78.期待、してるから
ルークとの外出を終えて帰れば、アズールが迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
アズールが、いつものように鞄を預かってくれる。
「お夕食までは、まだ時間があります。いかがなさいますか?」
「そっか。じゃあ部屋にいるよ」
そう言って部屋に向かおうとすると、見慣れた姿が立ち塞がった。
「なら、ちょっとこい」
「デイン!来てたんだ」
デインはつかつかと近づいてくると私の手をとった。
「俺、暇なんだよ。ちょっとチェス付き合え」
「え、ちょっと」
そのままデインはグイグイと私を引っ張った。
近くの客間にチェス盤を広げ、デインとテーブルを囲む。
コイントスで先行を取られてしまい、黒い駒を持つ。
こんっと最初のポーンをデインが動かした。
会話はなく、コンッコンっとチェスの駒を動かす音だけが響く。
いつもならデインが憎まれ口を叩きながら進むのに、今日の彼は静かだ。
アズールが静かにサイドテーブルに紅茶を用意してくれている。この香りはデインの好きなアップルティーだ。
「アズ。集中したいから出てってくれ」
「ふふ。かしこまりました。お食事の用意ができたら呼びに参りますね」
そう言ってアズールは、静かに客間から出ていった。
扉が閉まる直前。目が合うとアズールは頑張ってくださいねと拳を握った。
パタンと扉が閉まる。
コンっとデインがまた駒を動かした。
「まだ諦めきれないのか?アズールの事」
「えっ?」
デインはこちらをまっすぐ見ながら腕を組んだ。
「ずっと目で追ってるだろ」
「……!」
確かに、言われてみればアズールの事ばかり見ていたかもしれない。もうちゃんと区切りをつけなければならないのに。
「……知ってたの」
「見てれば分かる。お前、分かりやすすぎ」
「分かりやすいって……そんなことないもん」
どうやらデインには私の気持ちはバレていたらしい。少し恥ずかしい。
「アズールとエミリィ、今日話したけど上手くやってるみたいじゃん。もーキッパリ諦めろ」
「言われなくても、分かってるもん……」
ナイトでデインの駒を取った。盤面はデインの有利だ。
アズールと結ばれる事が叶わない事なんてとっくに覚悟していた。
だから本当は辛くなんかなってはいけないのだ。分かっていた、分かっていたことなんだから。
ぎゅっと口を引き結ぶ。
言われなくたって、ちゃんと諦めてる。
コンっとデインが駒を動かした。
「今日はルーケンフォード様と出かけてたらしいじゃん。そのまま婚約すんの?」
「……」
本当にデインは遠慮というものがない。不躾だとも思ったが、彼の立場からすれば、早くはっきりさせて欲しい点でもあるのだろう。
ルークのことは嫌いではない。だけど、だけど私は、イーサリオンを継ぎたいのだ。大好きなあの土地を、育った土地を、イーサリオンの一人娘である私が受け継ぐのだとずっと考えてきた。
今はアズールの傍にいる事は少し辛いが、いつかは受け入れられるだろう。
それに―――。
「私は王妃には向いてないよ」
「!」
コマを動かして、ソファにもたれる。
デインは驚いた表情でこちらを見ていた。
「王妃になるのが嫌……なのか?」
「……うん」
「なんで?」
「だって私、国を背負うだけの覚悟とか、そういうの全然ない。それに今回の件でよくわかったでしょ?私を貶めたい人がいっぱいいるって」
噂がなかなか治まらなかったのもきっと、私の事が普段から気に食わない人が一定数いたからだ。
「王妃なんてやれる、自信、ないよ」
「じゃ、じゃあどうするわけ?」
「デインの番だよ」
デインはしぶしぶ盤面に向き合い、カッと駒を置く。
「お前、王妃になる気がないくせにルーケンフォード様に気を持たせてるのか?」
「気を持たせてるって、別にそういうのじゃないよ」
「本気で言ってんの?じゃあ今日なんだったわけ?デートじゃねぇの?」
「ちょっと一緒に出かけただけだよ」
「あっちは絶対そう思ってないぞ」
「だとしてもだよ。別に私、婚約を打診されてる訳でもないし」
「それが気を持たせてるって言うんだよ!!」
いつになく強い口調に、思わず肩が跳ねた。
デインはソファに背を預けると、両手で顔を覆った。
「もーいーじゃん。ルーケンフォード様と婚約しちまえよ……」
時計の音だけが客間に響いていた。盤面はまだデインの有利だ。
「デイン。私ね、イーサリオンに居たいの」
「!……」
「だって私は父様の一人娘だもの。イーサリオンを継ぐ正統性は私にあるわ」
デインは何か言いたげに口を開いたが、私は言葉を続けた。
「それにね、私、ずっとイーサリオンで育ってるのよ。イーサリオンが大好きなの。あの土地を父様から引き継いで守って行きたいの」
その気持ちに嘘偽りはない。ずっと、ずっと考えていた事。
「ねぇ、デイン。私のこと、好き?」
「……なんで今そんな事聞くんだよ」
「ずっと考えてたんだ。きっと、イーサリオンを継ぐなら、隣はデインしかいないんだよ」
コンっと駒を動かす。全然試合に集中できてない。これは負けちゃうな。
正面のデインがどんな顔をしているのか、見るのが怖くて、ずっとチェス盤を見つめた。
「やっぱりいいや」
「は?」
自陣のキングを横に倒す。これは勝てない。
「私ロマンチックなのが希望なの」
「……だから?」
「……期待、してるから」
「!」
デインが息を呑むのが分かった。チラリと様子を伺えば、デインは顔を真っ赤にして口をはくはくさせていた。
その姿が可笑しくって、思わず笑ってしまった。
「何がおかしいんだよっ」
「だってデイン、すごい間抜け面」
「はぁあ???お、お前が、あんな事言うからだっ」
「ふふふふ!照れちゃったんだ」
「う、うるさいっ!」
そんなやり取りをしていると、コンコンと扉が叩かれる。
「お嬢様、デイン様。お食事の用意が出来ましたよ」
アズールはいつものように言い争う私達を見て呆れた顔を見せた。
「また、勝負の事で揉めていたのですか?夕食の時間ですからそこまでにしてください」
「ちげーよ!」
「ふ、ふふ」
「お前もまだ笑ってんのかよ!!」
ぐにっと頬をつねられた。可愛い顔になんてことをしてくれるんだ。
文句を言おうとしたら、スっと目の前に手が差し出された。
「行くぞ」
視線は合わないけれど、これはエスコートしてくれるということでいいのだろうか。
どうやら期待通りのコトをしてくれるつもりらしい。安心すると同時に、急に恥ずかしくなってしまった。
そっと手を載せる。デインは私を一瞥して、歩き出した。




