フィッティングルーム
エレオノールに腕を掴まれたジュスティーヌは、招待客専用のフィッティングルームまで引っ張られて、隅の部屋に放り込まれた。
「スイカはそこの隅にでも置いておけ。後で細かく切り分けて客人に出してやる」
「へえ、ありがとうございます…」
エレオノールに言われた通り、ジュスティーヌは持ってきたスイカをフィッティングルームの片隅に置いた。
「へえ、じゃないだろう。こういうときの返事は「はい」だ!まったく、私たちから離れてそんなに経ってないのに、もうすっかり庶民になりよって!」
「すんませ…申し訳ございません。エレオノールさん…」
言われてジュスティーヌは、謝罪の言葉を言い直した。
「アナスタシア、このスイカを持っていって、ローズマリーを呼んできてくれ。コイツの服と化粧をきっちりさせてやる必要がある」
「かしこまりました、エレオノールさん」
アナスタシアと呼ばれた女が、エレオノールに言われた通りに、身軽な動作でスイカを持ち上げると、フィッティングルームから出ていった。
「ほうら、今日のお前の服はこれだ。念のために用意して正解だったよ」
エレオノールはそばのクローゼットからレモンイエローのドレスを引っ張り出すと、ジュスティーヌに渡した。
「ありがとうございます、エレオノールさん」
──この黄色いドレス…懐かしいなあ
ドレスを出されたジュスティーヌは、在りし日の出来事を思い出した。
居酒屋での仕事の帰り道、まだ男爵令嬢だったジュリエット嬢に呼び止められた日のことだ。
そこから影武者となるべく、最初に着せられたドレスがこのレモンイエローのドレスだった。
「馬子にも衣装ってヤツですかねえ…」
レモンイエローのドレスを着た後、鏡に映った自分を見たジュスティーヌは苦笑いした。
こんな気持ちになるのも、かなり久しぶりのことだ。
フリルで縁取られたスタンドカラー、マリーゴールドの形をしたボタン、ミモレ丈のスカート部分がなかなか上品で、そのスカートの縁も襟と同様なフリルで縁取られているのが、とても華やかで美しい。
野暮ったくてガサツな庶民の居酒屋の女が、あっという間にどこかのお姫様のように美しく早変わりした。
──最初にこれを着せられたときは、「こんなドレス、ワタシなんかに似合うものか」と思ったなあ…
ジュスティーヌのその予想は外れた。
ドレスを着せてもらい、髪を結い、化粧を施された後、鏡の前にいたのは、間違いなくジュリエット・ヴァノロス男爵令嬢であった。
「馬子にも衣装……たしかにな、まったくもってその通りだ。さて、次は髪を結ってやる。まったく、結婚式にそんな野暮ったい頭のまま出てくるバカがあるか!」
あのときもこんなこと言われたな、とジュスティーヌは思い出した。
エレオノールに命じられるまま、ジュスティーヌは大きなドレッサーの前に座らされた。
──このドレッサー、ジュリエットさんはまだ持っていらしたのか…
鏡に映った自分を見つめながら、ジュスティーヌはまたしても懐かしい気持ちに駆られた。
続いて、エレオノールはローズマリーという女を呼び出して、ジュスティーヌの髪をセットするように命じた。
「えーと、ジュスティーヌさんの髪……えらく傷んでおりますね…」
ジュスティーヌの髪に触れるなり、ローズマリーは呟いた。
「大方、髪の手入れもろくにしてこなかったんだろう。誰の目から見ても、嫌でもわかってしまうわ!」
エレオノールは頭を抱えて、大げさにため息をついた。
「そりゃあ、エレオノールさん。高貴で美しいお嬢さまや奥さまならまだしもですよ。ただの居酒屋の女に、こまめな髪の手入れなど不要でございますよ。枝毛や切れ毛だらけでも、ギシギシにきしんでいても、おっきいリボンなんかで結ってしまえば誤魔化せますわな」
「だとしてもだ、人様のおめでたい結婚式にまで、こんな頭で来るヤツがあるか!なんだこの髪は?頭の上に鳩の巣でも乗せてるのかと思ったぞ!」
「いてえ!ひどいやエレオノールさん、ご容赦くださいませ…」
カンカンに怒ったエレオノールにポコンッと頭を叩かれて、ジュスティーヌは頭頂部を撫でさすった。
「うーん…まあ、エレオノールさんの言うとおり、鳩の巣みたいですけどね。でも、さっきジュスティーヌさんが言ったとおり、大きいリボンやらコサージュやらでまとめて結い上げれば、それなり見栄えはしますよ。この程度の傷みなら、なんとかなります。帽子をかぶってカモフラージュするなんて手もありますし。おまかせくださいな」
目の前で突然始まった寸劇に驚き呆れつつ、ローズマリーはブラシとヘアオイルを手に取った。
「そうか。よろしく頼むぞ」
「いやあ、お手数をおかけします。ローズマリーさん」
ジュスティーヌはばつが悪そうな顔をして、人差し指で頬をポリポリ掻いた。
「ええ、髪のセットを始めるから、しっかり前を向いてちょうだい。まずは髪に脂をさして、ほつれを解いていきましょうか。傷んだ髪にブラシを入れるから、ちょっと痛いわよ」
「はい、よろしくお願いしま…って、ああっ、いたっ!ローズマリーさん、痛いですう!」
こうして、「痛い痛い!」とわめきながら髪をセットしていくこと約15分。
ジュスティーヌの髪は、かろうじて見苦しくない程度には整えられて、しっかりまとめて結われた。
その仕上げにローズマリーは、ジュスティーヌの頭を、ひまわりの花を模したコサージュで飾ってくれた。
ちょうど、いま着ているレモンイエローのドレスによく合う、黄色いひまわりのコサージュだ。
この花の花言葉は、「崇拝」「情熱」「あなたは素晴らしい」「あなたを幸せにします」である。




