96.決行
カノンと俺の結婚話はトントン拍子に進んだ。
叔父上には睨まれると思っていたけれど、予想に反して酷く安堵したような顔で祝福を貰った。
ルーケンフォード様との婚約破棄をしたばかりのカノンがすぐに次の婚約者を持つのはあまりにも王家への忠義に欠ける。有責はこちらにあるのだから。
ということで、俺たちの婚約発表は一年後にということになった。
屋敷内では婚約者という扱いになったカノンは、何を考えているのか、よく俺の部屋に来て抱いてくれとせがむようになった。
―――なんだこいつ……欲求不満だったのか?
あまりにも頻繁にやってくるので、子が出来ないか心配になってくる。もちろん気をつけてはいるが……。
「今日は……明日早いし……」
「だめ?お願い、デイン」
「…………」
俺も大概こいつには甘い。
眠ってしまったカノンの額に口付ける。
幸せだ……。
ずっと、思いこがれて、手に入らないと諦めてきたから、尚更。
抱き寄せると、カノンは小さく身じろいだ。
腕の中の温もりは、朝起きる時には消えている。まだバレないようにするだけの理性は残っているらしい。
叔父上にバレたら殺されるかな……。
でもまぁ、婚約は決まっているし、些事として流されるだろう。
そんな事を考えながら朝の支度をする日が続いた。
カノンはあまり屋敷から出ず、引きこもるようになった。たまにピピナ嬢が遊びに来ることはあったが、茶会やパーティなどには一切顔を出さない。
それも仕方ない。
ルーケンフォード様と出くわすのは気まずいだろう。
それに、今、ルーケンフォード様の婚約を破棄したカノンの評判は地に落ちている。ルーケンフォード様からの好意を無下にした身の程知らずとして。
彼の人気の高さも相まって、言いたい放題言われているのだ。
俺も社交の場に出れば必ずと言っていいほどその話を持ち出される。カノンを庇ってはいるが、好機の目は止まらない。
それでも、俺はカノンを隣に選ぶ。
周囲の評判がなんだ。
ルーケンフォード様を振ったカノン・イーサリオンは間違いなく国一番の女だ。
誰がなんと言おうとカノンのこれまでの努力だけは揺らがない。
俺の隣に立つカノンを見せびらかす事が出来ないのは残念だが、今は時間に頼るしかないのだろう。
いつか、また、カノンと陽のあたる場所で踊れる日が来ることを望んでやまない。
「ねぇデイン」
「んー?」
今日も俺の部屋にやってきたカノンは書類を捌くのを手伝ってくれていた。
「子供が産まれたらなんて名前がいい?」
「ぶっ、おま」
「何よ。やることはやってるんだから、いつかは必要でしょう?」
確かに、そうだが、改めて言われるとなんだか妙な気分になってしまった。いや、なにを照れているんだ俺は。
気を取り直して考えてみる。
「うちは代々名前の響きを似せてきたからな」
「家系図見ても『ン』で終わる名前ばかりよね」
「もうほとんど案も出尽くしてるだろ……」
「そうよね。昔の人の名前貰うしかないかな」
「いや、まだ考えればあるぞ」
「例えば?」
「ルノン」
「確かに。いなかったかも?そこまで覚えてないけど」
「男でも女でも使えそうだし、いいんじゃね」
俺がそう言えばカノンはこてんと、こちらに体重を預けてきた。
「そっか」
その一言に、なんだか妙な胸騒ぎを覚えた。
「カノン?」
「ん?」
呼ばれて顔を上げたカノンはいつも通りだった。
気の所為かと誤魔化すように口付けた。
拒まれない事が、今でも嬉しい。
「デイン、迷惑かけてごめんね。私、お荷物なのに……」
「ほんとにそう」
「だよね……」
カノンはしゅんと萎れてしまった。
「別に気にしてねぇし。社交も、気分が落ち着いたらでいいよ。俺がやっとくから」
「……ありがとう」
ふわりと微笑むカノン。この笑顔に、未だに俺は翻弄されている。
「イーサリオンの後継者が、デインで良かった」
「何言ってんの?お前も後継者だろ」
「そうだね」
それが、カノンとの最後の会話になるとは思ってもみなかった。
翌日、カノンは消えた。
手紙を残して、行方が分からなくなった。




