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第九話 ―BLAZE―Ⅷ

遅くなりました!遅くなった理由は活動報告に書きましたので…。

ちなみに、これで陽翔編は終わりになります。中途半端?はは、なんのことでしょう(汗)

「っ」

 腹部に重く鈍い痛みが奔り、維沙弥は思わず顔を顰めた。先日一虎を庇った際に負った傷口が痛んだのだと、一瞬遅れて気がつく。傷口が開くような感覚が襲ってくるが、目の前に『烏合族』がいるため動きを鈍らせることも出来ない。

(傷口が痛むと言うことは…)

 維沙弥はさっと周囲に視線を配り、次いで意識を集中させて気配を探る。ややもせず、今維沙弥がいる地点の後方の建物の屋上に、その気配を察知した。

(ここに来ているのか…)

 これは、少しまずいかも知れない。別に『彼女』がここにいること自体は構わないのだが、今の負傷した状態で『彼女』に『呼ばれ』たら、恐らく自分は抗えない。今『呼ばれ』るのは困る。

 自分には、『砦』でやらなければならないことがあるのだ。『彼』もそれは承知してくれているが、あの本能を呼び醒ます『声』に『呼ばれ』たら、きっとそんなこと忘れてしまうだろう。それが自然なのだから、それで『彼』が行動を起こしても自分はそれを責められないのだが。

(とにかく、『彼女』にバレないようにしないと…)

 でも、そんなことが可能なのだろうか。『彼女』に存在を気づかれないようにすると言うことは、すなわち能力を使用しないということを意味する。この程度の『烏合族』ならば、己の刀だけで事足りるが、自身の能力の出力をまだ完全にはものにしていないため、咄嗟の防衛本能で発動してしまうかも知れない。そんなことを考えていたら、腹部の痛みが更に増した。

「くっ…」

 思わず声が漏れると、それを耳聡く聞き咎めた人物がいた。一虎だ。

「維沙弥!?」

 血相を変えてこちらに駆けてきた。一虎はどうやら維沙弥の負傷にかなり自責の念があるらしく、出撃前からかなり気にかけてくれていた。それこそ、誰かが傷つくのを病的なまでに恐れているようだ。

「維沙弥、大丈夫か!?」

 『烏合族』が大量発生しているこの東京都庁周辺でこのような隙を見せる行為は命取りになる。普段なら後れを取ることなどない雑魚だが、不意打ちには誰だって弱い。もちろん、精鋭の一虎だって例外ではない。つまり何が言いたいのかというと、一虎の背後から『烏合族』が数体襲いかかってきたのだ。

「!」

 流石精鋭と言うべきか。一虎は敵の接近にかなりの速さで気がついた。しかし、防御が間に合うか間に合わないかの瀬戸際のタイミングだった。何故なら、普段ならもう少し緩慢な動きをするはずの『烏合族』が、突如そのスピードを上げたからだ。

(間に合わない…!)

 一虎は瞬時にそう判断した。そして、維沙弥に目配せをした。

 これから『能力』を発動させるから、留めを刺して欲しい、と。

 傷が痛んでいる様子の維沙弥だったが、攻撃の手が緩む素振りは見せていない。ならば、留めを刺すことなら可能だと。そもそも己が我を失って維沙弥の元に駆け寄ったことで招いた事態だ。『能力』を使うことに躊躇いはなかった。しかし、維沙弥は軽く首を横に振ると、一虎の腕を思いっきり引っ張り、自分の背に庇うように前に出た。

「維沙弥――!?」

 そのまま維沙弥は自身の武器である日本刀で軽やかに舞い、一振りで『烏合族』を殲滅した。『烏合族』は上半身と下半身とを真っ二つに切断されたにも拘らず、相も変わらず血飛沫は上がらなかった。

(どんな『能力』なのかは知らないけど…)

 きっと、これが維沙弥の『能力』の一部なのだろう。能力テストでも垣間見たが、一体どんな『能力』なのか皆目見当もつかない。

(でも、今はそんなことより…)

