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第一話 閑話休題

 急遽陽翔が合流し、前代未聞の序列の向上をせしめたことと、維沙弥が完全復活したこと。そして『リアクト』の実力も相まって、かつてないほどの大群で押し寄せてきた『烏合族』との攻防は上々の結果で幕を閉じた。確定戦果だけでも夥しい今回の『烏合族』の急襲は、それを七人だけで完遂したということもあり、極東のネームバリューに箔をつけた。

 事後処理も粗方片づいたのは、それから三日後のことだった。と言っても、これは維沙弥と陽翔のことであり、軍に所属する『リアクト』の面々は未だに細々とした事務作業をこなしている。ちなみに、維沙弥は公に公表されこそしていないが、もう正式に軍に所属している。『特務』を発注するために、特例として採用されているのだ。しかし、先ほども述べた通り、彼は公に出来る身分ではない上、一虎に『しっかり療養するように』と釘を刺されているため、既に日常生活に戻っている。戦闘中に怪我は完治していたのだが、そう言ったら彼に睨まれてしまった。どうやら命令を無視してまた庇ったことがお気に召さなかったらしい。あれは無意識にやってしまうことであるし、なにより自分が庇った方が生存確率が上がるからやっていることなのだが、そう言っても納得しないどころか更に怒りを買いそうなため、そんな恐ろしいことはしないが。

 維沙弥は本日、日数的にはそれほどではないが、感覚的には久方振りである学校に登校した。陽翔に至っては二ヶ月振りである。クラスメートには当然のように質問責めにあった。守秘義務があるため、総てを明かすことはできないが、簡単な概要だけならリークしても問題はない。むしろ今回の出来事は世界中の『支部』に衝撃を与えたのだ。隠し通せないことは多い。しかし、このようなことは大抵尾ひれがつくものだ。伝言ゲームよろしく爆発的に拡散され、それがあまりに事実と異とならないように願うばかりである。そして…。

「?なんですか、澄丈」

 維沙弥にじっと見られていることに気づいた朔が、問う。

「欲しているものは、あげられない。ごめん」

「!」

 維沙弥の言葉の意味が分かったらしい朔の表情が大きく歪む。

「どうかなさったんですか?」

 それを目敏く見咎めたのは紗羅だった。

「なんでも、ありません」

「気にしなくて大丈夫だよ」

 朔と維沙弥に口々にそう言われてしまえば、紗羅はそれ以上言及することは出来なかった。正直に言うと、かなり気になるのだが。特に、維沙弥が絡んでいるのであらば。だが、これ以上訊いても何も答えてくれないだろうことは、彼らの雰囲気で容易に分かってしまい、紗羅は大人しく引き下がることにした。

 そんな水面下の探り合いがあったにはあったが、麗らかな午後の日差しが差し込む中、クラスメートとの談笑を楽しんでいる時だった。陽翔が「あ」と声を漏らしたのは。ちなみに、『第十三眷属』の専任教師である『リアクト』はこちらにあまり時間が割けず、今日は午前中で講義は終わっている。

「どうしたんですか、佐倉」

「お腹でも空いたの~?」

「いや、先ほど食べたばかりでしょう。亜貴乃さんじゃあないんですもの」

「言ってたらお腹空いてきた…」

「おい。…違ぇよ、もっと大事で大変なこと思い出したんだ」

「大事なこと、ですか」

「ああ。あ~……やっぱ行かなきゃまずいよなあ~…」

 がっくりと項垂れ、机に突っ伏す陽翔に全員がなんだろうと首を傾げる。しかし、維沙弥はピンときたようで、ふっと笑んだ。

「え」

 維沙弥の顔が緩んだのを見咎めて、その場の全員がポカンと口を開けた。

「?」

 全員からの熱い視線を受け、当の本人は首を傾げた。表情は無に戻ってしまっている。

「幻か?」

「全員同じ幻を視るとは、実に興味深いですね」

「おお~」

「あわわわわ…」

 それぞれが思い思いの感想や反応を見せる中、珍しい笑顔を見せた本人は完全に無意識だったようで、もう一度首を傾げると、陽翔に向き合った。

「俺も行く」

「え?」

今度は陽翔が首を傾げる番だった。なんの脈絡もなくそう言われたのだ。首を傾げたくもなる。

「?リニアの所に行くんだろ?」

「あ、分かっちゃった?」

「勿論」

「何何?はるくんターミナルでなんかやらかしちゃったの?ポイ捨て?」

「なんでもかんでも食い物と結びつけるなよ」

 二人の会話に食いついた亜貴乃だったが、常の通り、食べ物にしか興味がないらしい。

「違いますよ。恐らく、あの急襲があった日に佐倉が現場に急行するため、駅員を全員昏倒させた時のことを言っているんですよ」

「え、あの怪奇現象って陽翔さんがやったんですの?」

「確かに駅員を気絶させたのは俺だけど。え、何?怪奇現象って」

 紗羅の言葉に目を丸くした陽翔に、朔がやれやれといった面持ちで詳細を教えた。

「あの日貴方が現場に行ったことは極秘なんですよ?ついでに澄丈の名前も伏せられています。まあ、秘匿にしたが故に、残りの二人は誰だと必要以上に騒がれることになっているのですけど」

