76.暗躍
「以上が、今回の報告となります」
静かに報告を終えた黒髪の少女は仰々しく頭を垂れた。
「今後の方針としましてはいかが致しましょう。ユリウス様」
そう言って彼女は頭をあげる。
カティア・セヴァル。私が雇っている諜報員の一人。彼女は入学ハードルの高いアーカナリア学院で活動出来る貴重な人材だ。
「残念ですね。カノンお嬢様に、あの執事はお似合いだと思ったのですが」
また癖で爪を噛んでしまっていた。どうにも思い通りにならないことに私は弱い。
カティアにはカノンお嬢様の動向を調査するように指示していた。その過程でカティアはカノンお嬢様が執事に懸想しているという話を聞いてきたのだ。しかも本人が友人に対して認めた事実だという。
その話を聞いた時、私は、ちょうど良いと思った。
「仕方がありませんね……やはりカノンお嬢様はルーケンフォード様を選ばれるのでしょう」
ルーケンフォード・ウィン・アルセリオン。優秀で、見目麗しく、国中から愛される、アルセリオンの銀の至宝。彼がカノンお嬢様を一途に想っているという話は有名だ。
普段ならその手の話はただの会話のネタの1つとして気にもとめないが、カノンお嬢様が絡んでくるとなると話は別だ。
……聖女の血を王家と交えるのは後々絶対にややこしいことになる。
まだ私にはカノンお嬢様をお守りできるだけの力がない。この世界情勢も、聖女を迎え入れる準備が出来ていないのだ。
聖女の存在は必ず混乱を巻き起こす。今のうちに危険な芽は潰しておきたい。
だから、カノンお嬢様にはどうしても身分の低いものと愛による結婚をして欲しいのだ。
「失礼ながら、今回のご指示の意図はどのようなものだったのでしょうか?カノン嬢とルーケンフォード様が結ばれるのが好ましくない……というお話なのでしょうか?」
「……貴女には知る必要のないことですが……そうですね。ただの気まぐれのお節介だとでも思っておいてください」
そう言うと、カティアは明らかに不満気な顔つきになった。
「はぁ……。お節介、ですか……。それならば噂を流すのは逆効果だったのではないでしょうか」
「何故です?」
「噂など流されたら今回のような結果になるのは明白です」
「そうでしょうか?」
「実際そうなったではありませんか」
確かに。説得力のある返しだ。
「周囲にはやし立てられたら二人ともその気になると思ったのですが……」
「それは、立場が対等な2人だったらの場合です。主人と執事ですよ?まず上手くいきませんよ」
「……そういうものでしょうか?」
「そういうものです!」
はぁとカティアは珍しくため息を吐いた。
「そろそろカノン嬢を監視する目的をお話下さっても良いのではないですか?そうすれば、私もユリウス様の意図通りの働きができると思います」
「……」
それは、話すことができない。
私は誰にもこの事実を話すつもりはなかった。
だけど、カティアの言い分も最もだと思った。結果は芳しくなかったが彼女は私の思った通りの働きをしてくれた。
見識も広く、馬鹿では無い。口も硬そうであるという印象を受ける。
ただ金で雇っているという1点では不安が残る。
じっと目の前の少女を見つめる。彼女はやや呆れ顔でこちらを見ていた。
「まず、カノンお嬢様の身の安全は第一に考えてください。これは最初に言いましたね」
「ええ」
「そして、私は、カノンお嬢様はルーケンフォード様と結ばれて欲しくないのです」
「何故ですか?」
「…………ルーケンフォード様には別の相手がお似合いだと思うからです」
銀の至宝の結婚相手の候補などいくらでもいる。私がアルセリオンの政治家であれば隣国の姫君をと推すだろう。まぁ、そうではない私にとってはどうでも良い事だが。
「……なるほど」
カティアがどう捉えたのか、その表情からは伺えなかった。
彼女は顎に手を当てて何かを考えているようだ。
「少々質問よろしいでしょうか?」
「答えられる範囲でなら」
「ありがとうございます。では、まず、カノン嬢の身の安全は第一に考えろとの事でしたが、こちらには心は含まれているのでしょうか?」
こころ。心。
予想外の質問にぱちくりと目を瞬かせてしまった。
初代聖女アリエステが女神エリュナに選ばれたのは清らかな心を持っていたからだとする通説がある。ならば、それは守られるものなのだろう。
「……もちろんです」
「分かりました。もうひとつよいですか?」
「どうぞ」
「何故、カノン嬢を重要視するのですか?」
核心だ。
もちろん本当の事を言うことはできないが、ここで下手なことを言うと不信感を招いてしまう。
……どう答えるべきか。
「………私の、個人的な理由です」
悩みに悩んで、そう一言だけ答えた。これならば意味がぼかされる。
カティアは、これ以上追及することなく、「そうですか」とそれだけ呟いた。
「とにかく、今後もカノンお嬢様のことを報告してください」
「御意に」




