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Zero index  作者: Kiminuko.zero
第4巻:死の契約と永遠の裁き
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第95章:脱皮プロトコルと悪魔の演劇

1. Exo-skin の限界


座標 L13 は、すでに背後へと遠ざかっていた。


Seri の軍靴の底の下で、Leviathan の森の土は泥濘んでいた。足を踏み出すたびに、滑るような感覚が伝わってくる。擦れ合う葉の隙間を吹き抜ける風が、きしんだ歪な音を立てて鳴り響いていた。


この島の天候は、その上で殺し合う者たちの精神そのものだった。すなわち――残虐で、気まぐれ。


昼に雨が降ったかと思えば、午後には猛烈な陽射しが照りつけ、そして今、空が夜へと沈む頃には、再び重苦しい黒雲が頭上に立ち込めていた。


座標 L14。


合流地点は、第五、第六、第八拠点に囲まれた中央エリアの窪地に位置していた。そこには巨大な岩が点在し、生い茂る木々が視界を遮っている。


あと200メートル進めば、あの女に会う。


Seri はダガーの柄を強く握り締めた。冷たい金属の溝を、親指でそっとなぞる。彼女は意識して速度を落とした。


奥へ進むほど、冷たい気配が背筋を這い上がってくる。空間は異常なほど静まり返っていた。木々のざわめきさえも、何かに飲み込まれたかのようだ。まるでこの半径内に生息するすべての生物が、何かから逃れるために尻尾を巻いて逃げ出したかのように。


あるいは、誰かから。


距離は残り180メートル。150メートル。100メートル。


歩みを進めて距離が縮まるたび、Seri の本能が警鐘を鳴らす。この感覚……まるで獲物が、自ら捕食者の縄張りの中心へと一歩一歩踏み込んでいくかのようだった。


ズガァン!


真っ白な雷光が暗黒の空を切り裂いた。青白い閃光が一瞬だけ森を照らし出し、それと同時に激しい豪雨が降り注ぐ。重い雨粒が容赦なく葉を叩き、Seri の衣服を伝って流れ落ちていく。


コツ……コツ……コツ……


水溜りを踏みしめる靴底の音が規則正しく響く。切り立った岩壁のすぐ下に開けた空き地が現れ、Seri は足を止めた。巨大な古木の陰に、一つの影が腰を下ろしていた。


Kiri Mikado。


彼女は木の根に背を預け、両足をゆったりと投げ出していた。激しい雨が、ボロボロに引き裂かれた Bクラス の制服を洗い流していくのも気にと留めない。


その姿は、傷を癒やすために潜伏している者には到底見えなかった。むしろ、玉座に悠然と腰掛け、反逆者が跪いて命を差し出すのを待っている王のようだった。


「へえ」


激しい雨音を切り裂くように、冷ややかなせせら笑いが響いた。Kiri は目を開けようともせず、頭をわずかに後ろへとそらした。


「随分と無傷なままだね」彼女の声は伸びやかで、皮肉に満ちていた。「Fクラス の連中が、よっぽど上手く守ってくれたと見える」


Seri は身体を硬直させ、刃先をわずか半分ほど下げた。自分は一切の音を立てていないはずなのに、Kiri はやってきたのが誰かを正確に把握していた。


ここに至ってようやく、Kiri はゆっくりと目を開けた。


カミソリのように鋭く冷徹な視線が、Seri を頭からつま先までなぞる。Seri もまた、沈黙のまま相手を観察した。彼女の目に飛び込んできたのは、ほとんど潰れかけた肉体だった。


Kiri の右胸には銃弾が貫通した穴が開き、溢れ出る血が雨水と混ざり合って制服の裾を真っ赤に染めている。左手の関節は、ボロボロの包帯で雑に固定されていた。


満身創痍。悲惨。しかし……。


Seri の息を詰まらせたのは、そのボロボロの身体から立ち上る凄まじい殺気だった。傷だらけの Kiri を前にして、劣勢に追い込まれ、武器を握り締め直さざるを得ないのは、他ならぬ Seri の方だった。


「右胸に弾丸が貫通。手の関節は脱臼」Seri は深く息を吸い込み、声を無理やり平坦に保った。


ダガーの刃先を目線の高さまで上げる。「ずいぶんと無様だね、Kiri。そんなボロボロの身体で、私を片付けるつもり?」


Kiri は沈黙した。空間は雨のそよぐ音に包まれる。


やがて、彼女の肩が微かに震えだした。「ハハハハハ!」


Kiri は天を仰いで大笑いした。狂気じみた笑い声が岩壁に反響する。笑いが止まると、彼女の視線は引き下げられ、底知れぬ蔑みを込めて Seri を真っ直ぐに射抜いた。


「相変わらずその口の利き方。ガキの頃とちっとも変わらないね」Kiri は口元を歪めた。「この、出来損ないが」


そう言うと、彼女は片手を膝につき、ゆっくりと立ち上がった。深刻な関節の損傷のせいで、その動作は酷く遅く、硬かった。


Kiri は右手で、左手の関節に巻かれていた包帯を乱暴に引き剥がし、泥水の中へと投げ捨てた。鮮血が瞬く間に噴き出し、指先から一滴一滴と滴り落ちる。彼女はそれを完全に無視した。


「いいかい、ルールはこれまで通り。どちらかが死ぬまでだ」Kiri は首を傾げ、骨をボキボキと鳴らした。「こんなゴミみたいな傷……今日は一歩譲ってハンデをくれてやるよ」


Seri は力なく笑った。胸の中で今にも爆発しそうな緊張感を必死に隠すための、強がりの笑みだった。


「バカじゃないの? 強がらないで。私たちは二人とも Exo-skin を着ている。どれだけ負傷させようと、せいぜい私の身体を危険領域に追い込んで、システムが作動して気絶させるのが関の山よ」


Seri のダガーの先が微かに震える。「ここには本物の死なんて存在しない」


Kiri の灰色の瞳が細められた。その口元が、邪悪な歪んだ笑みを浮かべてゆっくりと吊り上がる。彼女は無垢な仔羊を憐れむかのような視線で Seri を見つめた。


「へえ、そうかい?」Kiri の声が低くなった。冷徹な響きが Seri の鼓膜をかすめる。「お前は本気で……CNA のおもちゃみたいなシステムが、私の力を縛れると思っているのか?」


Kiri はゆっくりと右手を持ち上げた。冷え切った人差し指を、自身の首の頸動脈のすぐ近くにある一点へと押し当てる。


ピッ。


無機質な電子音が響いた。Kiri の指が触れた位置から、極小のホログラム画面(Holo)が緑色の光を放ち、暗い雨の中で彼女の歪んだ笑みを照らし出す。


Kiri の指先が仮想キーボードの上を動く。激しい雨に打たれながらも、彼女の動きは一瞬たりとも狂わない。19桁の数字が、冷酷かつ正確に入力されていく。


2904 - 8153 - 6712 - 3594 - 806。


最後の文字が確定された瞬間、Kiri の身体を覆う Exo-skin システムが耳を劈くような高音の悲鳴を上げた。彼女の肌の表面全体に、身体に沿って走る発光するラインが浮かび上がる。


そして、Seri の驚愕の目の前で、不可視のナノ保護皮膚が剥がれ始め、Kiri の肉体から滑り落ちるようにして凄まじい速度で収束していった。すべての微細物質が胸元へと集まっていく。


カチリと鋭い機械音が鳴り、分子アーマーのすべてが、Bクラス の青い縁取りが施されたコンパクトな長方形のデバイスへと圧縮された。


そのデバイスは自由落下し、彼女の足元の泥の中に突き刺さった。


Seri の瞳孔が極限まで見開かれた。呼吸が喉に詰まる。


「嘘……Exo-skin を外した……」Seri は掠れた声で呟いた。


CNA が創設されて以来、Exo-skin は絶対的な鉄則だった。それは保護膜であり、第二の命であり、高い HVI を持つ者たちが本当の死を招くことなく殺し合えるための「死亡保険」だった。


いかに狂った者であっても、これまでの生徒の中で、実戦においてこの保護を解除する者など一人もいなかった。


Kiri はつま先でデバイスを軽く蹴り、さらに深く泥の中へと埋めた。


「Exo-skin と言っても、所詮はただのコンピュータプログラムだよ、Seri」Kiri は唇を歪めた。「この試験のマスターコードを握っている者が、その接続を強制解除する権限を持つんだ」


「どうしてあなたがそのパスワードを知っているの!?」Seri は叫んだ。彼女の冷静な仮面がひび割れ始める。


「保護を無効化するパスワードは phái Trung Lập の最高機密のはず、どうして一年生がそんなものに触れられるの?」


Kiri は首を傾げた。その瞳には、無知な者への憐れみが宿っていた。


「Mikado 一族を何だと思っているんだい、Seri?」


軽々とした言葉だったが、それは Seri の認識に真っ直ぐ投げつけられた巨岩のように重かった。


Mikado 一族は、すでにその牙を CNA のコアシステムにまで突き立てていた。奴らは Kiri をここへ送り込み、他者の生命を奪う権限を与えた。そして彼女の目的は、同じ血を引く「出来損ない」を排除することに他ならない。


Kiri は悠然と手を動かし、タクティカルベルトを一本ずつ外し、予備の救急キットまでも横へと投げ捨てた。今の彼女の身に纏うのは、ボロボロに濡れそべった制服と、一本のダガーナイフだけだった。


「知っての通り、この島での48時間、CNA は完全に盲目になる」Kiri はナイフの柄を逆手に持ち替えた。「誰も介入しない。誰も監視しない。だから、お前と私は心置きなく家族の序列を清算できる。この刃がお前の首を切り裂くとき、命を救うために硬化してくれる馬鹿げたナノ・コクーンなんてものは存在しないんだよ」


Seri は歯を食いしばった。その瞳に嫌悪の情が浮かぶ。


Kiri は冗談を言っていない。この戦いからは、あらゆる安全の境界線が剥ぎ取られていた。彼女は本気で自分を殺そうとしている、今ここで、この雨の中で。


だが、Seri もまた、かつての道場で頭を抱えて殴られるがままだった子供ではなかった。


彼女の背後には Fクラス の命がかかっている。退路などない。 Robinson ではないが、彼女自身も、今夜すべての恩怨に決着をつけることを決意していた。


Seri はゆっくりと首元へ手を伸ばした。頸動脈を強く圧迫する。Holo 画面が浮かび上がった。Kiri の手の動きから記憶したばかりの19桁の数字の羅列を打ち込む間、Seri の小さな手は微塵も震えなかった。


ピッ。


Fクラス の黒いナノ層が Seri の肌から離れ、長方形の塊へと収束していく。今や、二人に残されたのは生身の肉体だけだった。


「素晴らしいね」Kiri は満面の笑みを浮かべ、獲物を品定めする獣のように Seri の周囲をゆっくりと歩き回った。「その黒い制服、お前によく似合っているよ、Seri。心配しないで、このナイフで赤色の模様をいくつか付け足して、いいアクセントにしてあげるから」


「くだらない軽口はやめて」Seri は半歩下がり、防御の姿勢をとった。左手を上げ、いつも顔の半分を覆って隠していた、濡れそべった前髪をかき上げて耳の後ろにかけた。


その小さな動作によって、彼女の右目が露わになった――鋭く、冷徹で、静まり返り、濃密な殺気を湛えた灰色の瞳が。


「私はもう、昔の子供じゃない」Seri の声が険しくなる。「あの日の道場での戦い……今夜、決着をつける」


その瞳を目にした瞬間、Kiri の瞳孔が微かに収縮し、直後に狂気じみた興奮でギラギラと輝きだした。


「これだよ!」Kiri は唇に溜まった雨水を舐めとった。「お前という出来損ないの身体の中で、唯一価値のあるもの。その瞳……いつも隠しおって、もったいないったらありゃしない」


「黙れ!」堪忍袋の緒が切れた。Seri の足元の泥が激しく飛び散る。


Arisu による地獄の訓練の成果が、Seri の筋肉の繊維一つ一つに鮮明に現れていた。彼女の身体は目に見えて軽くなり、あらゆる無駄な動作が削ぎ落とされている。


Seri は重心を低く落とした。足の指の付け根で泥濘んだ地面を強く踏みしめ、泥が吸い付くような鈍い音を立てる。


その反発力を借りて、彼女は放たれた黒い矢のように前方へと突進した。数メートルの距離が一瞬のうちに掻き消える。風を切り裂き、ダガーの刃が Kiri の頸動脈を真っ直ぐに狙った。


しかし、Kiri には攻撃の意図が全くなかった。彼女はかかとをわずかに回転させ、不条理なほど狭い見切りで身体を傾けて攻撃をかわすと、自身のナイフの峰で Seri の刃を軽く横へと受け流した。


最初の交戦の間、Kiri はただ後退とかわすことに徹していた。彼女の瞳は絶え間なく動き、妹の呼吸の乱れや、繰り出される一撃一撃の角度を冷徹にスキャンし、測り続けていた。


「3、4拍子……」Kiri は口元を歪め、呟くように計算した。「へえ、ずいぶんと上達したじゃないか」


言い終えるが早いか、Seri が追撃のために前足に力を込めた瞬間、Kiri は即座に身を翻した。凄まじい威力の痛烈な一撃が、Seri の脇腹へと叩き込まれる。


ぐっ!