「あ~、そういやあの日の作戦に参加した人数は公表されたんだっけ。え?でも名前は誰も公表されてないよな。なんで残り二人?」

「馬鹿ですか、貴方は。あんな大立ち回りをやってのける『砦』の人間なんて、『リアクト』しか考えられないでしょう」

「あ、そか」

「『リアクト』は…いえ、『リアクト』に限った話ではありませんが、『砦』のチーム編成は五人一組と決まっています。それならば、今回作戦に参加したのが『リアクト』の五名と残り二人になるでしょう」

「なるほどなあ~。でもさ、それなら変に騒がれないように最初っから参加人数は五人でしたって言やいいのに」

「それは…」

 思わず朔が言葉に詰まった時、助け船を出したのは維沙弥だった。

「今のご時世、どこに監視の目があるか分からないからな。監視カメラを戦闘中にハックされて、痕跡を残さずに逃げられたりでもしたら、人数を詐称したら直ぐに叩かれるし」

 なるほどなあ。陽翔は感心したような声を上げた。一方、思わず口籠った朔はまじまじと維沙弥を見つめた。

「どうかした?」

 維沙弥に問われ、朔は彼に訝しげな視線を向けたまま問うた。

「やけに詳しいですね」

「そうかな?ちょっと考えれば分かることだと思うけど?」

 朔としてはそれなりの度胸をもって訊いたことだったのだが、さらりと躱されてしまった。食えない男である。

「もっと直球できてくれないと」

 思っていることが顔に出てしまったのだろうか。柔らかな微笑を浮かべながらそう言われた。

「……。……?結城、どうかしましたか?」

 不満気に維沙弥を見ていると、ふと視線を感じ、振り向いてみれば紗羅がこちらを見ていた。

「い、いえ。なんでもありませんわ」

 どこからどう見てもなんでもないという顔ではなかったが、見られていた理由が分からなかったため、放っておくことにした。

「……」

「で、リニアの話はどーなったの?」

 亜貴乃の言葉で全員が話が脱線していたことを思い出し、話は元に戻っていった。

「ああ、そうでしたね。まあ、とにかく前述の理由で参加者が二人だけ絞り込めなかったわけですが、それとリニアを結びつける人はいなかった、ということですよ」

「?意味分からん」

 朔の言葉に首を傾げた陽翔に、彼女はもっと噛み砕いて説明せねばならないなと思うと、彼に身体を向けた。

「ですから、貴方が参加したことは公表されていないと、先ほど言いましたよね?」

「ああ」

「と、言うことは、貴方が動いたという事実を隠蔽しなければなりません」

「そだな」

「…ですから、貴方が実害を出したリニアについては、犯人を公表することは出来ないんですよ。幾ら作戦遂行中に飛び入り参加するという服務規定違反を犯すような人間がいると想像出来なくとも」

「う…」

「先ほど維紗弥が言ったように、どこで何が漏れるか分かりません。隠蔽しておいて損はないんです」

 そう言って維沙弥を振り向いたが、やはり彼に動揺は見られなかった。

「うう…。つまり、リニアをジャックしたことと、作戦に参加した特定出来ない二人を結びつけられちゃあヤバいってことか」

「そういうことです」

 やっと分かりましたか、とでも言いたげに呆れた顔うぃして見せた朔を一瞥し、維沙弥はもう一度陽翔に向き直った。

「で、行くんだろ?」

「ああ…。あれ、でもなんで維沙弥ついてきてくれんの?有り難いけど」

 陽翔が何気なく問うと、維沙弥は見ているこちらが真っ赤になってしまうような、花も綻ぶ笑顔で優しく言葉を紡いだ。

「だって」

 『友達』だろ?

