70.よくある噂
最近の学院は、ネフェル様とフェリシアの話題でもちきりだった。
廊下を歩けばその噂を耳にしない日はない。
朴念仁なネフェル様が頻繁にフェリシアをデートに誘っている。これは婚約秒読みかと周囲の関心を集めていた。
フェリシアからも最近はネフェルとの惚気話ばかり出てくるようになった。
「フェリシア様、最近ちょっと綺麗になったわよね!やっぱり乙女は恋をすると変わるのよ」
そんな事を言いながらピピナは柔らかいパンにストロベリージャムを塗りたくっていた。
今は学院の昼休憩。たまには外で食べようと、ピピナと二人で裏庭の一角に腰掛けていた。
「そうだね。なんだか最近のフェリシア、落ち着いたデザインの服を着るようになってるし。もしかしてネフェル様の好みに合わせてるのかな?」
私は生ハムとスクランブルエッグが挟まったサンドウィッチを頬張る。塩味が効いていて美味しい。
「カノンはルーケンフォード様と婚約しないの?」
「んっ、ごほっごほっ!」
「ちょっと大丈夫?」
「な、なんで急にルークが出てくるの?」
「え?だってルーケンフォード様とすごく仲良いじゃない。この間もデート行ったんでしょ?」
「違うってば!それは、ルークにエレオノーラ様への贈り物を一緒に選んで欲しいって言われたから!デートじゃないってこの間も言ったじゃない!」
「えーそうだっけぇ〜」
ピピナですら私とルークが婚約すると思っているのだ。きっと周囲から見たら、私たちはそんなふうにみえてるんだろう。
「……ピピナから見てルークは私の事好きだと思う?」
「なにそれ!愛され自慢?」
「ち、が、う!もぅっ!」
ムッとしながらサンドイッチにかぶりついた。
「ルーケンフォード様がどう思ってるか〜なんてピピナが教えるまでもなくない?カノンってば鈍すぎ〜」
「……鈍い訳じゃないよ」
気付かないわけがない。
「ルークの口から好きとは聞いていないから……」
「はーーぁ!カノンってばそれは自信なさすぎよ」
「でも、ルーク誰にでも優しいし」
「うわー!ルーケンフォード様かわいそっ」
「婚約の話だって一回も来たこと無いんだよ?」
「それは……確かに気になるね……」
私には毎年、年頃の異性から婚約の話がもちこまれている。それなのに、ルークからそう言った話題が出ることも全くなかった。
「え?じゃあルーケンフォード様から婚約の打診があればカノンは頷くの?」
「それはまた話が違うって言うか……」
「ルーケンフォード様は嫌なの?」
「……」
黙りこくった私に、ピピナは首を傾げた。そしてパンッと手を叩く。
「分かった!別に好きな人がいるんだ!」
「なっ!!そ、そんなわけ……」
そう言いつつサンドイッチからスクランブルエッグをこぼしてしまった。スカートにシミができてしまう。
「あれあれー?その動揺っぷりは図星ね〜!!誰!だぁれ!ピピナに教えて〜!」
「だからちがうって」
「やっぱりデイン様!?嘘ー!ピピナ狙ってたのに〜!」
「デインなわけないでしょ!私が好きなのは――」
そこまで口にしてハッとする。危うく大声で叫ぶところだった。
コホンと咳払いをして気持ちを落ち着けた。
「好きなのは〜??」
「言わないっ」
「えー!そこまで言っといて〜!?」
ぶーぶーと頬を膨らませるピピナを横目に残りのサンドイッチを食べきった。
ポットの紅茶を注ぎ、口に含む。
「カノンが好きになりそうな人か〜〜デイン様じゃないんでしょ?……アズールとか?」
「ンンッ、ゴホッゴホッコホゴホ!」
思わずむせてしまった。
「え?え?うそ、ほんとに?」
ピピナはニマニマと笑いながら咳き込む私を覗き込んできた。
「違うわよ!」
「えーでもでも、よく考えたらカノン、アズールとの距離近すぎるもーん。言われてみれば見る目もなーんかいつもと違ってた気がする〜」
「何よそれ!そんなわけないじゃない!」
頑張って否定しているが、動揺してポットの蓋を閉められない。
「いいじゃない!ねっねっ!ぜーったい誰にも言わないからピピナにホントのこと教えて〜!ピピナとカノンの仲でしょ〜!」
ぴとりと腕に組み着いてくるピピナを見下ろす。きゅるんとした瞳が好奇心でキラキラと輝いていた。
「……そうよ」
そう言ってから急激に顔に熱が集まっていく。自分の好きな人を誰かに教えたのなんて初めてだ。
「や〜だ!やっぱり!禁断の恋って奴ね!大丈夫ピピナちゃーんと胸の奥に今聞いた事は隠しておくから!!」
ピピナが可愛らしいウィンクをしたところで、ちょうど昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