Seri は数歩後方へと吹き飛ばされた。よろめきながらも踏みとどまり、口元から滲み出た血の混じった雨水を乱暴に拭う。その瞳には不屈の闘志が宿っていた。


「レッスン1」Kiri は拳を軽く振った。「脇腹がガラ空きだよ。さっきので命を一つ落としたね」


「説教しないで!」Seri は声を荒らげた。


彼女は一歩下がり、勢いをつけて隣の古木の幹へと三歩駆け上がり、その跳躍の力で飛び降りた。手の中のダガーを逆手に返し、Kiri の右胸、まさにその傷口の位置を目がけて突き下ろす。


必殺の一撃。極限の速度。


Kiri は微動だにせず佇んでいた。下がることも、足を動かすこともしない。彼女の唇は狂気的な笑みに歪んでいた。刃先が肌に触れる寸前、数ミリのところで、Kiri は歯を食いしばり、首を強引に横へと傾けた。


自殺行為に等しい、あまりにも無謀な回避。刃は彼女の首をかすめ、数本の髪の毛を断ち切り、背後の木幹へと深く突き刺さった。


Seri がナイフを引き抜く暇もなく、Kiri の両手が伸び、武器を握る彼女の腕を万力のような力で締め付けた。


「へえ、これが HVI を封印した時のお前の力かい?」Kiri は笑った。その息が Seri の顔に吹きかかる。「大したものだね」


Seri が反応する間を与えず、Kiri は足を折り曲げ、残虐な膝蹴りを繰り出した。


Seri は慌てて腕を引き抜こうとしたが、Kiri の万力は微動だにしなかった。Kiri の膝が、彼女の右前腕へと真っ直ぐに叩きつけられる。


――バキッ!


雨音の真っ只中で、身の毛もよだつ音が響き渡った。Seri の前腕の骨が、無残にへし折れた。


「うっ……あぐっ……!」


Seri は喉の奥で押し殺した悲鳴を上げた。瞬く間に目尻から涙が溢れ出る。彼女はだらりと垂れ下がった右腕を強く抱え込み、よろよろと後退した。激痛のあまり、全身がガタガタと激しく震える。


「レッスン2」Kiri は悠然と手首を回した。「絶対に自分の武器を無駄にするな。常にサブウェポンを用意しておくか、あるいは……自身の肉体を武器にするんだ」


そう言うと、Kiri は手を伸ばして木に突き刺さっていた Seri のナイフを引き抜き、妹の目の前の泥水へと乱暴に投げ捨てた。


「拾いな。続けるよ」Kiri は両手を広げ、ニヤニヤと笑った。「まだ終わっちゃいない。私の左手も元から潰れているし、今度はお前の片腕が折れた。これで公平だろ、お互いに一肢を失ったわけだ」


Seri は唇から血がにじむほど歯を食いしばり、痛みを喉の奥へと飲み込んだ。彼女は左手で、泥の中のナイフを不器用に拾い上げた。「黙れ! 私はあなたみたいな怪物じゃない!」


Seri は咆哮し、残されたすべての力を振り絞って滅茶苦茶に斬りかかった。


振り下ろされる鋭い刃を前にして、Kiri は自身の右手を真っ直ぐに突き出してそれを受け止めた。


グサッ!


Seri の刃が Kiri の手のひらを貫通した。刃先が肉を突き破って手の甲から飛び出し、鮮血が一気に吹き出す。しかし、Kiri はうめき声一つ上げなかった。


彼女は指を強く握り込み、自らの骨と肉を使って Seri の刃を完全にロックした。Seri の瞳孔が激しく収縮する。その顔に、底知れぬ恐怖が浮かび上がった。


「その通り」Kiri は Seri の目を真っ直ぐに見つめた。彼女の手から流れる血がナイフの柄を伝い、震える妹의 指先を濡らしていく。「だからこそ、お前はこれほどまでに弱いんだ」


「狂ってるよ、Kiri!」Seri はパニックに陥り、強引にナイフを引き抜いた。


距離を取るために、彼女は Kiri の腹部へと横蹴りを叩き込んだ。直撃を受けた Kiri は数歩後退し、激しく咳き込んだ。しかし、顔を上げたその瞳には、隠しきれない狂気が未だにギラギラと脈打っていた。


「どうして……」Seri は肩で息をしながら立ち尽くした。「どうしていつも私を痛めつけるの? いっそ私を殺して終わらせればいいじゃない!?」


Kiri の動きが止まった。その唇の笑みが凍りつく。「は? 何を言っているんだい、Seri?」


突如として、Kiri が加速した。無数の致命傷を負い、ボロボロになったその肉体が、どういうわけか不条理なほどの驚異的な速度を叩き出したのだ。


瞬きする間に Kiri は肉薄していた。彼女はナイフを振るい、Seri の左手のナイフ의 柄を強烈に弾いた。手首に伝わる衝撃で Seri の手は痺れ、武器を取り落とす。次の瞬間、Kiri は身を翻し、Seri の胸を真っ直ぐに蹴り飛ばした。


残酷なまでの威力が Seri の身体を吹き飛ばし、背後の大きな木の幹へと激しく叩きつけた。彼女は幹に沿ってずり落ち、呼吸を整える間もなく Kiri が眼前に迫る。


ドンッ!


Kiri は Seri の足首を両足で踏みつけ、泥の中に完全に固定した。同時に、手にしたナイフを木の樹皮へと突き立てる。それは Seri の耳をかすめ、彼女の頬のすぐ脇の木肌へと深くめり込んだ。


Seri は完全に身動きを封じられ、身悶えすることすらできなかった。


「死にかけた獲物をあえて見逃し、そいつが日々強くなっていくのを眺めながら、再び狩る……これについてどう思う?」


Kiri は身体を低く屈め、その灰色の瞳孔を Seri の目へと深く食い込ませた。「最高に楽しいんだよ、Seri。お前が絶望の中で足掻く姿を見るのが……私の人生最大の娯楽さ」


Seri は彼女を睨み返した。雨水が顔に叩きつけられ、視界がにじむ。


Kiri は彼女の耳元で――声を震わせ、どこか奇妙な戦慄を孕んだ掠れた声で――叫んだ。


「私はとっくに完璧なんだ! 一族に必要なのは私一人だけなんだよ、Seri! だから……逃げな。遠くへ! 自分が安全だと思える場所まで逃げ続けろ……隠れおおせてみせろ……Seri!」


容赦のない、罵倒に満ちた言葉。しかし、その声を絞り出す様子は、まるで絶望的な命令のようでもあった。


「黙れ、このクソ女!」首元に迫る刃など意に介さず、Seri は咆哮した。残された最後の力を振り絞り、Kiri の額へと自らの頭突きを真っ直ぐに叩き込んだ。


ゴンッ!


不意の頭突きを受け、Kiri はよろめきながら後退した。


「チッ……往生際が悪いね」Kiri は手で鼻血を拭った。


「ふざけないで! 私は死なない……約束したんだ!」Seri は這いつくばりながら起き上がった。左手で無残に折れた右腕を抱え込み、その燃えるような瞳で Arisu との誓いにしがみついていた。


「約束、ね……」Kiri はため息をつき、その視線をふっと落とした。彼女はゆっくりと腕の力を抜き、ダガーを地面へと投げ捨てた。「そうかい……残念だよ。お前が奴らと再会する機会なんて、もう二度と訪れないと思うからね」


Seri は立ち尽くした。激しく呼吸を繰り返す。二人の鮮血の匂いが、湿った泥土の臭気と混ざり合い、彼女の鼻腔へと真っ直ぐに突き刺さった。


その生臭く、鼻を突く濃厚な匂いが……突如として脳内の隔壁を切り裂いた。まるで鍵穴に鍵が差し込まれたかのように、それは Seri の潜在意識の奥底にずっと埋もれていた、暗黒の記憶の断片を呼び覚ました。


2. 一族の呪い


記憶の壁が崩れ去る。Leviathanの森の光景がぼやけ、十四歳の時の、Mikado一族の道場の冷たい板の間へと姿を変えた。


「Kiri、今日もお前は新たな記録を打ち立てたな。十八人の達人を立て続けに倒すとは……まさに我が一族の完璧な最高傑作だ」


高い観覧席から長老たちの声が響き渡る。そこには、人間らしい感情の欠片すら混じっていなかった。


Kiriは道場の中央に立っていた。その背筋は誇り高く、真っ直ぐに伸びている。長時間の戦闘を経ても、彼女の呼吸は全く乱れていなかった。しかし、彼女が少し伏し目がちに視線を落とすと、純白の道着の裾には、血の斑点がいくつも飛び散っていた。


それはKiriの血ではない。固い板の間に這いつくばり、鈍い痛みに全身を震わせている双子の妹の口角から滲み出た血だった。


「立ちな、Seri。今日はまだ終わってないよ」Kiriは声を発した。流氷のように冷え切った声だった。


「待ちなさい、Kiri」一人の老人が眉をひそめ、竹の杖で板の間を三回、強く叩いた。

「もうそいつと稽古をする必要はない。そのような廃棄処分品の出来損ないに、時間を費やす価値などない。廃棄区画へ引き渡せば済むことだ」


廃棄区画。その言葉は、死と同義だった。


Kiriの瞳孔が微かに収縮した。注意深く見なければ気づかないほどの、ほんの一瞬の出来事だった。彼女はゆっくりと頭を上げ、観覧席の椅子に座る者たちを鋭く睨みつけた。


漆黒の立ち込めるような殺気が突如として爆発し、道場全体を吹き荒れ、高座に座る老人たちにすら寒気を覚えさせた。


「いいえ」Kiriは凄んだ。「こいつはまだ弱すぎる。私の獲物は、私が自分で終わらせます」


長老たちは顔を見合わせ、意味不明な言葉をいくつか呟くと、そそくさと立ち上がった。「わかった、わかった。そいつをどうしようとお前の自由だ……」


彼らは足早に背を向けて立ち去り、薄暗く広大な道場の真ん中に、二人の子供だけが残された。


木の廊下を叩く足音が完全に消えるのを待ってから、Kiriは歩み寄った。彼女は身を屈め、手を伸ばしてSeriのボサボサの髪を掴むと、痣だらけになったその顔を自分の目の高さまで持ち上げた。


「おい……お前……本当に弱いな」Kiriは歯を食いしばりながら絞り出した。


「お姉ちゃん……許して……」Seriは掠れた声で答えた。生臭い血と混ざり合った熱い涙が頬を伝い、木の床へとポタポタと落ちる。


「ねえ……」Kiriの声が裂けた。「どうしてお前は、自分からこの一族から消え去ろうとしないんだろうね?」


手術用メスのように鋭い言葉。しかし、濁った涙の膜越しに、Seriはぼんやりとある奇妙なことに気がついた。


自分の髪を掴んでいる手は……決して髪の根元を強く引っ張ってはいなかった。それは何の痛みも与えず、ただ、力なく垂れ下がる彼女の頭を支えるためだけに力を使っていた。


Kiriのもう片方の手が滑り降り、Seriの首を強く締め付けた。


普段の姉の完璧で虚ろな眼差しが、突如としてひび割れた。眼底には無数の赤い血走りが浮かび上がり、極限の行き詰まりを孕んでいた。


Kiriは首を絞めながら、Seriの耳元に唇を寄せ、一語一語を噛み殺すように言った。その切羽詰まった、途切れ途切れのリズムは、まるで呪いの言葉のように聞こえたが、同時に、残酷な懇願のように痛切だった。


「逃げなSeri……私から逃げろ……できるだけ遠くへ……だって……」


首に添えられた手が突如として強く締め付けられた。殺すためではない。Kiriは暴力を用いて、Seriが泣き声を上げたり、これ以上命乞いをしたりできないように封じたのだ。外にいる見張りの耳に、いかなる軟弱な音も届かせないために。


Kiriの最後の言葉は次第に遠のき、耳鳴りのするSeriの鼓膜の中へ溶けていった。酸素が尽き、意識が遠のく中、Seriはその言葉の続きを、永遠に思い出すことができなくなった。


なぜなら、この一族に、二匹の怪物は必要ないのだから。


その記憶は、ほんの半秒という短い時間しか存在しなかった。


脳内の道場を切り裂く雷鳴が、Seriをビクッとさせ、Leviathanの森の雨の中へと引き戻した。現在のKiriの黒い影は、すでに彼女の目の前まで迫っていた。


「常に防御を固めろって教えただろうが!」


Kiriは咆哮した。


ドスッ!


