第7話 その3 「もうすぐ王都です」
昨日、ギャン泣きして目の下が浮腫んで非常にブサイクです。
それでもまあ、そこは大人ですし、いつまでも悲劇に浸ってはいられません。スパッと切り替えて、ギフトのお仕事を全うしなければ、居場所さえ無くなっちゃいますからね。
昨日の夕食後に、お嬢さまになんで泣いたのか聞かれましたが、実はルナリアの中にあなたを『悪役令嬢』に仕立てた犯人が入ってますとも言えませんよね。
「ちょっと血飛沫舞う修羅場に遭遇して情緒不安定でセンチメントでアンニュイな気分なので、涙腺機能のメンテナンスとリフレッシュも兼ねて悲しかったんです」
「今日はもう寝なさい!」
苦し紛れにそう言い訳をしたら、お嬢さまがうわぁって顔で即座にそう返されました。そのまま『快天号』の寝る拷問装置の異名を持つ狭小三段ベットに押し込まれました。寝返りさえ打てない苦しさの中一晩を過ごし、現在朝のシャワー中。
「腰がイターイ!」
車両備え付けの簡易シャワー室で伸びしながら悪態を吐く。でも拷問装置で寝るのも早4日目です。今日の午後にはお嬢さまと王都の土を踏むのです。
もう一度、大きな伸びをしてっと、「痛っ!」肘ぶつけた。快天号のくせに何一つ快くないです。さて、身なりを整えて、今日も一日ガンバルぞー!
……ココロはポッカリ穴空いたまんまだけどね。
兵員の皆さまに、ほら餌だ! とメイドらしく笑顔で給餌して。みんなで楽しい朝食です。
ブーブー、ブヒブヒと皆さま楽しそうに文句言いながら餌を食べ終わると、お嬢さまは隊員の皆さまとご一緒に訓練です。わたしはお片付けや雑務で午前中を過ごして……
今は昼食後にお嬢さまと、快天号を抜け出して客車の方のラウンジ席で紅茶をお嬢さまに給仕してます。
「到着まで、後、小一時間ですわね」
「はい、今のままの速度ですと、1時間18分ちょうど午後二時半に到着予定です」
プラムの演算結果をそのまま受け売りでお伝えです。
「駅にて、兵員のみなさまとは、お別れになります。その後は、クエルク様がお迎えに来てくださってる筈なので、学園まで連れて行ってもらう予定ですね」
「まあ、兄さまがお迎えにきていただけるのですね。……面倒くさ」
お嬢さまが片肘ついて、車窓を眺めながら如何にも面倒って顔をする。あれ、御屋敷のみなさまの話では、すこぶる仲が良いご兄妹とのことでしたが?
「お嬢さま、何かご不満でもございましたか?」
「別に不満があるわけじゃないのよ。ただね、クエルク兄さまはね、心配性で口うるさくて細かいことでいつもお説教。お母様が屋敷にいなくなってからは、特にひどくなったのよね。はー憂鬱」
「愛されていらっしゃいますね」
お嬢さま、そんな嫌そうな顔してこちらを見ないでください。まあ、心配するほどのことでは、なさそうですね。
「ところでお嬢さま、『王立サピエンティア・プラム学園』ってどんな感じなんですか? いろいろ詳しく調べていらっしゃいましたよね」
「ええ、詳しく調べましたわ。そうね、ルナリアが学園について知っていることは?」
「そうですね。王都にあって三年制の全寮制。王族・貴族の子息、有力商家、地方の有力者の子息が集う学園ですか」
「そうね、あとは一般向けの入試と、レアギフト保持者の確保目的の推薦での入学もあるわ。こちらは相当の狭き門ですが受かれば全額免除で、将来は国の仕事や貴族や商家にと庶民にとってはエリートへの道ですわね」
そんな一般的な説明をしてから、お嬢さまが少し引き締めた表情でこちらを見る。
「ただし、私たち貴族にとっては勉学の場では無いから忘れないでね」
「勉強はしないのですか?」
呆れたような顔で小さくため息をつかれました。
「何にもわかってないのね。考えてみて、この世界の中心のギフトや魔法について、肝心のその力は神殿で授けられるだけで、誰もその仕組みも、本質もわかってないのよ。そんな世界に本当の意味で学ぶものがあると思う?」
うう、耳が痛いです。ゲームキャラからそんなクレームが入るなんて思いもしませんでした。まことにそのとおりです。ギフトの優劣に支配された世界なんて理不尽そのものですよね。
でも、その恩恵の最上位にいらっしゃる筈のお嬢さまがそれに疑問を呈するのは、やっぱり聡い子なのね。
「だから、役に立つのは、地政学や語学程度、てもそんなのとっくに学び終わってますもの。学園はわたくしにとって有益な関係の構築と将来の障害の見極めの場でしか無いのよ」
「お嬢さまの鋭い洞察、敬服致します」
それって暗躍、計略を張り巡らす悪役令嬢ムーブじゃないですよね? お嬢さま、大丈夫ですか?
「でもね、不安が無いわけじゃないのよ。こんなに聡明で、美しいわたくしですから、王子や貴族の子息の殿方に言い寄られたらどうしましょうとか。それで、周りの子に嫉妬されて意地悪されたら抹殺や暗殺とかしてしまいそうで心配ですのよ」
うん、いつものお嬢さまで安心いたしました。
「お嬢さま、車窓の外もだいぶ家々が連なって来ましたね。王都ももうすぐそうですね」
「ええ、でもまだまだですわ。王都はこんなものじゃなくってよ」
車窓の風景にワクワクしてる田舎者丸出しです、わたし。
「列車の方は、約40分で王都ロザリアに到着致します。みなさま、お降りの準備をお忘れなく」
そう言いながら、カランコロンとベルを鳴らして車掌が通り過ぎて行った。
「お嬢さま、着替えもありますので、そろそろ戻りましょうか」
「そうですわね。わたくしの王都デビューですものゴージャスに着飾ってまいりましょう!」
***
賑わう午後の王都、その中心たる駅前広場。平穏を謳歌する人々のただ中に、それは忽然と現れた。
石畳から立ち昇る光が巨大な魔法陣を描き、ゆっくりと回転を始める。異常を察して飛び退いた人々が遠巻きに息を呑んで見守る中、空間が、まるで布地を切り裂くように火花を散らし「縦」に裂けた。
その裂け目から、ぎらつく金属の指が這い出す。四本の無機質な腕が空間の端を掴むと、物理法則を無視してカーテンのように強引に左右へと押し広げた。
ぽっかりと開いた虚空の闇から現れたのは、漆黒の馬躯。
だが、それは生き物ではなく、重厚な装甲を纏った金属の塊だ。前脚の後方からは二対のマニピュレーターが突き出し、今なお空間をこじ開けている。
現代人の視点で見れば「四本の多機能アームを備えたロボット馬」と形容すべき異様な存在。その背には、同じく全身を鎧で固めた一人の騎士が、静かに王都の喧騒を見下ろしていた。
ギフト、機動神獣スレイプニル。
アーネストの「至宝」の一角が、次元の狭間から平然とこの地に(妹を迎えに)降り立った。




