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第六話 ―BLAZE―Ⅴ

維沙弥は心の中で過去の回想を終えると、一虎に向き直った。それを見て、一虎は維沙弥に質問をする。


「なあ、維沙弥」


「はい」


「じゃあ維沙弥は、藤野峻也の人間の顔は知らないの?異形に見えるんだろ?」


「いえ。識っていますよ」


「そうなのか?」


「ええ。あいつの顔は識っています。識る方法が、あるので」


「それは、訊いても……答えてくれなさそうだな」


維沙弥が答えるつもりがないのだと雰囲気で察すると、一虎は苦笑した。


「申し訳ございません。これは、まだ開示すべき情報ではないらしいので」


(……?『らしい』?妙な言い回しだな……)


「それを自分に訊いてきたのは、データを取るという理由だけですか?」


「え?」


「いえ、識別して暴走前の『烏合族(Dusk)』を処理しているのではないかと思っただけです」


「……はは、目敏いな」


そして、一虎は維沙弥に『特務』があることを説明したのだった。



>>>



「君には『烏合族(Dusk)』と人間の識別を行ってもらい、それらを暗殺してもらいます」


則継は簡潔に『特務』の内容を説明した。


「我々の方で当たりはつけておく。ゲートでそこに向かってもらい、『烏合族(Dusk)』であればそのまま始末してくれ」


「了解」


「では今から『特務』を発行します。遂行期間はありません。『烏合族(Dusk)』の疑いのある人物が発見され次第、随時更新されます」


「まあ早速で悪いが、今日は二名程めぼしい人物がいてな。準備が整い次第出撃してくれ」


「君には特別階級を設けます。任務の遂行率や戦果に応じて階級が上がります。階級は『砦』内でのアクセス権限と直結しています」



***



『砦』における階級の昇格条件。

それは、『儀式』――『血統族(Dawn)』としての能力に目覚めるための洗礼。中等部入学時に行われる――の際から擬似的に与えられ、軍に入隊した際に正式な階級として判定されるもの。中等部から高等部までは基本的に一年ごとに階級が自動的に昇格する。しかし、戦闘において多大なる成果を挙げた者、『砦』に大きく貢献した者は一年を待たずして昇格する場合があるが、これは極めて稀なケースである。また、軍に入隊してからの昇格基準は基本的に実力主義である。ただし、『第十三眷属』は発見、保護された後から階級が与えられるため、全員が異なる階級を持つ。現段階での『第十三眷属』の階級を示す。


