99.カノンの新生活
きゃっきゃと小さな笑い声が響く。
床で遊ぶ我が子をカノンは注意深く眺めていた。
ルノンはもうすぐ三歳になる。
次代の聖女。もう元気に走り回っている。
イーサリオンを出てから四年。私はアルセリオン王国からもエリュナ・サンクティア神聖国からも離れたベルデッドという地に腰を落ち着けていた。
「あーもー!ルノンは元気すぎっす」
バタバタとルノンの後を追っているのは、アザミ。妊娠中に雇った護衛の傭兵だった。もうとっくに契約は切れているのだけど、たまにこうして遊びに来てくれる。
「やぁっと捕まえたぞ!おちびさーん」
「やーだ!」
ルノンは朝から小さな手にずっと何かをにぎりこんでいて、アザミはそれが何かを確認しようとしている。
「なんだったの?」
私も気になっていたので覗き込む。
そこには小さな木の実がひとつ握られていた。
「どんぐり?」
「あーぶないっすよー小さい子に!」
「そうだね。どこから持ってきたのかな?」
ルノンからどんぐりを取り上げると、彼女は「かえして」と可愛くぴょんぴょん跳ねた。
我が子ながらあまりにも可愛すぎる。
「もー!ダメだよルノン。あなた、なんでも飲み込もうとするんだから」
どんぐりを彼女の手の届かない瓶の中に入れて、ルノンを抱き上げる。
「ひゃー降ってきちゃったっすね」
「あれ、ほんとだ。アザミ帰れる?」
「だぁいじょうぶっすよー!アザミちゃんは雨なんてへっちゃらっす〜!」
「そっか、なら晩御飯食べていきなよ」
「いいんすか!ありがたいっす〜!」
アザミにルノンを預け、火にかけていたクリームスープの味をみる。
うん。我ながらまた美味しいものを作ってしまった。
「アザミーお皿出して……」
そう声をかけた瞬間、外に強い魔力が現れた。
ビクリとレードルを落としてしまう。
この一番星を思わせる魔力。覚えがある。
―――父様?
まさか、ここがバレた?
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
「アザミ。しばらく出るわ」
「えっ?でも、外雨っすよ?どこ行くんすかぁ」
アザミがボリボリと頭を掻いているのを横目に、非常用バッグを取り出して、ルノンを抱える。
「えっ、ルノンまで―――」
その続きは聞けなかった。
それだけ父様の魔力は間近に迫っていた。
―――
―――
―――
アザミはポカンと口を開ける。カノンがあっという間に消えてしまったからだ。まぁカノンは魔法はお手の物なのでどこかに転移しただけだろう。
それよりもこの家に近づいてくる気配の方が気になった。
男。多分一人。歩き方に隙がない。
カノンはこの男から逃げるように姿を隠した。ルノンを妊娠している時も何か追っ手を気にするような素振りがよく見られたのを覚えている。
チリーンとドアベルが鳴らされた。
「はいはーい」
訝しんでいる事を悟られないように、自然に外に出た。
「こんにちは」
にこりと微笑んだのは1人の男だった。長い黒髪が雨に濡れてしっとりと体躯に張り付いている。
めちゃくちゃいい男じゃねーっすか!!
とにかく顔がいい!少し年上のようにも見えたが、アリかなしかでいえば当然ありっす!
「ここに金髪の女性が住んでいると聞いていたのだが」
そう言われてハッとする。やはりこの美丈夫はカノンを探しにきた彼女の追っ手なのだろう。たとえイケメンに尋ねられたとしても、カノンを売ることなどしない。
「いえ、うちにそんな人はいねぇっすよ」
「……そうかい?」
男は少し身体をずらして中を覗き込む。不躾だと思ったが、カノンはここにいないので見たいだけ見せてやった。
「……そのようだね」
「そーっす。で?なんか用事っすかぁ?」
「いや。私の勘違いだったようだ」
男は「お邪魔したね」と案外すんなり帰ってくれた。
とんでもねぇイケメンを逃したような気もしたが、きっとこれで良かったのだろう。
「カノン早く帰ってくるっすかね〜」
カノンたちが帰ってきたら食べようと、クリームスープの火を止めた。
―――
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―
「さて、上手く見つけたかな……?」




