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異世界で拾われた社畜、貧乏領地を立て直したら大貴族に睨まれた  作者: 伊達ジン


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第3話 美貌の辺境伯は破産寸前だった

 街道の緩やかな坂を登りきると、視界の先に灰色の石壁が立ち現れた。


「わあ、ほんとに城壁だ。映画のセットみたい」


 隣を歩くすずが、ブレザーの袖で額の汗を拭いながら声を弾ませる。


 見渡す限り続いていた草原と土の道が終わり、かなり年季の入った石造りの門が街道を塞ぐように聳えていた。門の周囲には荷車や徒歩の旅人がまばらに並んでいるが、その列の動きはどこか重たい。


「ようやく着きましたね。すず君、靴擦れはしていませんか?」

「ぜんぜん平気! ローファーなのに、びっくりするくらい足が軽いんだよね。おじさんこそ、そんなピカピカの革靴で砂利道ばっかり歩いて大丈夫なの?」

「ええ。営業回りや年末の棚卸しで一日中歩き回るのには慣れていますから。ただ、靴底に小石が挟まるのだけは、どうにも閉口しますが」


 任三郎はスーツの裾の埃を軽く払い、目の前に聳える城壁を見上げた。


 門に近づくにつれ、石壁の表面に走る深いひび割れや、崩れたまま放置された見張り台の屋根が目に入ってきた。修繕用の足場だけは組まれているものの、そこに職人の姿はない。木材は雨風に晒されて黒ずみ、縄も緩みきっている。


 門の脇にある詰め所では、くたびれた革鎧を着た門番が二人、木机を挟んで所在なげに座っていた。任三郎は列の最後尾につき、順番が回ってくると一歩前に出て丁寧に頭を下げた。


「こんにちは。恐れ入りますが、街道警備隊のマルコ小隊長から伺って参りました。私は佐藤任三郎、こちらは同行者の鈴木すずと申します」


 年嵩の方の門番が、眠たげな目を上げてこちらを見た。


「マルコから?  ああ、さっき伝令のついでに言っていた、妙な服を着た二人組ってのはお前さんたちか。通行証を持っていないそうだな」

「はい。遠い土地から参りまして、この王国の通行証は持ち合わせておりません。ただ、マルコ隊長より、領主様の館で新しい事務方を探しておられるかもしれないと伺いまして。その募集についてお尋ねしたく、こちらへ参りました」


 門番二人は顔を見合わせ、揃って微妙な表情を浮かべた。


「事務方の募集ねえ。まあ、確かに館の会計係が音を上げているって話は聞くが、表向きに募集が出ているわけじゃねえぞ。だいたい、お前さん、読み書きと計算はできるのか?」

「ええ。以前の土地では、帳簿の作成と金銭管理を専門にしておりました。毎日、朝から晩まで数字と睨めっこする仕事です」


 任三郎は答えながら、詰め所の机の上に置かれていた入市税の記録板にちらりと視線を落とした。


 木板に留められた羊皮紙には、荷車一台につき小銅貨二枚、といった文字と数字が並んでいる。不思議なことに、耳で聞く言葉と同様、見慣れないはずのインクの文字列が、頭の中では自然な意味と数字としてすんなり読み取れた。


(文字も読める、か。これなら実務に支障はありませんね)


 内心で安堵しつつ門番を見返すと、男は顎を掻きながらため息をついた。


「マルコが名前を出せと言ったんなら、変な連中じゃないんだろうが。よし、一時通行の木札を出してやる。ただし、今日中に仕事か宿が決まらなければ、日暮れ前には門の外へ出てもらうぞ。最近、宿無しが街に居座って揉め事になるんでな」

