第5話 その11 「妖怪とかホラーは、苦手なんです」
「痛ってー!」
「てっててっ、なんだよおい……」
(オイ! 白択、オイ! 生きてるかー?)
《大丈夫だメェー、体内のナノマシンが一時的に消滅したんだメェー》
「ったく、なんだよ、それ!?」
褐色の獣こと白択の中の人、ギフト白択のマスター『シャムロック・グラリス』が、訝しげな声を上げた。
軽く頭を振って周りを見れば、そばにセシリアがオデコから煙を噴いて仰向けで転がってた。
彼女のメイドはチョット離れた場所で「ギャフンって本当に言う人いるんですね。感動ですー」とか言って小踊りしてやがる。
もう一度セシリアに目線を戻すと、その小柄な少女は仰向けのまま天に向かって人差し指を立てていた。
(ブッ! なにしてんだよ?)
「負けたのかよ……オレ。ったく、訳わかんねー」
(白択! 予知できてねーぞ! 壊れたのか、オイ)
《壊れてないメェー。どっちもエラーは観測されてないメェー》
(どっちもって、なんだよ白択。おまえもおかしいと思ってるんだな)
《ひとつめは、スリップしてセシリアから逃げられた件、シャムロックの動作ログからどうシミュレートしても後ろにスリップすることはあっても横にスリップはありえないんだメェー》
(だよな。俺もそう思うがでも事実横にスリップしてるんだよな)
《二つめは今のセシリアとの衝突だメェー。ルナリア様はあきらかにこちらにぶつける気でセシリアを振り回してたのに予知できなかったというか突然予知がキャンセルされたと言うかとにかくもうわからないんだメェー》
(あんな大振りのジャイアントスィング予知じゃなくても躱せない方がどうかしてるよな)
《もっとも、こちらは一瞬だけど虚無の泉が乱れたから管理者のルナリア様が何か仕掛けたので間違いないメェー」
(管理者ね。……)
チラッと見れば、その管理者様が間の抜けた顔でお嬢を起こそうと手を引っ張ってた。
今の衝突は確かにあり得ないことなんだが、なぜか悪い気がしねーんだよな……
「……あーけど、なんかスッキリしたな」
《吹っ切れたメェー》
「まあーそうだな、ガツンと一発喰らって吹っ切れたかもな」
「ひさしぶりだな、こんな気分」
――――
はっ!ギャフンなんて本当に言う人見た喜びでお嬢さまのこと忘れるとこでした。
「お嬢さま! 大丈夫です?」
「とりあえず、生きてはいますわ。自分でやっておいてよくもまあ抜け抜けと言いますわね」
「えへへーそれほどでも……」
「褒めてません! でも、まあ勝ったからヨシといたしますわ」
お嬢さまの腕を引っ張って上半身を起こしたところで、なにやら怪しい男の声が耳に入ってきました。
声の方を見れば、そこにはお嬢さまとオデコゴッツンでダブルノックアウトされた、山羊が転がってます。
「今のは、あなたの声なのですか?」
声をかけてみる。山羊が頭を上げこちらを見た。
&%#▲ー!
声にならない絶叫です。なにあれ? なんなのー
「アワワ! いやっ! イヤァァァ!」
驚いて腰が抜けるみたいに転んで、それでもジタバタと地面を這ってなんとか近くの木の裏に逃げ込んだ。そして恐る恐る木の影から顔を出して覗いてみる。
「ひっ!」
恐怖があらためて全身を駆け抜ける。
そう、声を発したのは確かに白択山羊だったんだけど、振り向いたその顔に張り付いていた物。それは若く整った男の顔! 切れ長の鋭い目に整った鼻と口。かなりの美形、いや超絶美形といっても過言じゃないくらいのクール系美男子。そうなんだけど、そのイケメン顔が山羊の頭に張り付いてるのよ。
もう、完全な人面山羊! ホラー、怪談、完全にホラーです。
もうダメ。無理、悪霊退散、悪霊退散……
この手の恐怖物とか人面犬とかホラー本当に弱いのよ。
夜に一人でトイレいけなくなっちゃうくらい無理なのよ
お嬢さま、大丈夫かしら思わず置いてきてしまったけど、大丈夫かな。……固まってる。もしかして気絶かも……でもごめんなさい!無理です。助けになんていけません。と言うより腰抜けて立てません!
