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アヤカシ探偵物語  作者: イサシ
第1章 脱皮
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第7話 縛りを破るは

こんばんは!第7話です。いよいよクライマックスとなりますので、おつきあいください!



 その日、正確に言えば、次の日の深夜2時。逢う魔が時。神島に指定された場所に俺は向かう。指定された場所は神代高校体育館。彼女たち、バスケ部の聖地だ。


 夜の校舎は普段の明るさなど、微塵も感じさせず、一人で校内を歩く俺を暗闇で包み込んでいた。神島には呪いの解除は俺が行うように言われた。やり方なんてわからないと言う俺に彼は一枚のお札を渡して、それを頃合いを見て、下谷さんに貼れと言った。


(簡単に言うなよな・・・)


 先日の惨状を思い出す。無数の大の男がなす術もなく、地に伏していた光景。そんな力を持つ相手に見ることしか取り柄のない自分がどうやって近づけば、いいのだ。


 神島がやればいいのでは、と聞いたところ、知らないおっさんがやるよりは若い君がやるのが、適任だろう、と彼は嘯いた。だが、彼の本心は恐らく違う。理由は何となくわかるが、今、それを深く考えるのはやめといた。


 体育館に到着し、重いドアを開ける。窓から差し込む月明かりに照らされて、彼女は立っていた。背は155センチくらい。髪は短く、顔立ちはどこか幼い。まだ中学生でも通りそうだった。どんよりとした、死んだ目がメガネの奥からこちらを睨みつける。


「あんた、誰?」


 彼女が呟く。沈んだようなその声質にこちらの心まで沈みそうになる。


「田島はどこよ?」その言葉を聞いて、神島がどうやって、彼女を呼びつけたのがわかった。


「田島さんは来ない。代わりに俺が話すよ、下谷さん」彼女の表情が変わる。死んだようなその目つきが蛇のような獰猛な目つきへと変わっていく。


「・・・あんた、誰よ」


「俺は岩戸。岩戸大地だよ」


「岩戸?知らないわね」


「俺もつい最近まで、君の名前は知らなかったよ」


 挑発するように、彼女に言い放つが、彼女は気にした風もなく、ただこちらを睨みつける。


「そう。どうでもいいわ、ところであなたは何しにきたの?」


 返答次第では・・・彼女の気配が言う。背中から汗が吹き出る。それを我慢して、彼女に伝える。


「君を止めにきた」


「止める?何の事かしら?」彼女はとぼけた口調で言葉をつぐむが、その態度は嘘っぱちにしか見えなかった。


「蛇」その単語を俺は言い放つ。


「君が使役者だろ、下谷青」


 瞬間、空気が変わる。心臓がまるごと凍てつくような殺気が彼女から放たれる。夏休み、「あれ」と遭遇しなければ、震えていたことだろう。


「なんでそれを?」声は先程よりも低く、まるで彼女自身が蛇のように見えた。


「見えるんだよ、俺には。そういうものが」


「そんなことがあるわけ!!!」


「あるんだよ。君にだって見えるなら、俺が見えたって不思議じゃないだろ」


「そんな、言ってることが違うじゃない!?」


「言ってること?」


 聞き返すが返事がない。彼女はブツブツと何かを言っているが聞き取ることができない。しばらくこちらも黙っていると、彼女はこちらを見た。


「あんたはそれを知って、どうするつもりなの?」


「君を止めにきた」


「止めに?」


「ああ、もうやめろよ。こんなこと」


「・・・・・・」


「田島さんから話は聞いている。もうこれ以上彼女を傷つけるな」


「そう、結局、あいつなんだ。いつも、そうよ。いつも、いつも、いつも、あいつは・・・誰かに思われて、誰かと一緒にいて、私が欲しかったものを全部持っていて」


 彼女の背後から無数の蛇が現れる。一匹、一匹が田島さんに取り付いていたものと同じ大きさをしており、その目は獲物であるこちらを見据えて、主人の命令を今か今か、と待ちわびているようだった。