「日暮れまでですね。ありがとうございます、それで十分です」

「ずいぶんあっさり言うな。館は、この大通りをまっすぐ突っ切った先の丘の上だ。門衛にその木札を見せて、マルコの紹介だと伝えな」


 焼印の押された小さな木札を受け取り、二人は門をくぐった。


 一歩、領都の中へ足を踏み入れた瞬間、すずが「あれ?」と首を傾げた。


「なんか……すごく静かじゃない? お昼時なのに、焼き鳥とかクレープの匂いも全然しないし」

「クレープ屋はないかもしれませんが、確かに活気はありませんね。人がいないわけではないのですが」


 石畳の大通りには、両脇に木造や石造りの商店が軒を連ねている。しかし、その半分近くは木の雨戸が閉ざされたままだった。開いている店も、軒先に並べられた野菜や雑貨の数は少なく、店主たちは店の奥で腕を組んでうつむいている。


 通りの先では、大工道具を持った屈強な男たちが数人、工事が中断された現場の前で役人らしき男を取り囲んでいた。


「おい、いったいどうなってるんだ! 先月分の手間賃だってまだ半分しか出てねえんだぞ!」

「だから、代官様の方で現在精査中だと何度も言っているだろう! 私に怒鳴られても困る!」

「精査だあ? こっちは材料屋のツケも払えなくて、明日から仕事道具を質に入れなきゃならねえんだ! リリアーナ様はいつになったら払ってくれるんだよ!」


 怒声が通りに響くが、道行く人々は慣れっこになっているのか、暗い顔で足早に通り過ぎていくだけだった。


 さらにその横では、水路の石垣が崩れて泥水が通りに溢れ出していたが、誰も直そうとする気配がない。


 すずが不安そうに任三郎の袖をきゅっと掴んだ。


「ねえ、おじさん。ここ、ほんとに大丈夫なの? マルコさんが言ってた通り、すごくピリピリしてるよ」

「ええ。ですが、あれだけ現場が揉めているということは、裏を返せば事務処理が追いついていないということです。私たちの出番はありそうですね」


 任三郎は水路の破損箇所と、閉まった商店の貼り紙に視線を走らせながら答えた。


「それに、店が閉まっている割には、通りを歩く人は結構います」

「ほんとだ。みんな買い物はしてないのに、どこへ行くんだろう?」

「さあ。まあ、外から眺めただけでは分かりません。まずは館で話を聞いてみましょう」

「うん。あ、もしまた誰かがおじさんに掴みかかってきても、今度はちゃんと手加減して止めるからね! 指二本くらいで!」

「頼りにしていますよ。ただ、くれぐれも相手の方や、街の石畳まで壊さないようにお願いしますね」

「もう、私をゴジラか何かだと思ってるでしょ!」


 すずがぷうっと頬を膨らませる。任三郎はわずかに笑い、彼女と並んで丘の上の館へ向かった。


 大通りを抜けた先の緩やかな丘の上に、アークライト辺境伯の館はあった。


 要塞の名残を感じさせる重厚な石造りの建物だが、こちらも外壁の蔦は伸び放題で、庭園の噴水は水が止められ、乾いた石底に落ち葉が溜まっている。


 正門の衛兵に木札を見せ、マルコの紹介で事務方の件を尋ねに来たと伝えると、衛兵は訝しみながらも館の奥へと取り次ぎに走った。


 四半刻ほど門の脇で待たされた後、初老の執事らしき男性が現れ、二人を館の一室へと案内した。


 通されたのは、一階にある小ぢんまりとした応接室だった。調度品は古く、絨毯の端はすり切れているが、掃除だけは行き届いている。部屋の隅には、処理しきれなかったのか、羊皮紙の束が積まれた小机まで置かれていた。


「お待たせいたしました。当主のリリアーナ様にございます」


 扉が開くと、すずが思わず姿勢を正した。


 豊かな漆黒の長髪を背に流し、華美な装飾のない、しかし仕立ての良い濃紺のドレスを纏った女性だった。年齢は二十代後半ほどだろうか。彫りの深い整った顔立ちには気品があり、凛とした瞳がまっすぐに任三郎たちを射抜く。ただ、その美しい目元には、隠しきれない疲労の色がうっすらと滲んでいた。


