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婚約破棄は綿密に行うもの  作者: ワカメ
富豪商人婚約破棄計画
18/24

計画


「ジュスティーヌ嬢、どうぞこちらへ」

リッシュ氏が、応接間と思わしき広い部屋に案内してくれた。

客を通すことを目的とした部屋だからというのもあるだろうが、やはりここは富豪の商人らしく、見事な調度品がセンスよくキレイに配置されていた。


猫脚のテーブルセット、美しい花模様のカーテン、どっしりした厚みのある絨毯。

壁には金縁の柱時計や、凝った装飾の額縁にはめ込まれた絵画。

この内装の豪華さに限っては、エレオス家といい勝負といったところだ。


──しかしまあ、この呼ばれ方は落ち着かんな


慣れない呼び名に少しの違和感を抱きながら、ジュスティーヌはリッシュ氏についていく。


「おかえりなさいませ、旦那さま」

壮年の女性メイドが出迎えてくれて、リッシュ氏に帰りの挨拶をした。

「お客様がいらしたのですね」

女性メイドのあとから若い男の使用人がやってきて、ジュスティーヌに笑いかける。


2人とも、大きな家の使用人というには、あまりに地味な気がする。

身なりはしっかり整えているけれど、由緒正しきエレオス家の人々と比べると、あまりにも庶民的だ。


「ヴァイオレット、このお嬢さんにお茶をだしてやってくれ。大事な話をしないといけないから」

「ああ、この方が…」

リッシュ氏に指示された女性メイド──ヴァイオレットが何か察したような顔をすると、奥へ引っ込んでいった。


「どうぞ、こちらにお座りください」

若い男の使用人が、慣れた様子で猫脚テーブルからイスを引く。

背が高く、立派な体格をした彼の言葉遣いや振る舞いは上品だが、やはり素朴さばかりが目立つ。


普段は野良仕事が多いのだろうか。

イスの背もたれを持つ指先は硬質化していて、爪が数ヵ所割れている。

いかにも労働者の手だ。


下級貴族や金持ちの行儀見習いばかり揃えたエレオス家とは違い、彼は完全な庶民あがりでかつ、肉体労働がメインというタイプの使用人なのだろう。



「それでですね、リッシュ様。アタシはどのような役回りをすればよいのです?貴族の令嬢?居酒屋の女?バカな娼婦?」

邸内や使用人を存分に観察したジュスティーヌは、イスに座るなり本題に入った。


「貴族の令嬢がいいと思う。それなら、きっと向こうも納得すると思うから。きみは、エレオス嬢の知り合いということにしておこう。そのあたりは口裏合わせが必要だが、エレオス嬢もできるかぎり協力はしてくれると言っていた」

「なるほどなるほど」

2人は話を進めた。


「筋書きとしては、私があまり頭の良くない令嬢に入れ込んで婚約破棄。そして破棄してすぐに、私たちは別れることになった。結局は私の一時の気の迷いだったのだ…というのが、向こうにとってのベストだと思う」

なかなか具体的なシナリオだった。

ひょっとして、前々から考えていたのだろうか。


「侯爵夫人ともなれば、相当プライドが高いと思うのですがねえ。「わたくしはあんなバカ娘に負けたのか!」なんてことになりませんか?」

ジュスティーヌは疑問を口にした。


「ああ、若さだけが取り柄のバカな令嬢に負けたとあっては、向こうのプライドはズタズタだろう。相当傷つくと思う。しかし、私がバカなフリをして、バカな令嬢に引っかかった。結果すぐに別れた。ということなら、向こうの面目も立つはずだ。「ざまあみろ」と思って気分は良くなるだろうし、そうなれば君もなんらかの割りを食らわずに済む。向こうが要求すれば、金も払うつもりでいる」


「若さだけが取り柄…」

リッシュ氏の見解は的を得ている気がするし、名案であるとジュスティーヌは思う。

しかし、少しばかり引っかかるものがあって、図らずもそれが口から出てしまった。


「私は、きみを「若さだけが取り柄」などとは思っていないよ」

リッシュ氏が、まるで取り繕うように言った。

迂闊なことを言ってしまって、ジュスティーヌが気を悪くしたと思ったのかもしれない。


「アタシはもう30でございますよ。若くないのです」

「はっ⁈」

リッシュ氏が、あからさまに驚いた。

今の今まで、ずっと穏やかでいたリッシュ氏がいきなり大きな声を出したから、逆にジュスティーヌの方が驚いた。


「客商売だし、店の気風が気風だから若作りしてるけど、もう三十路なのです」

「そうか…うん、大きな声を出してすまなかったな。勝手に、10代か20代だろうと思っていたから…」

リッシュ氏は、まだ先ほどの驚愕が抜けていないらしい。

懸命に言葉を繋ぐが、完全にしどろもどろだ。


──マルグリットお嬢さまやエレオノールさんもそうだけど、なぜみんなしてアタシのトシを知ると驚くんだろう?


ジュスティーヌは頭に疑問符を浮かべつつ、話を続けた。


「あくまで、非があるのはこちらと思わせておくのでございますね?」

おそらく、リッシュ氏は結婚などまだ考えられない、けれど相手の反感を買って揉めるのは避けたい。

概ねそんなところであろう、とジュスティーヌは踏んでいた。


「ああ、理由はどうあれ、婚約破棄されるのは、女性にとってはなかなか堪えるだろうからね。そこからトラブルになって、屋敷の人間を巻き込むなんてことはできない。なるだけ穏便に済ませたいんだ」

ジュスティーヌの推理は当たっていた。


「無理もないことです。あなたのいいひと(・・・・)に何かあってはなりませんからね。そんなに大事にされて、その方はさぞかし幸福でございましょうなあ。いったいどんな方なのです?」


今さらながらジュスティーヌは、リッシュ氏の恋人のことが知りたくなった。

「そこにいますよ」

リッシュ氏がふふ、と軽く吹き出すと、ジュスティーヌの背後を指差した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「いいひと」は誰でしょう? というか、すでに紹介のあった誰かなのかなと思うけど、実はちょっとワクワクしてます。 予想が当たったら嬉しいけど、作者様にヤラレルカモ? 楽しみです。
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