98.真相
カノンが消えてからイーサリオンは彼女の捜索を精力的に行った。
ルーケンフォード様の元婚約者が行方不明ということでアルセリオンは一時騒然とした。所々からそれらしい目撃情報も寄せられたが、隣国ナナグライムを越えたあたりからカノンの追跡は困難になった。
元々カノンは魔力も高く、移動魔術もお手の物なのだ。彼女が本気で身を隠そうとすれば追う手立ては少ない。
俺は叔父上の補佐をしながら、イーサリオンの後継者としての力をつけていた。
もうカノンが消えた日から二年の月日が流れていた。
カノンの行方は未だに知れなかった。
「では、いいんだね」
「はい」
外国に絞って情報を募って探していたが……それも、もう終わりにしようと叔父上と決めたのだ。
カノンが何を考えて姿を消したのか、会って問い詰めたかった。
どんな理由があってもそばにいたいのだと伝えたかった。
だけど、ずっとカノンにばかり注力し続けることはできない。イーサリオンには多くの民が暮らしている。彼らの血税をカノンの捜索に使い続けることはできないのだ。
「また縁があれば出会えるさ。私とカノンが出会えたように」
「……」
それはいつになるのだろうか。その時俺は、冷静で居られるだろうか。
ユリウス様がイーサリオンを訪ねてきたのはそんな時だった。
急な来訪に俺も叔父上も驚いたが、彼が訪ねてくる理由にはいくつか心当たりがあった。
「カノンお嬢様の捜索を打ち切られると聞きました」
ユリウス様は開口一番にそう切り出した。
そう。彼もカノンの捜索には多大な協力をしてくれていた。時には俺たちより必死なのではないかと思えるほど熱心に。
「カノンお嬢様の捜索を続けて欲しいのです」
「ですがユリウス様、カノンの捜索は手がかりが少なく……これ以上我々も続けるのが困難なのです」
「それでも、です。内密にはなりますが資金面の支援は私の方からさせていただきます。だからどうか」
ユリウス様はそう言って頭を下げた。
叔父上と顔を見合わせる。
「しかし……」
もう、俺と叔父上は決めたのだ。彼女を好きなようにさせてやろうと。悩んで、迷って、それでも―――決めたのだ。
「最後にカノンお嬢様らしき女性の情報が寄せられたのはベルデッド公国付近でしたね」
「えぇ。たしかに」
「おそらく、ベルデッド付近にカノンお嬢様はいらっしゃると私も推察します」
ユリウス様は淀みなくそう言い切った。
「なぜ、そう思われるのですか?」
「……とある情報筋からの、推測、です」
ユリウス様はやや歯切れ悪いように感じた。推測だけで、また時間と金銭を浪費することはもうできない。
「ユリウス様。カノンを探してくださっていることには感謝致します。ですが……本当にカノンが居るという確証でないのでしたら、我々が捜索を続けることは困難です」
それだけの情報では、イーサリオンの決定は覆らない。
ユリウス様は険しい顔で爪を噛んだ。
「大切なお嬢様でしょう?」
「それでも、出ていくことを決めたのにも理由があったのだと思います。我々は、それを尊重しようと思うのです。大切、だからこそ」
叔父上の言葉を聞いてユリウス様はなにかを考え込むように目を伏せる。正直、彼がここまで食い下がってくる理由がわからない。確かにカノンはユリウス様とは仲が良かったが……。
ユリウス様は何かを決めたように顔をあげると、周囲に音を遮断する結界を張った。
「ユリウス様、何を―――」
「―――近年ベルデッドの穢れがおさまってきているのです」
彼はそう言うと顔を上げた。
「彼女は――――――聖女です」
「……………………は?」
言われた意味が分からなくてユリウス様を見つめる。
ユリウス様は至って真剣で、冗談を言っている雰囲気ではなかった。
聖女、というのは、あの伝説に出てくる聖女ということであっているのだろうか。
「カノンお嬢様の気持ちを尊重したいという意見は分かります。ですが、聖女の存在を知ってしまった以上、目の届く場所にいてもらわなくては困るのです」
「ま、待ってください。カノンが、聖女?何を言ってらっしゃるんですか?」
叔父上の疑問ももっともだ。聖女の存在は千年も前に絶たれている。
「驚くのも無理はありません。しかし、事実です。二年前、彼女が一ヶ月間、昏睡状態に陥った時がありましたね?あの時、どれだけ悲惨なことになったか、レイン殿なら覚えがあるはずです」
そういえば、世界的に穢れが溢れたとき、ちょうどカノンが昏睡状態だったと思い当たる。
カノンが聖女だからだと言われれば、説明もつくのだろうか?