「お嬢さま、見捨ててごめんなさい。どうか成仏してくださいね。絶対に出てこないでくださいね」
そう懺悔のような独り言を呟きながら木の陰から震えながら様子を見ていた。
* * * *
人の顔つけた山羊いわゆる人面山羊がこちらを見ているわ。
チョットびっくりさせないでちょうだい。それにいたしましても、まあなんて言いましょうか
「キモッ!」
「なんだとー! おまえ、失礼だろ!」
あらっ、声は割といいのね。顔に似合ってますわね。もちろん、山羊にはミリも似合っておりませんが。
「おまえとは、失礼ですわね。わたくしには、セシリア・フォン・アーネストって立派な名前があるのはご存知でいらっしゃいますよね。わたくしを呼ぶ時は、セシリア様かもしくはお嬢さまとお呼びなさい」
「どうして、おまえに様付けしなきゃならないんだ。俺を誰だと思ってる!」
人面山羊が顔を顰めて不満気に声を上げた。
「物覚えが悪いですわね。おまえじゃなくて、セシリア様でしょう。あなたも、白択なんて立派なギフトを持っていらっしゃるから、それなりに高貴な出なのでしょうけれども、勝負に負けたら今度は家の権威を振りかざすのですか、大した小物振りですわね。どうぞ、お名乗りを、拍手でもいたしましようか」
「くっ! ……あっ、この!」
ふふふ、喉元まで出かかったのに、我慢なさったのね。
イタズラな笑顔を浮かべて人面山羊の顔を覗き込む。
「あら、恥と慎みは持ってらっしゃるのですね。さすが、知恵の獣ですわ。じゃあ、改めて言ってみましょう。はい!」
「セシリア……さま」
そんな悔しそうに、言わなくてもいいじゃない。よっぽど普段は人に頭とか下げたことないのかしら?
「うふ、よくできました。えらいは、さすがわたくしの召喚獣。やればできる子ですわ」
人面山羊の顎ひげを優しくフニフニと撫でてあげる。けっこう、触り心地いいわね。
「そうだわ!よくできたご褒美とわたくしの召喚獣ですもの、お名前をあげないといけませんね」
「召喚獣には、名前を与えてその契約と成すって、ものの本にかいてましたもの」
腕を組んで片手の人差し指と親指で顎を挟む思案中のポーズで考える。
山羊……人面……美男子……うーん?!
「そうだわ! 『ゴートマン』いいじゃない! あなたの名前は今日から『ゴートマン』ですわ!」
「んなっ!」
「なんだよそれ! ひねりもセンスもなんもなさすぎだろ! 山羊でゴートに男でマン、山羊男とかド直球すぎるだろ」
「あら素敵な名前じゃない、ゴートマン♡」
満面の笑みのセシリアと苦虫を潰したような顔のゴートマン
「ゴートマンじゃねー! オレにはちゃんと『シャムロック』って名前があるから、呼ぶならそっちにしろ!」
「シャムロック……まあ、素敵なお名前でしたのね」
セシリアがゴートマンの横に並んで立ってその肩口にポンポンと手を軽く当てる。
「でも、イヤよ。呼びづらいもの。やっぱりゴートマンがいいわ!強そうですもの、ね!」
「ほら、こんな感じで」
「戦え! ゴートマン!」
「戦わない」
「飛べ! ゴートマン!」
「飛ばない」
「働け! ゴートマン!」
「って、働かせる気満々かよ!」
「ねっ! かっこいいでしょう。ゴー・ト・マ・ン♡」
セシリアがこぼれるような笑顔でゴートマンの首に抱きつく。ゴートマンがちょっとだけ顔を赤らめてから小さく息を吐いた。
「はぁーもういいよ、ゴートマンで」
「で、ひとつ聞きたかったんだけども、そのセシリア……お嬢さまは、なんでここまでして召喚獣を偽装してまで学園で能力を偽りたいんだ?」
「もちろんわたくしのプライドとアーネストの威厳を守る為ですわ」
ゴートマンが呆れ顔で、大きな溜息をついた。
「はぁーくだらね。そんなのなにが大事なんだよ。」
「なにをおっしゃってるの大事に決まってますでしょう」
セシリアが嗜めるようにゴートマンの鼻先に人差し指を当てる