手加減は一切ない。Kiriは拳を振りかぶり、Seriの腹部に強烈な一撃を叩き込んだ。


貫通するほどの威力に、Seriの身体は「く」の字に折れ曲がった。彼女はよろめきながら数歩後退し、胃袋が激しく痙攣し、鮮血の混じった唾液を嘔吐した。現実の残酷な痛みが、過去の淡い残像を粉々に打ち砕いた。


3. 命の引き換え


Kiriは一切の手加減をしなかった。彼女は膝を振り上げ、Seriの腹部へさらなる残虐な一撃を叩き込む。


Seriはよろめき、絞り上げられるような痛みで視界がぼやけたが、それでも指はダガーの柄をしっかりと握り締めていた。後退する勢いを借りて、彼女は前方へ向かって盲滅法に刃を振り回す。鋼の刃が風を切り、Kiriの頬をかすめ、血の滲む長い切り傷を残した。


Kiriは泥溜まりの中から自身のダガーを拾い上げた。今度は、もう探り合いなどない。Kiriは極限の速度で突進した。


立て続けに三度の斬撃が振り下ろされる。


一撃目、Seriは身体を傾けてかわした。


二撃目、彼女は歯を食いしばり、ダガーの柄を使って弾き飛ばした。


だが三撃目、Seriの弱々しい左腕は、Kiriの圧倒的な力に耐えきれなかった。刃が防御を貫通し、彼女の内股の柔らかい肉に深く突き刺さる。


「あっ!」


Seriは悲鳴を上げ、体勢を崩して膝をついた。それでも彼女は不屈の闘志で肘を振り上げ、姉の顔面へと真っ直ぐに見舞った。しかし、Kiriは亡霊のような速さで反応し、身を翻して手を伸ばし、Seriの首をガッチリと掴んだ。


「死ね、この弱虫が!」Kiriは咆哮し、指を強く締め付け、Seriの小さな身体を地面から軽々と吊り上げた。


「がっ……」


Seriは虚空を蹴り、両手でKiriの手首を狂ったように掻きむしった。だが、その鋼の万力は微塵も緩まない。太ももの傷口からは血が絶え間なく溢れ出し、雨水と混ざり合って泥の中へと滴り落ちていく。


Exo-skinはない。ここで死ねば、本当の死を意味する。


Seriの視界が真っ暗に染まっていく。目の前に白い火花が散り始めた。彼女の両腕が、徐々に力なく垂れ下がる。


ヒュンッ!


鋭く風を切る音が雨の幕を切り裂いた。銃声ではない。それは、静かな軌道を描きながらも絶対的な殺傷力を秘めて真っ直ぐに飛来する、一本のダガーナイフだった。


Kiriはハッとした。本能が、腕を振ってSeriを力任せに脇へ投げ捨てさせ、後退して攻撃をかわすことを強制した。ダガーナイフは、先ほどまでKiriが立っていた場所の木の幹に、柄まで深く突き刺さった。


Seriは自由落下した。だが、彼女の背中が冷たい泥に触れる前に、頼もしい腕が伸びてきて、彼女をしっかりと受け止めた。


「Ari……su?」Seriの砕けた声が、腫れ上がった喉の奥から掠れて漏れ出た。


雨の膜越しに、目の前の少年の見慣れた静かな輪郭が見えた。ずぶ濡れになった黒髪、頑固なアホ毛、そして微塵の動揺も宿さない、深淵のような暗い瞳。


「ごめん。少し到着が遅れて、長く持ち堪えさせてしまったね」Arisuは抑揚のない、一定のペースで言った。


数歩離れた場所でKiriは重心を落とし、灰色の瞳で今現れたばかりの者を鋭く睨みつけた。


「Akabaneか」


Arisuはすぐには答えなかった。彼は視線を軽く動かしてKiriの状態を評価した後、慎重にSeriを抱きかかえ、大きな岩に背を預けるように座らせた。


「気をつけて、Arisu……あの人は、すごく強い……」Seriは荒い息をつき、重い瞼を閉じた。


Arisuは泥溜まりの中に落ちていた長方形のExo-skinデバイスを拾い上げ、泥汚れを払い落とした。


「何があろうと、安全の確保が規則だからね」Arisuは言いながら、ナノブロックをSeriのうなじに押し当てた。「君がExo-skinを外すことは許可されていないよ」


「このバカ……」Seriは掠れた声で言い、手を伸ばして止めようとしたが、もう微塵も力が残っていなかった。


「よし、寝てなよ」ArisuはSeriの頸動脈付近のツボに二本の指を軽く押し当てた。その正確な力加減は、即座に脳への血流を一時的に遮断した。


Seriの身体はふにゃりと崩れ、深い昏睡状態へと沈んでいった。その唇には「気を……つけて」という言葉の残骸がまだ残っていた。


チームメイトの安全を確認すると、Arisuはゆっくりと背筋を伸ばして立ち上がった。彼は身を翻し、一定の歩調でKiriの方へ向かって歩き出した。「僕が君の相手になる。交代だ、構わないよね」


Kiriは吹き出した。その濁ったかすれ笑いは、土砂降りの雨音の中に溶け込んでいく。


「構うに決まってるだろ。お前みたいな化け物の実力は知ってるんだよ……Ari-00A」


Arisuの足取りが微かに止まった。


その名前。Reizelのガラスケースの中での彼のコードネーム。帝国のトップ層しか握っていないはずの、最高機密の軍事情報だった。


「Mikado一族は、標準レベル以上のことを知っているようだね」Arisuは分析し、脳内で情報の再構築を始めた。


「実のところ、私はお前に興味はないんだ」Kiriは手元のナイフの刃をくるくると回した。「でも、Fクラスがこれほど大きく進歩したのは、お前の功績が大きいんだろう、Akabane?」


「そうでもないよ。君の背後にいる勢力について、これ以上追及するつもりはない、Kiri Mikado。でも、一つだけ聞きたいことがある」Arisuは彼女を真っ直ぐに見つめた。


Kiriは黙り込み、顎を上げて続きを待った。


「Seriが何をしたっていうんだ? 君がそこまでして彼女を狩ろうとする理由は」


「お前に関係あるのか?」


「あるよ。彼女は僕のチームメイトだから」


Kiriは舌打ちをした。「おい、お前わざと私を怒らせようとしてるのか?」


「いや」Arisuは短く答えた。その声の調子には、本当に挑発するような意図は含まれていなかった。


「Seriは一族の不良品なんだよ。私はただ、廃棄物を処分する任務をこなしているだけさ、Akabane。部外者に関係ないことならすっこんでな、任務を完遂させろ」


Arisuはピクリとも動かなかった。彼の漆黒の瞳はKiriの肩越しに滑り、血痕の一つ一つ、顔の筋肉のわずかな動きに至るまでをスキャンしていく。


「君の微細な表情も行動も、言葉と全く一致していないね」


「何を寝言を言ってやがる?」Kiriは凄み、ダガーの柄を強く握りしめた。


「君の全ての行動や攻撃は……僕がSeriの身体を観察した限りでは、どれも致命傷ではない」


Arisuの声は相変わらず平坦で、はっきりと響き渡った。「さらに重要なのは、君の言葉は……実のところ、Seriを守るための——」


Arisuが最後の言葉を言い終えるのを待たずして、Kiriは爆発した。仮面が引き裂かれた瞬間、狂気が襲いかかった。


彼女は急加速し、信じられないほどの威力を持った蹴りをArisuの胸板へと真っ直ぐに放った。瞬きするよりも早く、Arisuは両腕を交差させてガードした。


ドンッ!


暴力的な衝撃がArisuを数メートル後方へと吹き飛ばし、靴底が泥濘みを深く抉り取った。


「優秀な兵器なら、余計な詮索はしないことだね、Ari-00A!」Kiriは金切り声を上げた。


「僕は事実を言ったまでだ」Arisuは腕を下ろし、雨水を払い落とした。「それに現状、それはチームメイトの安全を確保するために証明しなければならない問題だからね」


Kiriはこれ以上一言も聞きたくなかった。この生体兵器を前にして勝機がほぼ皆無だと分かっていても、彼女は突進した。


「死ね!」Kiriはジグザグに動き、Arisuの背後の死角へと回り込んだ。だが、Arisuはあらゆる軌道を計算し尽くしているかのようだった。


彼は身を翻し、彼女の刃の軌道をあっさりと弾き飛ばした。


Arisuの手が三度の電光石火の点穴を放ち、Kiriの腕と肩の重要な関節に真っ直ぐに叩き込まれる。


カァン!


ダガーは彼女の手から弾き飛ばされ、地面に突き刺さった。


「君の身体はもう限界だ。これ以上無理に動けば、本当に機能停止するよ」Arisuは警告し、一歩後退した。


「失せろ!」Kiriは引かない。勢いをつけて、Arisuの腰をめがけて真っ直ぐに蹴りを放った。今度はArisuは受け止めず、腰を捻ってそれをかわし、自身の体をかすめ去った速度と威力を分析した。


「異常な力だ……システムがHVIを封印しているなら、君の身体能力がこのレベルを維持できるはずがない」


Arisuは呟き、瞬きをした。「君の数値は940じゃない。1000を超えているはずだ。そして何より、Aegisの壁が君の力を封印できていない」


Kiriは口角をわずかに上げ、その息遣いは荒くなっていた。「ハハ……正解だ。私のHVIは1050+さ」


「プラス記号か……」Arisuは復唱した。


やはり、Kiri Mikadoはただの普通の生徒ではない。そのプラス記号は、未確認の限界値、あるいは何らかの生体的介入を意味しているのだ。


武器を失ったKiriは、素手での狂気じみた攻撃へと切り替えた。彼女の攻撃はますます威力を増していくが、同時に常軌を逸し、制御不能に陥っていく。彼女は木の幹を蹴り、その反発力を借りて跳躍した。


二つの影がぶつかり合い、離れ、そして低い枝葉の上で絶え間なく激突を繰り返す。枯れ枝がボキボキと折れ、地面へとバラバラに降り注いだ。


「おい! これが帝国の最終兵器かい? さっきからなんで避けてばっかりなんだよ!? 私を見下してるのか!?」Kiriは叫び、胸を激しく上下させた。


「君は自らを破滅させようとしている。自滅していく者と戦うのに、体力を消耗する必要はない」Arisuは答え、彼女の踵落としを軽やかにかわした。


「このクソ野郎が!」


怒りが理性を曇らせる。Kiriは空中で身を翻し、残された全ての力を振り絞って回し蹴りを放った。だが、それはArisuには当たらず、その狂気じみた威力は、Arisuが先ほどまで立っていた極太の古木の枝に真っ直ぐ叩き込まれた。


メキメキッ!


