69-閑話-まだプロローグでしかない
唇の柔らかな感触が離れていく。
キスというものははじめてだったが、全くロマンチックなものではなく、血の味がするものだった。
人生を大きく変える瞬間というものは、もしかしたら大抵は意図しない事故なのかもしれない。
シャンデリアの光が幾重にも反射し、広間は昼よりも眩しかった。
ザワザワと人がこちらを見ながら囁いているのを感じる。
何故こんなことになっているのだろう。
自分の上で顔を真っ赤にしているフェリシアを、ネフェルは半眼のまま見上げた。
そもそもの話をしよう。
今日はフェリシア王女とゼンハルト王子の誕生日を祝うパーティだ。あの二人は同じ月の産まれなので、このようにまとめて生誕パーティが開かれる。
絹の衣擦れ、宝石の瞬き、控えめに交わされる微笑。
王城で開かれた夜会に、私は父の名代として参加していた。
呼び止められる声に答え、雑談という名の情報収集を行い、時には父への伝言を預かりながら穏やかにパーティの空気を感じていた。
事件が発生したのは、パーティの中盤。フェリシアが控え室から戻ってきた時だ。
「きゃ」
その小さな悲鳴と共に階段を下っていたフェリシアの身体が傾く。
このパーティの喧騒の中、偶然彼女の異変に気づいて、偶然近くにいた。身体が動いたのはほとんど反射で、とにかく彼女が怪我をしないように、受け止めた。だけれど、まぁ、上から降ってくる豪奢なドレスを纏った人間一人の重さを、別段鍛えてもいない自分が支えられる訳もなく、彼女の下敷きになってしまった。
ただ、それだけで済むはずだった。
すぐ目の前に、フェリシアのオレンジ色の瞳がある。
フェリシアが落下したため、パーティの喧騒は違う色を帯びていた。
フェリシアの好む、薔薇の香りがする。
激しく打ったから後頭部に熱を持った痛みが広がる。彼女の重みで肺が圧迫される。衝撃で眼鏡がズレてしまった。
そして、口の中が切れたみたいだ。血の味がする。
柔らかな感触が離れていく。
そこでようやく、自分たちの体勢を理解した。
……最悪だ。
この角度では、広間中の人間に見られている。
「なっ、えっ、はぁ!?」
人前であるにも関わらず、フェリシアは酷く間の抜けた声を出しながら狼狽えた。
今はとにかく離れることが先決だろうに、彼女は思い当たってないようだ。
はぁ、と息をつく。
「フェリシア様、お怪我はございませんか?」
「…わ、わわ、私のファーストキスが……! 」
「………会話は後にしましょう。……まずは立てますか?」
「ふぁ、ふぁーすときす……」
放心状態のフェリシアには私の言葉は届かないようだ。
ただでさえ好ましくない状況であるのに、この体勢のままではまずい。
どうするか考えを巡らせる前に、フェリシアの肩を叩く人影があった。
「姉上、大丈夫? とにかくネフェルの上からどいてあげよう? 」
そう言って彼女の手を引いたのはルークだ。
「……」
フェリシアは立ち上がってはくれたが、酷く静かで、いつものような覇気がなかった。
ズレた眼鏡をかけ直し、衣服を整える。
「……まずは、ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」
「……」
「フェリシア様が足を滑らせたのが見えたため、せめて怪我をしないようにと振舞ったつもりでしたが……お怪我はありませんか?」
できるだけ自然に、だけれど周囲に余計な詮索をさせないように言葉を選んで。少し音量を上げた。
「……えぇ。大丈夫よ」
ようやく正気に戻ってきたのか、フェリシアは小さく呟いた。そして、パーティの招待客に向けて微笑んだ。
「少し……びっくりしてしまって、今日は下がらせていただくわ。誕生日のお祝いをありがとう」
そう言って、フェリシアはルークと再び奥へ下がってしまった。その後のパーティはゼンハルトが主役として恙無く進行していった。
私も父の代理としてここに立っているためパーティに残った。が、ヒソヒソと囁かれる声が酷く耳障りだった。
「フェリシア王女に求婚しなさい」
ですよね。
今日起きたことを父に報告したら、やはり想定していた答えが返ってきた。
事故とは言え、公衆の面前で王女の唇を奪った。
それは、彼女の格を傷つけたも同然。責任をとる必要がある。
