80.告白
「おはよう……、カノン」
「おはようルーク」
ルークは朝必ず話しかけてくるようになった。私もそこまで拒絶する気はなかったので最近の朝の時間はずっとルークと話していた。
今日のルークは様子がいつもと違った。声に元気がないし、表情も暗い。私とも視線が合わない。
少し心配になってしまう。
「ルーク、大丈夫?」
「え?」
ルークの返事はか細かった。体調でも悪いのだろうか。
「ちょっとごめんね」
「!」
そう断って、彼の額に触れる。熱はないみたいだ。
「体調悪そうに見えたから」
「そっか。ありがとう。身体は大丈夫。でも……」
そう言ってルークは私の手を取った。
「最近カノンが冷たくて心はボロボロだよ……」
悲痛な面持ちで見つめられ、思わず目を逸らす。
「カノン、最近、どうして僕に冷たいの?」
「冷たい、かな」
「冷たいよ。一緒に昼食すら食べてくれない。なんで?」
「……」
この場合、なんと答えるのが正解なのか分からなかった。別に告白された訳でもないし、ただ、私が避けているだけなのだから。
婚約はしたくないけれど、傷つけたい訳じゃないし、嫌われたくもない。だから言葉が出てこない。
私はわがままなのだろうか。
「ル、ルークいっぱい誘ってくれるから、なんだか、悪いなと思って」
「悪い……?」
「そう。私ばっかり、ルークを独り占めしてるみたいで……」
苦し紛れの言い訳だったけれど、それくらいしか言葉が浮かんでこなかった。
「ひとりじめ……」
「あ、ほら、先生来たよルーク。席に行かなきゃ」
「……うん。そうだね……また後で話そう。カノン」
そう言ってルークは席に向かった。
話が曖昧に終わって安心するのと同時に、いつもと違うルークの様子が気になった。
お昼はルークに声をかけられる前に教室を出た。
視線は感じたけれど、何を話せばいいか分からなかった。
「カノン、どうした?」
「どうしたって?」
「元気ないじゃん」
魔法研究会の教室でデインにそう言われて首を傾げる。
「そう見えた?」
「見えた。また寝れてないのか?倒れる前に帰れよ?」
「違うよ」
デインは「ならいいけど」と言って、リネ様との話に戻ってしまった。
私もいつも通り友人と話していると教室がざわめいた。見れば、ルークが魔法研究会の教室に来ていた。
「カノン」
「ルーク……」
「話があるんだ。少しいいかな」
「……うん」
ずるい。
でも、悪いのは私だ。ルークの元まで行くとスっと手を取られた。
離さないと言うように、強く握られる。
連れてこられたのは人気のない校舎の裏庭だった。ルークは誰もいないことを確認するとようやく手を離してくれた。
「突然ごめんね。でも、どうしても話したくて。朝の続き」
「……うん」
今日のルークは苦しそうに笑う。そんな顔をさせているのは、きっと私なのだろう。
「カノンは僕を独り占めしてるのが申し訳ないって言ってたけど……僕はカノンに独り占めして欲しいんだ」
「……」
「僕の体も心も、全部カノンの物にして欲しい」
まっすぐ見つめられて、足がすくんでしまいそうになる。
「でもきっと、こう言ってもカノンは困っちゃうんだよね……?」
「……そうだ、ね。恐れ多いよ」
「僕のこと、嫌いになった?」
「そんなことないわ。ルークは大切なお友達よ」
できるだけ、角が立たないように、言葉を選んで。
まっすぐこちらを見てくるルークが眩しくて、また目を逸らしてしまった。
「カノン……。僕はね、友達だけじゃ足りないんだ。僕は」
「ダメ!……その先は言わないで」
「どうして?」
「ルークとは友達でいたいから」
続きを聞いて、この関係が壊れるのが怖い。
だけど、私を見つめる瞳がそれは出来ないと物語っていた。
ルークは私の手を取ると、その場に跪いた。
「カノン。カノン。好き」
息が止まる。
「僕はカノンが好きなんだ。はじめてあった時から、世界で一番好き。
だから友達だけじゃ嫌だし、君の全てが欲しい。僕と、共に、人生を歩んで欲しい」
彼の琥珀色の瞳には涙が溜まっていた。
彼は本気だ。ううん。そんなのもうずっと前から分かってた。一途に、私だけを思い続けてくれた人。
私は、この想いに、報いなければならないのだろうか。
ルークの気持ちは素直に嬉しい。だけど、愛だけで役目は務まらない。
「…………ごめんなさい」
琥珀の瞳が見開かれる。
まるでこの世の全てを失ったみたいな、そんな表情に胸が痛くなる。
「私ね、ルークの隣に立てるだけの覚悟、ないんだ」
「覚悟……?」
「そう。ルークの隣に立つってことは王妃になるって事。私は、そんな器じゃないの」
「……僕が王太子だから……?」
私が頷くと、ルークは固まったまま動かなくなってしまった。
確かに、もし彼が王太子でなければ、受け入れていたかもしれない。
「僕が、王太子じゃなくなれば、僕と一緒になってくれる?」
「えっ?」
「僕がただのルークだったら、僕と結婚してくれる??」
「えっと…」
もし、目の前に居るのがただのルークだったら、私はなんと言っただろうか……。これだけ愛情を注いでくれる人をこんなに簡単に断れただろうか。
「そう、だね、考えたかも」
「分かった」
ルークはすくと立ち上がる。な、なにが、「分かった」なのだろうか……。
「カノン。悪いけれど僕は君を諦めたくない。僕がどれだけ本気か証明させて」
「ま、待って、ルーク。まさか、王太子を降りるなんて言わないよね……?」
ルークは答えず、ただにっこりと笑った。
「君と結ばれる未来に比べたら、王太子の座はあまり旨みがないんだ。別に王にならなくても国を支える方法はいくらでもある」
「ま、待って!ダメよそんな無責任なことしちゃ!」
「それだけ君に本気ってこと。分かって欲しい」
「分からないし、自分の責任を投げ出すような人は嫌いよっ!」
思わず叫んでしまった。ルークは傷ついたように胸を押さえた。
「じゃあ、どうすればいいの?僕はカノンがいい。カノン以外は嫌だ」
懇願されるように手を握られる。
「……諦めて、ルーク。ルークのことは嫌いじゃないけれど、パートナーにはなれない」
「……!」
「それじゃあ」
「カノンッ!」
振り返らず、駆け出した。
―――
――
―
鞄を取りに魔法研究会の教室に戻る。扉を開ければ、長い茶髪が振り向いた。
「デイン……」
「おっそ」
もう誰もいないだろうと思っていたのに。デインは読んでいた本に栞を挟むとバタンと閉じた。
「感謝しろよ。鞄見ておいてやったんだから」
「うん」
「アズールは先に帰らせたから」
「そうなんだ。ありがとう」
ストンと自然にデインの隣に座っていた。
「……」
デインは何も言わなかった。もしかしたら私が何か喋るのを待っていたのかもしれない。ただ、じっとこちらを見る視線だけは感じた。
デインはしばらく、私を眺めると、はぁとため息をひとつついた。
「泣きたいなら泣けばいいじゃん」
「……っ」
言い当てられた瞬間から、我慢していた涙腺が緩んだ。目に涙が溜まってゆき、こぼれ落ちる。
ずっと止まらなかった。
デインは何も聞かず、ただ傍にいてくれた。