「違うよ。違うんだ。田島さんのためでもあるが、そうじゃない。俺は君のために君を止めにきた」


 恐怖を押さえつけて、彼女と対話する。だが、その言葉は彼女に全く響いていなかった。


「私のため?何言ってるのよ、あんた?あいつらは私を見捨てたのよ?自分が部活を楽しむために私を生贄にしたんだ。あいつらに復讐して何が悪いのよ!」


「悪くない、悪くないよ、下谷さんは!俺だっていじめた奴なんてどうなろうが知ったもんか!でも、田島さんやそれを止めようと奴らまで巻き込むのは違うだろ!彼女たちは君を思って、


「思ったからなによ!!!!結局、あいつらが私になにをしてくれたってのよ!!あいつらが見て見ぬ振りしていた事実は変わりないじゃない!!」


 彼女に言葉は届かない。そんな事はわかっていた。第三者である俺が言った言葉が届く程度の覚悟なら最初から呪ってなんていないだろう。でも、それでも、これだけは伝えたかった。届かなくたって構わない。でも、知っていって欲しかった。


 彼女が、田島さんが、


「田島さんは泣いて、謝っていたよ。君の名前を呼んで」


 彼女の思いだけは、下谷さんに知っていて欲しかった。確かに田島さんは彼女を救えなかった。一度、見捨ててしまった。でも、それでも、田島さんは下谷さんを忘れたことなんて、一度もなかった。ずっと、思い続けてきた。


「彼女が君を忘れたことなんて一度もない、その後悔や絶望を今もずっと抱えている。田島さんは君のことを心の底から大事に思っている。だからさ、もうやめようぜ、互いを傷つけるのは。これ以上、自分を思ってくれる人を傷つけなよ」


 言いたいことは全て言った。だが、やはりというべきか下谷さんにその言葉は届かない。


「嘘よ!!どうせ、私が辞めてホッとしているんだ!面倒な娘がいなくなって良かったって思ってるんだ!?だって、そうでしょ?あの娘はキャプテンになったあともいじめを止めなかった!田島だったら止められたはずなのに!あの娘は、あの娘は!!」


 もう最後の方は言語ですなかった。彼女の悲痛な言葉が夜を切り裂いていく。彼女の背後にいる蛇は目を爛々と輝かせ態勢を構える。


(こうなるのはわかってたんだ・・・覚悟を決めろ!)


 ポケットからお札を取り出す。手汗が札に滲むが効果に支障がないのを願う。彼女に伝えるべきことは伝えた。後は信じてもらうしかない。そのためには、彼女から呪いを奪わなければならない。あれは人間が振るっていい力じゃない。彼女をこちらに連れ戻さなければ、田島さんと同じ立場で話させることはできない。


 蛇がこちらに殺到する。それにかろうじて反応し、横に避け、下谷さんの元へ走り出す蛇は急旋回して振り向きこちらを追いかけてくる。それを振り返らず、気配で察知して、横に飛ぶ。


 だが、全てを避けきることはできず、足に痛みが走る。


(噛み付かれた!)


 痛みを堪えて、足に噛み付く蛇の頭を思いっきり踏みつけ、引き剥がし、再び走り始める。


 だが、今度は新しく呼び出された蛇がこちらに狙いをつけていた。


「うぉぉぉおおおおお—————————!!!!」雄叫びを上げ、そこに突っ込んでいく。


 だが、それはやけになったわけじゃない。蛇を一つの的に集中させるためだ。スマホを取り出し、蛇へと向け、写真を撮る。


 瞬間、月明かりだけの空間にフラッシュが焚かれた。


 人間なら対して怯むことはなかっただろう。だが、相手は蛇。突然の閃光に彼らは動きを止め、隙が生じる。

その隙を逃さず、俺は下谷さんの元に駆け込む。


 彼女と目が合う。その顔は悲痛に満ち溢れていて、見ているこちらが泣きたくなった。


(だけど、俺は・・・)