木が引き裂かれる音が耳を劈いた。巨大な枝が幹からへし折れる。その凄まじい重量が、連続する轟音を引き起こした。


Arisuの瞳孔がわずかに見開かれた。その落下軌道は彼の方へは向かっていなかった。それは、真下で不安定に横たわっている巨大な岩へと真っ直ぐに落下していった。


ズガァァン!


その衝突はドミノ倒しのような連鎖反応を引き起こした。不安定だった大岩が古木の枝の直撃を受け、即座に重心を失う。泥濘んだ地面から滑り落ち、轟音を立てて斜面を転がり落ちていく。


そして、その巨大な岩の終着点は……Seriが身動き一つせずに横たわっている場所を真っ直ぐに狙っていた。


Kiriは息を呑んだ。その刹那、一瞬の躊躇いもなく、この捕食者の脳内にはいかなる論理的計算も存在しなかった。


彼女の視界にある世界は全て掻き消え、ただ一人、そこに横たわる小さな妹の姿だけが残った。


「SERIIII!」


Kiriは喉が裂けるほど絶叫した。足を強く踏み込み、物理法則を無視したかのような速度で急加速する。その極限の速度が、彼女の全身の傷口を限界まで引き裂く。胸やふくらはぎから鮮血が激しく吹き出し、雨の幕の中へ飛び散った。


Kiriは飛び込み、Seriを覆い隠した。しかし、巨大な岩はすでに頭上まで迫り、夜空を完全に覆い隠していた。Kiriのボロボロの足は、二人を衝突範囲から引きずり出すためのあと一歩さえも、もはや踏み出すことができなかった。


残りわずかコンマ五秒。


最も原始的な本能に従い、KiriはSeriを力強く胸元へ引き寄せ、妹の身体をきつく抱きしめると、迷うことなく背を向けた。それは絶対的な防御の姿勢。血まみれの自身の背中を肉の盾とし、ごくわずかな希望と共に死を受け入れる構えだった。


ゴゴゴッ……ギィン!


鈍重な衝突音が響き、それに伴い、何かが押しつぶされるような背筋の凍る音が轟いた。

だが……一秒、そして二秒と経過しても、破滅が降りかかることはなかった。


顔に滴り落ちる生臭い血の匂いと混ざり合った、その見慣れた温もりがSeriを目覚めさせた。彼女はゆっくりと目を細め、短い昏睡からぼんやりと意識を取り戻す。闇夜と、Kiriの力なく垂れ下がる髪の隙間を通して、Seriは見上げた。


彼らのすぐ頭上、そこにArisuが立っていた。


彼は自身の背中とたくましい両肩の全てを障壁とし、全力を振り絞って、自身の体の四倍はある巨大な岩を完全に食い止めていたのだ。


凄まじい圧力により、彼の踵の泥はくるぶしの深さまで沈み込んでいた。これほどの巨大な圧力を背負いながらも、Arisuの顔は風の止んだ湖面のように平穏であり、ただ静かに眼下の光景を見下ろしていた。


「Ari……su……何してるの?」Seriは弱々しい声で呟いた。


「君のお姉さんを引っ張り出して」Arisuは端的に答えた。そこに余韻は一切ない。


その時になって初めて、Seriは自分を強く抱きしめている腕の存在に呆然と気がついた。「あっ……Kiri……」Seriは身震いした。


反射的に彼女は押し除けようとしたが、岩を背中で受け止めているArisuの姿を見上げ、そして自分をすっぽりと覆い隠している姉の背中を見た時……すべてのピースがピタリと合わさった。


彼女は……私を守ろうとしていた。


それが唯一にして、最も狂気を孕み、しかしまぎれもない今の現実の真実だった。

残りわずかな力を振り絞り、Seriは慌てて後ずさりしながら、Kiriの力無く崩れた身体を危険領域の外へと引っ張り出した。


二人の安全を確認すると、Arisuは肩の筋肉を緩め、身をかわして岩が斜面の下へと再び轟音を立てて転がり落ちていくのに任せた。


Kiriは木の根元に寄りかかり、その呼吸は感知できないほど微弱になっていた。開いた傷口からは血が絶え間なく流れ出し、彼女の最後の生命力を絞り尽くしていく。


Seriは横に跪いたが、その両手は宙を浮いたまま、ボロボロに砕け散ったその身体に触れることすらできなかった。


「どうして……お姉ちゃん……」Seriの声は砕け散り、喉の奥に苦く詰まった。


Kiriは苦しげに目を開けた。彼女は妹を見つめ、血の気の引いた唇をゆっくりと持ち上げて、疲労に満ちた笑みを浮かべた。


「お前は……いつも弱虫だね……」彼女は掠れた声で、一語一語を途切れ途切れにこぼした。「言っただろ……逃げろって……この一族に……二匹の怪物は要らないんだ……」


Kiriの息は細くなり、灰色の瞳が濁っていった。


「生きな、Seri……」


最期の言葉が終わるや否や、Kiriの頭はSeriの肩へと滑り落ちた。彼女の身体は意識を失い、腕がだらりと垂れ下がり、土砂降りの雨の下で冷たくなり始めた。


「Kiri……Kiri!」極限のパニックが射手の冷静さを完全に飲み込んだ。Seriは姉を抱きしめ、胸の鼓動が次第に薄れ、そして完全に消え去っていくのを感じた。「お姉ちゃんのExo-skin……Exo-skinはどこ!?」


Seriはパニックに陥りながらボロボロのポケットを探り、泥水の中を必死に見回した。彼女の視線がピタリと止まる。


青色のデバイスの欠片が、泥の中に無残に転がっていた。戦闘中に飛んできた岩が直撃したのだ。金属のシェルはへこみ、内部のマイクロチップは粉々に砕け散っている。KiriのExo-skinコントローラーは、完全に破壊されていた。


「嘘……そんな……」Seriは呆然と呟いた。彼女は目を見開き、その鉄屑を凝視した。


Exo-skinがないということは、すべての致命傷が肉体に直接作用することを意味する。Kiriは死ぬ。この忌々しい模擬戦の戦場で、本当に死んでしまうのだ。


おそらく……武器を捨て、背を向けて妹の盾となったあの瞬間から、Kiriは自らこの結末を覚悟していたのだろう。


「助けて……誰か助けて……Kiri、死んじゃダメ!」Seriの気丈な鎧が完全に崩れ去った。彼女は声を上げて泣きじゃくり、半狂乱になってKiriの冷たい身体を抱きしめた。自身の小さな手が真っ赤な血に染まっていくのも構わずに。


ピッ。


けたたましい雨音の只中で、薄く乾いた電子音が鳴り響いた。


Seriは顔を上げた。Arisuが後ろに下がって立っていた。彼の指は、自身の頸動脈を強く押し込んだ直後だった。


彼を覆っていたナノ保護膜が即座に振動し、鋼の鱗のように肌から剥がれ落ち、漆黒の長方形デバイスへと収束していく。


一秒の躊躇もなかった。一言の説明もなかった。


Arisuは歩み寄り、そのデバイスをKiriのうなじへと真っ直ぐに押し当てた。生体認証システムが強制的に上書きされる。Fクラスの漆黒のナノ層が即座に拡散し、姉のボロボロの身体を包み込み、すっぽりと覆った。


AIシステムが自動で起動し、緊急鎮静剤を投与して、命を保つためにKiriを「臨床的死亡」状態へと強制ロックした。


Kiriは公式に試験から脱落した。しかし、彼女は生き延びたのだ。


「システムはまだ僕のExo-skinを認識している。Kiriは……もう安全だよ」Arisuは一定のトーンで言った。


0号の口調は依然として平坦であり、この身を切るような寒さと雨の下で、今や彼が薄っぺらい制服一枚しか着ていないという事実を意に介していなかった。


彼は数分前に自分を殺そうとした者を救うために、自らの「命の保険」を投げ捨てたのだ。


Seriの身体はガタガタと激しく震えた。「Arisu、君は狂ってるよ……それを外したんだよ……もし今、流れ弾が一発でも当たったら……本当に死んじゃうんだよ!」


Arisuは答えることさえしなかった。彼はコクーン化されたKiriの身体をそっと引いて木の根元に完全に寄りかからせると、静かに歩み寄り、Seriの目の前の泥水の中に片膝をついた。


彼は無残に折れ曲がった彼女の右腕を持ち上げた。「少し我慢して。君の腕をこのままにしておくわけにはいかない」


ポキッ!


Arisuは躊躇いなく関節を元の位置に整復した。


「うっ……あぐっ!」Seriは下唇を血が出るほど強く噛み締めた。激痛に全身が激しく震え、額には冷や汗が浮かぶ。


機械のような正確さで、Arisuは腰のタクティカルポーチからガーゼと医療用添え木を取り出し、手際よくSeriの腕を固定した。


その後、彼の温かい両手が伸び、Seriの首や頬に絆創膏を一枚ずつ貼り、血の滲む擦り傷の上を優しく撫でた。


Arisuの静けさ。彼の手のひらから伝わる温もり。そして、生存の論理を完全に度外視した保護行動。それら全てが最後の一撃となり、小柄な少女の心理的耐久限界を完全に崩壊させた。


喉の奥に詰まるやるせなさ。唯一の肉親を失いかけた極限の恐怖。そして何よりも、この少年が自らの命すら投げ打って自分の世界を救済してくれたことに対する、圧倒的で強烈な心の震え。


すべてが渦を巻き、冷徹な射手の理性を粉砕した。Seriはしゃくりあげて声を上げて泣き出した。肩が震える。無意識のうちに彼女の身体は身を乗り出し、無事だった左手が不器用に伸びていった。


彼女はArisuにすがりつきたかった。そのたくましい胸に顔を埋めたかった。彼をきつく抱きしめ、十数年もの間一族によって生き埋めにされてきた自らの弱さを思い切り叫び、泣き晴らしたかった。


ビーッ……ビーッ……ビーッ……


Arisuの耳にあるKiminukoのピアスが突突として振動した。耳を劈くような緊急の警告音が鳴り響き、ようやく形成されかけた感情のシャボン玉を無残に切り裂いた。


Seriの動作は宙でピタリと止まった。震えながら伸ばされた彼女の手は……Arisuの胸からわずか数ミリのところで止まった。

4. 第八拠点からの宣戦布告


Arisuは手を伸ばし、Kiminukoのピアスに触れた。彼は躊躇うことなく通話ボタンを押し、スピーカーをオンにした。


森の静寂は、極小の通信機から響く混沌とした音によって即座に引き裂かれた。むせび泣くような荒い息遣い。泥濘みをバチャバチャと踏みしめるパニック状態の足音。遠くで響く乾いた銃声。そして、砕け散ったような声。


「Arisu……ひっ……」


「Mika」Arisuの声のトーンは変わらない。「何があった?」


「みんな……奇襲されて……私たちのクラス全員……全滅しちゃった……助けて……私たちを……」


Mikaの放つ一言一言が、Seriの鼓膜を貫く鋭いナイフのように耳に突き刺さった。


震えながら伸ばされていた彼女の左手は宙でピタリと止まり、そして力なく冷たい泥の表面へとぽちゃりと落ちた。芽生えたばかりの、弱音を吐きたい、守られたいという微かな渇望は、現実の足元で即座に粉々に踏み躙られた。


「Mika……全滅ってどういうこと!?」Seriは身を乗り出し、喉をかきむしるような声でピアスに向かって叫んだ。


「Seri……無事だったんだ……よかった……」


「今はそんなこと言ってる場合じゃない! Haruは!? Aoiは!?」


通信の向こう側から返事はなかった。ただ絶望的な啜り泣きと、空気を切り裂く身の毛もよだつような銃弾の音だけが残されていた。


Arisuは手を伸ばしてSeriの視線を遮り、彼女のパニックを断ち切った。彼は即座に戦場における指揮官のモードへと切り替わった。


「わかった、落ち着け、Mika。君たちの現在の座標はどこだ? 合流しよう。今最も優先すべきは、生存者の安全を確保することだ」


「私たち……第七拠点の方へ少しずつ後退してる……」Mikaはしゃくり上げた。


ドーン!


