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第二話 総てのことには、意味がある

色々誤字を見つけましたので、訂正致しました(笑)

 夏季休暇前の期末考査の勉強会は、陽翔の家で行われることとなった。曰く、維沙弥の部屋は殺風景すぎて居心地が悪いだろうと本人が言ったからだ。それに約二ヶ月間毎日通い詰めたのに部屋に入ったことがないから入ってみたいと言われれば、陽翔に断ることなど出来なかった。そもそも、断る理由もないのだけれど。そんなこんなで、有言実行とばかりに、維沙弥と陽翔は勉強会の話が出たその日から早速考査対策を始めたのだった。

「で、なんの教科が特別苦手とか、あるか?」

 AR網膜で教材の選定でもしているのだろうか。視線と手を動かしながら、彼は問うてきた。

「う~ん…」

 陽翔は思わず唸った。苦手教科。強いて言えば全てか。どこか据わった目でそう言えば、維沙弥は悪戯っぽく笑んだ。

「へえ。しごき甲斐があるな」

 俺は全部得意だから安心しろ。

 ゆるりと細められた妖艶な漆黒に、陽翔は死刑宣告を言い渡された。

 その日、彼の家から絶叫が響き渡ったそうな。



>>>



 次の日。平常運転のドライな維沙弥と、げっそりと頬のこけた陽翔が食堂に行くと、昨日の絶叫について詰問された。かなりうるさかったらしい。

「いやあ、あれは維沙弥先生のご教授の賜物でございやす…」

「はるくん壊れた?」

「元からでは?」

「おい」

「勉強を教えていたんだよ。考査が近いからね」

「あら、そうだったんですの?」

 紗羅が興味津々といった顔で言葉を紡ぐ。その表情は、どこか期待を孕んでいた。

「これが維沙弥先生がスパルタでさあ…」

 陽翔が頬杖をつきながら遠い目をして言った。

「では昨日の絶叫は、貴方が澄丈の鞭撻に音を上げていた、というわけですね?」

「まあぶっちゃけると…」

 陽翔は力なく言葉を吐いたが、あ、と声を上げる。

「でも、維沙弥教えるのめっちゃ上手いんだぜ!俺昨日だけで偏差値五は上がった気がする」

「へえ~!それはあたしもいさやんの授業受けてみたいな!」

 陽翔の言葉に、亜貴乃が屈託なく興味を示した。

「そうですね。私も澄丈の学力レベルを知りたいですし」

 亜貴乃の言葉に朔も同意する。すると、紗羅の顔が目に見えて綻んだ。

「わ、私も気になりますわっ」

 思いがけず自分の勉強会に興味を示す反応が返ってきたことに維沙弥が些か驚いている内に、維沙弥の胸中を知ってか知らずか陽翔が話を勝手に進めていた。

「おお~!じゃあ皆で考査対策しようぜ!俺ん家でいいからさ!」

「いいねいいねえ!あ、じゃあさ、考査が無事に終わったら皆でぱあっと打ち上げしに行こうよ!打ち上げという名の遊びにさ!」

「それめっちゃいいな!行こうぜ!」

「さ、賛成ですわ!」

「まあ、たまには羽を休めることも大切ですよね」

「んじゃま、今日の放課後から勉強会スタートな!」

「おお~!」

「……」

 こうして、教える側である維沙弥が一切口を挟む猶予を与えず、怒涛のスピードでこれからの日程が埋まった。

 機械で調節された、非常に過ごしやすい朝の出来事。維沙弥は、そんな騒がしい朝に居心地の良さを覚え、噛み締めるように、穏やかに瞳を閉じた。

 あたかもそれは、終焉(おわり)を知っているかのように。



>>>



 恐ろしいまでのハイテンションで授業をこなす生徒に『リアクト』の面々は首を傾げたが、理由を問う前にさっさと教室から撤収してしまい、それを訊くことは叶わなかったそうだ。

 それが、約二時間前のこと。

予定通り陽翔の家で開催された勉強会だったが、今は脱落者が二名出ている。その二名とは、陽翔と亜貴乃である。

「ぐはあ…もう無理…一旦休憩しようぜ~…」

「はるくんに賛成~。もうお腹ペコペコだよお…」

「二時間ほど前に昼食を摂った気がするのですが」

「亜貴乃さんにとって二時間前とは半日に匹敵するのかも知れませんわねえ…」

 朔の呆れた声に、紗羅が半ば感心したように返答する。

「もう脱落か。随分早いな。まあ、一旦休憩しようか」

「やったあっ!」

 維沙弥から休憩の許しが出た途端、亜貴乃が水を得た魚のように、机に突っ伏していた顔を上げた。

「あたし、食堂から食べ物とお菓子とか調達してくるー!」

 そして、その勢いそのままに、家から飛び出して行った。

「亜貴乃の奴元気だなあ…」

 未だ机に突っ伏したままの陽翔は、亜貴乃が戻ってくるまでの時間、やや手持ち無沙汰気味に目の前の資料をスワイプ操作した。

「ん…?」

 そこで、一枚の画像が陽翔の目に留まった。

「どうかしたか?」

 目敏く気づいた維沙弥に声をかけられ、陽翔は自分が見ていた画像を維沙弥に向けて差し出した。

「いや、この画像なんだけど」

 陽翔が差し出した画像を覗き込む。同じく手持無沙汰だったらしい二人も同様に覗き込んできた。

「これがどうかしたのか?」

 陽翔が提示した画像は、歴史の資料写真だった。昔の街並み――と言っても高層ビルが立ち並んでいるが――と、何人かの人間が写ったものだった。昔の建物や人間が着ていた服装などを教えるためのものだろう。

