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第七話 ―BLAZE―Ⅵ

「今日のターゲットはこの二人だね」


一虎からAR網膜に情報が送られてくる。写真と、その人物の経歴等々。

この『特務』をこなすようになって一ヶ月が経った。『特務』は不定期に発行されるが、頻度は高いように思われる。一虎曰く、最近は頻度が増しているそうだ。以前は一人でも回していけたが、今では難しいらしい。


「どう?この人たちは」


そう言われ、維沙弥は見たままを伝える。


「どちらも『烏合族(Dusk)』です」


「そっか。…………」


「どうかしたのですか?」


一虎の不自然な間と、じっとこちらを見ていることに気づき、維沙弥は素直に問う。


「いや……写真でも、維沙弥の目には異形に見えるんだなぁと思って」


「ああ……そうですね」


(維沙弥が言う、人間に見える方法ってのは……なんなんだろうなぁ)


「…………」


またじっと維沙弥を見てみる。今度は視線の意味に気づいたようではあるが、やはり彼は口を開こうとはしなかった。


「……じゃ、さっさと終わらせちゃおうか」


このまま漫然としているわけにもいかない。維沙弥がこの前言ったように、『今はまだ』言うべき時ではないと言うのなら、その時が来るまで待つべきなのだろう。

そう思い、一虎は気持ちを切り替え、任務対象が現れる場所に向かう意思表示をする。


「はい。…………」


今度は維沙弥が不自然な間を作る。彼が間を作るのは珍しい。


「どうした?維沙――!?」


その時だった。

一虎の身体が硬直したのは。


「――……ッ」


(なんだ……この、感じ……?)


まるで、蛇に見込まれた蛙のような。


身体を少しも動かすことが出来ない。嫌な汗が額から頬に流れる。息が出来ず、苦しい。


「ッは……」


この感覚は、もしかして。


(なんで、今なんだ――!?)


一虎はなんとか現象に抗い維沙弥に顔を向けてみる。

維沙弥は、とても平然として見える。


(感じていないのか……?)


この現象は、『血統族(Dawn)』に等しく現れたと『記録』にあったのに。


その時、ふと維沙弥が顔をこちらに向けた。否、一虎の後ろに、視線を向けた。


「…………?」


と、その刹那。目にも止まらぬ速さで維沙弥がこちらに接近し、一虎を突き飛ばした。


「ッ!?」


身体が動かせなかったため、ろくな受け身も取れずに強かに背中を打ちつけ、肺から息が絞り出る。


「痛……。……!」


強かに身体を打ちつけたからなのか、自由を取り戻した身体で、背中をさすろうとした時、顔に生温い何かが降ってきたのを感じた。不思議に思い頭上を見上げてみて、一虎は言葉を失った。


「維沙弥……!!!」


一虎の目に映ったのは、黒い木の根のようなものが腹部を貫通し、脇腹や首、頭から血を流す維沙弥の姿だった。


「ッ、維沙弥ッ!」


すぐさま起き上がり、維沙弥に駆け寄る。

維沙弥の身体に巻きつく黒い影にも見えるそれは、禍々しい気配を纏っていた。


「これはッ……!」


『記録』を思い出し、愕然とする一虎。


「…………」


少し渋い顔をした維沙弥が口から血を吐き出す。赤黒い唾液が糸を引いた。


「維沙弥、大丈夫か!?」


我に返った一虎が維沙弥の身体の黒い影のようなものに手を伸ばして、身体から引き抜こうと試みる。血が吹き出すだろうが、これが刺さっている方が、身体に悪影響を及ぼす。しかし、緩く腕を上げた維沙弥にそれを制止された。


「触らない方が……いいですよ……」


そう言うと、一際苦しそうな顔を浮かべながら、腹部に突き刺さるものに手を伸ばし、掴む。


――ジュッ


維沙弥がそれに触れると、肉が焼け焦げるような音がし、呪いのように黒い煙が上がった。


「――っ、くッ……」


額に脂汗を滲ませながら、一息にそれを引き抜くと、引き抜いた部分から盛大に鮮血が吹き出た。同時に口からも血を吐き出す。


「維沙弥!」


一虎は倒れそうになる維沙弥を支えようとするが、維沙弥はなんとか踏み止まり、口から流れる血を舐めると、そのまま嚥下した。維沙弥の身体を『緋』い光が覆い、武器である日本刀が現れる。その日本刀を、倒れ込みながら虚空に投擲した。それは真っ直ぐに飛んでいき、何かの肉を裂く音が、宵闇を切り裂く。