「いいですか、わたくしもアーネスト家も多くの家臣や領民の上に立つ責任があるのです」
「そしてその方たちの安全を守る義務があるのですよ、わかります?」
身長差のせいで下から覗き込むようにはなるが、ゴートマンの顔を真っ直ぐに見つめる。
「まあ、おれも似たような立場だからわからなくもないが……」
ゴートマンの返事聞いてセシリアが続ける
「ならおわかりになりますでしょう。その責任を果たす為ならばたとえ虚勢であってもその威厳、権勢を周囲に知らしめることが大事だと」
「そうして、周囲に知らしめれば、こちらに手を出しづらくなりますよね。不要なトラブルを避け戦へ至らぬことそれこそ最も平和的じゃありません」
「だからこそわたくしはゴートマン、あなたの力を必要としていますのどうぞお力をお貸しください」
そう言って、セシリアはあらためてスカートを摘み深く腰を落としカーテシーをした。
ゴートマンいやシャムロックは目の前の少女に圧倒されている自分に気づいて苦笑いを浮かべた。
「負けだ、負け!覚悟も思いも鼻から負けてたんじゃねーか」
ヤギじゃなきゃ頭でも掻いてそうな、ばつの悪い声でそう言ってからセシリアに向き直し
「あらためて言おう、学園生活でのあなたへの協力。喜んで拝命承った」
そうして首を下げ傾けてセシリアの手の甲にキスをした。
まあ山羊なのでキスというよりは舐めたという状態のゴートマンの頭にどこからともなく木の棒が飛んできた。
訝し気に棒が飛んできた方向を見ると「ヒッー!」と叫びを上げ木の影に隠れるセシリアのメイドが遠くに見えた
(そういえば、白択。あれが、おまえが足元にも及ばないって言ってた最上位ギフトなのか)
《そうだメー。あの方が僕らの予知のみなもとデータベース・虚無の泉の最上位管理者なんだメー》
(投擲能力は認めるけどとてもそうは見えねーな)
(まあ、どちらにしろあのメイドも人族の守りの要と言われるアーネスト家も知っておいて損はないだろ。いい取引だろ)
《ご主人も素直じゃないメー!》
(うっさい!黙れ白択)
そのあと二人で庭の芝生に座りいくばくかの取り留めのない話を交わした。
日も暮れだしあたりが赤く染まりだす。
「日も暮れてきたしそろそろ帰るわ。あっそうだ」
ゴートマンの鼻先に光が集まり消えると、そこにシルバーの指輪がひとつ浮いていた。
「取れよ。ギフト白択の話じゃおまえがオレを呼びたいっていう精神波を感知して、おれに伝える道具だそうだ。」
「なんかよく分からないが、それ自体は機械仕掛けなんでおまえの体質には影響ない物だって白択が言ってる」
セシリアが手を伸ばすとその手のひらにポトリと落ちた。
「綺麗な指輪ね。ありがとうゴートマン。じゃあお礼にこれあげるわ」
セシリアが後ろに隠していたクローバーで編んだ草の冠を差し出し、ゴートマンにあたま下げるように促してツノに引っかけるように被せる
「わたしの王子様の戴冠式ね」
そう言って屈託のない笑顔でシャムロックの頬に軽くキスをした。
シャムロックはそれが彼女の幼さからくる稚戯だとわかってるものの赤面した。そしてそれをセシリアに気取られまいと顔を上た。
「もう日も暮れそうだな、今日はこれで失礼する。また今度な」
「ええ、また今度お会いいたしましょう」
ゴートマンが翔けるように裏庭の塀を飛び越え消えていった。
《ご主人さま、夕日で赤面がわからなくてよかったですねメェー》
「うるさいぞ白択! 帰るぞ、ほら見ろ! 綺麗な夕日じゃないか……」
――――
「指輪に手の甲にキスだとー あの妖怪人面山羊め、わたしのお嬢さまに、なに王子さまムーブかましてるんですか。おまけにお嬢さままで草の冠に、ほっぺにチューとかチョロすぎます。由々しき事態だわ、このままでは、お嬢さまが妖怪のお嫁さまルートに乗ってしまいますわー!」
駄メイドの叫びが赤く染まる空へと溶けていった……