「維沙弥、なんで庇ったりし…」

 また自分の身を挺して一虎を庇ってきた。そのことに関して文句の一つでも言ってやろうかと思って、しかし一虎の言葉は途中で消えた。背筋に、今まで感じたことのない悪寒が奔った。氷塊を背筋に捻じ込まれたかのように、びくりと肩が震える。

(なんだ…?この、感じ…)

 一虎が、突如として襲ってきた感覚に戦慄したのも束の間。次いでこの前感じた感覚が押し寄せる。

「ッ」

 蛇に見込まれた蛙のように、息も出来ずにその場に足が固定されて動かない。なんとか首だけ巡らすと、『リアクト』の面々にも同じ現象が起き、『烏合族』の前で完全に動きを停止していた。彩姫と怜央の表情が一層強張る。

(なんとかしないと…!)

 このままでは全滅する。一虎はその意味でも肝を冷やしたが、その時ふと違和感を感じた。それは先ほどのように維沙弥がこの現象に見舞われていないことに対してではない。相変わらず維沙弥には起きていないようだが、そうではない。ならば何に対して…。

「…?」

 そこで、一虎は気がついた。『烏合族』も動きを止めているということに。今までこの現象が起きても、『烏合族』は変わらず活動していたというのに。一体何が起きている。『烏合族』が動きを停止させられていると言うことは、この場で動けるのは維沙弥だけということになる。

 腹部を押さえていた維沙弥に視線を向けてみる。維沙弥は、ぼうっと虚空を見つめていた。何かに、耳をすませているようにも見える。

「……?」

 『服従』とでも呼ぶべき圧倒的な力を前に、一虎は声を発することが出来ないでいた。

 維沙弥が、やや上向けた顔を掌で覆った。口元には、普段見せない笑みが浮かんでいる。

「維沙弥……?」

 一虎は、言いようのない違和感を覚えた。目の前の維沙弥が、維沙弥でいて、維沙弥でないような。そんな感覚。

「あはは…」

「……!」

 維沙弥が、覆っていた掌をどかし、空中に掲げた。その時、見えてしまった。否、見えた。維沙弥の瞳が、『緋』くなっている。

(これは…維沙弥が初めて『砦』に観測された時と同じ……?)

 人格が変わっているようにも見えた、あの時と同じなのだろうか。

「……」

 維沙弥が、緩慢な動きでこちらを振り返った。一虎や『リアクト』の面々の付近にいる『烏合族』を見遣ると、元々浮かべていた微笑を更に深める。『烏合族』に向かって、手を差し出す。

「――……維沙弥、やめろッ」

 一虎は、思わず叫んでいた。維沙弥に、今彼がやろうとしていることを、やらせてはいけない。本能がそう警鐘を鳴らしていた。それをやってしまったら、きっと彼は『還』って来られなくなる。

「……」

 一虎の声を聞いて、維沙弥が動きを止めた。動きを止めた本人は、心底不思議そうな顔をしている。

「……嗚呼、そっか」

 維沙弥が、ぴたりと止まった腕を眺めながら口を開いた。いつもの彼の感情の籠らない声音ではなく、優しく甘い響き持った声色だった。聞くだけで、ぞっとするような、抗えない、そんな声。

「お前は、まだやりたいことがあったんだったね……?ねえ、維沙弥」

(やはり今の維沙弥は、いつもと人格が違う……?)