「私がアークライト辺境伯、リリアーナ・アークライトです。街道警備隊のマルコから話を聞いて来たというのは、あなたたちですね」


 低く澄んだ、よく通る声だった。リリアーナはソファに腰を下ろすと、護衛の騎士を一人だけ壁際に控えさせ、立つままの二人を見上げた。


「突然の訪問にもかかわらず、お時間をいただきありがとうございます。私は佐藤任三郎と申します。こちらは同行者の鈴木すずです」


 任三郎が背筋を伸ばして一礼すると、すずも慌ててその隣で頭を下げた。


 リリアーナは任三郎の着ているスリーピーススーツと、すずのブレザーを注意深く観察し、かすかに眉を寄せた。


「佐藤殿、それにすず殿。まずは事情を聞かせてください。マルコからの報告では、通行証も王国の貨幣も持たず、遠い土地から迷い込んだとのことでしたが……その装い、近隣の諸国でも見かけないものです。あなたたちは一体、どこから来たのですか?」

「信じがたいお話になるかと存じますが、私どもはこの王国とはまったく異なる、『日本』という国から参りました。今朝方、気がついた時にはこの領地の草原に立っておりまして、なぜこのような場所にいるのか、私たち自身にも分かっていないのです」


 すずが「あ、それストレートに言っちゃうんだ」というように任三郎の横顔を見た。


 下手な作り話をすれば、現地の地理や情勢を突かれた時に必ずボロが出る。相手が領主である以上、最初から事実を伝えた方がいいと任三郎は判断していた。


 案の定、壁際の護衛騎士が険しい顔で剣の柄に手をかけたが、リリアーナは片手を上げてそれを制した。


「異なる世界からの来訪者、ですか。古い伝承や教会のお伽噺では聞いたことがありますが、まさか私の目の前に現れるとは」


 リリアーナはすぐには否定せず、任三郎の手にある革鞄へと視線を移した。


「そのお話を裏付けるものはありますか?」

「はい。マルコ隊長にもお見せしたのですが、私の国で使われている仕事の書類と貨幣、それに筆記具と計算用の道具です」


 許可を得て、任三郎はクリアファイルから取り出した書類や日本の硬貨とともに電卓をテーブルへ置き、キーを軽く叩いて数字を表示させて見せた。


 リリアーナは身を乗り出し、電卓の表示窓に浮かぶ数字を見つめた。


「魔石も組み込まれていませんし、魔力の揺らぎがまったくありませんね。それに、この硬貨の精巧な刻印といい……本当に、私たちの知らない土地の品なのですか」

「ええ。ただ、マルコ隊長にもご指摘いただいた通り、こちらの硬貨は精巧でも、この街ではパン一つ買えないようでして。私どもは現在、今夜の宿代も食事のあてもない状態です」


 任三郎が言うと、リリアーナは複雑な表情で視線を伏せた。


「事情は分かりました。見知らぬ土地に放り出され、さぞ心細いことでしょう。ですが、佐藤殿。領主としてこのようなことを申し上げるのは誠に不甲斐ないのですが、現在の当領には、身元の知れない旅人を無条件で保護し、養うだけの蓄えがありません」


 リリアーナは言い終えると、膝の上で重ねた手に視線を落とした。任三郎はすぐには口を開かなかった。


「来るときに、領都の様子をご覧になったでしょう。商店は次々に戸を閉ざし、公共の事業も立ち行かなくなっているのが、今のアークライト領の現実なのです」

「ええ、承知しております。私も、ただ施しを乞うために参ったわけではありません」


 任三郎はテーブルの上の道具を鞄に戻し、リリアーナの目をまっすぐに見た。


「リリアーナ様。私を、この館の事務方として試験的に雇っていただけないでしょうか」

「試験的に、ですか?」

「はい。私は以前の土地で、商いの収支記録、原価の計算、契約書類の確認、そして資金繰りの管理を仕事にしておりました。先ほど詰め所でこちらの文字と数字を拝見しましたが、読み書きにも問題はございません」

