幕間
「ったく! なんだよスキルお披露目会予行練習って」
「ご主人さまも割と楽しそうだったメー」
「バカ言うな白択。なわけあるかよ」
ノクスリア魔族帝国その首都の中心、皇帝の権威の象徴たるノクスリア城。その城内、皇族が住む居室棟に続く回廊。
そこを、ギフト白択に不満を漏らしながら歩いているのは、『シャムロック グラリス』――帝国の第二皇子である。
その容姿は、小麦を思わせる褐色の肌、ラフに後ろに流した白髪に混じる黒のメッシュ、そして頭躯を縁取る褐色のツノ。
父譲りの偉丈夫でありながら、その顔立ちには母譲りの涼烈な美が宿っている。
「シャムロック、また外出かの? ぷらぷらとばかりしてないで、少しは皇子の自覚を持って、行動なされ」
「じいか、今ぐらいいいだろ、もう少ししたらそんな暇もなくなるんだから」
後ろから声をかけらた。その声に応じながらも、いかにも面倒という体でシャムロックが振り返る。
そこには、小柄で青い肌、尖った耳に高い鼻。皺の深い顔には灰白の長い髭を蓄えた、エルフともゴブリンともつかない老人が赤の魔石をはめた素朴な木の杖をついて立っていた。
「ふむ、お役目まで忘れた訳ではなくて、安心しましたぞ」
じいと呼ばれた老人が、顎の髭を指で摩りながら不満げな声をあげる。
「それにしても、忌々しのは誉高き『大老の義』に、こんな間者まがいの条件を出すとは、それもわしと皇帝の不在を狙って決めるなど、あー思い出しても腹が立つ!」
シャムロックが両手のひらを上にして肩口まで上げて、呆れたって表情で答える。
「もう何度目だよ、その話。全く年喰うとダメだな。そんなに腹立たしいなら大老会に殴り込めばいいだろ」
「年寄り扱いするな、わしはまだ1000年も生きていませんぞ! それに大老会なら、その日のうちに殴り込んで半分は踏み潰してやったわい!」
「もうやってたのか、さすがは世に名高い猛将『スプリガン』だな」
シャムロックが呆れ顔を崩して微笑んだ。
踏み潰す? この小柄な老人がなぜそんな表現を使うかといえば、この老人のギフト『スプリガン』、肉体巨大化スキルが文字どおり「踏み潰す」を可能とする。
そして彼こそが、「スプリガン将軍」と人々から呼ばれる、帝国で最古参の将軍である。
また、シャムロックの目付け役で武の師匠でもある。
「まったく泣げがかわしいものよ。大勢も読まず自分の保身のみを考える愚か者どもが、この帝国の中心にまでいるとはな」
スプリガン将軍が気持ちを切り替えるように、杖の先で床をコンコンと数回叩く。
「だが、決まってしまったことは仕方ない。見事『大老の義』のお役目を果たして『ノクスリア』の名を掴み、愚か者どもに一泡吹かせてやりなされ」
「ノクスリア、ねえ……そうだ、じい。さっき言ってたようにオヤジ殿の若い頃……そう今のオレぐらいの頃って帝国の皇子としての、自覚や責任みたいなのって持ってたか? ほら、多くの家臣や国民の上に立つ責任があるとか、周囲に威厳をーみたいなこと常に自覚してたのか?」
スプリガンが長いあご髭をさすりながら意外な質問に目を細めてシャムロックを見る。
「残念ながら、答えはノーじゃよ。まあ、お前のオヤジ様は、良くも悪くもまっすぐなのだけが取り柄のうつけだからな」
ちょっと懐かしむような微笑みを浮かべ、話を続ける
「いまのお前と同じぐらいの時にはギフト白虎と暴れ回ってた、ただの乱暴モンじゃったよ」
「ぷっ。オヤジ殿らしいな。まあ今じゃ「アーネストの魔女の呪い」で暴れたくても暴れられない体だけどな」
冗談めかした軽口でおどけて見せたが、父親である現皇帝にかけられた呪いは、シャムロックの状況にも多大な影響を及ぼす問題であった。
まあ、その呪いを解くのが今回オレに課せられた「大老の義」なんだけどな。
「大老の義」それは実力優先のノクスリア帝国の次期皇帝候補の選定儀礼。
帝国は力無き者には皇族であろうとも決して『ノクスリア』を名乗らせない。
皇帝を含めるこの国の重鎮による執政機関『大老会』。そこから出される条件を達成し、その力を示した者のみが『ノクスリア」国を冠する名を名乗れる。
すなわち、シャムロック・グラリスはこの「大老の義」を成さなければシャムロック・ノクスリア・グラリスとは決して名乗れない。
「大老会」に、現皇帝に掛けられた呪いを解くための鍵とされる「魔導書グリモアール」。それが、南の人族の王国の王立図書館、その禁書庫に封印されているとの情報が、最近どこからかもたらされた。
すぐに攻め込んで王国を陥落させれば済むとの強行派も多いが真偽が確かじゃないもののために、それも7年前に1度は侵略を退けられ、あまつさえ皇帝が呪いを受けるなど口外もできない被害まで穿ってきた強国に無策で兵を動かす愚かはさすがに取り下げられた。
代わりに「大老の義」を控え潜入調査の条件にもうってつけだったシャムロックに白羽の矢が立った。
『王立図書館を併設している、魔法学園に新入生として偽装し入学し、その真偽を含め魔導書グリモアールを調査奪取すること』
それが、シャムロックに科せられた『大老の義』の条件だった。
シャムロックの不安を感じ取ったのか、スプリガンが持ってる錫杖で、コツンと床を鳴らした。
「まあ、シャムロックおまえはオヤジ様より思慮深く頭も回る。今回の『大老の義』の任務おまえ以上に適任がおらんことにはわしも同意じゃて、気負わんでもうまくやれるだろ」
「そんなもんか? うまくいったところでオヤジ殿が元気になれば、また戦ごとをおっ始めるだけだろうがな」
不貞腐れ気味で答えるシャムロックにスプリガンが片眉を上げた。
「そこに目がいくだけおまえは兄皇より次に相応しいがな。そうだなさっきおまえが聞いた王たる覚悟なんてものをその年から自覚していたのなんて、おまえの祖父、初代皇帝ぐらいだったわ。生まれながらの覇王、それもまたなんぞ呪いのようなものだがな」
そんなスプリガンの話しにシャムロックの頭のなかにはなぜか自分を召喚獣扱いする小生意気な顔が浮かんだ。
「だがな、シャムロックよ。力あるものにはその力に見合った義務が生ずるのもまた、世の理じゃて。おまえが「血の盟約」にてこの帝国でも稀有の力と知を併せ持つギフト『白択』を得たのも何か意味があるとは思わんか?」
その問いかけに、シャムロックは答えず肩をすくめて諦めとも微笑みともとれる表情を浮かべる。
「まあ、うまくやって見せるさ。心配するなよ、じい」
スプリガンに背中を向け軽く手を上げてその場を後にした。
「何か、出会いでもあったのかのう……」
そう呟きスプリガンも錫杖を突いて向きを変えた。
(なあ、白択。ダメだったらあのお嬢さまのとこで召喚獣としてずっと使ってもらおうか?)
回廊を歩きながら冗談めかしくギフト白択に問いかけた。
《それも悪くないメー。でもマスターは仕えるんじゃなく横に並び立ちたいんじゃないのか?メー」
「ちげーよ、バカ」
大人になりきれない少年が、少し照れくさそうに答えた……