 維沙弥が本人に言い聞かせるように言う言葉を聞き咎めて、一虎は動けない身体のまま思考する。すると、心を見透かされたかのようなタイミングで維沙弥がこちらを振り向いた。『緋』い瞳をした維沙弥が。

「嗚呼、きみが維沙弥を呼び止めた子かな…?」

 維沙弥の泰然とした態度に一瞬たじろいだが、なんとか平静を保って応じる。

「お前は誰だ」

「維沙弥だよ。きみは信じないんだろうけど」

「当たり前だ…。維沙弥はそんな喋り方はしない」

 目の前の維沙弥の姿をした何者かを強く睨めつけて硬い声で言葉を吐く。自分の声を聞いて、一虎は自分が緊張していることに気づいた。目の前の人物は危険人物だと、本能が告げている。そんな一虎の様子を見て、維沙弥は更に笑みを深めた。ぞっとする程の妖艶な笑みだ。

「きみは…いや、きみたちはこの子のことを『烏合族』と『結界』と同じ勘違いをしているんだね」

「え…?」

(『結界』っていうのは『十二使徒』が人柱になって建てたやつのことだよな…?)



***



 神話の時代、世に蔓延り人々を恐怖に陥れていた『烏合族』を討伐した『十二使徒』は自らを人柱として五芒星の『結界』を張った。それにより『結界』内部で『烏合族』の発生事例はなくなり、徐々に『結界』外部でも目撃されなくなったことから、世界には平和が訪れたとされている。また、その人柱は現在『血統族』の本部や支部の施設のどこかに眠っていると言われている。



***



「『結界』がどうしてここで出てくるんだ」

一虎がそう問うと、維沙弥は歌うように言葉を口にした。

「『鶏が先か、卵が先か』」

「え……?」

 維沙弥がそう言うと、急に彼の身体が傾いだ。それと同時に今まで場を支配していた重苦しい緊張感が一気に弛緩する。

「維沙弥…!」

 急に自由を取り戻した身体にバランスを崩しかけたが、維沙弥に向かって突如大量の『烏合族』が襲いかかってくるのが目に入り、慌てて体勢を整える。しかし、間に合うかどうか微妙な位置である。維沙弥が迎撃できる状態である可能性は低いように思われる。先ほどまでのことが彼の身体に負担をかけていないはずがないのだ。

「う…」

 その時、維沙弥が小さく呻いた。傾いだ身体はなんとか踏み止まったようだが、身体を丸めて喉を押さえている。

「維沙弥っ!」

 そして、苦悶の表情を浮かべると、口から大量に吐血し、治ったはずの昨日の傷からも流血していた。堪らず頽れる。

「くっ…間に合わない……!」

 動けない維沙弥へ『烏合族』が押し寄せる。それはまるで待ち焦がれた人物に巡り合えた時のようで、見ていて異常な光景であった。

 『烏合族』の無数の手が維沙弥に触れようとして、しかしそれは叶わなかった。

 深紅の『焔』に阻まれたからである。

「『焔』……?」

 突然旋風の如く周囲を焼き尽くした『熱くない焔』に、『リアクト』の面々はただ驚くことしか出来ない。ただ一人、涼を除いて。

(そう…。覚悟を決めたのね)

「維沙弥!大丈夫かっ!?」

「……っどうして、ここに?」

「どうしてって…」

 維沙弥の途切れ途切れの言葉に、『熱くない焔』を顕現せしめた人物、陽翔は、晴れやかな迷いのない笑顔でこう言った。

「決まってんだろ。『友達』を助けるためだよ」

 まだ、『親友』とは言えないけれど。いつか絶対言えるようになる。そんな確信めいたものを感じながら、陽翔は己の手首を嚙み、その血を嚥下した。すると。

「『黒』の光…?」

 誰かがそう呟いた。確か、陽翔の武器序列は『蒼』だったはずだ。

 光が消えたあと、陽翔の手には『黒』い、ブレードの広い大剣が握られていた。勿論、以前の武器であるグローブも装着しているが、どうやらこのグローブも『黒』くなっているようだ。