 お札を彼女の胸の辺りにかざす。


(彼女が望まなくても・・・)


 下谷さんが叫び出す。


「嫌だ!!やめろ!!やっと、復讐できるのに!!!もう我慢しなくていいのに!!!あんな思いしなくて済むのに!!どうしてよ、どうして、止めるのよ!なんで、あんたが私を止めるのよ!関係ないでしょ!」


 蛇が突然苦しみだす。お札が効果を発揮しているようだ。だが、蛇が弱っていくにつれて、下谷さんは激しさを増す。


「やめろ!!やめろよ!!こんな、こんなとこでまだ、終わってない、終わってないのに!!!ねぇ、やめてよ、お願い、やめてください!!!」


 彼女の言葉に胸が張り裂けそうになる。お札から手が離れそうになるのを必死に耐える。


(これは俺の我儘だ。そんなことはわかっていただろ!!)


 そうだ、これはエゴだ。自分がこうなって欲しいと思うからそれを他人に押し付けているだけだ。


 でも、何が悪い。彼女たちが傷つけ合うのを見たくないと思う気持ちの何が悪い!!!


 弱った蛇が俺を止めようと噛みついたり、巻きついたりしてくる。それを必死に我慢し、吠える。


「がぁぁぁぁああああ!!!!」


 その時だ。不意に体を押されたのは。


「何!?」完全に不意をつかれた俺はそのまま体育館の床へと転がり、お札から手を離してしまう。とっさにそちらを見ると、そこに立っていたのは意外な人物だった。


「田島・・・?」


 下谷さんが潤んだ目で彼女、田島春を見つめる。


「青ちゃん、ごめんね」田島さんが言葉をつぐむ。彼女はここまで走ってきたのか、息も絶え絶えといった感じで今にも倒れそうだった。それにどうやら呪いが発動していたようで、蛇も弱っているものの体に巻きついていた。


「何しに来たのよ、今更!!!」下谷さんが苦しげに彼女に向けて叫ぶ。札が外れたせいで蛇たちは再び活発化し、彼女をその目で捉える。


「田島さん、逃げろ!!」


必死に叫び、彼女の元に行こうとするが、間に合わない。


その牙が彼女の首を引きちぎる・・・


.....そのはずだった。


「え?」自分の間抜けな声が耳に入る。蛇はその直前でピタリと止まっていた。


「何で、よ.....何で、そんな顔してるのよ....」


 下谷さんがつぶやく。


「青ちゃん」


 そう呟く彼女の表情は今まさに殺される寸前だったというのに、どこか嬉しげだった。


「いいよ、青ちゃんになら、殺されたって....」


「.....は?」何を言ってるんだ、といった顔で、下谷さんが唖然とする。


「何を、何を言っているのよ、アンタは!」


「青ちゃんになら殺されたっていいって言ったんだよ」


「だから、何言ってんのよ、アンタは!!」下谷さんが叫ぶ。


 それはそうだ。散々、恨んで、今まさに殺そうとした相手にその許しを得たのだから、混乱するのももっともだ。


「だって、私、青ちゃんを見捨てたんだよ。青ちゃんが苦しんでいるのを知っていて私、見て見ぬ振りしたんだ。なら.....なら、青ちゃんに殺されたって文句言えないじゃん!!」


 田島さんはそうして叫ぶと、下谷さんの元に歩みより、彼女を抱きしめた。


「ごめんね」彼女はゆっくりと噛み締めるように謝り続ける。


 俺は黙って、その光景を見届けるしかなかった。下谷さんは抱きしめられて、呆然とした後、ゆっくりと涙を流す。


「何でよ、何で、あんたはそうなのよ、これじゃ、私、あいつらを呪えないじゃない!!!やめてよ、田島、そんなに私に優しくしないでよ!思い出しちゃうじゃない!!!


