第6話 その12 「その刃はセシリアなんてね」
蛇に睨まれたカエルみたいに、ドアの前で固まっているお嬢さまを、部屋付きの兵隊さんふたりが両脇から抱えてソファーへと連行していく。
その様子を横目に、わたしはセバス様に声をかけた。
「セバス様、刀をお返しします」
「いや、それはお前が持っていけ」
「え?」
「餞別だ。お前なら初撃だけは使える」
さらっととんでもないことを言われた気がします。
セバス様からのプレゼント?
やだどうしましょう、お返しはわたしでいいですか?
なんてくだらないことが頭に浮かんだせいで、お礼を言う前にシャムロックに言葉を取られてしまった。
「おいおい、それ人にポンとあげれるもんじゃねえだろ」
シャムロックが刀を見て眉をひそめる。
「それ、セシリア鋼だろ」
「へ?」
「長刀サイズなら国が買えるぞ」
なにそれ怖い。わたし百人いても足りないじゃないですか。
「如何にもセシリア鋼だ」
セバス様が穏やかに答える。
「だが価値はそこまででもない。使いこなせる者がいないからな」
そしてわたしに視線を向けた。
「お前なら初撃だけは使える。守りには十分だ」
なんかよくわからないけど、セバス様がそう言うならそういうものなのでしょう。
「では、お言葉に甘えてお借りしますね」
ありったけのいい顔でお辞儀する。
「うむ、息災でな」
セバス様はそう言うと、お嬢さまの方へ歩いていった。
するとシャムロックがこちらを見て言った。
「なあメイドさん、それちょっと見せてくれない」
「いいですよ」
軽い気持ちで渡してしまった。シャムロックが刀を持ち上げる。
「うお、軽っ」
刀を抜こうとして、途中で引っかかる。
「あれ?」
もう一度試す。
「……抜けねえ」
そうかソリの入った日本刀型は不慣れなのね。おまけにこの長さだもんね。
「貸して」
刀を受け取り、刃の望むままに鞘からすべらせる。
シュン。
漆黒の刃が音もなく現れた。
軽い。でも妙な手応えがある。重心が変化する?
シャムロックが刀身を覗き込む。
「やっぱりな。これセシリア鋼で間違い無いな」
軽く口笛を鳴らす。
「恐ろしく切れて、折れない、刃こぼれしない、おまけに羽みたい軽い。その代わり扱える奴がほとんどいないって言われてる」
「へえーそなの?」
わたしは漆黒の刃を眺める。
「すぐ切れて、折れなくて、軽くて、扱い辛い……うん!まさにセシリアですねこの刀」
その瞬間。
視界が戦闘モードに切り替わって、自動予知が作動。
何かが飛んできた。
シュッ。
反射的に振る。真っ二つ。
「えっ、灰皿?!」
次の瞬間、また飛来。今度は投げナイフが二本。
シュンッ。
刃先からきれいに二枚開きで落ちる。
その向こうから「フンヌ!」という、ジェネラル様の掛け声。
まさかの応接テーブルが飛んできた!
「なんてモン投げるんですか!」
体が勝手に動く。
五連撃。ヒィ! 腕取れちゃう!
テーブルの、わたしに当たる部分だけが切り落とされた。
ドガン!
後ろの壁に突き刺さった。
静寂。
「なんか今、失礼なこと言われた気がしましたわ」
お嬢さまが扇子を揺らす。
「ナイフをそぎ切るか」
セバス様が感心した声。
「見えんかったぞ今の!」
ジェネラルが豪快に笑う。
いやいやいや。戦闘モードってことは、今みなさん本気で殺りに来ましたよね?
わたし、いつか絶対殺されます。
「すごいねメイドさん、「相変わらず殺気ゼロで斬るんだ」
シャムロックが笑う。そんなことより。
わたしはお嬢さま方に向き直る。
「なにするんですか! わたしが死んじゃいますよ!」
……
全員が目を逸らした。セバス様まで逸らした。
そこ、そらす場面じゃないですよ。メイドの命をなんだとおもってるんですか、もう!?
セバス様が咳払いすると、ジェネラル様が慌てて話を切り替える。
「あー……そうだ。うむ!」
と、両手でボンと合わせる。
「セシリア様、学園首席入学おめでとうございます。さすがセシリア様、すごいですな。はっはっはっ!」
「あっ、ハイ」
お嬢さまが即座に乗った。
「そうね、でも当然ですもの。褒めなくてもいいわよ。オホホホ」
わざとらしく話を逸らしましたね? いいですよーだ!