「武器の序列が上がるなんて…」

 こんなこと、前例がない。『洗礼』が終わり、自身の武器が具現化した時の序列は一生ものだ。翔がそう呟いたが、一虎は真剣な表情をしていた。

「これは…」

『逆』もあるのか…。

「逆?」

 一虎の言葉を不審に思った涼が声をかけるが、思考の海に沈んだ一虎からの返答はなかった。しかし、そんな一虎がつと顔を上げた。

「総員戦闘態勢に入れ!敵が来るぞ!」

 一虎のその言葉に全員が一気に気を引き締める。それとほぼ同時に『烏合族』の大群が襲ってきた。

「一虎大佐!俺も加わっていいっすよね?」

 一虎の前に立ち、真正面ら瞳を覗き込んでくる彼の瞳には、以前のような怯えや罪悪感はなく、見ているこちらが痛くなるほどの強い『覚悟』が見て取れた。

「いいよ。許可しよう。重傷の維沙弥を守ってやれ」

「了解!」

 あれならもう、大丈夫だろう。悪夢に苛まれることはなくなるはずだ。『黒』の序列の武器の所持者だと判明した今では、彼は有力な手札となる。彼の能力と思われる『焔』はどうやら敵と味方を識別出来るようだし。もしかしたら、あの識別能力は壁を乗り越えた先、つまりは今回初めて顕現した能力なのかもしれない。思い返せば、能力テストの時に涼が驚いた顔をしていたのも、維沙弥と則継がウィジェットを確認していたのも、彼の能力が発動しかけていたからではないだろうか。あの時は恐らく識別能力はなく、何もかもを焼き尽くす能力だったのかも知れない。そう考えれば総ての辻褄が合うし、何より陽翔が保護された時の、彼の住んでいたアパートを全焼させた消えない炎の説明もつく。一虎が一連の流れに一人納得していると、陽翔が維沙弥に駆け寄るのが見えた。

「維沙弥っ!大丈夫か!」

「……」

「維沙弥……?」

すると、陽翔の戸惑いを滲ませた声が耳朶を打ち、一気に思考が現実へと引き戻された。

(何かあったのか…?)

 いや、動けなくなる程の怪我を負っている時点で何もなくはないのだが、それにしたって陽翔の反応がおかしい。維沙弥が喋れない可能性だって、彼には分っていたはずだ。ならば、彼は何をそんなに困惑しているのか。

 ゆらり、と。

 維沙弥が立ち上がった。陽翔が呼びかけているのも届いていないようで、彼は半分ぼんやりしているようで、もう半分は異様に覚醒しているような表情でこちらに視線を投げた。その表情に一瞬畏怖にも似たものを感じ、思わず身構えるが、どうやら視線は自分を飛び越えた先にあるのだと理解し、後ろに何があるのか振り返る。


「……?」


 すると。そこには維沙弥が立っていた。どうやら後ろにいたのは『烏合族』の群衆だったようで、しかしそれらは既にただの肉塊と化していた。維沙弥は口元を拭い、手には武器である美しい日本刀を握っている。どうやら彼が、あの首を巡らせる一瞬で始末したようだ。あまりの早業に最早舌を巻くしかない。陽翔に至っては口をあんぐり開けて呆然としているし。だが、一虎が疑問を、否、違和感を感じたのはその速さではない。彼の俊敏性は言わずもがなであるし、彼がそれでもまだ本気を出していないことは動きや表情から読み取れる。一虎が違和感を感じたのは、二点ある。

まずは、維沙弥の先程の口元を拭う動作。これがどうおかしいのかと訊かれれば答えに窮してしまうが、武器を生成した後の動作とは少し違う気がしたのだ。

そして、二点目は、己の目。厳密に言えば視界だ。己の視界を疑うのなら一点目の信憑性が怪しくなってくるが、ほんの一瞬。視界が模造品のように感じられたのだ。

「あれ…維沙弥、お前」

 そんな陽翔の声にまた現実に引き戻されると、彼の視線を追って維沙弥にもう一度視線を戻す。

 そして。愕然とする。

 何故なら、蹲り、声も発せないほど重傷であったはずの維沙弥が、無傷で泰然とそこに佇んでいたからだ。


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