「こちらの文字が読めるのですか? 異国の地から来たというのに」

「理由は分かりませんが、言葉と同じく、文字も意味がそのまま頭に入ってまいります。もしよろしければ、そこにある書類で試していただいて構いません」


 任三郎が部屋の隅の小机を指すと、リリアーナは少し迷ったように執事へ目配せをした。執事が一番上にあった羊皮紙を一枚取り、任三郎へ手渡す。


『領都南区・石畳修繕工事における資材納入ならびに人件費請求の件』


 任三郎はそれにさっと目を通し、数秒で内容を把握した。


「南区の修繕工事に関する請求書ですね。石材の単価が荷車一台あたり銀貨三枚、十四台分で銀貨四十二枚。そこに職人十二名分の十日間の労賃が加算されていますが……少し気になる点がありますね。最初の項目にある『石材運搬手数料』と、末尾の諸経費欄にある『荷馬車手配雑費』。これらは別の作業に対する費用でしょうか? もし同じ運搬作業に対する請求であれば、費用が重複している可能性があります。元の発注内容や納品時の控えを確認できますか?」

「えっ?」


 リリアーナは任三郎から羊皮紙を受け取ると、二つの費用項目を交互に見比べた。


「確かに、同じ運搬作業の費用かもしれませんね。なぜ、これまで確認していなかったのでしょう」

「請求書だけを単体で見ていると、項目名が違うので見落としやすいのです。発注書と納品控えを突き合わせれば、すぐに分かりますよ」

「一目で、この点に気づいたのですか?」

「この程度の確認でしたら、日常業務の範囲ですので。リリアーナ様、街でも資金繰りの悪化による混乱が起きておりました。お金が足りない時ほど、入ってくるお金と出ていくお金の記録を正確に整理しなければ、どこから手をつけていいか分からなくなります」


 リリアーナが言葉を失い、痛いところを突かれたように唇を噛む。任三郎はその表情を確かめ、静かに言葉を継いだ。


「いきなり金銭での報酬を求めるつもりはありません。まずは三日間、私にこの館の帳簿と請求書類を整理させてください。その間の対価は、私とすず君の食事、そして雨風をしのげる寝場所だけで結構です。すず君は私の護衛として同行していますので、館の方々にご迷惑をおかけすることもないと思います」

「そうそう! 私、こう見えて力仕事も得意だし、重い書類の箱を運ぶのだって手伝うよ!」


 すずが元気よく手を挙げると、リリアーナは目を瞬かせ、彼女の華奢な腕をちらりと見てから、少しだけ警戒を含んだ視線を任三郎へ戻した。


「三日間、食事と部屋だけで帳簿の整理を。条件としては、こちらに損はありません。ですが、館の帳簿は領地の内情そのものです。今日出会ったばかりのあなたに、どこまで見せてよいものか」

「もっともなご懸念です。では、最初はすでに支払いが終わった過去数年分の古い帳簿や、未整理の控えからで構いません。書類を部屋の外へ持ち出すことは一切いたしませんし、見張りをつけていただいても結構です。三日経って、私が何の役にも立たないと判断されれば、その時はおっしゃる通り領都から立ち去りましょう」


 リリアーナは唇に指を当て、しばらくの間、静かに考え込んでいた。


「当領の財務は現在、代官であるガレスに実務の大半を任せています。私は領主として最終的な承認印を押していますが、代官からはいつも『税収が減り、支出がかさんでいる』と報告を受けるばかりで……正直に申し上げれば、私自身、どこにどれだけの無理が生じているのか、完全には把握しきれていないのです」


