89.事件
聖樹の奥で一刻、二刻程だろうか、祈りを捧げた。
正直、女神様に祈っていたというよりかは、自分の事ばかり考えていたけれど、ゼゼは充分だと言ってくれた。
『もし良ければまた足を運んでおくれ。そして出来れば次の聖女にも祈りを絶やさぬように教えこんでおくれ』
「次の聖女……」
そうだ、その問題もある。私は次へ繋がなくてはならないのだ。
「ねぇゼゼ。もし私が女の子を産めなかったらどうなるの?」
『その心配はない。お前がはじめに産む子は必ず女子だ。男子が産まれるのは二人目からだの。まぁお前の産む子は皆祈り子になる』
「そうなの!?」
『そういうもんさな』
それは……まずい。とても、まずい。
私はルークの、アルセリオン次期国王の婚約者だ。その役目の一つには次代の王の子を産むというものもある。
だが、産まれた子が祈り子であれば、その子はエリュナ・サンクティアに取り上げられてしまう。そしてそれが何人も続けば異様だ。
「もうひとつ教えて。普通、生まれた時には祈り子であるかどうか確認する洗礼があるわよね?聖女はどうして祈り子に見つからず隠れていることができたの??」
私だって産まれた時に洗礼は受けたはずだ。だけど祈り子だという判定は受けなかった。
『あぁ。それは祈り子の穢れを操る能力は本質的には祈りを必要としないからだね』
「どういうこと?」
『産まれたばかりの赤子は無垢だ。そして無知だ。女神に祈ることができない。聖女の祈りは思いがのってこそ発揮されるのだ。赤子の聖女は浄化はできないのだよ。対して祈り子の穢れを操る能力。あれは素質なのだよ。素質があれば祈らなくても発揮出来る能力さ。まぁ穢れを引き付けやすい体質と思えばいい』
「つまり……聖女の力は、祈ることを覚えて初めて使える。でも祈り子は、生まれつき穢れを引き寄せてしまう……そういうこと?」
『そうだ』
ゼゼの解説は淀みなく、分かりやすかった。もしかしたら今までも何度もこうやって解説してきたのかもしれない。
『もう疑問はないかね?』
「うん……。うん、大丈夫。ありがとう」
ゼゼはそうかいと言うと、その身体を起こす。
『ならば元の場所に送ろうか。もう夜も遅い』
そう言ってゼゼは、来た時と同じようにぐるりと私にまとわりついた。次の瞬間には私は屋敷の部屋に戻っていた。
『ここにはいつまで居るんだい?』
「2週間くらい」
『そうかい。ならばこの地に居る間は毎夜こうして迎えに来よう』
「分かったわ。色々教えてくれてありがとう、ゼゼ」
『構わんさ。……おやすみ、カノン』
「おやすみなさい」
ゼゼが体躯を翻すと、空間に消えて行くように消えた。
―――
――
―
エリュナ・サンクティアでの滞在期間は順調に過ぎていった。
朝はユリウス様と大聖殿の礼拝堂で祈りを捧げ、夜はゼゼと聖樹の奥で祈りを捧げる生活が続いた。
ユリウス様は毎日私を色んな場所に連れていってくれた。
今日は町外れにある美しい湖。底まで見える透き通った水がとても綺麗な湖だった。湖畔に足を浸して名物のアイスを食べたりもした。エミリィが湖に落ちるというハプニングもあったが、そんな事件も良い思い出だ。
「うぅ、酷い目に会いましたぁっ!」
「よく髪は乾かしましたか?ここで風邪をひかれても困りますよ?」
「アズールがびっくりさせるからぁ!」
「少し声をかけただけでしょう?」
アズールとエミリィの会話を聞きながら、エリュナ・サンクティアのセンター通りを歩む。今日はこのまま観光しながら屋敷に帰るのだ。
「カノンお嬢様。こちらのお店に寄りませんか?」
「何のお店ですか?」
ユリウス様の指さす店を見あげた時だ。バァンと、何かが破裂するような音が響いた。
「問おう!穢れとは何か!!」
パンパンと打ち上がる魔法の花火は、人目を集めるために打ち上げているようだった。音のなる方を見れば何やら旗を持った人々が街を練り歩いている。
「君たちは穢れを見た事があるか!?ないだろう!穢れという存在を祈り子は説くが、実際、穢れは本当に存在するのだろうか!!」
声を張り上げる男に呼応して、集団は声をあげる。
「ユリウス様……。あれは?」
「……反エリュナ教です。この聖地にも……いえ、聖地だからこそああいう手合いが集まってくるのです」
ユリウス様は集団を睨みつけ、護衛をしてくれていた聖殿騎士に何か囁いた。
「そう!穢れという存在は全て、祈り子が地位を得るための作り話に過ぎないのです。皆さん、騙されてはいけません。この世に穢れなんてものは存在しないのです!!」
確かに穢れが見えない一般の人達から見たらそうなのかもしれない。だけれど穢れは事実、存在しているのだ。ただ、証明することは出来ないけれど……。
集団を先導している男は1本の木の枝を掲げる。あれは、聖樹の枝だ。
「聖樹と称えられるあの大木もただの木にすぎません。ご覧下さい」
そう言って男は聖樹の枝を―――折った。
途端に枝の端から黒ずんだ塊がどぼりと溢れ出た。穢れは男にべっとりと流れ落ちたが、男は穢れが見えておらず気にした素振りはない。
「聖樹などだだの樹木にすぎません」
「なんということを!!!」
ユリウス様は悲鳴のように叫びをあげる。
「愚かな!!お前の行いで今この場は穢れました!!皆、祈り子の到着を待ち穢れ祓いを行ってください」
ユリウス様が男の前に出て枝に手をかざすと溢れ出る穢れは止まったように見えた。
「ご覧なさい!なんと滑稽なことでしょう。穢れなどどこにあるというのか!!」
ドロドロとした穢れの塊を浴びた男はなおも叫び続ける。
「衛兵!この男を取り押さえなさい!!」
「祈り子の言うことなど信じられるか!」
「そうだそうだ!」
「何が穢れだ!!!」
反エリュナ派の集団はユリウス様に向かって罵詈雑言を浴びせた。その熱量はどんどん増しているように見えた。異様な熱気が通りを埋める。
男が旗を振り上げた。
「ユリウス様っ!!!」
危ないと、そう思った時にはもう飛び出していた。
ゴッという鈍い音と衝撃。
「カノン!!!」
プツンと意識が途切れた。