銃声ではない。それは巨視的な変化から反響した音だった。Mikaが言い終えたまさにその瞬間、遠くの地平線で、第八拠点の巨大な漆黒のレーザー光の帯が突如として消灯した。


新たな光の柱が天空へと真っ直ぐに突き刺さり、夜闇と土砂降りの雨を引き裂いた。


血のような赤色。


眩しく、傲慢で、そして残酷。宣戦布告の合図だ。第八拠点は、正式に Class D の手に落ちた。


Seriの瞳孔が極限まで収縮した。罪悪感が高潮のように押し寄せ、神経細胞の一つ一つを蝕み、噛み千切っていく。


全部、私のせいだ。


「私のせいだ……」Seriは震えながら呟いた。彼女は身を縮め、雨の中で激しく震える肩を左手で強く抱きしめた。「私が身勝手に離れたから……君を巻き込んだから……クラスのみんなを巻き添えにしてしまった……」


個人的な恩怨に決着をつけるため、彼女は独断で陣地を空けた。Arisuを引き連れ、Class F の最大の防衛戦力と最強の頭脳を奪い去ってしまった。


彼女自身が間接的に、友人たちの命を Class D という狼の群れに差し出してしまったのだ。後悔の涙が溢れ出し、熱く、しょっぱく、血の滲む頬の擦り傷を伝って流れ落ちた。


Arisuは平然と、KiminukoからHoloのスコアボードを開いた。空中に表示された数字の羅列が、冷ややかな光を放つ。


Class F - 270ポイント

.

Arisuが最後に Class F のスコアを見た時は36人生存の640ポイントだった。Arisuの脳内アルゴリズムが即座に答えを弾き出す。被害者数は「約30人」に上る可能性がある。


「泣いている時間はないよ、Seri」Arisuは指で軽く叩き、Holoの画面を閉じた。「かなりの人数を失ったが、まだMikaと行動を共にしている生存者がいる。彼らを見つけ出さなければ」


彼は身を屈め、距離を縮めた。平穏でありながらも千金の重みを持つその視線が、涙で滲むSeriの瞳を真っ直ぐに射抜く。


「最後まで戦い抜くんだ。離脱したのは君の決断だが、同行したのは僕の選択だ。この責任は、僕も一緒に背負う」


Arisuの声が一言一言、はっきりと響き渡った。そこに慰めや宥めはなく、ただ対等な論理だけがあった。「僕たちは相棒だ。だから、君がここで弱音を吐くことは許されない」


Arisuはゆっくりと背筋を伸ばし、上から見下ろした。


「立ちなよ、Seri。もし今君のメンタルが崩壊すれば、僕たちの戦闘能力はゼロになり、あいつらも死ぬことになる。君はたった今、Class B の指揮官と死闘を繰り広げたばかりだろう。君は臆病者じゃない」


Arisuの放つ言葉の一つ一つが、冷たい氷の塊となってSeriの心臓に突き刺さる。それが最も過酷な生存本能を呼び覚ました。


Seriはハッとした。口角から再び鮮血が滲み出るほど、彼女は奥歯を強く噛み締めた。


折れた腕の疼くような痛み、あそこで微動だにせず横たわっている姉を失ったという事実、そしてチームメイトへの骨の髄まで染みるような自責の念……それら全てを、彼女は無理やり押し殺した。それらを深く押し込め、理性を用いて魂の底で全てを凍結させたのだ。


今この時、涙は屈辱でしかない。この戦場の只中において、弱さは罪と同義だった。


Seriは左手を上げ、顔を乱暴に拭い、血の混じった涙を完全に拭き取った。彼女が顔を上げた時、そのパニックは完全に消え去っていた。


彼女の瞳が険しくなる。冷酷で。虚ろで。そして残忍。Kiriの眼差しと全く同じだった。


「わかった。理解したわ」


Seriは這いつくばるようにして起き上がった。ギプスで固定され力なく垂れ下がる片腕とは裏腹に、もう片方の手は躊躇なく伸び、泥の中からダガーナイフを引き抜いた。太ももの傷のせいで、その足取りは未だに引きずったままだった。


彼女は身を屈め、泥だらけでボロボロになった Class F の黒い制服のジャケットを拾い上げ、肩に軽く羽織った。泥まみれになろうとも、大罪を背負おうとも、彼女は依然として Class F ナンバーワンの射手だった。


「行くよ、Arisu」


静まり返った、死を思わせるような佇まいが戻ってきた。感情の壁は強固に築き上げられ、二度と打ち破られることはない。


Arisuは頷いた。二つの影は、瞬く間に漆黒の夜闇へと溶け込んでいった。


5. 蛇の群れの脱皮。


40分前。同じような血みどろの雨が、座標 H15 を吹き荒れていた。


19:40。この時、第八拠点はまだ、雨の幕の下で偽りの平穏に沈んでいた。


第八拠点からわずか300メートルしか離れていない、泥濘にまみれた深い森の中。Ryokuはそこに座っていた。


巨大な古木の陰で、彼は岩の上で足を組み、悠然と膝の上で指を叩いてリズムを取っていた。彼の周囲では、Class D の漆黒の影たちが沈黙のまま命令を待って立っている。


南の方向から、泥の中をバチャバチャと歩く音が響いた。Minervaが偵察部隊を率いて、霞んだ茂みの中から姿を現した。


「帰還したわ」Minervaは報告し、雨水で顔に張り付いた髪の毛を後ろに撫でつけた。


彼女の部隊は8人で構成されており、第九拠点と第十拠点から撤退してきたばかりだった。この合流により、H15 における Class D の総兵力は24人に達した。これこそが総力戦力、谷での過酷な殺戮の渦を生き延びた、残存する毒蛇たちだった。


近くの木に背を預けていたHoltzが、到着したばかりの隊列をチラリと流し見した。「お前ら、2人も失ったのかよ?」


Minervaは舌打ちをし、泥に向かって唾を吐き捨てた。「Class F の連中と出くわしたのよ。あいつら銃を召喚して真っ直ぐ撃ち込んできやがった。素手で白兵戦なんかやって、誰が勝てるってのよ?」


隊列の後方からChisaが前に出た。彼女の視線が群衆をスキャンし、眉が微かにひそめられる。


「チッ。指揮官はほぼ全滅ってわけ? Class B と Class C の連中、そこまで手強かったの、Holtz?」


「手強かったのは確かだな」Holtzは肩をすくめ、投げやりな口調で言った。「今残ってる指揮官は、俺とリーダーのBrutus、それにRyokuの兄貴だけだ。だが、その価値はあったぜ。Class B と Class C は今じゃもうボロボロだ。死を待って飛び回ってるハエや蚊と大して変わらねぇよ。俺を信じな」


「でも問題は、第九拠点と第十拠点を空っぽにして、他の連中にコソコソと奪われないかってことよ」Chisaは未だに懸念を隠しきれなかった。


「落ち着きなよ、僕の友だち」


一つの声が響いた。大きな声ではなかったが、その粘り気のある、ねっとりとした音色が、全員を黙らせた。Ryokuは頬杖をつき、青白い笑みを浮かべていた。


「ふむ、吉時は来たようだね。現在僕たちが持っている軍需物資は、2丁のバースト射撃用ライフルだ」


彼はゆっくりと立ち上がり、両手をパンパンと叩いた。Ryokuは、傍で静かに腕を組んで立っている大男のBrutusへと視線を流した。


「僕たちのリーダーには、この先に待つもっと面白い戦いのために体力を温存してもらわなきゃいけない。だから、今回彼は一時的に戦闘部隊には参加しないよ」


そう言うと、Ryokuは空中に手を掲げた。彼の指がパチンと音を鳴らす。


合図を待っていたかのように、プロペラが空気を切り裂くブーンという音が上空から響いてきた。12機のDroneが高度を下げて木々の隙間を抜け、軍事用補給物資の入った木箱を Class D の目の前の地面へとドスンと投下した。


「みんなにプレゼントがあるんだ」Ryokuは満面の笑みを浮かべ、一番近くにある箱へと悠然と歩み寄った。


彼はロックを外し、箱の蓋を跳ね上げた。黒いスポンジのクッションの中には、漆黒の軍用ハンドガンが整然と並べられていた。


「Class B と Class C の同盟軍から奪い取った25キルのおかげで、僕たちのポイント資金には、このおもちゃの山を丸ごと買うだけの十分な余裕があるのさ」Ryokuは指先でハンドガンを1丁つまみ上げ、人差し指の周りでくるくると回した。


「それにハンドガンは……身を寄せ合って震えているネズミの群れを奇襲するには、最高に完璧で効率的な武器だからね」


Brutusは武器の山を見つめた。その粗野な顔には何の感情も浮かんでいない。「だが、どうやってこの連中を潜入させるつもりだ?」


彼は低く濁った、一定のトーンの声で尋ねた。「Class F はすでに警戒網を張っている。空でも飛べない限り、見つからずに侵入するのはほぼ不可能だぞ」


その質問を聞き、Ryokuは口角を微かに吊り上げた。彼の笑みは次第に深くなり、耳の横まで裂け、他人の魂を操ることを専門とする者の残忍さを完全にあらわにした。


「その通り。だからこそ、僕はあらかじめ最も重要な切り札を……僕たちの中に用意しておいたのさ」彼はハンドガンを腰のホルスターに収め、服のシワを撫でて整えた。


「僕の愛しの小さなHimawariが、西の方で待ってくれている。さあ、彼女を迎えに行こうか、みんな」


「出陣だ!」


Brutusが咆哮した。下された命令が、雨の冷たさを打ち払う。


Class D の20人を超える影たちが、一斉に前へ出て武器を手に取った。カチャカチャと一斉に弾を装填する音が鳴り響く。彼らは陣形を広げ、勝利を確信した捕食者の殺気を放ちながら、容赦のない掃討戦に備えて闇の中へと紛れ込んでいった。


目標:第八拠点。


6. 血塗られた灯台


システム画面の時計の針が19:50という数字へと切り替わった。


Ririsa が休憩用テントで深い眠りに落ちたことを確認してから、Kanna は静かに身を躱すように外へと出た。


「チッ……まだ足が痛いな」


彼女は微かに顔をしかめ、午前の偵察任務で負傷し、未だに腫れている足首をさすった。Kanna は水たまりを避けながら足を引きずり、一歩一歩、Himawari を監禁している医療用テントへと戻っていった。


だが、テントの入り口まであと三歩というところで、Kanna の足が突如としてピタリと止まった。


彼女の鼻が微かにピクッと動く。凍てつくような雷雨と湿った森の土の生臭さに混じって、奇妙な別の匂いが忍び寄っていた。


鉄錆の匂い。生臭い。極めて濃厚な。


偵察兵としての本能が、即座に Kanna の全身の鳥肌を立たせた。彼女はナイフを抜き放ち、左手で瞬時にスイッチを弾いて手首の下に装着された軍用フラッシュライトを点灯させると同時に、肩で強くぶつかり、医療用テントの入り口の幌を力任せに押し開けた。


フラッシュライトからの眩い白い光が暗闇を薙ぎ払い、中央に置かれた野戦用の簡易ベッドを真っ直ぐに照らし出した。


Kanna の目の前に現れた光景は、彼女が頭の中で描いていたどんな最悪のシナリオをも遥かに超える、おぞましいものだった。


Yuu Kisaragi は死んでいた。


彼の身体は硬直していた。生存の限界値を超えるダメージを検知した Exo-skin 保護システムの作用により、身を丸めた姿勢のまま完全にロックされている。


両手は未だに、ズタズタに引き裂かれた自身の喉を強く掻き毟るような姿勢で凍りついており、噴き出した鮮血が灰色のシーツの一部を真っ赤に染め上げていた。


ベッドの周囲には、引っ掻き傷や、散乱した医療用トレイ、空の薬包が散らばっており、暗闇の中で短くも残虐な揉み合いが行われたことを物語っていた。


「クソッ! 絶対何かあると思ってたんだ!」


Kanna は声を詰まらせながら咆哮した。彼女は躊躇うことなく、即座に左耳の Kiminuko のピアスを強く押し込み、緊急通信の周波数を起動した。


「Class F の全体チャンネル! みんな聞こえる!? 人質が逃走した! 緊急事態――」


しかし、小柄な偵察兵の警告の叫びが言い終わるよりも早く、彼女の喉から発せられたその音波は、雨の幕の外で息を潜める狩人に、無自覚にも自身の正確な位置を知らせてしまっていた。


ズドンッ!


