100.雨の中の再会
移動魔術で裏の森の奥に飛ぶ。ちょうど雨を避けれそうな木陰があったので、そこにルノンを下ろす。
「マァマ、ごはんは?」
「ごめんね、ルノン。ちょっとまってね」
もう少し離れた方がいいだろうか。でも、ルノンを連れたままこの森を彷徨うことは困難なように思えた。
仕方なく、周囲に「姿を見えなくして声も聞こえなくする魔術」を展開する。
これで少しは安心できる。
「今日はここでママとお休みよ。ご飯も……今はこんなのしかなくてごめんね……」
「おとまり?」
非常用バッグからレーションを出してルノンに渡す。
ルノンはわぁと目を輝かせて木の実のレーションにかじりついた。
アザミに何も伝えず出てきちゃった。
今度謝らなくちゃ。
ルノンはレーションを食べ終わるとウトウトとし始めた。
今日はお昼寝してなかったからなぁ。
小さなルノンを抱きしめる。出来ればもう少し休みやすい木陰を探したい。
そう思って立ち上がった。
ポン、と腕を取られた。
「打ち消し」
「!!!!!!」
途端にみるみる私の魔術が解かれていった。
振り返れば、やはり、黄緑色の瞳と視線が絡む。
「……デイン」
「……元気そうじゃん」
ギっと握られた腕に魔力を流されて上手く練れない。
単純な力勝負で私がデインに勝てるわけが無いし、こちらにはルノンもいる。
デインは相変わらず、足首まで伸びた茶髪を後ろで結っていた。
四年前より、少しだけ大人びて見える。
デインは私を覗き込む。
「なんで一人で抱え込むんだ?」
責めるような口調ではなかった。
「無理じゃん。何でもかんでも一人で抱え込もうとすんなよ」
優しく、頬を撫でられる。
「聖女、なんだろ?」
「―――っ!なんで!」
「ユリウス様に聞いた」
息が上がる。
もう、世界のどこかでは聖女の存在が知られてしまったのだろうか。私は、祈り子達などから探されている?私が聖女として連れ戻されてしまったら、ルノンは―――
「大丈夫。落ち着け。公表はされてない。知ってるのも、ユリウス様と叔父上くらいだ」
そう聞かされても安心など出来なかった。
「ダメなの……。聖女は誰も知らない場所で静かに暮らしていく方がいい」
「分かった。じゃあそうしよう」
「えっ」
デインの言葉に耳を疑った。聖女としてのつとめを果たせと、そう言われる覚悟をしていた。
「い、いいの?」
「あぁ。ただし、お前が隠居するのはイーサリオンでだ。そこなら俺もすぐ対応できる」
「でも、イーサリオンだと、私は目立つわ。絶対に見つかってイーサリオンの評判を落とす種になる」
「そんな事俺は気にしない。それよりもカノンがそばにいてくれる事の方が大事だ」
デインは優しく、包み込むようにぎゅうとルノンごと私を抱きしめた。
「昔から、分かんない問題は一緒に解いてきたじゃん」
じわりと涙が浮かぶ。いつだって私たちは意見が合わなかったじゃない。
「だから、お願いだから、目の届く所に居てくれ。居なくならないでくれ。それだけで、いいから」
懇願と共に、抱きしめられる腕に力が入る。デインの声は震えていた。
「俺が守るからカノンも、ルノンも」
―――伝えていない名前を的確に当ててきたのは。ルノンという名が二人で考えた名だから。
涙がとめどなく溢れてくる。泣きじゃくる私の涙を、デインは優しく拭った。
「一緒に、帰ってくれるか?」
「嫌って言っても連れて帰るんでしょ?」
「まぁ、そうだけど。出来ればカノンに選んで欲しい」
「何よそれ」
デインは泥が着くのも気にせず、地面に跪く。
「俺と一緒に生きることを、選んでくれ。カノン」
もういつからだろう。ずっと気づいてた。
ずっと一緒に競い合って来た人。
誰よりも私の意思を優先してくれる人。
何よりも私のことをよく見てくれた人。
婚約者として過ごした短い期間も、大切に、本当に大切に扱ってくれた。
「絶対に、守ってくれる?」
「約束する」
「いっぱい、いっぱい考えないといけないことがあるの」
「なら、一緒に考えよう」
デインの、視線は力強く、私を酷く安心させてくれた。
「帰ろう。叔父上も心配してる」
「……………うん」
私がそう答えるとデインはホッとしたように表情を緩めた。
もう一度ぎゅうと抱きしめられる。
もぞりと、腕の中のルノンが身じろいだ。
「起こしたか?」
「!」
ルノンは見知らぬ人物にびっくりしたのか私にしがみついてきた。
「俺に似てねぇな」
「そうかも。私に似て可愛いでしょ?」
「……まぁ」
デインはふにふにとルノンの頬をつまんだ。
初めて見る男に触られてルノンは固まってしまっている。そして、いやいやというふうに首を振った。
デインと一緒に歩き出す。彼はまっすぐ前を見て森を進む。ただ、繋がれた手だけは、絶対に離してはくれなかった。




