嵐の予感
「そうだ。たとえ向こうが折れて婚約破棄できたとしても、あの子が無事でいられるかどうかはわからない。怒った侯爵夫人に、とんでもない嫌がらせをされるかもわからない。そうなったら、あの子が気の毒だ」
「なるほど。つまりアタシは、リッシュ様の恋人の身代わりをすればいいのでございますね?違いますか?」
ジュスティーヌのこれは当てずっぽうもいいところな予想だったのだけれど、大当たりだったらしい。
リッシュ氏とマルグリットが黙ったまま、神妙な顔で頷いた。
「なかなか聡明なお嬢さんのようだ。エレオス嬢が見込んだだけはある」
「ええ、リッシュ様。ご安心ください。彼女は頼りになりますわ。わたしが保証します」
マルグリットとリッシュ氏が、顔を見合わせる。
「リッシュ様とマルグリットお嬢様は、古くからのお知り合いでございますか?」
「ええ。わたしの家は、事業の面でリッシュ様にたいへんお世話になったのよ」
マルグリットの言葉を聞いて、ジュスティーヌはリッシュ氏がここに来ることになった経緯も、だいたい予想できた。
悩める富豪の商人リッシュ氏は、自身の身に起きた災難とも言える婚約を、エレオス家に相談。
それを聞いたマルグリットが、ここにリッシュ氏を連れてきた。
概ね、そんなところであろう。
「かしこまりました。その願い、引き受けましょう。ほかならぬマルグリットお嬢様の頼みごとですからね」
「ありがとう、ジュスティーヌ」
マルグリットがホッとした様子で礼を言った。
「助かるよ。エレオス嬢を頼って正解だった」
リッシュ氏も、ひとまずは安心といった様子だった。
「いやいや。これぐらい、どうということはございません。リッシュ様とそのお方が円満に暮らせるよう、そしてラフィヌモン侯爵夫人を納得させられるよう、精一杯尽力させていただきますよ」
ジュスティーヌは、深々と頭を下げた。
「じゃあね、ジュスティーヌ。後日、リッシュ様をよろしく頼むわ」
「面倒かけてすまないね、引き受けてくれて、ありがとう」
2人はそれぞれの馬車に乗って、それぞれ窓から顔を出して別れを告げた。
「とんでもございませんよ、リッシュ様。とりあえず、今日はふたりとも、お気をつけてお帰りくださいませ!」
そんな2人を、ジュスティーヌは両手を大きく振って見送った。
「なーんか、どえらいことに巻き込まれたなあ、お前」
「ホントホント。大丈夫なの?大事にならなきゃいいのだけど…」
ジャン・ジャックとガブリエルが、心配そうな顔をして歩み寄ってきた。
「別に構わんさ。結構な謝礼を貰ったからな、与えられた金額分だけの仕事をするだけだ。なあに大丈夫、面倒ごとは嫌いじゃない!さ、明日から忙しくなるぞー!」
何が面白いのか、ジュスティーヌはカッカッカと快活に笑ってみせた。
リッシュ氏が訪ねてきた翌日。
ジュスティーヌは、迎えにきたリッシュ氏の馬車に揺られながら、彼の邸宅に連れて行かれた。
「いやあ、見事なもんですなあ」
馬車から降りるなり、ジュスティーヌはリッシュ邸を見上げて感想を述べた。
「大したことはありませんよ、古いばかりで大きいだけの家です」
邸宅の前で待ち構えていたリッシュ氏が、自虐気味に苦笑いを浮かべた。
「ホッホッホ。リッシュ様ったら、とんだご謙遜をなさる。こんな立派なお家を「古いばかりで大きいだけ」だなんて、庶民からしてみればイヤミでございますよ?これより小さくてボロい家に住んでいる者の方が多いんですからね」
ジュスティーヌはからかい半分に笑った。
「それもそうですかな。まあ、私は庶民上がりの成金ですから。庶民からすれば立派な屋敷でも、貴族の皆さまからしてみれば、あまりにみすぼらしいものです」
「ふふふ、そんなみすぼらしい家でも、手放す気はさらさらないのでしょう?思い出が詰まった大切な住処ですものねえ?」
ジュスティーヌは、庶民特有のいやしい勘定も込めてリッシュ邸を見つめた。
実際、リッシュ氏の邸宅は本人の言うとおりに古めかしく、かつてジュスティーヌが仕えていたエレオス家やヴァノロス家に比べれば規模は小さい。
しかし、ジュスティーヌの言うこともまた正しく、庶民から見れば間違いなく豪華絢爛な邸宅と言えた。
よく見ると、壁のところどころにヒビが入り、それを修繕した痕跡が見られた。
家全体のデザインは古い一方で、玄関そばに飾られた彫像や花瓶は真新しい。
そこはアンバランスではあるが、センスは決して悪くない。
リッシュ氏の身分や人間性が、よく出ている。
「はは、まったくもってその通り。使用人も何人かいますがね。これまた、ほかの貴族の皆さまと比べれば、大した数はいません」
「そのかわり、みなさん長いことお務めなのでございましょう?」
「よくおわかりで」
リッシュ氏が微笑む。
リッシュ氏の邸宅は、辺り一帯が閑散としていて、あまり便の良い場所とは思えない。
馬車がなければ、何かと不自由すること間違いなしだ。
こんなところに建っているお屋敷で働くのは大層な物好きか、もしくは相当に義理堅い使用人なのだろう。
富豪のリッシュ氏が、なぜこんな辺鄙なところにある古びた屋敷に、限られた人数のみで暮らすのか。
よほど思い入れがあるか、もっと複雑な事情があるのだろうか。
「では、ジュスティーヌ嬢。中へどうぞ」
「ええ、では、お邪魔します」
込み入った話を後ほどたっぷり聞かせてもらおうと、リッシュ氏に言われるまま、ジュスティーヌは屋敷に入っていった。
──それにしても、ジュスティーヌ“嬢”なんて呼び方されたのは初めてだな、どうも落ち着かん