耳を劈くような銃声が夜闇を切り裂いた。敵のバースト射撃用ライフルから放たれた銃弾は、残酷なまでに冷徹で正確無比だった。


弾丸は Kanna の左胸に真っ直ぐに突き刺さった。凄まじい衝撃が彼女の小さな身体を後方へと吹き飛ばし、野戦用の木箱の山に激しく叩きつけた。Kanna の視界がぼやけ、一瞬にして真っ暗になった。


Exo-skin のナノ保護層が即座に致命傷を感知し、彼女の全身の関節を死亡状態として強制的にロックした。彼女は崩れ落ち、もはや一言も発することはできなかった。


100メートル以上離れた場所、葉に覆い隠された高い木の股の上で、Holtz は焦げ臭い煙を上げるバースト射撃用ライフルの銃身を下ろした。彼は口角を吊り上げて嘲笑い、銃口にフッと軽く息を吹きかけた。


「一人目。どうしてあんなに隙だらけなんだろうな?」


銃声と、システムマップ上に表示された Kanna の死亡信号は、まるで火薬樽に投げ込まれた火種のようなものだった。


「奇襲よ! クソッ! 全軍、戦闘準備!」


中央の指揮テントから、Aoi の空気を切り裂くような叫び声が響き渡った。


彼女の命令が陣形の各末端に行き渡る前に、本物の弾丸の嵐が 第八拠点 全体を容赦なく蹂躙し始めた。


暗い夜闇と咆哮する雨音を貫いて、何十本もの真っ赤な赤外線レーザーが突如として現れた。それらはテントの壁をあちこちと薙ぎ払い、まるで何万もの赤く光る悪魔の目が獲物を探し回っているかのように見えた。


ズドンッ! ズドンッ!


タタッ……タタッ……


2丁のバースト射撃用ライフルが遠距離から連続で火を噴き、岩壁に反響する轟音を生み出していく。


その直後、近距離からのハンドガンの連射が密集して交差した。Class D は決して無闇に弾をばら撒いてはいない。彼らは弓なりの陣形で移動しながら、遮蔽物を見つける間もなくパニックになって外へ飛び出してきた、無防備な標的たちを真っ直ぐに狙い撃ちしていた。


外周で警備に当たっていた Class F のメンバー5人は、最初の一斉射撃で即座に被弾した。彼らは泥溜まりに倒れ込み、Exo-skin によって身体を完全にロックされ、助けを呼ぶ声すら上げることなく沈黙した。


第八拠点 は、開始からわずか10秒足らずで完全に劣勢に立たされた。


「あいつら銃を持ってる! 明るい場所から散開して!」Aoi は声を裏返らせながら叫んだ。


極めて鋭い戦術的思考により、彼女は即座に悟った。もしチーム全員が空き地の真ん中を無秩序に逃げ回れば、敵の遠距離火力の格好の動く的になってしまうということを。


「Ryo! ロープを切って! 今すぐテントを崩して!」


Ryo は中央のテントの鉄箱の山の陰に身を潜めていた。命令を聞くと、彼の目には断固たる光が閃いた。彼は立ち上がることなく、地面に這いつくばったまま腰のタクティカルダガーを引き抜き、腕を振るって勢いよく切りつけた。


ザシュッ!


ザシュッ!


張力のかかっていたワイヤーロープがブツンという音を立てて切断された。Ryo は鉄製の中央支柱を足で力強く蹴り飛ばした。


その瞬間、雨水をたっぷり吸って重くなった巨大な軍用テントの幌が、ドサリと轟音を立てて崩れ落ち、Class F の野戦キャンプ全体をすっぽりと覆い隠した。


瞬きする間に、先ほどまで壮観だった 第八拠点 は、しわくちゃになったキャンバス地の崩落した残骸へと姿を変えた。それは無数のひだや、デコボコとした窪み、奇妙な死角を生み出し、外にいる Class D の射手たちからの視界を完全に遮断した。


「クソが! あいつら、どこからあんなに銃を調達しやがったんだ!?」Ryo は水浸しの幌の下を這いながら、歯を食いしばって悪態をついた。「なんで外周の警戒システムがピクリとも反応しなかった? どうやってここまで入り込みやがったんだよ!?」


Aoi は、崩れ落ちた幌の下にすっぽりと隠れた鉄箱の角に背中を密着させていた。彼女はすぐにピアスを使って、近くの兵站エリアにいる Kanade を呼んだ。


「Kanade! そっちの状況はどう!?」


「私……私は無事! Ririsa のすぐそばに隠れてる!」通信の向こう側で Kanade はしゃくり上げ、その声にはむせび泣きが混じっていた。「でも Kanna が……外周を警備してたみんなも……全員死んじゃったよ、Aoi!」


Aoi は、爪が手のひらに食い込んで痛むほど強く拳を握りしめた。彼女は溢れ出そうになる涙を拭い、通信チャンネルを切り替えた。


「Asuka! 無事!?」


「無事よ! 私とあと二人、西側の幌の下で身動きが取れなくなってるけど! まだ誰も重傷は負ってない!」Asuka の声が響いた。パニックになりながらも、必死に冷静さを保とうとしているのが分かる。


「よく聞いて、全員そのままの隠れ場所を維持して! 絶対に頭を出しちゃダメよ! 今の私たちの任務は、生き延びて機を待つこと!」Aoi は命令を下した。


しかし、引き裂かれた幌を貫通する銃弾の音が、彼女の耳のすぐそばでますます激しく響き始めた。Class D は位置を探り出すために制圧射撃を行っているのだ。


Aoi は歯を食いしばり、第七拠点 にいる Haru との個人チャンネルに切り替えた。


「Haru! 第八拠点 が奇襲された……」


「何だって!?」通信の向こう側で、Haru はひどく慌てた様子で叫び、ドタドタと激しく走る足音が響いてきた。「Aoi! どういうことだ!?」


「ごめんなさい……外周システムが全く警告しなかったの。私たちは完全に包囲されて、すでに半分以上がやられたわ……」


Aoi の声は一瞬震えたが、すぐに自らを強いて再び厳しい口調に戻った。「おそらく……私たちはこの戦闘からは逃げ切れない」


「Aoi、落ち着いて僕の言うことを聞いて! なんとか持ち堪えて生き延びるんだ! 第七拠点 の全戦力を集めて助けに——」


「ダメ! こっちに来ないで!」


Aoi は Haru の言葉を遮るように叫んだ。ちょうど2発のバースト射撃の弾丸が、彼女の頭上の木の盾を貫通し、木屑が顔に飛び散った。


Ryo は即座にその巨大な腕を伸ばし、弾幕を避けるために Aoi の肩を乱暴に引っ張って泥濘みの中に低く伏せさせた。


「無茶しないで、Haru! これは絶対に罠よ!」Aoi は荒い息をつき、倒れていった仲間たちのことを思い浮かべると、冷たい雨水と混じった涙が頬を伝って流れ落ちた。


「拠点を守りきれなくてごめんなさい……でも、私たちは最後の息が尽きるまで戦う。あなたは指揮官なんだから、絶対に感情に流されちゃダメよ!」


「Aoi……だめだ……」


「私の言うことを聞いて!」


プツッ。


Aoi はきっぱりと通信を切断した。この矢面に立つ過酷な状況で、彼女はこれ以上一秒たりとも自分が弱気になることを許さなかった。


横に伏せている Ryo は、歯の隙間から音が漏れるほど強く歯を食いしばっていた。彼は Aoi を横目で見て、突如としてその口角を野性味に溢れた凶悪な笑みへと吊り上げた。


「このクソみたいな状況を見てるとよ……前の二回の試験を思い出すぜ。で、次は何をするんだ、指揮官?」彼は一定のトーンで尋ねた。その目は殺気でギラギラと燃えている。


Aoi は言葉では答えなかった。彼女はずぶ濡れになった戦闘用制服のスカートの下に手を伸ばし、漆黒の軍用ハンドガンを躊躇いなく引き抜いた。島に上がる前、Arisu が自ら彼女に手渡した保険の武器である。


カチャッ。


幌の下の狭い空間に、スライドを引く乾いた鋭い音が響いた。


「あいつらに教えてやるのよ……Class F は簡単に虐められるような連中じゃないって」


Aoi の手にある銃を見て、Ryo の笑みはさらに深くなった。「それでこそ、Class F の鬼婆だぜ」彼は獰猛に笑った。


「待ってて。あいつらはもうすぐ射撃をやめるわ」Aoi はピアスを口元に近づけ、残骸の下に隠れているすべての生存者に向けて、最後の命令を囁いた。


「銃声が止んだ時……それこそが逆狩りの始まりよ」


Aoi の予測通りだった。


標的が崩落した巨大な幌の下に完全に隠されたことに気づき、Class D からの制圧射撃は突如としてピタリと止んだ。彼らは、無機質な幌に向かって無駄に弾薬を浪費するような素人ではなかった。


恐ろしい静寂が、再び 第八拠点 を包み込んだ。それは先ほどの銃声よりもさらに恐ろしく、息が詰まるような静寂だった。


漆黒の夜闇が突如として引き裂かれた。彼の手作りスピーカーから発せられる、ねっとりとした声によって。


「僕の遊び場へようこそ、皆さん!」


極限まで興奮した Ryoku の甲高い声が、土砂降りの雨を突き抜けて響き渡った。


「ねえ Class F のみんな、僕のプレゼントは気に入ってくれたかな? どうだろう、一つゲームでもしないかい? Class D の遠距離火力は全て射撃を停止するから……」


彼は一拍置いた。水浸しになった幌越しに、Class F のメンバーたちは、指揮台から響いてくる彼の異常で気味の悪い笑い声をはっきりと聞き取ることができた。


「代わりに、僕たちが狩りに行くよ」


Ryoku は頬杖をつき、目を細めて戦場を見下ろした。「Holtz、Chisa、Minerva。君たちの番だよ。部隊を連れて降りてくれ」


軍靴が泥を強く踏みしめる音がドタドタと響き渡る。Class D の3人の上級指揮官は、それぞれ完全武装した4人の手下を引き連れ、15人の奇襲小隊を形成してキャンプへと一気に滑り降りた。


「ルールは簡単だ。この15人が君たちをしらみつぶしに探す。メインターゲットは Aoi Tsuguri だ。彼女を捕まえた狩人には、誰であろうとご褒美をあげよう」Ryoku は指でトントンと叩いた。


「それ以外の奴らは……全員殺せ。上にいる僕たちは、ただ見物させてもらうよ」


15個の黒い影が三方向へ散開し、軍用テントの幌を踏み躙っていく。しわくちゃになったキャンバス地の下で、Class F のメンバーたちは息を潜め、粗末な武器を強く握りしめていた。


ザクッ。


Holtz の小隊が、盛り上がったテントのシワを踏んだ瞬間。即座に、水を含んだ布地の下から、野性味に満ちた咆哮が響き渡った。


「死に晒せやァァッ!」


ドンッ!


雨水を吸って重くなった巨大な幌が空高く跳ね上げられた。Ryo が檻から放たれた野獣のように飛び出してきた。この前衛は自らの筋力のすべてを使い、その勢いで Class D の兵士2人を後方へと激しく吹き飛ばした。


「クソッ! Nishihiko だ!」Class D の一人が這い上がりながら、パニックになって叫んだ。


Ryo は奴らに息つく暇も与えなかった。彼は突進し、最も近くにいた男の顔面に千金の重みを持つ拳を叩き込み、泥の中へ殴り飛ばした。


だが次の瞬間、Holtz が身を翻し、Ryo の腰に強烈な横蹴りを見舞った。彼の巨大な身体がよろめき、片膝をついて崩れ落ちる。


「また会ったな、金髪」Holtz は凄み、安全な距離まで一歩下がった。


Ryo は立ち上がろうとしたが、Holtz が手を振る。即座に4人の手下が飛びかかり、銃を使って彼を泥に押さえつけ、両手をがっちりと拘束した。


Ryo は顔を上げた。泥と雨水がその凶悪な顔を流れ落ちる。彼は無駄な抵抗はせず、血の滲んだ歯を剥き出しにし、真っ赤な血が混じった唾を Holtz のブーツのつま先に向かってペッと吐き捨てた。


「卑怯者どもめ。度胸があるなら銃を捨てて、俺とタイマン張れよ」


ドスッ!


