終わり良ければ全て良し
「…時間をくれ」
リッシュ氏が呟く。
「いま、何とおっしゃいました?」
「時間をくれないか?すぐには、決断できない」
そう答えるリッシュ氏の瞳には、わずかに迷いが見られた。
「ええ、構いませんわ。色良いお返事をお待ちしております」
それとは裏腹に、ラフィヌモン公爵夫人はいかにも余裕綽々といった様子だ。
「ああ、それと。あなたの出番は終わりましたわ。だから、今日はお引き取りくださいませ」
ラフィヌモン侯爵夫人が、ジュスティーヌの方へ深々と頭を下げて挨拶した。
──たしかに、アタシは必要ないな…
「ええ、失礼します」
そう判断したジュスティーヌは、リッシュ氏から離れると、ラフィヌモン侯爵夫人に倣って、深々とお辞儀して部屋を出ていった。
「ねえ、ベンジャミン様。よくお考えになって?この国には、同性であるという、ただそれだけで添い遂げられることなく苦しんでいる人が、たくさんいます。その人たちのために、あなたができることは?もし目的が成就したあかつきには、あなたは英雄と呼ばれるでしょう」
去り際に、そんな声が聞こえた。
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「で?結局、あの旦那さまはどうしたわけ?」
ジャン・ジャックが鼻から口から、大量のタバコの煙を吐いた。
「婚約を引き受けたよ。これからは、未来の大臣めざして頑張るみたいだ。ということで、この件は一件落着というわけだ!」
居酒屋のバックヤード。
仕事の休憩に入ったジュスティーヌは、例のごとくタバコをふかしながら、同僚のジャン・ジャックとガブリエルに、ことの経緯を話した。
「つまり、骨折り損じゃないか…」
ジャン・ジャックが呆れた様子でジュスティーヌを見つめた。
「そうでもない。謝礼はもらったしな!」
ジュスティーヌは、右手の人差し指と親指で丸を作った。
「ていうか、亭主に愛人がいるって、本当にそれでいいわけ?」
ガブリエルが訝しげに尋ねる。
「ラフィヌモン侯爵夫人は前のダンナで相当苦労したらしくてなあ。ラフィヌモン家の家計が火の車になったのも、このダンナが病的な女好きで愛人を何人も作って、経済状態を悪化させたせいらしい」
「ひどいもんだな…」
ジャン・ジャックが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「愛人も愛人で、ダンナの寵愛を得たことで増長したのか、ラフィヌモン侯爵夫人にやたら横柄だったそうで…」
「その奥さま、ホントに苦労したのねえ」
ガブリエルが、深いため息をついた。
「そのダンナと愛人たちに比べれば、リッシュ様は真面目だし、愛人はジャルディニエさんひとりしかいない。当のジャルディニエさんは大人しくて謙虚だし、それを考えたら、こんなものは許容範囲だとのことだ」
言ってジュスティーヌは、煙を吐いた。
「まあ、何はともあれ、平和的に解決したのなら、それもアリなんじゃねえか?」
「それね。ていうか、ぜーんぶリッシュ様の早とちりだったのね」
「そうかもしれんな。ああ、いかん。仕事が始まるぞ!」
ジュスティーヌが言うと、3人そろって、それぞれの持ち場に戻っていった。