「では今、なにかお飲み物をお入れしますね」
メイドの恨みは深いのですよ。
ジェネラルが、今度は少し真面目な声で話を続ける。
「それと、春の演習の小隊指揮、見事であった。君の少尉昇進が全員一致で可決された。おめでとう!セシリア・フォン・アーネスト少尉」
そう言ってお嬢さまに片手を差し出す。
お嬢さまが手の大きさが違いすぎで握手は無理なので、ちょっと悩んでから親指を握り返して敬礼です。
「確かに拝命いたしました。これからも、さらに精進いたします。でわ、わたくしはコレで!」
お嬢さま、おめでとうございます。立ちあがろうとするお嬢さまの肩にジェネラル様の両手が掛けられる。
「まだ終わっとらんぞ!」
ジェネラル様が、部屋付きの兵隊さんのひとりに顎で合図を送る。兵隊がなにかのリポートを読み上げる。
「失礼致します。本日のパレードに対して、セシリア少尉には、以下の嫌疑が掛かっております。
道路無断使用・無届出集合並びにデモ扇動・武器準備集合罪および外患誘致、それとわずかながら国家転覆罪の可能性もあります」
「ほう、それで?」
ジェネラル様がニヤニヤで、お嬢さまはもう、臨戦態勢です。
「このまま軍本部にて拘留。尋問ののち略式裁判でもそうですね。最低でも60日程度は必要かと……」
「致し方ありませんなお嬢さま」
痛っ! お嬢さまが投げた扇子がジェネラルのオデコに直撃です。堪え性がないですね、暴力はなにも生みませんよ。
「傷害容疑がプラスですね」
部屋付きの兵隊が先ほどの罪状に書き足してます。ほらね。ジェネラルがおでこをさすりながら話を進める
「まあ、本来ならばこうなりますが、我が軍も優秀な軍人を遊ばせて置く余裕もないのでな、ここはひとつ取引といこう、セシリア少尉」
「わたくし相手に取引は高くつきますわよ」
お嬢さまがまた負け惜しみを……打つ手がないくせに。
「セバス様、お嬢さまが納得して下さったぞ」
ジェネラルが、お嬢さまガン無視でセバスに報告です。
「お嬢さまの献身感謝いたします。王国周辺の諸侯から最近野盗団の被害報告が多数入ってましてな、野盗と言っても敗戦した隣国の軍隊崩れらしくて、アーネストにも討伐依頼が入っている」
お嬢さまは、察しましたわ。って顔ですがそんなに嫌そうではないみたい。
「要は、学園に向かう途中でついでに野盗団を、壊滅させればよろしいのですね。他領とはいえお困りでしょうからお受けするのはやぶさかでなくてよ」
「話が早くて助かります。お嬢さま」
「おい、司令書を少尉に」
そばにいた兵隊が、お嬢さまに司令書の束を手渡しながら声ををかける。
「頑張ってください。セシリア様」
「ありがとう。でも、ここではあなたの方が階級は上ですよ。ご期待に添えるよう全力にて作戦遂行いたしますですわ。ウフフ」
「はっはっはっ! 一本取られたな中尉、さて以上だ、我々は所用があるのでコレに失礼する」
ジェネラル様とセバス様が足早に立ち上がり部屋を退出……させてもらえませんでした。お嬢さまが目にも止まらぬ速さで司令書に目をとおすと、ジェネラルの制服の裾をムンズと掴んで離しません。
セバス様は潜伏スキルで部屋の天井の隠し通路に緊急退避で逃亡成功です。
「なんなのですか、この作戦書は!」
お嬢さまがお怒りマックスで食ってかかります。なぜ、激おこ?
ジェネラルが狼狽えて答える。
「人員ですか?敵予想に対して5対1はさすがにきつかったかね?」
「そんなもの我がアーネストなら10対1でも充分ですわ」
「では、ほぼ新兵での編成のこと〜かな?」
「アーネストのブートキャンプをクリアしてるなら充分すぎます」
「で、ては、一体どこが不満ですと?」
「わかりませんの? ここに決まってますわ!」
お嬢さまが司令書の1ページをジェネラルの顔に突きつけた。その紙を顔から剥がして目をとおしてます。
「使用装備の要覧ですか、こちらが何か?」
本当にわからないって顔で問いかけてます。
「なぜわからないのです。ここですわ! 『機動指揮車快天号』こんな棺桶みたいな車両に5日間もわたくし乗れとおっしゃるのですか!」
そこですか? って顔してらっしやいますね。
「わたくしの輝かしい王都デビューには、アーネストの誇る迎賓車両『グレート・ゴールデン・ゴージャス号』の使用を申請しておりましたのよ! わたくしに棺桶で王都に迎えと! 恨みますわよ、呪いますわよ!」
お嬢さま、わたしその絶望的な車両名のほうが気になります。アーネスト家はネーミングセンスを、生贄に強さを、召喚でもした呪われた戦闘民族なのですか。
「少尉、それはさすがに無理だ! それを使えばアーネストが居るのが丸わかりですぞ、囮にもならない却下です!」
ジェネラル様が噛みつかれました。
お嬢さま、生肉はいけません!
今日は多分幕間的にエピソードをもう一本上げる予定です。