もし彼女が、王女でなければもっと別の選択肢もあったかもしれないが、今回はこれが最適だろう。
「よりにもよって、フェリシア……」
「なんだ? 意中の女でもいたのか? 」
「そういう訳ではありませんが……」
フェリシアとは幼い頃から付き合いがある。だからよく知っている。夢見がちで、恋愛脳で、自分を溺愛してくれる完璧な王子様がいつかあらわれるのだと本気で言っているような女だ。
愛だの恋だのに興味のない私とは対極の存在と言える。
正直、上手くやっていける未来が見えない。
「まぁ貴族の婚約なぞそんなものだ。お前もそろそろ将来の相手を決めるべきだ。妙齢の令嬢に話をつけてやっても勝手に断りおって」
「それこそ勝手に決めないでください。私にとて理想はあります」
「フェリシア王女の何が不満だ。彼女は真面目で聡いお方だと思うがね」
「恋愛に対する価値観が違いすぎます」
「結婚生活に恋愛など必要か? 」
「必要でしょう。少なくともフェリシア様は必要とされる」
「……たしかになぁ」
「私は期待に応えられる気がしません……」
あのテンションについていけるだろうか……。
しかも一生。考えれば考えるほど億劫になってくる。
「そんな事を言っても状況は変わらん。腹を括るんだな」
決定事項であることは変わらない。
――こうして、私の平穏は終わりを告げた。
―――
―――
―――
「フェリシア。君を愛することを、これからの人生の一番大事な仕事にしたい。どうか私と結婚してくれないだろうか」
「15点。やり直しよ」
フェリシアは差し出した花束を押し戻すと、ピシャリとそう言い放った。
面倒くさいな……。
もう三度は撃沈している。
何故こんなことになっているのだろう。
ツンとすましたフェリシアを、ネフェルは半眼のまま見下ろした。
フェリシアに求婚することが絶対となって、私は正式な手続きを経て王家へ求婚を行った。
彼女には国が望む婚約者候補が幾人かいたらしい。だが、恋愛結婚がしたいという本人の希望で、全て流れたと聞いている。その中に自分の名があったかは分からない。が、フェリシアの父であるフェルディナンド様は、ことの次第を聞いて笑っていた。
……まあ、反対されなかった時点で、許容範囲だったのだろう。
「どうすれば、フェリシアに受け入れてもらえるだろうか?」
「苦戦してるみたいだね」
ポツリと零した独り言に、ルークはクスクスと笑う。
「ネフェルも大変だね。それに、本当にいいの?姉上で」
「良いも悪いも、そうするしかないんだ。しかたないだろう」
「姉上はそういう義務の言葉でプロポーズされるのは好まないと思うけど……」
「じゃあどうすればいいんだ……」
私はここ数日ですっかり自信を無くしてしまっていた。これでも、彼女が喜ぶように色々と考えてプロポーズをしているのだ。
渾身のプロポーズを相手に採点されているという羞恥。最初のプロポーズは8点だったので、少しは成長しているのか……? しているのだろう。たぶん。
「うーん、そうだな、とりあえず薔薇園でプロポーズでもしてみたら?」
パラパラと書類を捲りながらルークは言った。
雑なアドバイス。私の事など結局他人事なのだろう。私は少しイラつきはしたが、目下仕事は溜まっているので、文句は言わずに書類に向き合った。
―――
―――
―――
「一生を賭けても、君を選んだことを後悔しない自信がある。私と生涯を共にしてくれないだろうか?」
差し出した薔薇は彼女の好きな花だ。今日は街でも最も人気の告白スポットでもある高級レストランを貸し切ってのプロポーズだ。
ここで了承を得られれば、花火が打ち上がり、ケーキがやってくる手筈になっている。
これだけ揃えれば、さすがに彼女も頷くだろう。
フェリシアははぁとため息をつくとまた花束を押し戻した。
「13点ね」
「……」
すこし下がっている……。
「勉強だけは熱心みたいだけど、全然ダメよ」
「なら、どうして欲しいんですか?貴女だって分かっているでしょう?貴女の選択肢はもう、私しかない」
「答えを私に求めるの?」
その声は何故かとても弱々しかった。
「私だって知らないわよ答えなんて」
そう言うとフェリシアは勢いよく立ち上がった。
「料理は良かったわ」
そう一言告げると一人でレストランから出ていってしまった。
