結婚式へ
「次はお化粧をしましょうね。ほらジュスティーヌ。じっとして前を見て」
ローズマリーが、今度は化粧用のハケを手に取った。
「あなた、髪はともかく肌はキレイねえ。この美肌の秘訣を教えてくれるかしら?」
ローズマリーが、ジュスティーヌの顔にハケでおしろいを塗っていく。
「特にこれといったことは何にもしてませんよ。アタシは生まれつき体が丈夫なもんでしてね、肌も頑丈なんだと思います。まあ、強いてあげるならば、好き嫌いせず何でも食べることでございますね。やっぱり栄養が偏ってはいけませんから!」
ジュスティーヌがカッカッカと笑う。
それに対してローズマリーが、化粧ができなくなるから大人しくしてと軽く抗議する。
──そういえば、コイツはとんだ大食らいだったな…
ローズマリーとジュスティーヌの会話をそばで聞いていたエレオノールは、会ったばかりのときのジュスティーヌの食べっぷりを思い出していた。
あのときのジュスティーヌときたら。
あまりの食べ方の汚さに絶句させられたものだった。
スープはスプーンを使わずに食器を手に持ってそのまま一気に飲むし、ステーキなんかは小さく切り分けずに端をフォークで刺して丸ごと飲むように食べる。
グラスに入ったワインやジュースなどを飲むときはズルズル音を立てて飲む。
そうしてがっついて食べるジュスティーヌの有り様は、庶民の娘というよりかは、ロクにしつけのなされていない野良犬のようだった。
──あれほどまでに教育が大変だったことはないな…
それでも、ジュスティーヌはなかなか覚えが早く、最低限の知識やマナーを身につけるのに、そう時間を要することはなかった。
エレオノールが懐かしい気持ちに浸っているうち、化粧が済んだらしい。
野暮ったい庶民の女が、どこかの貴族令嬢のように見違えるほど美しくなった。
普段のガサツな振る舞いに騙されて気づきにくいが、ジュスティーヌは顔つきは整っており、黙っていれば美人なのだ。
「ほら見て、きれいよジュスティーヌ」
ローズマリーが、ドレッサーに座っているジュスティーヌの肩に手を置いて、鏡を見つめるよう促した。
「ホントにホントに!ローズマリーさんのおかげです。ありがとうございます!!」
きれいにメイクアップしてもらって、ジュスティーヌも上機嫌のようだ。
「さて、行くぞ。ジュリエットお嬢様の結婚式はもうとっくに始まっているんだから」
「かしこまりました、エレオノールさん」
エレオノールがそう言うと、ジュスティーヌの姿勢はあっという間に良くなって、優雅に立ち上がると、フィッティングルームから出ていった。
さっきまでのガサツぶりはどこへやら、その歩く姿は、神々しさすら感じるほどに上品だった。
──この女、ホントに役者だな
あまりの変わりように、エレオノールはまた感心した。
ジュリエット嬢の結婚相手は、裕福な庶民の男であった。
それゆえか結婚式会場は、なかなか豪奢な屋敷の大広間で行われた。
ジュリエット嬢がまだ男爵令嬢だった頃に住んでいた邸宅といい勝負だろう。
いや、なんならこの会場の方が大きくて広いかもしれない。
ゆくゆくはここがジュリエット嬢の住居となることを考えると、実にありがたいことではある。
ジュリエット嬢は男爵令嬢だというのに、いや、男爵令嬢として生まれたばかりに、散々苦労してきたのだ。
それだけにジュスティーヌは、これからは幸福に生きてほしいと願ったし、その願いはしっかりと叶ったようだ。
エレオノールに連れられて、ジュスティーヌは席についた。
エレオノールも同じように、ジュスティーヌの隣に座る。
「本日はお日柄もよく…新郎マクシミリアン様は美しく聡明な伴侶ジュリエット嬢を迎えられ…」
司会役の男が、意気揚々と祝いの言葉を述べる。
その話のなんと長ったらしいこと。
ジュスティーヌはもう飽き飽きしていたが、なんとか上品に振る舞い、しっかりと微笑み、ときにうなずきつつ、ムダ話に聞き入っているフリをした。
それはほかの客も同じらしく、大胆不敵にも大きなあくびをしている若い男や、化粧を直している女性までいる。
ジュスティーヌのそばの席に座っている小さな子どもは下を向いて、退屈そうに足をブラブラ揺らしていた。
──この結婚式、大丈夫なんだろうか?
「ええい!もういい!料理が冷めるわ!!」
中年男の声が、屋敷中に響きわたる。
ジュスティーヌとはかなり離れた席に座っている男の声だ。
「あ、あー、すみません、旦那さま…」
怒鳴られた司会役の男は、おろおろと中年男を見つめた。
「旦那さま」などと呼ばれているということは、彼はここの主人、つまり新郎マクシミリアンの父親であろう。
「ここにいる客人全員に告ぐ!今日は無礼講だ。王侯貴族の結婚じゃあるまいし、堅苦しいことは抜きだ!好きに食べて飲んでしておくれ!!」
新郎の父が両手をパンッと叩くと、高さが約3メートルぐらいある、観音開きのドアが開いた。
そのドアの装飾がまた異様なほどに凝っていて、この家がいかに豊かであるかをジュスティーヌに教えた。
ドアの向こうから、この家の召使いと思われる男女がスープだの肉料理だのスイーツだのが乗ったカートを押してやってきた。
「さあ、みなさん!どうぞお食べになって!この日のために用意したのです!!さあ、どうぞ!!」
しかし、みんなして躊躇ってなかなか手をつけようとしない。
「では、いただきましょうかね!」
待っているのもバカバカしくなったジュスティーヌは、席から立ち上がった。
そばにいた召使いが押していたカートに乗ったスープを1杯、ボウルごと手に持つと、スプーンなど使わずにそのままグイッと飲み干した。
その様子を見たエレオノールはあわてた。