澄丈維沙弥、二等兵

有賀亜貴乃、兵長

佐倉陽翔、伍長

二条朔、一等兵

結城紗羅、兵長


『砦』における階級

兵……二等兵→一等兵→上等兵→兵長

下士官……伍長→軍曹→曹長

准士官……准尉

将校……少尉→中尉→大尉→准佐→少佐→中佐→大佐→准将→少将→中将→大将

元帥


なお、澄丈維沙弥には多大なる成果が期待されるため、特別階級として、高等部の段階から軍と同様の昇格基準を設ける。



***



「分かりました」


「任務対象については一虎に情報を渡してある。階級が上がれば単独任務になることもある。そうした場合には澄丈にも情報を渡す」


「はい」


「君には正式な軍服が支給されます。それと、戦闘服も。扱いについては佐内大佐に訊いて下さい」


「はい」


「以上で説明については終了だ。一時間後に任務を発行する。それまでは各自自由にしていてくれ」


「了解」


一通りの特務についての説明が終わり、一虎は維沙弥に戦闘服の扱いについて説明しようとした。しかし、それより先に維沙弥に話しかける人物がいた。則継だ。


「悪いね、一虎。戦闘服の扱いについて説明しようとしてたんでしょ?その前にちょっと澄丈を貸してね」


「あ、はい」


「澄丈、ちょっとこっちに来てくれるかな」


則継はそう言うと、維沙弥を伴って別室へと移動して行った。


「何を話すんでしょうか」


「さあなあ?私も聞かされてはいないが」


則継は維沙弥を別室へと連れて行くと、部屋の鍵をロックした。


「澄丈。君に提案したいことがあるんだ」


「なんでしょうか」


則継は維沙弥の顔を真っ直ぐ見つめると、にやりと笑ってこう言い放った。


「――――――」


それを聞いた維沙弥は少し安堵の表情を浮かべる。


「ありがとうございます」



>>>



「則継」


「何?昌隆」


維沙弥が一虎に伴われて戦闘服の扱いについてのレクチャーを受けにこの場を立ち去ったのを見て、昌隆は則継に声をかけた。

もっとも、声をかけられた本人は昌隆が何を言おうとしているのか検討はついているようだが。


「さっき澄丈に何を言っていたんだ?わざわざ別室まで行って。しかもあの部屋は防音もされている」


「昌隆にはあとでちゃんとなんの話をしたのか言うつもりだったよ?」


「嘘臭いな」


「信用ないなぁ〜」


則継がカラカラと笑うのを昌隆はじとっと睨んだ。それを見た則継は更に笑みを深めると、本当だってばと言いながら、AR網膜を操作し、昌隆にとあるデータを送ってきた。


「ん?これは……」


「『藤野峻也』の司法解剖の結果だよ」


「別段おかしなところは見当たらないが?」


「一番下まで見てみて」


則継に言われ、昌隆は一読しながら画面をスクロールしていく。そして、一番最後に書かれた文章を読み、驚愕した。


「な……」


「凄いよね?これ。だって『心臓』がないんだもん」


「それもそうだがこれは――」


「うん。そうみたいだ。それとね、それも大きな発見なんだけど、それが起こる原因も分かったんだ」


「本当か!?」


「うん。これはあの『空白の三十秒間』と直結していたんだよ。だから、彼にこんな提案をしてみた」


「……それは?」


「それはね、――――」


「そうしたら……澄丈はなんと?」


則継の思考の連結のさせ方にも驚愕しつつ、昌隆は問うた。すると則継は自慢げににやりと笑った。


「『ありがとうございます』だって」


「!」


「ビンゴだったわけだ」


「かまをかけたのか?」


「いや、そういうわけじゃないよ。澄丈は最初からバラすこと前提で動いていた」


「なら、何故あの時監視カメラをハッキングしたんだ?」


「全員にはバレたくなかっただけだよ。上層部にだけ把握されればそれで良かったんだ。現に、『藤野峻也』に細工をしなかったわけだし」


「そうか……」


(あの一瞬でそこまで計算していたのか。空恐ろしい男だ)


則継の言葉を聞いて昌隆が感心していると、則継がふと真面目な顔をして口を開いた。


「ねぇ、昌隆」


「なんだ?」


則継の表情を見て、昌隆は即座に返答を返す。


「澄丈は恐らく『第十三眷属』の中でも特に特異だ。ひいては、『血統族(Dawn)』の中で一番特異だ。『あれ』が出来る『血統族(Dawn)』なんて聞いたことがないし」


「そうだな」


「俺、澄丈の階級はもう軍と同じにした方がいいって提案したよね」


「そうだな。真意は、今は教えてくれるのか?」


「うん。『念のため』だよ」


「『念のため』……か」


昌隆は則継の言葉を鸚鵡返しする。


「うん。いざという時に彼は役に立つ可能性がある。だけど階級が低ければそれに参加出来ないだろうからね」


「なるほどな」


昌隆は則継の意見に納得する。いくら特異な事例とはいえ(則継に階級の提案を受けたその時点で昌隆は維沙弥が『あれ』が出来るとは知らない)、『砦』に来たばかりの、しかも不確定要素の塊である『第十三眷属』の階級を戦果で決めるなどかなりのリスクを伴うからだ。


「でも、これは賭けでもあるんだ」


「賭け、か。それは『第十三眷属』は不確定要素が多いからか?」


「それもあるけど、彼は」



――何かの『特異点』である気がしてならないんだ。



>>>



維沙弥が陽翔の元へ食べ物を持って行ってから早くも一ヶ月が経とうとしていた。一応は勉学に勤しむ身である以上、時期的にはそろそろ夏休みが迫っているのだが、相も変わらず陽翔は外に出ることは出来ず、毎日食べ物を持って来てくれる維沙弥とも会話が出来ないでいた。

そんなある日の朝。維沙弥が持ってくる食べ物を食べられるくらいには回復していた陽翔は、いつものように維沙弥が来る少し前に起床していた。


(はあ……。維沙弥に毎日こうして食べ物持って来て貰って……。しかも来る前に起きられるようになるとか。これって完全に甘えだよな……)