「……はぁ……」
ため息も出てしまう。
本当に、何故私がこんなことをしないといけないのだろう。
―――
「あれ?ネフェル。今日も姉上にプロポーズ?」
そう軽い口調で話しかけてきたのは王家の末王子、ゼンハルトだった。
「こんばんは、ゼン。いえ、ルークに渡すものがあるだけです。フェリシアには先程振られた所ですよ」
「ネフェルもよくやるねぇ。あの姉上に……」
「まったく、困ったものですよ。……ゼンはどうすればフェリシアが私のプロポーズを受けてくれると思いますか?」
「ふっふーん!任せてよ。なんたって僕はよく姉上の愛蔵書を読まされてるからね」
「おぉ!」
それは大いに期待できる。パチパチと手を叩く。ゼンハルトは意気揚々と語り始めた。
「まず、姉上はプロポーズのシチュエーションや言葉なんて恋愛小説ででも日頃の恋愛相談でも沢山聞いているんだ。だからよくある言葉やシチュエーションは効果がないと思うよ。姉上の為に用意されたプロポーズを用意するんだ」
「なるほど」
指を立てて解説するゼンは頼もしく見えた。たしかに、今までの台詞は彼女の愛読書を参考に考えたものだ。これが彼女に響かなかった原因かもしれない。その後もゼンは次々と私のプロポーズの問題点とフェリシアが好みそうなシチュエーションを教えてくれた。
「というわけで、薔薇園でプロポーズするといいんじゃないかな」
「なんで急に突き放したんですか」
薔薇園……。今は真冬で、薔薇のひとつも咲いていない。そうでなければ選んでいたかもしれないが。
薔薇園は採用できないが、彼女のためだけにプロポーズを用意すべきという意見は参考になった。
私は、どんなプロポーズにしようかと考えながら用事を済ませた。
―――
――
―
「はぁ……」
「浮かない顔だね、フェリシア」
学舎の裏の人気のない裏庭。座っていた私に声をかけてきたのはカノンだった。
「……最近考え事が多くて……」
「みたいだね」
ストンとカノンは隣にすわった。……今は1人になりたい気分なのだけれど、彼女を突き放すのは八つ当たりだわ。
「大丈夫?」
「……」
「本当に嫌なら断っちゃえば?」
「それが出来たら苦労しないわよ」
今や社交界は私がどんなロマンチックなプロポーズを受けて結婚を決めるのかで盛り上がっている。朴念仁のネフェルはそんな風潮に気づいていないのか、教本通りのよくあるプロポーズばかりしてくるから困ったものだ。
台詞にも全然ネフェルらしさがないもの。
「ねぇ、カノン」
「なぁに?」
「意図せぬ事故から始まる恋ってどう思う?」
私がそう言うと、カノンは愛らしい顔をこてりと傾けた。うーんと何か考えているみたいだ。
「恋になるかどうかは、その後次第だと思うな」
「そう!そうなのよ」
期待していた答えに酷く安心できた。
それこそが私が頭を悩ませていた要因なのだから。
「私、ネフェルに恋できるか分からないわ」
言葉にしてしまった。
あの事故からずっと胸の奥にあった不安。言葉にしたらより一層未来への恐怖が増した気がする。
私は、幸せになれるのだろうか?
鼻の奥がツンと痛い。カノンの前で無ければ泣いてしまっていたかもしれない。グッと涙を堪える。まだ授業は続くのだもの。
「フェリシア、ずっと言ってたもんね。誰もが羨む恋がしたいって」
それは、ずっと抱えていた願い。カノンには何度もこの話をしていた。
誰が見ても仲が良くて、愛し合っていて、お互いに一途で、どんな困難も二人で支え合って生きていく。そんな唯一無二の恋を、生涯にただ1回だけ。それが私の理想だ。
それが、大切なファーストキスと共に一瞬で奪われてしまった。
あの瞬間のネフェルの顔を見た時、私の心に浮かんだのは、トキメキでも、期待でもない。長年望んできた理想が崩れ去る絶望だった。
だめ。
考えすぎてしまった。ネフェルだって悪くない。 あの時だって、私を助けようとしてくれただけだもの。
それなのに――。
「あーっ!もぅ!」
「わっ!びっくりした」
「なんでよりによってネフェルなのよ!あんな頭の固い奴!私の悩みなんて全く気にしてくれてないんだわ!!ファーストキスはもっと雰囲気のいいシチュエーションが良かったし、あんな公衆の面前でだなんてほんっとに最悪!それに……!」
