計画
「ジュスティーヌ嬢、どうぞこちらへ」
リッシュ氏が、応接間と思わしき広い部屋に案内してくれた。
客を通すことを目的とした部屋だからというのもあるだろうが、やはりここは富豪の商人らしく、見事な調度品がセンスよくキレイに配置されていた。
猫脚のテーブルセット、美しい花模様のカーテン、どっしりした厚みのある絨毯。
壁には金縁の柱時計や、凝った装飾の額縁にはめ込まれた絵画。
この内装の豪華さに限っては、エレオス家といい勝負といったところだ。
──しかしまあ、この呼ばれ方は落ち着かんな
慣れない呼び名に少しの違和感を抱きながら、ジュスティーヌはリッシュ氏についていく。
「おかえりなさいませ、旦那さま」
壮年の女性メイドが出迎えてくれて、リッシュ氏に帰りの挨拶をした。
「お客様がいらしたのですね」
女性メイドのあとから若い男の使用人がやってきて、ジュスティーヌに笑いかける。
2人とも、大きな家の使用人というには、あまりに地味な気がする。
身なりはしっかり整えているけれど、由緒正しきエレオス家の人々と比べると、あまりにも庶民的だ。
「ヴァイオレット、このお嬢さんにお茶をだしてやってくれ。大事な話をしないといけないから」
「ああ、この方が…」
リッシュ氏に指示された女性メイド──ヴァイオレットが何か察したような顔をすると、奥へ引っ込んでいった。
「どうぞ、こちらにお座りください」
若い男の使用人が、慣れた様子で猫脚テーブルからイスを引く。
背が高く、立派な体格をした彼の言葉遣いや振る舞いは上品だが、やはり素朴さばかりが目立つ。
普段は野良仕事が多いのだろうか。
イスの背もたれを持つ指先は硬質化していて、爪が数ヵ所割れている。
いかにも労働者の手だ。
下級貴族や金持ちの行儀見習いばかり揃えたエレオス家とは違い、彼は完全な庶民あがりでかつ、肉体労働がメインというタイプの使用人なのだろう。
「それでですね、リッシュ様。アタシはどのような役回りをすればよいのです?貴族の令嬢?居酒屋の女?バカな娼婦?」
邸内や使用人を存分に観察したジュスティーヌは、イスに座るなり本題に入った。
「貴族の令嬢がいいと思う。それなら、きっと向こうも納得すると思うから。きみは、エレオス嬢の知り合いということにしておこう。そのあたりは口裏合わせが必要だが、エレオス嬢もできるかぎり協力はしてくれると言っていた」
「なるほどなるほど」
2人は話を進めた。
「筋書きとしては、私があまり頭の良くない令嬢に入れ込んで婚約破棄。そして破棄してすぐに、私たちは別れることになった。結局は私の一時の気の迷いだったのだ…というのが、向こうにとってのベストだと思う」
なかなか具体的なシナリオだった。
ひょっとして、前々から考えていたのだろうか。
「侯爵夫人ともなれば、相当プライドが高いと思うのですがねえ。「わたくしはあんなバカ娘に負けたのか!」なんてことになりませんか?」
ジュスティーヌは疑問を口にした。
「ああ、若さだけが取り柄のバカな令嬢に負けたとあっては、向こうのプライドはズタズタだろう。相当傷つくと思う。しかし、私がバカなフリをして、バカな令嬢に引っかかった。結果すぐに別れた。ということなら、向こうの面目も立つはずだ。「ざまあみろ」と思って気分は良くなるだろうし、そうなれば君もなんらかの割りを食らわずに済む。向こうが要求すれば、金も払うつもりでいる」
「若さだけが取り柄…」
リッシュ氏の見解は的を得ている気がするし、名案であるとジュスティーヌは思う。
しかし、少しばかり引っかかるものがあって、図らずもそれが口から出てしまった。
「私は、きみを「若さだけが取り柄」などとは思っていないよ」
リッシュ氏が、まるで取り繕うように言った。
迂闊なことを言ってしまって、ジュスティーヌが気を悪くしたと思ったのかもしれない。
「アタシはもう30でございますよ。若くないのです」
「はっ⁈」
リッシュ氏が、あからさまに驚いた。
今の今まで、ずっと穏やかでいたリッシュ氏がいきなり大きな声を出したから、逆にジュスティーヌの方が驚いた。
「客商売だし、店の気風が気風だから若作りしてるけど、もう三十路なのです」
「そうか…うん、大きな声を出してすまなかったな。勝手に、10代か20代だろうと思っていたから…」
リッシュ氏は、まだ先ほどの驚愕が抜けていないらしい。
懸命に言葉を繋ぐが、完全にしどろもどろだ。
──マルグリットお嬢さまやエレオノールさんもそうだけど、なぜみんなしてアタシのトシを知ると驚くんだろう?
ジュスティーヌは頭に疑問符を浮かべつつ、話を続けた。
「あくまで、非があるのはこちらと思わせておくのでございますね?」
おそらく、リッシュ氏は結婚などまだ考えられない、けれど相手の反感を買って揉めるのは避けたい。
概ねそんなところであろう、とジュスティーヌは踏んでいた。
「ああ、理由はどうあれ、婚約破棄されるのは、女性にとってはなかなか堪えるだろうからね。そこからトラブルになって、屋敷の人間を巻き込むなんてことはできない。なるだけ穏便に済ませたいんだ」
ジュスティーヌの推理は当たっていた。
「無理もないことです。あなたのいいひとに何かあってはなりませんからね。そんなに大事にされて、その方はさぞかし幸福でございましょうなあ。いったいどんな方なのです?」
今さらながらジュスティーヌは、リッシュ氏の恋人のことが知りたくなった。
「そこにいますよ」
リッシュ氏がふふ、と軽く吹き出すと、ジュスティーヌの背後を指差した。