 任三郎は、リリアーナが口にした代官の報告内容を反芻した。領主が目にしているのは、代官が選んで報告した情報だけなのかもしれない。


「領主様ご自身が実態を把握されるためにも、代官の手を通さない、第三者の目が必要かと存じます」


 任三郎が静かに告げると、リリアーナは「代官の手を通さない、第三者の目……ですか」とぽつりと呟き、その言葉の意味を噛みしめるように顔を上げた。


「分かりました、佐藤殿。あなたの提案を受け入れましょう。本日より三日間、あなたとすず殿に館の使用人部屋と食事を提供します。その代わり、当家の古い収支記録と未整理の請求書を検め、あなたが気づいたことをすべて私に直接報告してください」

「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、努めさせていただきます」


 任三郎が深く頭を下げると、隣ですずが「やった!」と声を殺して小さくガッツポーズを作った。これでようやく、異世界での最初の足場と、今夜の温かい食事が確定したのだ。


 その後、二人は館の北棟にある空き部屋へと案内された。


 使用人用の部屋とはいえ、ベッドが二つ置かれた清潔な石造りの個室で、窓からは中庭が見える。すぐ隣には、今回の作業場所としてあてがわれた資料室があった。


「うわあ、ベッドだ! 屋根がある! ねえおじさん、ほんとにお城に就職できちゃったね!」


 すずがベッドの端に腰掛け、マットレスの弾力を確かめるように上下に揺れながら笑う。


「まだ仮採用、というより三日間のインターンのようなものですが、野宿をせずに済んだのは何よりです」

「えへへ、私は隣で立ってただけだけどね。でも、あのリリアーナ様って人、すっごく綺麗だったなあ。なんかお姫様って感じだったけど、目の下にちょっとクマができてて大変そうだった」

「そうですね。さて、夕食まで少し時間がありますね」


 任三郎はスーツのジャケットを脱いで椅子に掛け、シャツの袖口をまくった。


「えっ、嘘でしょ、もう仕事するの? さっき着いたばっかりだよ? 少し休めばいいのに」

「いいえ、今日を入れて三日間しかありませんからね。それに、温かい夕食を心置きなく味わうためにも、まずは自分がどれくらいの山を片付けることになるのか、見ておきませんと」

「うわ、出たよ社畜の鑑。ほんとに仕事が好きなんだから」

「好きというより、未処理の書類が隣にあると思うと、どうにも落ち着かないだけです」


 呆れたように笑うすずを伴い、任三郎は隣の資料室へと足を踏み入れた。


 部屋の中には、木製の棚がいくつも並び、そこには埃をかぶった分厚い帳簿や、紐でくくられた羊皮紙の束が山のように押し込まれていた。整理されることなく放り込まれた、過去数年分の領地経営の記録だ。


 任三郎は棚の手前にあった、昨年の支出記録と書かれた帳簿を一冊抜き取り、机の上に開いた。


 ページをめくる任三郎の指先が、一定の速度で動いていく。


 河川の護岸工事、街道の補修、備蓄用穀物の買い入れ、魔獣除けの香薬の購入……。領地を維持するための様々な支出が、日付と金額とともに記されている。


 だが、十数ページほどめくったところで、任三郎の指がぴたりと止まった。


「おじさん? どうしたの、急に会社のパソコン見てる時みたいな怖い顔になってるよ」


 すずが横から帳簿を覗き込む。


 任三郎は何も答えず、もう一冊、一昨年の帳簿を棚から引き抜いて隣に広げた。さらに、机の端に積まれていた未整理の納品控えの束を解き、二つの帳簿と交互に突き合わせていく。


 部屋の中に、羊皮紙をめくる乾いた音だけが響いた。


 やがて任三郎は、静かに息を吐き出し、開いた帳簿の数字を指先で軽く叩いた。


「妙ですね。同じ業者への支払いが、毎年似たような形で増えています。それに、この資材の購入単価も、時期によってばらつきが大きすぎる」

「え? それって、どういうことなの?」


 任三郎は隣に広げた納品控えへ目を戻した。


「単に資材が値上がりしただけかもしれません。ですが、ほかの支払いも確認した方がよさそうです」

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