「……え」


一虎が視線を向けると、何もなかった暗闇から今回のターゲットの一人が、維沙弥が投擲した日本刀で脳天を貫かれた状態で倒れ込んできた。

そのまま維沙弥も前のめりに倒れ込み、一虎がそれを受け止める。朦朧とした意識で、維沙弥は違う方向の虚空を指さすと、闇に引き摺られるように昏倒した。


「おい、維沙弥!?」


強く揺さぶるが、維沙弥が目を覚ます気配はない。反射的に、維沙弥が指さした方向を振り向く。やはりそこには闇しか存在しない。彼の目には、何が見えていたのか。


「…………」


一虎は維沙弥を横たえると、手首を噛み、血を呑み込んで、自身の武器を召喚した。そして、維沙弥が指さした方向に向かって武器を投擲してみる。すると、何もなかった暗闇から、もう一人の今回のターゲットが姿を現した。肩に一虎が投げた武器が刺さっている。


「!」


一虎はそれを視認すると、目の前の『烏合族(Dusk)』に向かって駆け、柄を掴むと、袈裟斬りよろしくそのまま斜めに胴体を切断した。

その『烏合族(Dusk)』が活動を停止したのを認めると、維沙弥の元に駆け戻る。


「維沙弥、大丈夫か!」


「う……」


一虎の呼び声が届いていないのか、維沙弥は腹部を押さえたまま、荒い呼吸で喘いだ。


「――……っ」


一虎は維沙弥の戦闘服の上着を脱がし、患部の状態を確認する。


「血が……止まらない……!」


腹部には大きく穴が開き、内臓が見えている。そこから大量に出血し、維沙弥の周りには血の海が出来ていた。このままでは、ショック死しかねない。


「直ぐ、連れて帰るからな……!」


一虎は維沙弥を抱えてゲートに向かおうとする。自分の失態で部下に致命傷を負わせてしまった自責の念で、頭がいっぱいになる。


(冷静になれ!動揺するな……!)


自分を叱咤し、維沙弥を抱え上げようと腕を伸ばす。しかし、それはまた現れた黒いそれに阻まれた。


「!?」


咄嗟に、一虎は維沙弥を庇うように身構えた。そして、気づく。


(あれ、俺動けてる……)


先程のように身体が硬直する現象は起きていない。それを不思議に思っている一虎を他所に、黒いそれは維沙弥に再び巻きついた。


「!?」


そして、一虎は本日何度目になるか分からない衝撃を受けた。

それは、泣きたくなるほど優しい光を帯びて、維沙弥を包み込み、治癒していた。慈しむように。敬うように。


「なんでだ……?」


信じられない。これが、『血統族(Dawn)』を治癒するなんて。


「っ、く……?」


すると、維沙弥がゆっくりと覚醒した。まだ息は荒いが、傷口は塞がっている。


「維沙弥、大丈夫か!?」


眼前で起きた信じられない現象をとりあえず脇に置き、一虎は起き上がろうとする維沙弥を支える。


「…………」


周囲を確認した維沙弥が、青い顔で口を開く。


「討伐……完了、したようですね……」


「そんなことより、大丈夫か?維沙弥」


「はい。傷を……塞いでくれたみたいですから」


(塞いで『くれた』……?)


