか、今すぐお願いします」
何故そこで疑問形? 不思議そうな顔をしないでください。
王子はやれやれといった風に体を傾け、私の足が地に着いたのを確認して解放……してくれませんでした。エスコートの形を維持したまま、絡めた私の手を引き寄せます。
彼は愛おしげに私の手の甲を自分の頬に寄せると、そのまま軽く唇を落としました。
「名残惜しいな、透香……」
ひゃー! こんなアダルティな挙動、映画でしか見たことないですよ!絶対、顔が真っ赤になってる自覚があります。
動揺する私を、アルスト王子は楽しそうに眺めています。人を魅了する魔性の笑顔。完全にからかわれてますね、これ。
それに、また『透香』と呼びました。まだ鎌をかけてくるつもり? 私みたいな「道具」の何がそんなに知りたいの。
「アルスト王子は、そんなに『透香』と話したいのですか?」
「本当の君に、会わせてくれるのかい?」
「本当の私って。透香は、私の中の一人格にすぎませんよ?」
「でも、透香はギフトではなく『人』だよね? それも、この世界ではない場所から来た」
「ちょっと、待って待って! いったいどこまで知ってるんです!? あなたも転生者? それともゲームプレイヤー? 関係者? 誰なの!?」
あまりの衝撃に、矢継ぎ早に質問をぶつけてしまいました。すると王子は――。
あー、口をポカンと開けてる。演技じゃなくて、心底驚いていらっしゃる。
……もしかして、私、やっちゃいました?
単なる当てずっぽうの鎌に引っかかって、馬脚を現すどころか、異世界バレまでセットで白状しちゃった? ハメられた……バカなの、私?
「あの……アルスト王子殿下。今のは無し、って言ったら忘れてくれます?」
首が大きく横に振られました。ですよねー。
「……ふ、ははっ。……あはははは!」
最初はこらえるような低い笑い声。それが次第に、抑えきれない歓喜へと変わっていきます。
アルスト王子は片手で顔を覆い、指の隙間から、まるで最高の宝物を見つけた子供のような爛々とした瞳で私を射抜きました。
蛇に睨まれた、憐れなルナリアの気分です。
「透香、君は本当に素直なんだね。まさかそんなにストレートに『白状』してくれるなんて。鎌をかけた僕の方が、君の潔さに引いているくらいだ。……ああ、最高だ。忘れる? 正気かい? 僕が待ち望んでいたピースが、想像以上の形で現れたんだ。手放す選択肢なんてないよ」
その時の王子の顔を、私は知っています。
かつて私(制作者)がした顔。……なんて格好いい言い方をしてみたけど、私のはただの乙女ゲームだし、ミリも格好良くはないんですけどね。
でも、すべてがつまらなく思える中で、「これだ」と思えるものに出会えた時の、妄執とも言える歓喜。それに突き上げられる情動。……それだけは、たぶん同じ。
じゃあ、なんでこの王子様は、そこまで世界をつまらなく思っていたんだろう?
はっ、ダメダメダメ! 深入りは禁物です! どう考えてもまともなことを考えてなさそうだもの。シンクロしちゃダメ! 飲み込まれないよう、距離を取らなきゃ。絶対に面倒なことになるって、私の直感が全力で告げてるもの!
「ああ、ごめんね。怖がらせちゃったかな? 安心して、透香。君を傷つけたいわけじゃないんだ」
先程までの優しい笑顔に戻っているけれど、目が違います。もう隠すつもりもなく、真っ直ぐに私を見つめてくる。
「ねえ、透香。君には、この世界がどう見えている?」
肩を掴まれて、顔を覗き込まれる。相変わらず距離感バグってます。近い、近いから! まともに頭が回らなくなるから!
「僕はね、この世界が『ゲーム』にしか見えないんだ。僕にとっては人も、ギフトも違いはない。等しく盤面上の駒なんだよ。……もちろん、僕自身も含めてね」
ヒィィ! とびっきりヤバイ人がキター!
頭が良くて、武に秀で、誰にでも平等に接する理想的な王子様。お母さん(制作者)、そう育てたはずなのに、どうして「腹黒ラスボス王子」になっちゃってるのよ! どこで教育方針を間違えたの!?
「ちょっと待って、アルスト王子殿下! まずは落ち着きましょう、お互いに!」
それすら無視して王子がグイグイ近づいてきたその時、ビクン! と邪魔者の波動を感知しました。シックスセンスセンサーが危険を告げる。この小さな気配……さっき酒樽を転がしてきたあいつだ。
「邪魔が入ったみたいだね。どうする、僕がやろうか?」
「いえ、用事があるのはこちらの方みたいですし、相手を特定しないと今後も困るので。頑張ってみます」
「僕を頼ってほしかったけど……まあいい。気をつけて。たぶん『風使い』だよ」
風使いって、風よ吹けー! ってやつ?
