第7話 その5「聖女さまと、黒い兄妹」
お嬢さまが、見事な投擲スタイルでユニコーンの槍をクエルク様に向けて放たれました。
正確無比な一投ですって、危ないから人に向けて投げちゃダメですう〜。
クエルク様に迫る槍。眉ひとつ動かさないクエルク様。もう当たっちゃうと思った瞬間、シャキンって感じで、スレイプニルの二本のマニュピレーターが展開された。
《亜空間ゲート展開を観測》
プラム、解説ありがとう。
ユニコーンの槍がマニュピレーターの間に発生した亜空間に飲み込まれた。それと同時にクエルク様の横に展開したもう二本のマニュピレーターの間から飲み込まれた槍の穂先がせり出してくる。
出てきたユニコーンの槍の柄をクエルク様が難なく握り、槍の穂先を眺める。
「うむ、見事な槍ではないか! これを我が眉間に向けて投げるとか相変わらず常識が無いな。頭大丈夫か? 我が妹よ」
「あら、いつもその忌々しいお馬さんが必ず防いでくれますもの、信頼してるのですわ。クエルク兄さま」
《わー!セシリアさまだ。お久しぶりー》
あら、スレイプニルは話せるギフトなのですね。お嬢さまに向かって全力でマニュピレーター振ってます。クエルク様必死で避けてますよ。見た目と違って天然系なのですね。
「痛いわ! スレイプニル」
《マスター、どうしたの?》
「……もう、いい!」
微笑ましい?兄妹の再会を横でじっと見ていた、リリィ レインが、思わず「プッ!」と吹き出した。
「アワワ! みなさまの仲良さそうなご様子が微笑ましくて、ごめんなさい」
「ハッハハ! これは、恥ずかしいところを見られてしまったな。常識を知らぬ妹ですまない」
「いえ、そんな、とても綺麗で可愛らしい方ですね」
クエルク様が馬上から、頭を低く下げリリィ レインの耳元に小声で何やら囁いてますね。
《集音開始します》
「見た目に騙されてはいけないよ。我が妹は、虎とかそういう類いのものと思って接しておくれ」
「えっ! そんな!」
さすがは、クエルク様。お嬢さまのことよくわかってますね。適切なアドバイスです。
それよりも、びっくりして顔を上げたリリィ レインの頭から帽子が外れて夕焼け色の髪が広がる。肩のあたりで切り揃えた髪には、片側だけ編み込みが一房。
透き通る白い肌。でも健康的。淡いブルーの瞳とピンクの唇。その場の空気までが和む、柔和で優しさに満ちたまさにヒロインフェイスです。
そんな顔を、至近距離で見せつけられたクエルク様が思わず顔を引いて赤面されました。さすが、ヒロイン。破壊力は抜群ですね。これ、フラグ立っちゃいましたか?
そんな、ラブコメフィールドに、飢えた虎じゃなくて、お嬢さまが侵入です。ガオーです。わたしは、まだ旅行鞄3個と格闘中で、たどり着けていませんけどね。
ふたりのもとにたどり着いたお嬢さまは、扇子で口元を隠したままで、まずはレアな赤面クエルク様をじーっと観察。
「フッ」と吐き捨てるように小声で笑う。
「ミイラ取りがミイラになったのかしら? 未熟者ね」
「おっ、おまえな!」
「おまえじゃなくてよ。あなたの可愛い妹、セシリアですわ。お久しぶりです。クエルク兄さま!」
そう言い放つとクエルク様のリアクションなんて待たずに、すぐに隣のリリィ レインの方に向き直しちゃいました。
突然、向き合われて驚くリリィ レインにもお構いなく、優雅にカーテシーを決めます?!