ピピナは上機嫌に鼻歌でも歌い出しそうな様子で片付けを始めた。自分だけ秘密を明かしてしまったのがなんだか癪で、ピピナの腕をがしりと掴む。
「私だけ好きな人教えるのは不公平じゃない?ピピナはどうなの?好きな人居ないの?」
「あは!ピピナの好きな人聞きたい?」
ピピナは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「やっぱり一番はシルヴァ兄様ね!あとはアゼル様とか〜クレイン様とか〜!あーん!ネフェル様も良い旦那様候補だったのに〜」
「それは、好きな人とは言わないんじゃない?」
「ピピナはピピナの事可愛いって言ってくれる人が好き〜!」
なんだかとても損をした気分だ……。はぁとため息をつく。
とにかく午後の授業が始まる。私とピピナは裏庭を後にした。
―――ガサリ。
じっと校舎へ戻る二人を見つめる人影には気付かぬままに。
―――
――
―
最近変な視線を感じるようになった。
それは誰か特定の人物からのものではなく、行く先々で色んな人から感じるものだった。
何か噂されているのね。
またルーク関係のことだろうか?こういう事は良くあることだと、その時は気にしないでいた。
「……お嬢様」
「なぁに?アズール」
「明日から、しばらくの間所用で……お嬢様と一緒に登下校することができなくなりました」
突然そんな事を言い出したアズールに首を傾げる。
「何か用事?少しくらいなら私が時間をあわせるよ?」
「お嬢様の生活リズムを崩す訳にはまいりません」
「そう?私は気にしないのに」
「お心遣い感謝いたします」
にこりと笑うアズール。
家政学校で何か催し物でもあるのかな?
今まではよく、学院終わりに一緒に街に遊びに行っていた。のだが、アズールが居ないのではそれができなくなる。一緒に登下校できないのは寂しいが、アズールにはアズールの生活があるのだから仕方がない。
少し、残念。
「本日はバルティーグ連邦のお菓子をご用意しました」
しょぼんとしているとアズールはいつもの小瓶を取り出した。
今日のお菓子はなんだろう。
アズールはいつも変わったお菓子をくれる。
差し出される丸くて白いお菓子を啄んだ。
「ん、チョコに……これはリンゴ?」
「正解です。乾燥させたリンゴにチョコレートを染み込ませたものだそうですよ」
「すごく美味しい」
「それは良かったです」
再び笑顔を見せてくれるアズール。
私は何の憂いもなくいつも通りの一日を終える。
アズールが、通学を別にしたいと言い出した意図も気にしないまま。
―――
――
―
噂されるのなんて日常茶飯事だ。
いちいち気にしていられない。
どうせ言われていることなんてたかが知れている。
そう思ってた。
甘く見ていたといえば、そうなのだろう。
「カノン様のお話聞きました?」
「あぁ、あのお話でしょう?専属執事との熱愛」
「よく街で一緒に歩いているところを見かけられていたけどあれってそういう事だったのかしら」
「まぁ。大胆ねぇ」
「カノン様がルーケンフォード様を袖にするのも、その執事の存在があるからって話しよ」
「まぁ。何様のつもりなのかしら。ルーケンフォード様に気にかけていただいておきながら」
「イーサリオンのご令嬢でも少し王家を蔑ろにしすぎてはいないかしら」
「本当にその通りだわ」
「専属執事なら部屋で二人って事もよくあるでしょうし、その時に色々関係を進めてらっしゃるんじゃない?ねぇ?」
「やだわ、ふしだら」
「でも、噂でしょう?」
「火のないところに煙はたたないわ」
「お似合いなのではなくて?だってカノン様のお母様ってほら」
「言えてるわ」
テーブルを囲んで楽しそうに談笑しているのはスーザン令嬢達だった。
会話の内容に、私は頭が真っ白になっていた。
私が、アズールと、熱愛?
そんな事実は一切ないが、アズールと私がそういう関係だと噂されている。
まるで色んな人に自分の好きな人がバレてしまったかのような恥ずかしさ。
ある事ないこと噂されている不快感。
とにかく嫌な感じがする。気持ち悪くなってきた。
アズールへの想いは私にとっては誰にも踏み込まれたくない宝物なのだ。
最近の視線の意味が分かった。
この噂はどのくらい広まっているのだろうか。
アズールは……アズールがこの噂を知っているのかが気になって仕方がない。
「カノン?大丈夫?体調悪い?」
「ううん。平気よ」
ルークに心配されてしまうほど午後の授業は全く集中出来なかった。




