81.自問
「おかえりなさいませルーケンフォード様」
「……」
「ルーケンフォード様……?」
「ごめん、少し気分が悪くて。夜の予定はキャンセルで。夕食も部屋でとるよ」
「体調が優れないのですか?でしたら医師を……」
「ううん。大丈夫。とにかくそれでよろしく」
心配してくれた側仕えの顔も見ることなく、部屋に籠った。
ベッドに身体を沈める。
「……」
カノンに振られた。そのことがショックで、もう何もできそうにない。
「カノン……」
誰もいない自室で、ようやく、涙を流せた。
カノン、カノン。
ずっと大好きだった初恋の女の子。
嫌われないように、好かれるように、丁寧に丁寧に積み上げてきた。
でも、王妃になる覚悟がない。そう言われてしまえば、そこでおしまい。
普通の女の子なら、僕の身分を両手を上げて歓迎するのに、カノンはそうじゃない。「王妃になる」という責任の重大さをよく理解している。そういう人にこそ、王妃は相応しいのではないか。
カノンなら王妃の役目もしっかりと果たしてくれるだろう。真面目で、責任感のある子だから。
ふと悪い考えが浮かんでしまう。
でも、それを実行したらカノンには嫌われてしまうかもしれない……。
それでも。
「……それでも」
カノンが隣に居てくれるなら……。
重い身体を起こし立ち上がる。鏡の前に立てば涙で酷い顔になっていた。顔を洗い、頭を冷やした。
「ルーケンフォード様!」
部屋を出たら護衛に声をかけられる。
「大丈夫なのですか?」
「うん。大丈夫。それより、父上はどこにいる?」
僕の隣はカノンがいい。そのためだったら、どんな可能性にもかけてみたい。
―――
――
―
「カノン、少しいいかい」
夜の時間。突然父様が部屋にやってきた。手には何か、厚みのある封書を持っていた。
「なぁに?父様」
父様はソファに座ると、私に隣に座るように促した。
「実は今日、王家から君への婚約の打診が来たんだ」
「……え?」
父様は持っていた封書を広げる。そこには私に、ルークと婚約するようにと、王命の印まで押されていた。
「王命……!」
その言葉は、この国において絶対の強制力を持つ。まさか、ルークがここまでしてくると思わなかった。
ど、どうすれば、いいの?
震えていると、父様がポンポンと頭を撫でてくれた。
「大丈夫だよ。私が突き返してあげるからね」
「でも……」
「何も心配することはない。こんなの挨拶みたいなもんだよ」
「あいさつ」
父様は、そう言うが、王命に従わなかっただなんて、周囲からどう思われるか。きっとまた悪い噂になってしまう。
「一応カノンにも聞いておこうと思って。どうしたい?」
「どう……」
「カノンの人生はカノンのものだからね。君には君の生きたいように生きて欲しい」
父様は優しくそう言うと、深くソファにもたれて、じっとこちらを見つめた。私に考える時間をくれているのだろうか。
書状に目を落とす。
ルーク、こんな手に出るなんて……。
いや、むしろ、ルークはいつでも強制的に私を婚約者にできたのだ。彼にはそれだけの権力がある。
でも、私の気持ちはもう伝えた後だ。きちんと断ったはずなのに。
それだけ、私の事が好きってこと?
さすがに少し揺れてしまう。これだけめいっぱいの愛情を受けているのだから。だけど、同時に狂気的にも感じてしまう。
「少し、ルークと話したいわ」
「そうかい。じゃあ、少しの間保留してもらおうか」
父様はそう言って書状を回収した。
「まぁ、そんな顔をさせるようではカノンは任せられないね」
「えっ」
「眉間にシワがよってるよ」
「むぅ」
父様はグリグリと私の眉間を押し込んだ。
「ルーケンフォード様は嫌なのかい?」
「ルークの事は嫌いじゃないわ。でも、ルークと婚約することで生まれる責任とか、役目とか、そういうのが私に合わないと思うの」
「そんなことは無いと思うけどね。カノンなら王太子妃も充分にこなせると思うよ」
「……そう、かな」
「そんなに難しく考えることはない。イーサリオンを継ぐことと、そう大きくは変わらないよ。カノンはイーサリオンも継ぎたくないのかい?」
「……んーん。イーサリオンを継ぎたいの」
「イーサリオンを継ぐことも王妃になることも同じことだよ」
「え?」
「イーサリオンでも、王妃になっても、人の上に立ち責任を負う立場になるという事実は変わらない」
「!」
「別のものだとは私は思えないけどね」
じっと私を見つめる父様の瞳は、まるで何かを見定めるかのように光っていた。
確かに、そうかもしれない。
「……」
「まぁ、良く考えればいいよ」
「うん……」
「じゃあ私は帰るね。おやすみ、カノン」
「おやすみなさい、父様」
父様が出ていってからも、私はソファから動けないでいた。
父様の言葉がずっと胸につっかえている。
イーサリオンでも、王妃になっても、人の上に立ち責任を負う立場になるという事実は変わらない。
ならば、私はどうして王妃はダメなのだろうか。
王妃として外国の要人と関わるのが嫌?
ううん。イーサリオンでも外交はこなさなければならない。
では、公務が嫌?
いや、そんなものはイーサリオンでもいくらでも出てくる。
違う、違う、違う。
父様と話して、何が嫌なのかが分からなくなってしまった。
ずっと考えたけれど答えが出ることはなかった。明日も早い。仕方が無いので眠ることにした。
明日、ルークと話せば。この答えがわかるだろうか。