「カノンお嬢様も自身が聖女である自覚を持ってらっしゃいました。きっと、聖女の一族は、隠れ暮らすように代々教えられて来たのでしょう。ルーケンフォード様との婚約を破棄したのも、イーサリオンから姿を消したのも、もうずっと決めていたことなのかもしれません」
「待って待って、待ってください!どういうことですか!?」
「……順を追って、お話した方がいいですね……」
ユリウス様は機密事項だと言い含めて、祈り子が本当は浄化をできない事実や、カノンが聖女である証拠を語った。
さすがの叔父上も混乱しているようだ。俺だってそうだ。
―――カノンは、聖女だから、俺たちの元を去ったと言うのか?
でも確かにカノンがおかしくなったのはあのエリュナ・サンクティアでの事件があってからだ。
まさか、カノンがそんな世界の存続に関わるような存在だとは全く思っていなかった。
ずっと悩んでたのは世界のこと?
言えないのは、重大すぎる事実だから?
ようやく様々なことに合点がいった。
だけど、それでも納得の行かないこともあった。
とにかく、カノンと会って話しがしたかった。
怒鳴って、文句を言って、抱きしめたかった。
「……このことは発表されるのですか?祈り子様は皆知っているのでしょうか?」
「いえ、私しかこの事実を知るものはいません。そのように、整えてきました。ですのでお二方もこの事実は胸に留め、絶対に漏らさないようにしてください」
ユリウス様はそう再度言い含めると、しぃと口に人差し指をあてる。
「カノンお嬢様が聖女であることは発表するつもりはありません。これはカノンお嬢様が隠れたがっているからという理由だけでは、ないのです」
「何故、ですか……!?カノンの身に何かあるというのですか!?」
思わず口に出していた。聖女は必要な存在のはずだ。カノンが聖女だと知られてまずいことがあるのだろうか?
「―――これは推察ですが、聖女の存在が明るみに出れば、祈り子の自殺者が続出するでしょう」
ユリウス様の表情が曇る。
何故、ユリウス様がそう思われるのか、理解は出来なかった。また、叔父上と顔を見合わせる。
「この世界はまだ、聖女を受け入れられる体制ではないのです。とにかく、お願いいたします。私が表立って動けない以上、あなた方にカノンお嬢様を探していただくしかないのです」
ユリウス様はまた、頭を下げた。
本当は、もう忘れようって言い聞かせていた。
カノンを探すのをすっぱり諦めて、誰とも知れない妻を迎えようと。
でも、ここに来てそんなことが分かってしまったら、カノンの考えていることの欠片でも分かってしまったら、もうダメだった。
まただ。またあいつは一人でで抱え込んで、悩んで。
分かれる前のカノンの様子を思い出す。
カノンは何か思い詰めているようで、よく安心させるために抱きしめていた。
そして何度も、抱いてくれとせがんできた。
聖女の力は、母から娘に代々受け継がれるらしい。
もし、もしも、俺の考えている事が当たっているのだとしたら。
カノンは一人で―――。
「叔父上。俺、探したいです」
ポタリと雫が落ちた。
―――お前は本当馬鹿だよ。カノン。