未だに悪夢に魘される。けれど、このまま漫然と時を過ごしていては何も変えられない。動き出さなければならない。そう思えるようにはなっていた。これは、毎日維沙弥が報告のように、その日あった出来事を話していくようになったのが大きな要因と言えるだろう。淡々としてはいるが、クラスメートのことをきちんと理解しているのがよく窺える言葉だった。そして、実感した。『そこ』に自分がいないことに。当たり前ではあるが、その場に行かなければそれは体感出来ない。そんなのは、勿体ない。あとから絶対に後悔するに決まっている。

なによりも、自分だけが『血統族(Dawn)』としての覚悟が出来ていないと突きつけられているようで、酷く苦しい。自分も『第十三眷属』の皆と肩を並べて闘いたい。そう出来ると思いたい。けれど、やはり部屋から足を踏み出すことは出来なくて。


(『また』……あんなことになるんじゃないかって……)


実地試験の時、過去のトラウマがフラッシュバックして能力を暴走させかけたのを、ぼんやりと覚えている。あの時はどうやってそれを鎮められたのか分からないが、今度はそれが出来る保証はない。


(俺は……それが怖いんだ)


皆を傷つけてしまうかも知れないことが。それが恐ろしくて、外に出ることを本能が拒否する。


「…………」


カーテンを締め切った部屋で、陽翔は一人そんな思考の渦に呑まれていた。しかし、ふと気づいてウィジェットを確認してみる。


「……?変だな。いつもならもうとっくに来てる時間なのに――」


陽翔が維沙弥がいつもの時間に来ないことを不思議に思い、そう呟いた瞬間、外から紗羅の声が聞こえてきた。


「い、維沙弥さん……!?その怪我、どうしたんですの!?」


「……?」


(怪我……?)


ベッドからのろのろと降り、カーテンを薄く開けて外を見てみる。すると、そこには維沙弥と紗羅がいた。まだ朝早い時間ということもあって、その場には二人しかいない。


(でも紗羅がこんな早い時間に起きてるなんて珍しいな……)


そんなことを思いながら、維沙弥に視線を移す。


「な……」


そして維沙弥の姿を見て、陽翔は言葉を失った。

維沙弥は、頭から左目を覆うようにに包帯を巻いていた。首にも包帯を巻いているのが窺えるため、恐らく胴体にも巻かれているのだろう。


「どうしてこんなに大怪我をしているんですの!?」


紗羅が血相を変えて維沙弥に質問をしている。よく見ると目の下に隈があるのが見えた。


「最近、貴方が夜間に外出しているのをよく見かけます。それは個人の自由ですから、私がどうこう言えるものではありませんけれど、昨日貴方は帰ってこなくて……」


(あ、そういうことか。だから目の下に隈が……)


紗羅の必死の訴えを聞き、陽翔は一つ合点がいった。前々から薄々勘づいてはいたが……。

対して維沙弥の反応は淡白なものだった。


「うん。問題ない」


怪我の理由を話す気は毛頭ないようだ。


「寝ないで待っててくれたの?」


自分の大怪我をそれはそうと、とでも言いたげに話題を転換する維沙弥。他意はないようだがそれを聞いた紗羅は顔を真っ赤にする。


「へっ!?」


「目の下に隈が出来てる」


「あ、いえあのこれは……」


あたふたと顔を隠す紗羅を見て、維沙弥は緩く微笑んだ。


「ありがとう」


そう言って、紗羅の頭を優しく撫でた。


「〜〜〜〜ッ」


紗羅は湯気が出そうな程顔を赤くすると、ぱくぱくと口を開閉させた。


「?熱でもあるの?」


対する維沙弥は原因が自分だとは気づいていないようで、心底不思議そうな顔をしている。


「おいおい……」


そんな二人を見て、陽翔は苦笑を零す。


(あ……俺、笑えるようになってんじゃん)


こんな時にそんなことに気づかされる。そんな自分に嫌気がさしてくる。


(…………)


もう一度外を見てみると、二人の会話は終わったようで、維沙弥がこちらに向かって来るのが見えた。


「…………」


陽翔は意を決して部屋の外へ足を踏み出すことにした。

維沙弥に訊きたいことがある。直感的にそう思った。


「深く考えるよりもまずは動く!」


気合いを入れるように声を出してみると、一ヶ月前の震えた弱々しい声ではなくなっていた。



>>>



毎朝の日課になりつつある陽翔へ食べ物を運ぶという行為を、今日も維沙弥は遂行しようとしていた。左目が包帯で覆われているが、距離感覚が狂った様子は見受けられない。一応陽翔へ断りのメッセージを送り、慣れた手つきで陽翔の家のロックを開ける……はずだった。しかし、今日はロックが解除されていた。