文句を捲し立てていたら、予鈴が聞こえてきた。もう午後の授業が始まってしまう。
「ごめんなさい。カノン。みっともない所を見せてしまって……。もう行きましょう?」
そう言いながら立ち上がろうとすると、パシリとカノンに手を取られた。
「ねぇ、フェリシア。これだけははっきりさせておこう?」
「?」
「フェリシアは、ネフェル様が生涯を共にしたくないほど嫌い?」
「……嫌い、ではないわ」
やけに周りの音が遠くなった。
―――
「……だって。どうするの?ネフェル様?」
「気付いてたんですね」
「ま、まぁね」
カノン嬢は何故か歯切れ悪く答えた。
校舎に戻るフェリシアを眺める。彼女は気付いているのだろうか私が全て聞いていたことを。
「もういっそ噂を風化させる方向に動いた方が良いのではないかと思ってきました」
「えぇ!フェリシアを突き放すの!?」
「私では彼女の期待に応えられませんから」
至極真っ当な結論だ。……その方が彼女は自由に恋ができる。
早速、どう噂を風化させるか思考を巡らせていると、カノン嬢の大きなため息が聞こえてきた。
「ネフェル様。恋愛小説における事故チューの成婚率は百パーセントに近いんですよ?」
「だからどうしたと言うんですか?恋愛小説と現実は違います」
「それはそうだけれど、うーん……なんて言えばいいかなぁ」
カノン嬢は真剣に言葉を選んでいるようだった。私としては先の言葉が気になったが、予鈴が鳴ってしまっていたのでそろそろ教室に向かわなければならない。
「もう授業の時間です。貴女も遅れるわけには行かないでしょう?」
そう言って移動魔術の陣を展開する。
「まだ、プロローグでしかないんだよ!」
少し慌てたカノン嬢の声。
「……でも彼女が受け入れてくれなければなにも始まりません」
私は、関係を進めるため、できることはしているつもりだ。
「とりあえず、薔薇園に行ってみるといいんじゃないかな……!」
「あの人どんだけ薔薇好きなんですか……」
―――
――
―
「今度はどこに連れていかれてるの?」
「まぁ、着けば分かりますよ」
「着く前に目的地を聞いているのよ!」
魔導車に揺られながら、フェリシアは頬を膨らませている。
こうやって、彼女と二人きりになるのにも大分慣れた。
彼女からの何か言いたげな視線には気まずさを感じるが。
そんな事を考えていると、魔導車が止まり、目的地についたようだ。
「……あら、ここ」
「行きますよ」
フェリシアの手を取り、サクサクと少しの雪を踏みしめながら、花の咲かない冬の薔薇園に足を踏み入れた。
「冬に来るのは初めてだわ」
ぽつりと隣からそんな言葉が聞こえてきた。
このバラ園には小さなガゼボがある。蔦が屋根にまで張り巡らされ、薔薇で覆われた美しいガゼボだ。まぁ、今は薔薇の葉も落ち、白いガゼボの骨組みだけが静かに雪を被っていた。
ガゼボのテーブルに暖かい紅茶。そして、一輪。たったそれだけの薔薇を用意させた。
「寂しい花見ね」
「充分でしょう」
周囲を暖める魔法道具を起動し、彼女を席へ導いた。
「さて、フェリシア」
「……なぁに?」
彼女は半目でこちらを見た。
「正直いうと、貴女本当に面倒臭いです」
「は?」
フェリシアは目を見開いて固まったが、今日は言葉を止める気はなかった。
「どんなプロポーズを用意しても頷いてくれないし言葉も響いているように見えない。私が毎回どれだけ時間をかけてプロポーズを考えていると思ってるんですか。これでも結構忙しいんですよ?貴女のことばかりに構ってはいられない。そのくせダメだしまでしてくるし。ほんっとうに面倒臭い人だ」
別に練習をしていた訳では無いが、ずっと感じていた事だったのでスラスラと噛まずに言葉が出てきた。
そして、1度口を開いたら文句は止まらない。
「たしかに公衆の面前でああいう事態になってしまったことは申し訳ないですが、あれだって、私だけが悪かった訳ではないでしょう? なのになんで私がこんなに苦労しなくてはいけないんですか? 本当に面倒臭いんですけど」
「な、なによ! 喧嘩ふっかけにわざわざこんな所に連れてきたの? 性格悪いわよ!? 」
「なんとでも。私がこういう人間だということくらい貴女もよく知っているでしょう? 」