 彼女は涙とともに叫ぶ。その声にはもう先ほどまでの怒りの色は感じず、悲しみと戸惑いの色が混在していた。


「思い出してよ。私たちがあった時の事。私は今も覚えてるよ。青ちゃんのドリブル」


 その言葉は俺にはよくわからなかったが、彼女の表情からそれがとても大切な思い出だということがわかった。


 そして、下谷さんにとっても。


「あれから、何度も試合したよね?ほとんどの試合は私たちのチームが勝って、そのたびに青ちゃんは私につっかかってきて」


「....やめてよ」


「高校に入って私、青ちゃんと同じ学校ってわかった時、すごく嬉しかったよ。今度は仲間としてバスケができるんだって」


 それからも彼女の話は続いた。その言葉の節々から彼女が下谷さんをどれだけ、大切なのか部外者の自分にも良くわかった。当然、下谷さんにもそれが伝わっているだろう。彼女は涙を流しながら、黙ってそれを聞いていた。


 徐々に、呪いの権化である蛇が消えていく。それは下谷さんの心境が徐々に変化している証だろう。彼女たちの足元にある札はもう必要ないとばかりに燃えてしまった。


「私、青ちゃんを見捨てた。許してなんて、そんな都合の良い事言わないでも、それでもね、私、また青ちゃんとバスケしたいよ。対戦相手でもいい、また、青ちゃんとプレイしたい・・・」


 田島さんは最後にそう言うと、泣き崩れた。


 そんな彼女を見て、下谷さんはどこか呆然とした様子で、静かに涙を流していた。


「許さないわよ、私・・・」やがて、下谷さんは抱きつく田島さんを引き剥がして、開口一番そう言い放った。


「・・・だよね」


 それを聞いた田島さんは泣き笑いのような表情で下谷さんを見やる。


「ごめんね、青ちゃん・・・」


「違うわよ。あんた、何、勘違いしてんのよ?私が許さないのは、散々、私をバスケで負かした方よ!」


「「え?」」


 俺と田島さんの声が重なる。それくらい下谷さんの言葉は意外なものだった。


 下谷さんはそう言うと、体育館の床に転がっていたバスケットボールを持ち上げると、田島さんへと投げた。見事なチェストパスだった。


「青ちゃん?」


「これからも私は何度も勝負してやるわよ!何度も、何度だって!そんで、あんたをいつか負かしてやる!

だから・・・だから、これからも私とバスケしてください!」


 そう言い放った下谷さんはその後、泣き崩れ、田島さんに謝り続ける。それを介抱した彼女も再び、謝り始めると、下谷さんを抱きしめ、泣き崩れた。

 

 蛇は最早、最初からいなかったかのように、姿形もなかった。呪いを形成していた感情が全て消えたわけではないのだろう。でも、下谷さんがもう呪いを必要ないと意識的にせよそうでないにせよ判断したことだけは間違いなかった。


 下谷さんが負った傷は一生癒えることはない。それはこれからも彼女を苦しめ、追い詰めることだろう。とても辛いことだ。


 でも、彼女にはもうわかっている。自分を受け入れ、受け止め、辛い時には黙ってそばにいてくれる人が確かに、そばにいるのだということを。下谷さんには田島さんがいる。田島さんには下谷さんがいる。それを彼女たちは知ることができた。その絆はもう解けることはない。彼女たちを見て、心からそう思えた。


 このままずっと、彼女たちを見ているのも野暮だと思ったので、一人こっそりと体育館を出る。ドアを閉めるとき、中を見ると、まだ、彼女たちは互いを抱きしめあっていた。



 校門まで来た時、不意に体育館から音が聞こえる。


 それは誰かと誰かが駆け、何かを弾ませる音。何の音かは言うまでもない。


 読んでいただきありがとうございました!あとはエピローグのみとなります。今日中に挙げられるなら挙げたいと思っているので、チェックして貰えるとありがたいです!

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