(……そろそろ回復してきたのか)


その変化を受け、維沙弥はそう分析する。そして、いつものように扉を開けた。


「……よう」


すると、目の前には陽翔が立っていた。いつもは二階の部屋に閉じこもって出てこないのだが、これは本格的な回復の兆候だ。


「食べ物、持ってきた」


とりあえず、そう言ってみる。陽翔が何か言いたそうにしているのが分かったからだ。緊張しすぎないように、まずはいつものように。


「おう。……毎日サンキューな」


「うん」


(さっきの外での会話を聞いていたのかな)


維沙弥は陽翔が怪我について言及してこないのを見て、そう推測した。


「なあ、維沙弥」


「何?」


「ちょっと、訊きたいことが、あるんだけど」


「うん。何?」


「とりあえず、上がってくれ」


そう言って、陽翔は維沙弥をリビングに通した。


「…………」


なかなか切り出せないようで、陽翔は維沙弥の正面に座ったまま固まってしまった。


「…………」


維沙弥は陽翔が喋り出すのを静かに待つ。


「まず……」


ついに陽翔が口火を切った。俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに維沙弥を見つめている。その表情は真剣そのものだ。


「その怪我、どうしたんだ?」


(あ、結局訊くのか)


「ちょっとな」


『血統族(Dawn)』は人間が傷つくような刃物や物での怪我を負うことはない。正確には、負った怪我が一瞬にして回復するのだ。だから、今維沙弥が包帯を巻いているというのは、『烏合族(Dusk)』に怪我が負わされたか、『血統族(Dawn)』の能力で傷つけられたかのどちらかだ。しかし、『血統族(Dawn)』同士が闘い合うのは、能力を見せ合う催し物であったり、訓練の時だけである。更に、『血統族(Dawn)』の闘いであっても、戦闘不能になるまでの能力の解放しか認められていないし、ましてや重傷を負わせることなどご法度だ。その所為で『烏合族(Dusk)』との戦闘に差し支えては本末転倒もいいところである。

つまり、維沙弥の怪我は『烏合族(Dusk)』によるものと断定出来る。しかし、最近は『烏合族(Dusk)』との接触はなかったはずだが……。


「…………」


陽翔は維沙弥が口を開かないかと、じっと見つめる。しかし、維沙弥は真っ直ぐとこちらを見返すだけで、一向に口を開かない。どうやら、本当に話す気はないらしい。


「……じゃあこの件は一旦置いておくけど……。なあ、維沙弥」


「何?」


「お前は……どうやって『烏合族(Dusk)』を殺す覚悟を決めたんだ?」


「覚悟が欲しいのか?」


「え?」


そこを訊かれるとは思わず、陽翔は僅かに目を見開いた。


「殺す覚悟が、欲しいのか?」


「俺だって、お前らと肩を並べて闘いたいからな。ちゃんと『仲間』だと思える証が欲しい」


「そう」


「…………」


陽翔の言葉を聞いて、維沙弥は黙り込む。回答を考えているのかと思ったが、そうではなかった。


「あんたは、優しすぎるのかもな」


「……え?」


「『逃げる』選択肢を持っているあんたが、羨ましいよ」


「『逃げる』……選択肢……?」


予想だにしない言葉に、思わず言葉を鸚鵡返ししてしまう。


「俺には、なかったから」


「維沙弥?」


「『逃げる』ことが出来れば……『あいつ』『ら』を……」


「おい……?」


陽翔が維沙弥に手を伸ばそうとした時だった。


――ビーッ!ビーッ!


囂しい警告音が鳴り響いた。


「ッ、なんだ?」


辺りを見回してどうなるわけでもないが、条件反射で周囲に首を巡らす。


「…………」


一方維沙弥はいきなりの警告音に驚いた様子もなく、当然のことのように受け止めていた。そして、視線を一点に定める。見ている場所から鑑みるに、AR網膜で何かをしているのか。


「俺、行くよ」


そう言うと、維沙弥は立ち上がった。


「は?行くって……どこに?」


「召集がかかった」


「召集……?」


陽翔の問いともいえぬ問いに答えることなく、維沙弥はそのまま駆け出していってしまった。


「?なんだ……?」


それから二時間後、陽翔は維沙弥が何に召集されたのかを知ることとなる。

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