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婚約破棄は綿密に行うもの  作者: ワカメ
富豪商人婚約破棄計画
19/24

意外な人

「え?」

素っ頓狂な声をあげたジュスティーヌは、バッと頭を後ろに向けた。

そこには、2人分のティーカップとお菓子が乗ったトレーを持って、こちらに近づいてくるヴァイオレットの姿があった。


「えーと、こちらのメイドさん?たしか、ヴァイオレットさんという方?」

意外な相手だ、とジュスティーヌは一瞬思ったが、よく考えてみたらそうでもない。

同じ屋根の下でずっと暮らしているうち、愛が芽生えることもあるだろう。


ヴァイオレットの年齢は、どう低く見積もっても、ジュスティーヌよりちょっと年上くらい。

ほっそりした体つきに穏やかな物腰、白い肌にはわずかにそばかすが散っているが、間違いなく整った顔をしている。


長年仕えてくれた恩もあるわけだし、リッシュ氏が愛しいと感じるには、充分かもしれなかった。

しかし、ジュスティーヌの予想は大きく外れることになる。


「やだあ、面白いこと言うわねえ、お嬢さんったら!ふふふ…ほら、お茶とお菓子どうぞ」

ヴァイオレットが、ジュスティーヌを茶化して笑うと、お茶とお菓子をテーブルに置く。


この反応から見るに、相手は別にいるらしい。

だとすると、瞬時に誰かわかってしまった。

この部屋にいるのは、あとひとりだけだ。




「こいつは驚いた…殿方でいらっしゃいましたのか!!」

ジュスティーヌは、すぐ近くで話を聞いていた若い使用人の方へ、ぐるっと顔を向けた。


すると、当の使用人が「その通りです」とばかりに、それでいて少し困惑したように微笑んでみせた。


リッシュ氏の恋人は、使用人の男だった。

なるほど、「侯爵夫人が納得しない相手」というのは、そういうことだったのか。

霧がパッと晴れていくみたいに、ジュスティーヌは全てが一瞬でわかった。


リッシュ氏が、この恋人をラフィヌモン侯爵夫人と会わせたくない理由もわかる。

リッシュ氏からしてみれば、どんなに可愛い恋人であっても、ラフィヌモン侯爵夫人はどう思うだろうか。


矜持高き貴婦人だから、「自分はこんな使用人の男に負けたのか!」と怒ってしまうことは充分に考えられる。


別の謎も解けた。

そこまで惚れた相手なら、結婚して添い遂げればいいのにとジュスティーヌ思っていたのだ。


これに対してジュスティーヌは、やはりリッシュ氏も、煩わしい婚姻関係に縛られたくはないのだろうかと邪推していた。


そんな下卑た推測を立てたジュスティーヌは、密かにリッシュ氏に申し訳なく思って、猛省した。


この2人は結婚したくとも、できないのだ。

この国エレウテリアーでは、同性結婚は認められていない。




「こちら、ジャルディニエというんだ。わたしの…まあ、愛人にあたるね」

リッシュ氏が恋人の名前をジュスティーヌに教えると、若い男の使用人──ジャルディニエが会釈した。


「はじめまして。ジャルディニエと申します。あの、あなたのお名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」

ジャルディニエが申し訳なさそうに名前を聞いてきた。


「ああ、すみませんな。そういえば、まだ名乗っていませんでした。アタシはジュスティーヌというのです。改めて、今後よろしくお願いします」

ジュスティーヌは、深々と頭を下げた。

「よろしくお願いします」

ジャルディニエも頭を下げる。


「ジャルディニエ、ヴァイオレット、お前たちはもう下がりなさい」

「はい、旦那さま。失礼します」

「失礼しまわすわね。あ、飲み終わったカップとかお皿は、そのままテーブルの上に置いとていてくださいな。あとで片付けますから」

ヴァイオレットが、テーブルの上に置かれたカップやお皿を指さすと、ジャルディニエと一緒にさっと引き払って行った。




「バカらしいでしょう?いい歳をして、25歳の使用人の男と懇ろになるなんて」

去っていく2人の背中を見送った後、リッシュ氏が自嘲気味に漏らした。


──あの人は25歳だったのか


リッシュ氏は45歳であるから、ジャルディニエとは20歳もの歳の差があることになる。

10年も交際しているとなると、出会ったときはリッシュ氏が35歳、ジャルディニエが15歳のときになる。


使用人と主人、中年と若者、老練と若輩。

2人はまるでちぐはぐだが、どこかに通じるものを感じて信頼を育み、それが進展して愛し合うことになったのだろう。


実はお互いが障害のある恋に酔っているだけで、本当は相手は誰でもよい可能性はある。

案外、障害がなくなればあっさり別れてしまうのかもしれない。


それを踏まえても、交際10年という年月はあまりにも長い。

それに、ジャルディニエはまだ若いから、身分が低くとももっといい家に仕えることもできる。


リッシュ氏だって、彼の経済力をもってすれば、愛人などいくらでも囲える。

ジャルディニエを追い払って、鞍替えすることだって、やろうと思えばできるのだ。


ジャルディニエの外見は、素朴さが過ぎて、かえって地味で野暮ったい。

もっと若く美しい恋人を得ることだってできるが、リッシュ氏はそれをしない。


それは何故か。

やはり2人の間には、しっかりした信頼関係があるからだ。

そんな仲を、ジュスティーヌはバカらしいなんて思わない。


「別によいのでは?法に反してるわけではないし、不倫でもないし。言っては何ですがね、誰が誰を好きになったところで、アタシには関係の無い話でございます。勝手に愛し合えばいいし、勝手に別れればよいのです。門外漢のアタシは、ただ頼まれたことをこなすだけですよ」

言うとジュスティーヌは、ズズズと音を立てて紅茶を啜った。


「……ジュリエット嬢が、きみを深く信頼する理由がわかった気がしたよ」

リッシュ氏はジュスティーヌの言葉に一瞬驚いたような顔をした後、優しげな笑みを浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[一言] よし!当たった。 そして、喜んだ私はそっちも好きです。 長い間、連れ添ってる二人って素敵ですよね。 それに地味目の容姿ってのがそそられました。 あぁ、私はヴァイオレットさんの立ち位置でそっと…
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