「えぇ! そうね! ほんっとうに! 私だってファーストキスは心通いあった素敵な人と最高のシチュエーションでって決めてたの! なんでネフェルなのよ! もぅっ!!! 」
「そもそも私は貴女が苦手です。いつも理想ばかり追いかけていて」
「貴方の人の趣向を自分の価値観だけで否定してくる所、私も嫌いよ」
はぁと、二人で大きく息をついた。
結局、考えていることなど似たようなものだろう。
「……よく分かりました。私たちに、プロポーズは早かったのだと」
こんなのじゃプロポーズなんて成功するはずない。
「今、ここから始めましょう。貴方の理想の恋の相手には遠く及ばないかもしれません。愛だの恋だのあまり興味もありません。行く末は決まっているとしても、過程はこれからです。と、いうか……」
2人の間に飾られた薔薇を抜き取る。みずみずしい薔薇の紅はこの白い景色の中心に思えた。
「もう、あなたを本当に守れるのは私だけだ」
差し出した薔薇の花に、フェリシアは視線を向けなかった。
彼女はただじっと、私の目を見つめていた。
また、採点されているのだろうか。
「責務ではありますが、貴女の望みには、きちんと向き合うと約束しましょう。甘い関係を望まれても上手くできるか分かりませんが、貴女を大切にすると、そう誓いましょう」
これは求愛と言えるのだろうか。分からない。けど、今日は気の利いた台詞など用意していない。
「私に言えるのはそれだけです」
言い終えた後に、酷く情けない台詞だったかもしれないと思ったが、吐いたものはもう取り戻せない。とにかく、彼女の望むロマンチックな言葉ではなかっただろう。
冬の薔薇園に、静かな沈黙が落ちる。
―――ダメか。
そう思い、差し出した薔薇を引っ込めようとした時。静かにフェリシアが動いた。
「貴方、本当に頭が硬いわ」
薔薇を引き抜き、大切そうに両手で抱えた。
頬を染めるその仕草が、なんだか愛らしくて、いつもそうしていればいいのになどと思ってしまった。
「すみませんね。甘い言葉のひとつも言えないもので」
「……だから硬いって言ってるのよ。バカ」
何故かフェリシアは膨れてしまった。
こちらは素直に非を認めているというのに。
「はぁ……。時間の無駄でしたね」
「っな!何よその言い方!!」
「これだけ時間をかけているのに成果がないからですよ。本当に面倒臭い」
結局、彼女頷かせることはできなかった。
「は?」
「で?今回は何点ですか?今後の参考にします」
「え?……ん?」
フェリシアは薔薇を持ったまま微動だにしなくなった。
「フェリシア?」
「貴方……本当に……………はぁぁぁ……」
フェリシアは呆れ顔で大きな、本当に大きなため息をついた。
「もういいわ!私、帰る!!」
フェリシアは勢いよく立ち上がるとズカズカと出口の方に向かって言ってしまった。
今日は何か怒らせてしまったようだ。
「本当に面倒臭い……」
ため息をつきたいのはこちらの方だ。
やはり、噂を風化させる方向に切り替えよう。私に彼女は満足させられない。
ふぅと一息つき、私も出口に向かおうと、した。
唐突に前から胸に飛び込んできた人の重みを支える。銀色の髪を見下ろした。
「フェリシア……?んぐっ」
抱き留める形になった彼女からぬっと腕が伸びてきて、口元にさっきの薔薇を押し当てられた。草のにおいがする。
何事かと様子を伺うっていると、もぞりと彼女が動く。
「……今日のは100点をあげるわ。……また、誘いなさい」
「……満点……?」
驚いていると彼女は一歩二歩と下がる。
また、薔薇を大切そうに抱えると、そっと唇を寄せた。
フェリシアは呆然とする私にむけて、とても綺麗に笑った。
今度こそ本当に立ち去ったフェリシアの背を見ながらネフェルは呟く。
「すごいな薔薇園は」
その後ネフェル・モルヴェインに恋愛の相談をすると季節を問わず必ず薔薇園を勧められるようになったそうな。
―――
――
―
「こう、普通は、雰囲気というか、そういうので分かるでしょう!?」
「うんうん。それはネフェル様が悪いよね」
カノンに愚痴だか惚気だか分からない話をこぼすフェリシアの姿が見れるのは、また別の話。
キスの日との事で、ずっとあたためていた閑話を投稿します。
次回更新はは完結まで書ききってから再開するつもりです。
良ければゆっくり待ってください。