Holtz は前へ出ると、Ryo の脇腹に全力で拳を叩き込んだ。前衛は乾いた咳をし、血を吐き出したが、その目は依然として軽蔑の炎で燃え上がり、敵をしっかりと睨みつけていた。


「生憎と時間がねぇんだ。だから今は、銃を使ったルールでしか遊んでやれねぇんだよ、Nishihiko」Holtz はハンドガンを引き抜き、口角を歪めた。「これで二回目だぞ。お前、口が減らねぇな」


「お前みたいに引き金の後ろに隠れてるような臆病者は……腐るほど見てきたんだよ、豚野郎」Ryo は獰猛に笑った。彼は瞬き一つせず、胸を真っ直ぐに張り出して死を受け入れた。


Holtz は冷酷に二歩下がり、黒光りする銃口を突きつけた。


ズドン! ズドン!


2発の弾丸が Ryo の胸板に真っ直ぐ突き刺さった。撃ち抜かれた反動で彼の身体が激しく揺れる。鮮血が吹き出し、制服を赤く染め上げた。


だが、Ryo は崩れ落ちなかった。彼は苦痛の悲鳴を上げることも、命乞いをすることもなかった。


「たった……これだけか?」Ryo はくぐもった笑い声を漏らした。理不尽なほどの強靭な意志により、彼は体に力を込め、肩を押さえつけていた2人の手下を勢いよく跳ね除けた。


ヒュン!


Ryo は急加速し、血に染まった両手を突き出して Holtz に向かって真っ直ぐに突進した。相打ち覚悟の一撃で敵の首をへし折ろうというのだ。死にゆく者の荒れ狂う殺気に Holtz は恐怖し、よろめきながら慌てて後退し、危うく転びそうになった。


ズドン! ズドン! ズドン!


背後から3発の鋭い銃声が響き渡った。Holtz の手下たちがパニックに陥り、Ryo の背中に連続して弾を撃ち込んだのだ。


前衛の男は空中でピタリと止まった。残酷な銃弾の威力が、ついに彼の膝をへし折った。Ryo は泥溜まりに崩れ落ち、両目を見開いたまま、前へと突進する姿勢で息絶えた。


「ヒルみてぇに手強えな……5発も喰らってようやく死にやがった……」Holtz は荒い息をつき、額の冷や汗を拭った。金髪の男の死体を前に、その目には隠しきれない戦慄が浮かんでいた。


別の片隅、崩壊したテント跡の中央エリア。


Minerva と数人の手下は、完全に崩れ落ちていないテントの鉄骨の周りで、Asuka と Class F のメンバー2人を追い回していた。泥濘みが Asuka のおしゃれなブーツにこびりつき、彼女のくすんだアッシュグレーの髪は雨で束になって張り付いていた。


「あら、Nahira。また会ったわね」


Minerva は口角を上げた。彼女は腕を振り、一本のダガーナイフを放ち、テントの幌を切り裂いて Asuka の耳のすぐそばの木枠へと深く突き立てた。


「今回は、私を撃つための銃を拾えなかったみたいね?」Minerva は皮肉を言いながら、ゆっくりと歩み寄った。二人とも 第九拠点 での刃傷沙汰による傷を負っており、今再び対峙したことで、その切り傷が脳を刺すように痛み始めていた。


「銃がなくても、お前を刺し殺すことくらいできるわよ」Asuka は低い声で凄んだ。彼女は全く怯むことなく、残された唯一のダガーナイフを引き抜いた。その視線は鋭く、追い詰められた野良猫のように誇り高かった。


Asuka の挑発的な態度が Minerva の血を沸騰させた。彼女は耐えきれず、Asuka の盾となっている木の板を真っ直ぐに蹴り飛ばした。木屑と雨水が激しく飛び散る。


相手が蹴りを出した瞬間を見計らい、Asuka は飛び上がり、Minerva のガラ空きになった腹部へと刃を真っ直ぐに向けた。完璧で、命がけの攻撃だった。


だが次の瞬間、Asuka の瞳孔が見開かれた。


ズドンッ!


近接攻撃ではなかった。Minerva はすでに背中からハンドガンを引き抜いていた。銃口が閃き、冷酷な弾丸が Asuka の右肩を貫き、華奢な関節を粉砕した。


「あっ!」Asuka は一歩後退し、手にしていたナイフが泥の上にポトリと落ちた。


Minerva は好機を逃さなかった。彼女は飛びかかり、膝を使って Asuka を汚い泥濘みへと力任せに押さえつけた。


「あの時の弾丸、返してあげるわ」Minerva は Asuka の首にナイフの刃を当て、ケラケラと笑った。「あーあ、もし時間があったら、お前のその美しい身体をゆっくりと痛めつけてやりたいところなんだけどね」


泥濘みに縫い付けられ、砕けた肩の関節が骨の髄まで痛んだが、Asuka は絶対に一滴の涙もこぼさなかった。彼女はぼやけた瞳で Minerva を真っ直ぐに見上げ、口角を極限まで引き上げて侮蔑の笑みを浮かべた。


「このボロ屑が」Asuka は一言一言を噛み殺し、Class D の暗殺者の顔に吐き捨てた。「お前らは……永遠にただのゴミ屑よ……銃口の後ろに隠れてるだけの、臆病者」


Minerva の顔が怒りで歪んだ。彼女は腕を振り下ろした。刃が突き刺さる。Asuka はもう、二度と動かなくなった。


Minerva は這い上がり、額の雨水を拭うと、脇腹の痛みに小さく歯鳴りさせた。「クソッ、痛くてたまらないわ……あんたたち、処理は終わったの?」


多くの擦り傷を負った4人の Class D メンバーが、Class F の2つの死体を引っ張り出してきた。どちらの死体も、額には黒く焼け焦げた弾痕があった。


「終わりましたよ。こいつら、素手でも思ってたより手強かったです」一人の男が荒い息をつきながら報告した。


「銃を使えば、衆生は皆平等よ」Minerva は銃をホルスターに収めた。「さあ、もっと獲物を探しに行くわよ」


そこから遠くない、テントの暗いシワの隙間。


Kanade は Ririsa を強く抱きしめ、補給箱の山に隠れてできるだけ身体を小さく丸めようとしていた。二人の少女はガタガタと震え上がっていた。


ズドン! ガシャン!


Chisa が暴力的な蹴りを放ち、彼女たちを隠していた幌を吹き飛ばした。手首のフラッシュライトからの光が、Class F の青ざめた二つの顔を真っ直ぐに照らし出す。


「私たちは降伏するわ、Yamaichi!」Kanade は両手を広げ、自分の体で Ririsa を庇った。「一つだけお願い、この子だけは見逃して!」


「はぁ? お前ら、交渉する時間があるって思ってんの?」Chisa は嘲笑い、Kanade の肩越しに視線を走らせて Ririsa をじっと見つめた。「ふーん……私、こういうちっちゃくて、ブルブル震えてるおもちゃ、けっこう好きなのよね」


彼女の歪んだ嗜好に、Kanade は鳥肌が立った。


「だったらさ……あの Tsuguri って女がどこに隠れてるか、吐きなさいよ」Chisa は銃床で顎をトントンと叩いた。


「私はここよ」左側の死角から、冷え切った、断固たる声が響き渡った。


ズドンッ!


空の木箱の下から、Aoi が飛び起きた。彼女の手にあるハンドガンが火を噴く。一発の弾丸が正確に Chisa の手下の一人の頭を撃ち抜き、男をその場に崩れ落ちさせた。


Aoi はわざと発砲し、注意を引きつけたのだ。


指揮官の意図を察し、Kanade は歯を食いしばり、つま先で乾燥した砂の入った箱(Class F が消火用に準備していたもの)を強く引っ掛け、空高く蹴り上げた。


乾燥した砂が風に乗って、Chisa の陣形に真っ直ぐに吹き付けられる。


「ああっ! クソッ!」Chisa と手下たちは目砂を浴び、パニックになって銃を構え、前方へ盲滅法に乱射した。


飛び交う弾幕の中、Kanade は Ririsa の手を強く掴み、テントの外へと飛び出した。「でも、Aoi お姉ちゃんが!」Ririsa はむせび泣きながら振り返った。


弾丸が一発かすり、Kanade の脇腹に突き刺さった。脳天を突くような痛みが胸を切り裂いたが、小柄な偵察兵は血が滲むほど唇を強く噛み締め、声一つ上げることなく、死に物狂いで Ririsa を引きずって漆黒の森へと駆け込んでいった。


「早く逃げて! 走って Haru に知らせて!」彼女たちの背後で、Aoi の声が張り裂けんばかりに叫んでいた。


指揮台の上では、Ryoku が傘を差しながら、必死に夜闇へと逃げ込む小さな二つの影を目を細めて見下ろしていた。数人の Class D の兵士がバースト射撃用ライフルを構え、狙撃しようとした。


Ryoku は手を上げてそれを制止した。「逃がしてやれ」彼は薄く笑った。


「ですが、兄貴……」手下は躊躇いながら銃口を下ろした。


Ryoku は手元で銃のグリップを回し、その目に邪悪な光を閃かせた。「這い蹲って帰る生存者がいなければ……この絶望を誰が広めてくれるっていうんだい?」


眼下では、Aoi が死角を利用して逃走を図っていた。彼女は木箱の隙間をすり抜け、絶えず位置を変え続けている。


(クソッ、せめて道連れに一人くらいは……!)Aoi は内心でそう考え、歯を食いしばってスライドを引き、振り向いて最後の一斉射撃を行おうとした。


ヒュンッ!


鋭く空気を切り裂く音が響いた。極めて正確無比な狙撃弾が飛来し、Aoi の手にある銃のグリップ部分を粉砕した。凄まじい衝撃で銃は遠くへ吹き飛ばされ、彼女の手首は痺れた。


「あっ!」Aoi の瞳孔が収縮する。彼女は見上げた。遠くから、Holtz が高価なおもちゃに狙いを定めたかのような笑みを浮かべていた。


瞬く間に武器を奪われた。Aoi がスカートの下に隠し持っていた護身用のダガーナイフを引き抜く暇もなく、死角から Chisa が飛びかかってきた。


ドスッ!


