第5話 その9 「鬼ごっこの終わりかた」
「お待たせいたしまして、申し訳ありませんでしたわね」
「メェェェ!」
「あらやだ、水玉落としちゃったのですわね。残念、素敵でしたのに」
「メェェェ!」
「ええいいですわよ。そろそろ決着とまいりましょう」
そんな軽口から、ふっと顔を戻してで白択を見つめ
「でも本当にこのままでよろしくて?」
「メェ?」
お嬢さま、何か気になることでもありました?
山羊が首をブルブルっと振る
「メェェェ!」
「そうですか、よろしくてよ。では再開いたしましょう、最後の鬼ごっこを」
「メェェェ!」
いつもどおりに山羊が4、5歩の距離を取って、いつでもどうぞとばかりに軽やかな山羊ステップで誘ってくる。
お嬢さまもちょっかいは出すけど様子見状態……な訳ありません。
「どうしたのこちらにおいでなさい。早めに降参した方が恥をかかなくてすみますわよ。ヤ・ギ・さん」
やっぱり全力で煽るんですね。それ、どう見ても立場逆ですよ。
(プラム、残りあと何分。)
《終了予定時刻まで、あと48分52秒です》
(何分で決着つけれると思う?)
《シミュレーション終了》
《最短5分から最長で28分以内に目的の回避パターンが発生》
《中央値 16分23秒です》
ドラマ的には残り5分で決着とかがいいよね。
でもポンコツふたりだからなー
失敗しても、残りは神の奇跡でも信じて待つことにして、早めに仕掛けましょう。
(ルナリア、躯体制を変わって)
『透香、ガンバレ』
《躯体制御 透香プロセスに変更》
やっぱり戦闘モードは起動しないか。
(プラム、この前みたいに戦闘モードをシュミレーションで起動して)
《シュミレーションモード起動します》
《透香、シュミレーションなので予測演算後の躯体制御は機能しません》
(見えればいいよ。自力で頑張る)
(あとフレンチメイドスタイルに変更して)
《了解 外装変更開始します》
別に強くなるわけじゃないんだけど、フレンチスタイルの方がスカート短くて動きやすいのよね。あとフリルたっぷりのペチコート履いてるから安心。
隠密の人もどっかで見てるからバク転とかする時、お見苦しいものを見られるの嫌だもんね。
「お嬢さま、ルナリアいきますー」
お嬢さまの後ろからダッシュで勢いつけてエアリアル(側宙)で前に出る。ちょうど最高点でナノマシン光らせて衣装チェンジで着地。
「メェェェ!」
ほらちょっとやる気になったみたい。演出って大事でしょ。
『ハッタリ?』
(演出よ、演出!)
派手に登場してお嬢さまにかぶさる位置取りで山羊の視界を遮る。
そのまま一気にトリッキーに攻め込むぞー
エアリアルの勢いのまま山羊の右手に走り込む
態勢を切り替え左前方に小ジャンプ
着地から一気にダッシュ!
「メェメェ!」
軽やかにステップ決めながら後方に避けてた山羊がほんのちょっとだけ態勢がぶれた。
入った!
山羊が予定エリア到達!
そうお嬢さまと午前中に黙々作ってた「草を結んで足を引っ掛ける罠」エリア
もちろん「馬並みの大きさの褐色の獣」の山羊だから結んだ草なんてブッチなんだけど、今みたいにわずかながら抵抗にはなる。
そのほんのわずかが、でも着実に山羊との距離を詰める。
近くの木の幹を蹴り付けてバックフリップ
"AUTO P(自動予知)"をマニュアルに切り替えてっと
キマシタワー!
加速した思考が望む未来をトレースして体にフィードバック。動きがスムーズに加速される。もう側転・側宙なんでもありのアクロバット大サーカスよ。
「メェェェ!メェ!」
動きに余裕なくなってるよ!