「わたくし、北方の守護を預かるアーネスト公爵家が長女。セシリア・フォン・アーネストと申します。初めまして、『南の聖女』リリィ レイン」
お嬢さまが、早速圧をかけにいきましたよ。抜け目ないですね。
「あ、あの、ご、ごめんなさい! いえ、申し訳ございません。リリィ レインで、いえ、リリィ レインと申し上げます。セシリア様」
もう、膝に顔ついてますよ。体柔いな。めっちゃ深い礼を決めて小さく震えてます。
でも、さもありなんです。こういう場合、身分の下の者から名乗るのが基本だもんね。ましてや、公爵家が相手ならまずは、膝をついて礼をして発言を許されてからでなければ名乗ることも許されないのです。
知っていて、あえて聖女を持ち出して先に挨拶。でもリリィ レインには、様や殿なんて敬称もつけない。とても意地悪。悪役令嬢です。
「まあ、そんなかしこまらないでくださいまし。頭をお上げになってリリィ レイン」
「あっ、ありがとうございます。セシリア様」
恐る恐る、リリィ レインが顔をあげました。めちゃくちゃ困惑してますね。正直、泣く一歩手前です。
そこを容赦無くさらに近づいて、怯えるリリィ レインの両手をガッチリと両手で握りしめ、さらに顔を近づける。
「わたくし、あなたにお会いできるの本当に楽しみにしていましたのよ。南の聖女と呼ばれる強力なギフトとそこから生まれた数々の奇跡のニュースに心を躍らせてましたの」
「あっハイ! あっいえそんな……」
戸惑うリリィ レインにお嬢さまが、さらにグイグイいきます。
「それに、試験も満点取られてわたくしと一緒に学年代表をお務めになると、知った時は運命を感じましたわ! 在学中は、出自に隔たり無くが学園の方針でもありますわ、ぜひわたくしとお友達になってくださいまし」
「そんな、セシリア様。わたしなんかが、公爵家のお嬢さまとなんて滅相もございません」
ブンブンと首を振って戸惑うリリィ レインに対して下から目線でウルウルとした瞳のお願い♡フェイスでお嬢さまが覗き込む。
あざとい。同い年でも、一回り小さく幼い容姿を利用した相手の庇護欲を最大限引き出す仕草。ご自分の武器を完璧に把握してますね。日々、鏡の前で研鑽してる賜物でございます。
「あ、ありがたいお言葉です。わたしなんかで、よければ是非よろしくお願いします。セシリア様」
「様なんて、いらないわ。気軽にセシリーって呼んでくださいな。わたくしもリリィと呼ばせてもらってよろしいかしら? さあ、呼んでみてセシリーって! ネッ!」
「えっ! さすがに、それは……」
「フッ、妹は領内では同年代の者も少なかったからな。わたしからも頼む、是非友達として接してやってくれぬか、リリィよ」
「はい。本当にわたしなんかでよろしければ、あの、お友達になってくださいね。セ、セシリー……」
「ハイ、もちろんですわ! リリィ!」
お嬢さまが、リリィに飛びつくように抱きつきを決められて、リリィの顔が驚きと共にほころんだ。ヒロインどころかチョロインです。
ハイハイと、大輪の白百合のホログラムを周りに展開してお嬢さまをアシストですね。
お嬢さまが、リリィの背中でVサインをクエルク様に送る。スレイプニルの4本のマニュピレーターが親指を立てて返す。兄妹揃って策士な黒い笑顔です。ハア……
「さて、無事、仲良くなったことだしいつまでも王都の駅前を危険地帯にしてもおけないな。積もる話は、学園に戻ってからにいたそう」
そう言うと、クエルク様が持っていたユニコーンの槍を一閃。槍の軌跡が火花を散らし空間に裂け目が開いた。
スレイプニルのマニュピレーターが裂け目に差し込まれそれを押し広げた。何も無い空間にぽっかりと次元の入り口が開かれた。
スレイプニルのマニュピレーターが優しくリリィを抱え上げクエルクの前に騎乗させる。
「少しの間、窮屈させる!」
クエルクの手綱を持つ手がリリィを優しく包むように添えられる。リリィの頬が再び赤らんでますね、可愛らしい。
「では、学園に帰るとしよう。 行くぞ、スレイプニル!」
クエルクが、スレイプニルの横腹を踵で軽く蹴る。
《了解なのーマスター!》
四本のマニュピレーターがお嬢さまの襟首とリリィの鞄、そしてわたしの前の旅行鞄を拾い上げる。
大きく嘶いて、マニュピレーターにぶら下げられたお嬢さまの絶叫を残し次元の入り口に消えた。
次元の裂け目が閉じられ消える。何事もなかったように静寂に包まれた広場。
えっ?
……??
あの、わたし、忘れて置いていかれました……
ガクリ、とその場に膝をつく。わたしの顔を小馬鹿にするように秋風が吹き抜けていった……