「この画像のさ、この黒い線ってなんだ?」

 陽翔が指指したのは、所々に点在する柱を通過し、建物の四階から五階までの高さで平行に走る黒いケーブルだった。

「ああ、これか」

 直ぐに合点がいった維沙弥が、即座に説明に入る。

「これは電信柱と電線だよ」

「でんしんばしら?電線は分かるけど…」

 維沙弥の言葉に、陽翔が直ぐに質問する。勉強が苦手だと言う割には探求心がある。恐らく興味が湧いたことにしかその探求心のベクトルが向かないが故に勉強が苦手なのだろうが。純粋に興味を示してくれるのは、維沙弥としても心地良い。

「ああ。今じゃ電線は皆地下に埋設されているけど、昔は電線は地上にあったんだよ。電信柱は電線を地上高くに設置させる為のものだ」

「なんで昔は地上にあったのに、わざわざ全部地下に移したんだ?別に地上にあっても高い所にあれば邪魔じゃないだろうに」

「理由としてまず挙げられるのは、景観権だな」

「景観権?」

「ああ。二〇九九年の『周辺景観訴訟』の時にも問題になった景観権だ。もっとも、この電信柱の方がずっと昔だけどな。電線が空の視界を遮るって一時期問題になったんだよ」

「へえ。でもなんでそれが全部とっ返ることになったんだ?そんなに大事になったのか?」

 陽翔がもっともな質問をした。それに対して、維沙弥は緩く首を振った。

「いや、景観権として騒がれてた時にはそんなに大事じゃなかったよ。地域によっては地下に埋設することを推進している所もあって、そういう所は工事が進んでいるって程度だったんだ」

「じゃあ、何かあったのか?全部と地下に埋めるようにしなきゃならねえようなことが」

 維沙弥の説明に、段々話が真剣なものになっていると感じた陽翔は、無意識に机から顔を上げ、背筋を伸ばして維沙弥の言葉の続きを待った。朔と紗羅も同じように真剣な顔をしている。

「ああ。電信柱を廃止して、電線を地下に移設することが決定したのは、二〇七三年だ」

「それって…」

 維沙弥の言葉に何かを察したらしく、朔が眉を顰めながら呟いた。

「うん。そのまさか。『人間戦争』終結の、一年後だ」

 維沙弥の説明をまとめると、こうだ。二〇七〇年に勃発した『人間戦争』によりほぼ焼野原となった日本を再建するにあたり、電線を総て地下に移設することが決定したらしい。電信柱と電線が火事や家屋倒壊の原因の一端を握っていることが、その決定を確固たるものとしたようだ。

「電線が地下にあることにそんな意味があるとはなあ…」

 維沙弥の説明を聞いたあと、陽翔は感慨深げに言葉を漏らした。

「私も、知りませんでしたわ…」

 陽翔の言葉に同意するように、紗羅も感嘆の声を零す。

「ま、何事にも意味があるってことだよ」

 維沙弥はそう言うと、陽翔がなんだか納得していないような顔をしていることに気がついた。

「どうした?俺の説明で何か分からない所でもあったか?」

 維沙弥が問うと、陽翔は件の画像を見ながら、いや…と難色を示す。

「説明は分かり易かったし、納得も出来たんだけど…」

「出来たんだけど?」

「いやあ、俺おかしいのかな?この写真に写ってるこの子、どっかで見たことあるんだよなあ…」

 陽翔が指さしたのは、先程の写真の右端に写っている子供だった。隣には、子供より年上らしき人物が何人か写り込んでいる。

「ええ?この写真って少なくとも『人間戦争』以前のものなんですのよね?だとしたら、ここに写っている方々はもう亡くなっているのではないんですの?」

 勿論、『人間戦争』に巻き込まれたという意味ではなく、人間としての寿命の話をしている。仮にこの写真に写っている人物がまだ驚異の生命力で生きていたとしても、かなりの老体だ。幼少期の写真を見てその人物だと特定するのは不可能に近いだろう。