「まだ血は足りてないですが……問題ありません。大佐はお怪我はありませんか?」


「俺は大丈夫だよ。維沙弥のお陰でね」


「そうですか。良かったです」


そう言うと、維沙弥は立ち上がろうとする。しかし、先程の出血の所為で身体がふらついた。一虎はそれを支えながら、言葉を紡ぐ。


「なあ、維沙弥」


「はい。なんですか?」


一虎は真剣な眼差しを維沙弥へ向けると、一つ息を吸って、言葉を吐いた。


「なんでこんな無茶したんだ」


「と、言いますと」


「維沙弥なら……分かってたんじゃないのか。俺がさっきの現象を『回避』する術を持っていることを」


じっと、維沙弥を見つめる。何を思っているのか判然としない漆黒の瞳は、宵闇の中で美しく煌めいていた。


「そうですね。知っていましたし、分かっていました」


「じゃあなんで……!」


「それでは、根本的な解決にならないからですよ」


「ッ」


「それに、それは大佐の大切な方を傷つけるものですよね」


維沙弥に言われた言葉を、一虎は直ぐには呑み込めなかった。一虎にとってそれは、他人にほとんど知られていないことだったから。


「なんで……それを……」


驚きのあまり声が掠れる。微かな恐怖すら、憶えた。


「お二人の癖と、会話を聞いていれば分かりますよ」


「癖……」


「はい。『腕を掴む』癖です」


「!」


傍から見ればそれは、ただの動作にすぎないだろう。しかし、それを二人の癖だと、維沙弥は気づいた。


「掴むにしては、やや位置が高いと思いまして」


淡々と、述べていく。そこまで見られていたとは。


「ですので、自分は、可能な限り大佐にはその『回避』をして欲しくなかっただけです」


「……理由は、分かった。気遣ってくれてありがとうな。確かに、この『回避』はなるべく使いたくないものだったんだ。けど……それでも、自分から死にに行くような真似は、しないで欲しい」


これは、一虎が『十年前のあの日』強く思ったことだった。『あの人』は、そうして逝ってしまった。怜央と彩姫に、癒えない傷を遺したまま。


「大丈夫です」


しかし維沙弥は、一虎の言葉に対して妙にきっぱりと、言い放った。


「何が、大丈夫なんだ?生き物である限り、避けられない闘いを背負う限り、命を奪う限り……俺たちは、死と隣り合わせなんだよ?」


維沙弥の言葉に若干の苛立ちを憶えた。彼は、自分の命を軽ろんじているようにしか見えない。

しかし、一虎の怒りの籠った言葉に対する返答は、衝撃的なものだった。


「自分は」



――何があっても、『烏合族(Dusk)』に『だけ』は、殺されませんから。



「え……?」



>>>



「維沙弥が召集されたのは……前線だって……!?」


AR網膜に送られてきた公開情報を見て、陽翔は絶句した。

維沙弥が飛び出して行ったあと直ぐに、先程の警報の詳細が開示された。そこには、東京都庁が大量の『烏合族(Dusk)』に奇襲され感染爆発(パンデミック)の危険度が跳ね上がったことから、『砦』が緊急事態として、精鋭に緊急出動をかけたというものだった。


「それに、なんで維沙弥がいるんだよ……!」


陽翔が大声でそう言った時、外からも声が聞こえてきた。


「維沙弥さんが前線に召集されたって……本当なんですの!?」


紗羅だ。かなり気が動転している。


「ええ、先程の警報はレベルD。かなり深刻な事態に陥った戦場に、召集されたようですね」


「レベルD……?」



***



レベルA……『烏合族(Dusk)』の出現。人的被害は起きていない。

レベルB……『烏合族(Dusk)』による一般的な(家庭や個人が狙われることが多い)捕食事件。一体であることが多い。『砦』本部にのみ警報が鳴る。

レベルC……公共施設に『烏合族(Dusk)』が現れ、捕食事件を起こした場合の警報。『砦』本部に警報が鳴り、精鋭に直接司令が下る。

レベルD……大都市の中枢機関、及び周辺に『烏合族(Dusk)』が出現した場合。総じて大量発生していることが多い。『砦』全体に警報が鳴り、その後総ての『血統族(Dawn)』に概要が伝えられる。

