95.解決策
今日も朝のお祈りを終える。
私が倒れた時に広まった穢れはまだ収束していない。アルセリオンでも二つの地域が穢れに見舞われた。
時間があればお祈りをしているけれど、快方に向かっているのかは分からない。
私はイーサリオンから離れる算段をつけていた。
私財を持ち運びやすいものに変え、どこか遠くに身を隠すのだ。
イーサリオンに居続けることは危険だ。ここで私の子孫が記録され続ければいつかは誰かが違和感に気付く。
そもそもユリウス様には気付かれている。
一刻も早く、彼の目の届かない所へ行方をくらませないと……。
ユリウス様が私を悪く扱うことはないだろうけれど、彼が祈り子として、エリュナ・サンクティアに報告してしまえば、私は聖女としてまつりあげられてしまう。
そうなればまず自由は無くなるだろう。
私が何を最も恐れているかといえば、祈り子を産むだけの道具にされてしまいそうなことだ。祈り子達にはその素地がある。そんなのは嫌だった。
問題はまだあった。
私は次代の聖女を産まなくてはならない。聖女が増えることで、私のこの精神的な負担も減るような気がした。
ここで悩ましいのが、私の魔力の高さだ。
一般的に、魔力量に差があればあるほど、子はできにくいとされている。だからゼゼも私の魔力を見て「好ましくない」と言ったんだ。私が子供を作りにくいから―――。
私に見合うだけの魔力を持った人がどれ程いるだろうか。
娼婦の真似事のようなことをするのは嫌だった。
出来れば、私を愛してくれる人にお願いしたかった。
それならば―――選択肢はひとつしかないのだろう。
―――
――
―
夜。
人の気配に目を覚ます。
「誰だ!?」
侵入者かと魔法を展開したが、寝台傍で静かに立つ影を見て霧散させる。
「んだよ、びっくりさせんな」
そこに立っていたのは、侵入者でも刺客でもない。
なんでもない。カノンだった。
いや、なんでもなくはない。ここは俺にと宛てがわれた部屋だ。深夜に、婚約者でもない男女が同じ部屋にいるのはバレたら外聞的にまずい。何より叔父上に殺される。
移動魔術で侵入したであろうカノンは月光を背に、静かに立っていた。まるで亡霊のようだ。普通に怖い。
「何?なんか用?」
逆光で顔はよく見えなかったが、最近のコイツはどこか様子がおかしい。部屋に虫でも出たのかと呆れ半分に問えば、カノンは静かに口を開いた。
「デインにお願いがあるの」
それはいつものこいつからは考えられないくらいか細い声だった。悩みでも打ち明けられるのかと、できるだけ、俺にしてはできるだけ優しく「何?」と聞いてやった。
「私を―――抱いて欲しいの」
「……………………………………は?」
自分でも随分と情けない声が出たと思ったが、仕方がない。
「あー待て?聞き間違えたかも。なんて?もっかい言って」
「私を、抱いて欲しいの。セックス。わかる?」
カノンは淡々と繰り返した。言っている内容は突飛だが、内容の理解は間違っていないようだ。ただ、そ、そういう事を頼みに来る奴の雰囲気ではないと思った。
―――やっぱり、今のこいつはどこかおかしい。
「お前、ほんとに意味わかってんの?」
「わかってるわ。子供が欲しいの」
カノンは真顔でそう呟いた。
「だったらなんでルーケンフォード様との婚約を破棄したんだよ。あの方でも良かっただろ。なんで俺んとこ来んだよ」
「だって、デイン、私の事好きでしょう?」
「ばっっっかじゃねぇの?」
理由になってないし、どこから出てくるかわからん自信だ。
自分はカノンに好意がバレないように振舞ってきたつもりだ。
だからカノンからそんな言葉が出るのはこいつが思い上がっているからに他ならない。
だが、否定はできない。
「お願い。デイン」
カノンはギシリと寝台に乗り上げると、座り込んでプツリプツリとネグリジェのボタンを外し始めた。
「待て待て待て待て待て」
慌てて、彼女の手を止める。
「私、可愛いし、魅力的な身体をしていると思うわ。抱き心地もいいと思う。初めてだから、上手くできるかは分からないけど、デインの好みに合わせられるわ」
何を考えたのか、カノンは売り込みをし始めた。ふにりと、手を胸に押し付けられる。
―――こいつ、下着を付けていない!
気づいた瞬間、少し、頭が冷えた。
本気で抱かれに来ている。それだけの覚悟を感じた。
これは据え膳かと揺らぎそうになったが、カノンの様子に不安を覚えた。
「カノン、お前本当に、なんかあっただろ」
「……別に」
「そんな訳ないだろ。こんなこと言い出して絶対おかしい。悩みなら聞くぞ?」
「理由を話したら抱いてくれる?」
「……内容による」
カノンは何かを考えるように視線を逸らした。
そして、こちらに目を向けると、微笑んだ。
「デインが好きなの」
―――嘘だ。
この笑顔は知っている。訓練された令嬢の笑み。
本物ではない。
無性に腹が立った。
中身のない言葉で誤魔化された事も、その言葉に選んだのが俺が何より求めていた一言だったことも。
―――ふざけんのも大概にしろよ。
そう怒鳴ってやりたくなった。だが、グッと言葉を飲み込む。
これは、チャンスだ。今なら、正しい顔をして欲望を選べる。
告白してきたのはカノンだ。
カノンが、俺を、好きだと言った。
ならば俺はただ受け入れればいい。
「なら、俺と結婚しろ」
カノンは静かに俺を見返してくる。
「そうしたら、だ」
「……結婚したら、抱いてくれる?」
「あぁ。いくらでも抱いてやる」
カノンはしばらく何かを考え込むように目を伏せた。そして、何かを諦めたように息をつく。
「分かったわ。明日父様に話してみる」
「……本気なのか?」
「そうしないとしてくれないんでしょ?」
カノンはそう言って立ち上がると「ごめんね、夜遅くに」と言って帰ろうとする。
俺はその手を掴んでいた。
「待てよ」
悪手だ。婚前交渉など外聞が悪い。だけど、今にも消えてしまいそうなカノンを放っておけなかった。
いや、そんなのは建前だ。
「結婚するんだろ」
「うん……」
手を引き、トサリとカノンを寝台に倒した。
バラりと散らばった髪が、赤い瞳が、月に照らされて美しく彼女を彩った。色香漂うその姿に、ゴクリと喉を鳴らす。
焦がれてきた女を、この手で暴けるのだ。
こんなに、理性を狂わされることはない。
「優しくしてね」
その声が、あまりに静かで。
その瞳に、俺が映らなくて。
何を考えてるか分からない。
それが少し、怖かった。
でも―――。
「努力する」
そのまま、カノンは目を閉じる。
ゆっくりと、唇を重ねた。