明らかに山羊が戸惑ってるのがわかる。ご自慢の予知が効かなくなってるんでしょ。
そう。攻撃もタッチもしない。
予知と頭フル回転で山羊のそばを通ることだけを考える。攻撃じゃないから山羊の先読みは機能してない。わたしを目で見て避けなきゃならない。
距離が詰まりだす。
「メェ!」
ほらまた草のトラップがわずかな隙を作る。
「行っけー!」
わたしは叫び声をあげ、自分を鼓舞する!
なんてかっこいいこと言ってるんだけど実はもう限界です。
二の腕プルプル、足はガクガク。おまけに頭はフル回転で情報処理中。
これがね、ウップ。酔うのよ。前、に試したときに感じた「予知酔い」ってやつ。気持ち悪い! というわけで、もう限界間近です。もうそろそろ転ぶか吐きます。
現にネコ耳ルナリアがVR空間でバケツに顔埋めてます。
でも、自分がトラップに引っかからないようにアクロバットに飛び跳ね続けなきゃダメなのです。ガンバレわたし!
早く回避パターンに入って山羊さん……
あっ、入った。
ついにきました。勝負です!
バク転2回からの着いた手で地面を弾き、上に伸ばした足の勢いで体を捻り込んで無理矢理方向転換、10点満点出そうな勢いで着地を決めた。
わたしの目と鼻の先にトラップでワンテンポ動作の遅れた山羊の顔。
思わず手が出る。
メェっと小さく鳴いて右にかわすように避ける。さらに手を伸ばす右に避けられる。
キタ!待ちに待った回避パターンです。
次が左に避けられて、ほらきた。前へのフェイント。
わたしもそれに呼応してしゃがみ込んでフェイントを躱して伸び上がる勢いそのままに体を抱え込んで前に宙返りで追い縋る。
お嬢さまの位置がメチャメチャ気にるけどここで探したら山羊にも勘づかれる。
もう信じるしかない。右なの、左なの?
フェイントから後ろに逃げる、追うように手を伸ばす。
右か左か勝負です!
その瞬間わたしの1秒後の予知がとんでもないビジョンを映し出した。
まさかの後方!
ありえない、ありえない、ありえない!
完全に裏をかかれた。気づかれてた。
負けたの……
後悔と悔しさで目が潤み出しそう……
伸ばした手が空を切る。
後方に飛び退く山羊
その落ちていく背中越し
その先に黒髪がなびいた
「お嬢さま!!」
そこにはいるはずもないお嬢さまが両手を広げて待ち構えてた。
あの顔! メチャクチャドヤった満面の笑み。
"ルナリア、詰めが甘いわね"って体じゅうで言ってらっしゃる。
でもなんで、なんで? 右でも左でもなく後ろにいるの?
"わたくしがサイコロを振っていいのね"お嬢さまのセリフが脳内再生される。ちょっとふてくされ気味の声……
あっ! わかった。
絶対、先を読んだとかじゃない!わたしに右か左かって上から目線で指示されたのが、単に気に食わなかったんだ!
この! 性悪、悪役令嬢め!
でも最高です!!
「メェェェェェー!!」
悲鳴をあげてももう遅い。
お嬢さまが満面の笑顔で最後のタッチを決めに手を伸ばす。勝利です!
「チガウ……」
――誰の声?
ほんの一瞬、戦闘モードのインフォメーションがブレた。
お嬢さまがタッチしようとした瞬間に山羊が後方ではなく、横滑りでスリップした。
そしてその手は空を切った。
山羊が素早く態勢を整えて距離を取る。
お嬢さまが、空を切った手をもう一方の手で握り込み胸に引き戻し、そして俯いた。
――
どういうこと……?
(プラム、何が起こったの? 今の声は?)
《他者からの量子干渉は観測されていません》
《透香の記憶ログに「ちがう」との音声データ記録あり》
《解析:……結果取得》
《現在の観測による異常の発生は感知されていません》
《ただし、ルナリアの記録観測データ・透香プロセス記憶ログ上での解析結果では、未知の外的要因による干渉があったとの推論が成立》
矢継ぎ早に読み上げられるプラムの解析結果
これってもしかしてお約束の「ゲームの強制力」「神様的何かの干渉」
それ系のイベント……?
ダメ。
絶対に許せない!