 その言葉と表情に、教室の時間が結構長いこと止まったのは、言うまでもない。



>>>



 維沙弥とどこまでも上機嫌な陽翔が教室を去ったあと、残されたメンバーは暫くぼうっとしたあと、呪縛が解けたようにはっとした。

「なんだか、維沙弥さん…」

 口火を切ったのは、紗羅だった。ぽうっとした様子で維沙弥が出て行った教室の扉を眺めている。

「随分と雰囲気が柔らかくなりましたわねえ」

 いっそ感慨深げにそう呟いた。

「ええ、そうですね…」

「……」

 紗羅の言葉への返答はどこか心ここに在らずなぼんやりしたものだったため、紗羅は思わず二人を振り返った。

「どうしたんですの?お二人共ぼうっとなさって」

「いえ…」

 朔が自分の今の感情をどう表現したものかと悩んでいると、隣でずっと押し黙ったままだった亜貴乃がぽつりと独りごちた。

「どこかで逢ったことある…?」

 それは、朔が言いたかったことと、全く同じだった。



>>>



 維沙弥は、先ほどの教室での朔と亜貴乃の反応を思い出していた。

 どこか呆然としていて、何かを思い出そうとしている、あの表情を。

「思い出さなくていいよ」

 思わず、そう呟いていた。

「ん?なんか言ったか?」

「いや、なんでもない」

「そっか?」

「ちょっと電話してきていいか?直ぐに戻るからさ」

「おー。別にいいぜ?付き合って貰ってんのはこっちなんだし」

「いや、これは俺がしたくてしてることだから」

 じゃ、直ぐ戻るな。そう言うと、維沙弥は陽翔に声が聞こえない場所に移動した。

 久し振りにこの番号に電話するなと思いながら電話をかける。電話の相手はワンコールも待たずに応答してきた。相変わらず早いなと苦笑を零しながら、相手に要件を伝えた。

「今度、確認したいことがある。総て、聞かせて欲しい」

 それだけ言うと、相手は何についてか直ぐに察したようで、『貴方には敵いませんね。分かりました、総てお話しします』と言ってきた。

 辿り着いてしまった真実を、確かめる(とき)が来た。



>>>



 維沙弥と陽翔は叱られる気満々(というのもなんだか変な話だが)でターミナル駅に行ったのだが、そこでの反応は予想していたものと百八十度真逆のものだった。そう、叱られるどころか大歓迎されたのだ。

「へ」

 陽翔が思わず素っ頓狂な声を上げてしまってもしかたないだろう。警備員たちの二人への応対は、最早崇め奉るレベルだったのだから。

「お、おっちゃんたち、なんでそんなに俺たちのこと歓迎してくれるわけ?」

 堪らずそう問うた陽翔に返って来た返事は果たしてこういうものだった。

 曰く、自分たちに詳細が知らされたのは、全てが片づいてからだった。そして、それが都庁周辺の『烏合族』掃討作戦への乱入だったこと。その乱入によって、形勢逆転を果たしたこと。

 まあ、あながち間違ってはいないが、所々脚色されてしまっている。第一、陽翔があの場に乱入したのは『烏合族』どうこうではなく、ただ単に維沙弥が心配だったからだし、あのあと形勢逆転したのは事実だが、それは調子を取り戻した維沙弥と一虎の二人の戦果と指示の賜物である。陽翔は『焔』を操り、まだ慣れない新たな武器で四苦八苦しながら掃討していただけだ。その間どれだけ維沙弥に助けられたか知れない。

 だが、警備員は先述のようなことを報告され、それで名前が分からなかった二人の功労者を特定したらしい。流石に実害が出た被害者にはより真実に近いことを教えたようだ。しっかりと口止めを施している辺り、信憑性は増すだろう。当人からしてみれば、かなり脚色されていると思わざるを得ないが。

 とにもかくにも、その報告により、警備員たちは、今まで『第十三眷属』に抱いていた懸念を全て払拭したらしい。



***



 『第十三眷属』への懸念というのは、血統を重んじる『血統族』が築き上げてきたテリトリー外、すなわち両親共々一般市民から産まれ落ちた者がやって来て、しかも能力が未知数ということもあり、本当に『血統族』なのか疑念を持たれていたということだ。教育が『第十三眷属』だけ隔離されていることもあり、彼らの存在を実際に見たことのある者は少なく、それが更に懸念に拍車をかけている。中には、『第十三眷属』を毛嫌いしている者も少なくない。むしろ理解を示している者などほぼ皆無と言っても過言ではないだろう。



***



 警備員とて『血統族』だ。しかも『砦』の玄関口とも言えるこの場所の警備を担当しているだけあって、それなりに腕の立つ者ばかりが集められていると言う。その包囲網をあっという間に突破せしめた陽翔に、『第十三眷属』へ持っていた本当にここにいる価値があるのかと思う気持ちを霧散させられたらしい。

「いやあ~それほどでも?」

 そう言う陽翔は満更でもなさそうに笑っていた。

 そんなことがあり、ターミナル駅での意外な大歓迎を受けた帰り道、維沙弥が思い出したように言葉を紡いだ。

「そう言えば、もうそろそろだな」

「ん?もうそろそろって、何が」

「何がって、夏季休暇だよ」

「あ」

 お前はこういうイベントごとに敏感だと思ったんだけど?と言う維沙弥の言葉をどこか遠くに聞きながら、陽翔は非常に焦っていた。

「どうした?」

 その焦燥が伝わったのだろう。維沙弥が陽翔の顔を覗き込んできた。

「いや、夏休みは一大イベントなんだけどさ…」

「うん」

「その前にあるテストッ!赤点取ったら折角の夏休みが消える~!!」

 陽翔が盛大に頭を抱えながら絶叫するのを見て、どこか既視感を感じさせるこのシチュエーションに、友人と親友が重なり、維沙弥は緩く(かぶり)を振った。

「じゃ、俺が勉強教えてあげるよ」

 ほんとかッ!?なんて顔を輝かせる友人に、維沙弥は勿論、と返すと柔らかく微笑んだ。


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