レベルE……『砦』に『烏合族(Dusk)』が侵入した緊急事態のこと。『血統族(Dawn)』総動員で討伐に当たる。



***



「そんな危険な場所に、どうして維沙弥さんが……!?あんな大怪我をした状態で……」


「結城、今なんて言いましたか?」


「え?」


紗羅は、いきなり朔が食いついてきたことにきょとんとする。自分は、今何かおかしなことを言ったのだろうか。


「『大怪我』をしていた……?」


「え、ええ……。身体中に包帯を巻いていて……こころなしか顔色が悪いようでしたわ……」


「『血統族(Dawn)』が普通に生活していて大怪我をするなんて有り得ません。澄丈は、普段から何かしらの任務を遂行していたのでは?」


「え……。で、ですが、私たちはまだ訓練兵で……戦闘に駆り出されるのは軍の方たちなのでは……?」


「『第十三眷属』に、ここでの常識を当て嵌めない方がいいですよ。私たちは、『イレギュラー』なんですから」


「『イレギュラー』……」


そう呟く紗羅の顔が、僅かに紅潮した。


「結城?どうかしましたか?」


「い、いえ。なんでもありませんわ」


朔に目敏く見咎められ、紗羅は慌てて首を横に振った。


(維沙弥は何かしらの任務を遂行していた……?)


いつ?そんな素振りは、一度も見せなかったのに。

前線では、生きて帰ってこられる保証はない。これまで、何度も戻って来なかった『血統族(Dawn)』を見てきた。それ程までに、『血統族(Dawn)』と『烏合族(Dusk)』の戦力は拮抗している。そんな場所に、ここに来てまだ二ヶ月しか経っていない人間が抜擢されるなんて。


(幾らなんでもイレギュラーすぎないか……?)


自分には、維沙弥が無事に還って来てくれることを、ここで安穏と待っていることしか出来ないのだろうか。


(待っているだけなんて、嫌だ……。また、大事な人を喪うかも知れない……)


でも、自分が動いたところで?


動かなかったから、『あの日』喪った。

けれど、自分が動いたからこそ、『あの日』喪った。


抱え切れなくなって……――。


「…………」


その時、陽翔は維沙弥に言われた言葉を思い出した。



<<<



維沙弥が自分の部屋に毎日食べ物を持って来てくれることを、陽翔は不思議に思っていた。確かに『第十三眷属』の中では同性は自分だけだし、仲が悪くない自信もある。けれど、まだ出会って一ヶ月程しか経過していないのも事実であり、自分が失望されるだけの状態である自信もある。

そんなことを思っていると、扉を一枚隔てたところまで来ていた維沙弥が、まるで心を読んだかのように口を開いた。


「あんたは……俺の『親友』に似てる」


(維沙弥の……親友?)


自分が元々住んでいた場所にいるのだろうか?その親友は。


「俺が、殺したけど」


「……!?」


「だから、これは……罪滅ぼしなのかも知れないな」


扉を隔てて聞こえてくる維沙弥の声は、少し自嘲気味だった。


「『生きていて欲しい』って……言ってやれなかったから」


「…………」


その後少し間が空いて、維沙弥が再び言葉を紡ぎ始めた。気配が動き、扉から微かに音が鳴る。扉に背を預けて座ったのだろうか。


「あんたは今……抱え切れない過去に苛まれてるのかも知れない……」


「!」


「でもそれは、『抱え切れている』部分があるからこそ、抱え切れない部分が出てくるんだ」


「…………!」


「それを俺は……凄いと思う。俺は、抱えることを、放棄()めたから。だからあんたは……抱え切れなくて死んだ『あいつ』に、余計似てる……」


「…………」


「俺は、あんたなら、誰かを守ることが出来ると思う。その『能力(ちから)』なら……『覚悟』次第で」


(俺の……この『能力(ちから)』が……誰かを守れる……?)




>>>



その時は、そんなこと出来るわけがないと思っていた。『覚悟』がなんなのかも、分からなかった。


陽翔の足は半ば勝手に動いていた。


でも、今なら分かる気がする。

大切なものを守るために、抱え切れないことがあることを認めて、それごと抱える『覚悟』。


「陽翔さん!?外に出られるようになったんですの!?」


守りたいものがあると認める『覚悟』。


「どこへ行くのですか?佐倉」


守るために、行動する『覚悟』。



「俺は今、維沙弥を守りたい――!!」



陽翔は、駆け出した。

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