「うーんだよなあ…。だから俺も、自分がおかしいとは思うんだけど。でもどっかで見たことあんだよなあ…」

 陽翔の言葉に、維沙弥が顎に手を当て黙考し始めた。

(幼少の時にここに保護されたこいつが出会っている人間は数え切れるほどしかいないはずだ。そしてその出会ったと思われる人物の中でこの顔の人物はいない。整形した可能性もなくはないが、それにしたって、全員身元も年齢偽っていなかった。それに、保護される前の生活から考えても、その時記憶に残る程の人物と遭遇したとは考えられない。となると、残る可能性は――)

 不可能なものを排除していって、残ったものがどれだけ信じられなくとも、それが真実であると言ったのは、誰だったか。

 残されたたった一つの可能性に行き着いた瞬間、維沙弥のAR網膜は指示していないにも拘らず、勝手に検索を始めた。そして、その検索は見事にヒットした。

「なるほど、そういうことですか」

 窓の外に視線を向け、妖艶に微笑みそう呟いた声は、誰にも聞き咎められることなく、温い空気に霧散した。



>>>



 同時刻、某会議室にて。

 先日の『烏合族』の奇襲において回収出来た討伐した『烏合族』の司法解剖結果を聞いてほくそ笑んでいた則継は、『リアクト』のメンバーから『第十三眷属』が全員で考査に向けての勉強会をしているというなんとも和やかな報告を聞き、何を勉強しているのかと、単純な好奇心から監視カメラにアクセスした。

 好奇心は猫をも殺すと言うのに。

 監視カメラにアクセスしたといっても、別に室内に仕掛けてあるわけではない。そこは流石にプライベートの侵害に値するため、監視カメラが設置されているのは家の外だ。といってもカメラのアングルを操作すれば窓際の景色は見えてしまうため、プライベートの意味を考えさせられてしまう。だが、これは窓際のカーテンを閉めてしまえば直ぐに対処出来るし、維沙弥ならこちらの動きを察知して監視カメラをハッキングすることも可能だろう。逆にそれがなければ、見られても問題ない、もしくは見てくれと言っているということだ。

 そんなことを考えながら、則継は恐らく勉強会を開いているだろう、陽翔の家の近くの監視カメラをハッキングした。案の定、陽翔の家で勉強会が開かれているようだ。亜貴乃がいないことから、どうやら今は休憩中のようで、彼女は食料を得に食堂へ行ったのだろうと推察する。何やら談笑しているようだが、段々とその空気が剣呑な雰囲気を帯びていくのを感じ取った。机に突っ伏していた陽翔が顔を上げて維沙弥をじっと見つめている。

(何を話しているんだ……?)

 カメラの映像だけでは何を話しているのかまでは分からない。

(……)

 彼らの様子に何か不穏なものを感じ、則継は紗羅のAR網膜にハッキングを仕掛けた。

「な……」

 そこで、則継が見たものとは、果たして一枚の画像だった。『人間戦争』が勃発する一年前の写真だ。高層ビルが林立し、電柱と電線が見える。そして、その写真の中には。

 この写真は元々は家族写真だったのだろう。初めて来た土地の景色に目を輝かせている子供たちが数名。その中に、一人だけ。ぴくりとも笑わず真顔で写真に写っている人物が一人。写真に写っている子供の中で、恐らくその子供が一番幼い。

「なんで、これが……」

 則継は久方振りに心胆寒からしむ心地を味わった。みっともなく身体が震える。

 ふと、未だ止まらぬ身体の震えをなんとか抑えながら、視線をハッキングしたカメラに向けた。

「――!」

 そこで、則継は本日二度目の戦慄を体験することとなってしまった。

 維沙弥が、こちらを見ていたのだ。恐らく紗羅の視界をハッキングしたことにも気がついているだろうが、紗羅が画像に釘づけになっているため、こちらを向いたのだ。そして、口を動かした。則継の心境としては止めてくれと叫び出してしまいたくなったが、たとえここで叫んだとしてもあちらに聞こえるわけではないため、ただの気休めにしかならないが。

 無情にも、維沙弥の口が言葉を紡いだ。

『なるほど、そういうことですか』

 この時ばかりは則継は自分の読唇術を呪った。維沙弥が何を言ったのか分かってしまったからだ。

(嗚呼、君は気づいてしまったんだね…)

 則継の頭に諦念にも似た感情が浮かぶ。しかし、それと同時にどうしようもない高揚感が彼の心を占拠していた。維沙弥は、気づいてしまった。あの『秘密』に。

 彼は、いつかそれを暴いてしまうだろうか。

 彼は、いつかそれを暴いてくれるだろうか。

 諦念は、長年の秘密を勘付かれてしまった自分の不甲斐なさ。

 高揚感は、長年の秘密から解放されるかもしれないという期待を孕み。

 則継は思う。

 起きうることに、無駄なことは何もない。

 総てのことには、意味がある、と。


亜貴乃さん…いつまで食堂行ってんだよ…。

ちなみに、彼女がその場にいなかったことに他意はありません(笑)

書いてたら勝手に食堂に行ってしまって、途中戻ってこさせようかなとも思ったんですが、シリアスな空気がぶち壊れるなと(笑)

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