直後、本当にブワッ! と風が吹きました。しかもこれ、ピンポイントでスカートをめくりにきてない!?
「きゃっ!」
咄嗟に押さえたけど、今の、大丈夫だった? 王子と目が合う。……すまなそうに目を逸らした! 見られたのね!? チックショー! お嬢様みたいな嫌がらせしやがって、許すまじ!
気配の方へ、一気に距離を詰めます。相手はそこら中のものを風で飛ばしてくるけれど、軌道が分かっていれば避けられる。でも、めくり攻撃はやめて! 押さえなきゃならないから動きが鈍るじゃない!
……あれ、思ったより相手の動きが鈍い?
路地の影に回り込むと、そこにはパタパタと宙に羽ばたいている何かがいました。
「へっ? ……ぬいぐるみ?」
それは、黒い羽がついたカバのような姿をしていました。
「ふん! ちょっとはやるようね」
「カバが喋った!」
「カバじゃないわよ、バカ! 見ればわかるでしょ、ドラゴンよ、ドラゴン!」
カバのくせに偉そうな自称ドラゴン。でもこれなら捕まえられそうです。ジリジリと間合いを詰めると、相手は必死にパタパタ逃げようとしますが……遅い。楽勝だわ。
手を伸ばしてキャッチ!
と思った瞬間、カバドラゴンが振り向いて火を吹きました。
「あぶっ、危ない!」
間一髪で飛びのいたけれど、なかなかの火力。普通に危ないじゃない。
「うまく避けたわね。戦闘力Fのくせにやるじゃない」
「危ないわね! 火を人に向けるなってマスターに教わらなかったの、カバドラゴン!」
「カバって言うなバカ! うちのマスターは優しいから、ちゃんと言われてまーす。でも、あんたは『ギフト』だもん。ノーカンでーす!」
「ぐぬぬ……」
カバドラゴンに口で言い負かされているとか、わたしって情けない。
《戦闘力解析完了。対象ランク:B+。不利です》
口喧嘩でも戦闘力でも負けてるなんて。
「ほら、向かってきてもいいのよ? 戦闘力Fのメイドの、オ・バ・サ・ン!」
オバサンって、見た目はまだ十代です! 中身だってまだそこまでじゃないです!
失礼にも程があるわ、あのカバドラゴン。おまけに戦闘力Fって馬鹿にして。……あ。
(……ふふふ。いいこと思いついた。泡を吹かせてやるわ)
「よく言いました。乙女をオバサン呼ばわりした罪は、万死に値するのです。誰に喧嘩を売ったのか、分からせてあげます」
《装備:SNSの偽装ホログラムを解除》
背中の『ストロング・ノブレス・ソード(SNS)』が顕わになります。私は手を背中に回し、その柄を握りしめました。
――リーン。
澄んだ鈴の音のような鞘走りと共に、漆黒の刀身が解き放たれます。
「さあ、覚悟はいい? カバドラゴン」
「な、何よカッコつけちゃって。戦闘力Fのメイドが……えっ!? ちょっと、何これ……!?」
「…………」
「戦闘力、AAA+++!? 嘘! ありえない、ありえないわよ!!」
「レベルの数値に頼るから、人(?)を見誤るのよ。……覚悟!」
シュン! と、カバドラゴンの首筋ギリギリを掠めるように突きを放ちます。
「ヒィィ!」
カバドラゴンが硬直し、次の瞬間、ブクブクブクと泡を吹いて気絶しました。落ちてくるところをヒョイと受け止め、捕獲完了。
後ろからアルスト王子の拍手が聞こえたので、振り返って「どんなもんです」とドヤ顔をしておきました。王子はさらに頭の上で手を叩くスタンディングオベーション。私もSNSを掲げて歓声(?)に応えます。
……あれ、王子の後ろに人影が。
スリフト様じゃないですか。でも、様子が変。雰囲気が違う。もしかして……。
手を挙げて喜んでいる王子。抜き身の刀を振り上げている私。
スリフト様、忠犬どころか完全に「軍用犬」の顔になってますね。
「ゴクリ」
嫌な汗が出てきました。
スリフト様が、腰の剣をゆっくりと引き抜きます。
「この……アーネストの腐れギフトがぁぁぁ!!」
本気のピンチです。危険が危ないです。
……あ、でも、私が「腐ってる(腐女子)」のは大正解ですよ、スリフト様!