Chisa が鋭い蹴りを Aoi の脇腹に叩き込んだ。彼女はよろめき、泥の中へ倒れ込んだ。即座に Minerva と Chisa が突進し、Aoi を地面に力任せに押さえつけ、彼女の両腕を背後へとねじ上げた。


「このクソ野郎ども! 離しなさいよ!」Aoi は激しくもがき、憎悪に満ちた目を向けた。


コツ……コツ……と泥を踏む足音がゆっくりと響く。泥濘んだ戦場の真ん中を、Ryoku が歩み寄ってきた。彼の軍靴は比較的綺麗なままだった。彼は首を垂れ、泥に押さえつけられている Aoi を見下ろした。


「おや、おや。君が Class F の実質的な権力を握っている人かい?」Ryoku は手元のハンドガンをくるくると回し、青白い笑みを浮かべた。


彼は顎をしゃくって手下たちに合図した。「彼女を縛り上げろ。少々お尋ねしたいことがあってね」


Aoi の両手首は Holtz によって背中にねじ上げられ、粗いロープできつく縛り上げられた。泥汚れが頬にこびりつき、紫色の髪は乱れていたが、地面に無理やり跪かされてもなお、彼女は高く頭を上げていた。


Aoi の目は、目の前に立つ者を真っ直ぐに睨みつけていた。「殺しなさい」Aoi は一言一言、微塵の震えもなく言い放った。


「まあ、そう怒らないでくれよ、Tsuguri」Ryoku は両手をズボンのポケットに突っ込み、淡々とした笑みを浮かべた。「僕は君のその強さを、けっこう賞賛しているんだぜ」


彼は身を翻し、第八拠点 の中央制御装置の方を見た。Minerva が歩み寄り、コントロールパネルに手を置いて拠点を占拠しようとした。


「待て」Ryoku は手を上げてそれを制した。彼の口角が、陰険な笑みに吊り上がる。「触らないで。Class F の黒いレーザー帯は、そのままにしておけ」


Minerva は訝しんだ。「どうしてですか、兄貴? あいつらはもう全滅したのに」


「消え去った灯台の光は、船を怯えさせて引き返させてしまうからね」


Ryoku は狐のように目を細め、天空へと伸びる漆黒の光の帯を面白そうに見つめた。「だが、灯台の火がまだ点いていれば……飛んで火に入る夏の虫たちを、死地へと真っ直ぐに誘い込める」


Aoi は歯を食いしばり立ち上がろうとした。しかし、身を起こす暇もなく、Holtz のブーツの踵が彼女の膝裏に強く叩き込まれ、泥の中に無理やり跪かせられた。


「大人しく座ってろ。もう一歩でも動いたら、足をへし折るぞ」Holtz が冷酷に脅した。


Aoi は絶望して目を上げた。彼女の周囲には仲間たちの死体が転がり、流れた血が地面を赤く染め上げていた。


「絶景だろう? 僕が言った通りだ、ここに座って景色を眺めるのは10点満点だって」Ryoku は、まるで芸術作品を鑑賞しているかのような口調で感嘆した。


Aoi の目尻に涙が溢れた。恐怖からではなく、悔しさからだった。「このクソ野郎……どうやって私たちの警戒網をくぐり抜けたのよ?」


「そうだな、ここにお客さんが十分に揃ったら、とても面白いお話を聞かせてあげるよ」


Ryoku は Aoi の前にしゃがみ込み、彼女が自分の足元で這いつくばっているのを見て非常に面白そうな様子を見せた。彼は手首を上げ、Holo のスコアボードを開いた。青いホログラムの光が、彼の青白い顔を照らし出す。


「さてと……Class F が僕たちをどれほど豊かにしてくれたか、見てみようじゃないか」


Ryoku の指が空中を滑る。「Class D は一人失った。Class F は……おやまあ、十人死亡。ふむ……このポイント資金なら、追加でバースト射撃用ライフルを2丁買ってもお釣りが来るね。いやはや、僕たちは一気に1180ポイントまで跳ね上がったよ、Tsuguri。Class F の寛大さに、心から感謝するよ」


「お前……」Aoi は下唇を噛みちぎるように食いしばった。


ジーッ……ジーッ……


ちょうどその時、Aoi の耳にある Kiminuko のピアスが、突如として急ピッチなリズムで振動し始めた。信号のライトが連続して点滅し、指揮チャンネルからの着信を知らせている。


Aoi はビクッと固まった。今夜初めての、本物の恐怖が彼女の眼底をよぎった。


Ryoku は当然、この完璧な機会を逃さなかった。彼の唇の笑みはさらに大きく広がった。彼はよく分かっていた。通信の向こう側にいる存在こそが、目の前の少女の不屈の誇りを終わらせる、最も鋭利な武器なのだと。


彼は手を伸ばした。


「ダメ! 触らないで!」Aoi は叫び、必死に首を振って避けようとした。彼女は殴られることも、屈辱を受けることも耐えられたが、Haru がこの異常者の手に落ちることだけは絶対に避けたかった。


「彼女の口を塞げ、Holtz」Ryoku は淡々と命じた。


Holtz が Aoi の髪を掴んで後ろに引っ張り、彼女の口に丸めた布をねじ込んで固く縛り上げた。Aoi が呻き声を上げ、無力感に涙を溢れさせる中、Ryoku は彼女の耳から点滅するピアスを悠然と外し、二本の指でつまんで通話ボタンを押した。


「Aoi……Aoi! 今そっちに向かってる! あと5分だけ持ち堪えてくれ……無事か!? Arisu は戻ったか!?」


Haru の切羽詰まった声が響いた。心配で息が詰まりそうになりながら、死に物狂いで走る足音が雨音の隙間から漏れ聞こえてくる。


Ryoku の口角が上がった。彼はピアスを口元に近づけ、毒の蜜のように甘く、ねっとりと引き伸ばした口調で言った。


「おや、親愛なるクラス委員長殿。お会いできて光栄だよ。現在、君のところの会計係が、僕と一緒に座ってお茶を飲んでいてね。君も今夜のティーパーティーに参加してみないかい?」


「んっ……ンンッ!」泥の中の Aoi が狂ったように暴れ、両目を限界まで見開いた。


通信の向こう側が、突如として静まり返った。


足音が完全に止まった。荒い息遣いも消え失せた。残されたのは、地面を叩く雨粒の音だけだった。


Haru の声が再び響いた時、それは制御を失った怒号ではなかった。いつものパニックもなかった。


Class F のクラス委員長の声のトーンは極限まで低く濁り、冷え切り、詰まるように重く、通信波越しでも感じ取れるほどに濃密な殺気を帯びていた。


「Akatsuki……お前、あいつに何をした?」


Haru の死を思わせるような冷静さに、Ryoku は面白そうに眉を微かにひそめた。


「やれやれ、心外だなあ。Tsuguri は100%無傷だよ。僕の個人的な名誉にかけて保証する。僕はただ、親愛なる招待状を送ろうと思っただけさ」


Ryoku はくぐもった声で笑った。「ああ、一応強調しておくけど、僕が保証するのは Tsuguri だけだからね。他のテント警備のメンバーたちは……少々過激すぎたから、僕たちがうっかり『深い眠り』につかせちゃったんだ」


「お前……」歯をギリギリと軋ませる音が通信機から漏れ出た。


「自分でも、まだまだ慈悲深いと思うよ」Ryoku は言葉を遮り、鋭く無感情な声に戻った。「そういうことで。21時。第八拠点 で、お茶を淹れて待ってるよ、Haru Minekuzu」


プツッ。


Ryoku はきっぱりと通信を切断した。彼はピアスを泥水の中にポイと落とし、身を屈めると、Aoi の口を塞いでいた布を乱暴に引っ剥がした。


「どうしたんだい? さっきの不屈の態度はどこへ行ったのさ?」Ryoku は首を傾げ、Aoi の泥だらけの顔を伝う涙を見つめた。


「あいつは来ないわ」Aoi は息を荒げ、極限の憎悪を込めた視線で睨みつけた。「Haru は絶対にお前の罠になんかハマらない。あいつには指一本触れさせないわよ!」


「素晴らしい。僕が渇望していたのは……まさにその表情なんだよ、Tsuguri」


Ryoku はそのまま泥の上に座り込んだ。彼は身を乗り出し、自身の青白い顔を Aoi の顔にぴたりと近づけた。


「ねえ」Ryoku は囁き、狐のような目を大きく見開き、彼女の瞳孔の奥深くへと視線を食い込ませた。「この世界で一番恐ろしいものが何か、知っているかい、Aoi Tsuguri?」


Aoi は彼に言葉を最後まで言わせなかった。彼女は分かっていた。もしこの毒蛇の口から言葉を紡ぎ続けさせれば、自分の精神は本当に破壊されてしまうと。


追い詰められた獣の本能が爆発した。Aoi は飛びかかり、Ryoku の耳をめがけて歯を剥き出しにし、全極限の憎悪を込めた反撃に出た。


だが Ryoku はあまりにも速かった。彼が少し頭を引くだけで、Aoi の歯は間一髪のところで彼の顔をかすめ去った。


「おっと。これは獰猛だねえ」Ryoku は驚いたふりをして、弱々しい素振りで顎をさすった。


バシッ!


即座に Holtz が背後から進み出て、Aoi の顔面に容赦のない強烈な平手打ちを食らわせた。その腕力によって彼女は吹き飛ばされて倒れ込み、顔の側面を水溜りの地面に激しく叩きつけた。Aoi の頭がガンガンと鳴り、口角から鮮血が滲み出る。


「チッチッ、手加減してやれよ Holtz。僕はただ、少し心ゆくまでおしゃべりをしたいだけなんだから」


Ryoku は白々しくため息をついた。彼は膝に手をついて立ち上がり、Aoi の方をもう二度と見ようとはしなかった。彼は腰のハンドガンを引き抜き、服の綺麗な裾を使って悠然と銃身を拭き始めた。


「まあいい、Droneが来るまで、そこで大人しく僕と一緒に待ってておくれ」Ryoku は背を向け、破れた幌の下にある巨大な岩の方へと歩き出した。「ライフルの数丁が、もうすぐ届く頃だからね」


7. 操る者の舞台


Ryoku は顔を背け、雨の中、崩れた幌の片隅で腕を組んで立っている大男の Brutus へと視線を滑らせた。彼は微かに微笑み、病的な、くすくすという笑い声を喉の奥で震わせた。


……Brutus が満足するためには、早くあの「0号」という怪物と同じ檻に放り込んで、互いに噛み殺し合わせる必要があるかもしれないな。


Ryoku は心の中でそう呟いた。彼の頭の中にあるチェスボードでは、すでに次の手駒の配置が完了していた。


Aoi は歯を食いしばり、無理やり上体を半分起こした。両手を後ろ手に縛られ、口角から血を流し、衣服が泥まみれになってもなお、彼女の瞳は不屈であり、怒りの炎を燃えたぎらせて Class D の連中を睨みつけていた。


しかし不運なことに、その誇り高さは、卑劣な者たちの獣性を刺激してしまった。


突如、Class D の男子生徒二人が隊列から離れ、Aoi の方へと歩み寄ってきた。彼らの視線は雨でずぶ濡れになった彼女の身体を舐め回すように上下に動き、その口角には卑猥でねっとりとした笑みが浮かんでいた。


「Ryoku の兄貴」一人が手を伸ばして顎をさすりながら、Aoi の近くへと身を屈めた。


「Class F の増援がここまで辿り着くには、まだしばらく時間がかかるでしょう。この女、よく見りゃかなりの極上品じゃないですか……。俺たちで先に少し『教育』してやってもいいっすか? 兄弟たちでちょっと楽しんで息抜きしつつ、この生意気なツラを叩き折ってやりますよ……」


Ryoku は微かに目を見開いた。彼は振り向くことも、一言も発することもなかった。その沈黙は、手下にとって暗黙の同意だと受け取られた。


その男子生徒が言い終えるや否や、彼の汚らわしい手が伸び、Aoi の襟首を掴んで引き裂こうとした。


Aoi の瞳孔が激しく収縮する。彼女は叫ばなかった。強靭な意志の力で奥歯を強く噛み締め、舌の付け根に力を込めた。


屈辱に耐えるくらいなら、死んだ方がマシだ。


今すぐこの泥溜まりの中で自ら舌を噛み切ろうとも、絶対にこのウジ虫どもに指一本触れさせはしない。


しかし……


ズドン!!!


鼓膜を劈くような銃声が轟いた。誰も反応できなかった。何の予兆すらもなかった。


空中に伸ばされていた Class D の男子生徒の手が、突如として破裂した。骨と肉が粉砕され、ドロドロの肉塊となって泥の表面に飛び散った。


彼は痛みを自覚するまでに丸三秒を要した。そして崩れ落ち、血が噴き出す短い手首の断面を抱え込みながら、地面を転げ回って悲惨な絶叫を上げた。「ぎゃああああっ!!! 俺の手が!!! 手が!!! 兄貴……どうして……!!!」


死のような静寂が即座に 第八拠点 を包み込み、手下の絶叫を飲み込んだ。


周囲にいた Class D の兵士たちは全員、背筋を凍らせた。彼らは一斉に三歩後退し、手に持った銃をガタガタと震わせながら、目の前の光景を凝視した。


Brutus でさえも眉をひそめ、振り返った。「何の真似だ?」


「ねえ、リーダー」Ryoku の声が、空間を漂うように軽やかに響いた。「ここにはまだ、ゴミが残っていたのかな?」


中央で、Ryoku は背を向けた姿勢のまま、片手をズボンのポケットに突っ込み、もう一方の腕でハンドガンを真っ直ぐ後ろに向けて構えていた。黒光りする銃口からは、焦げ臭い煙が立ち昇っている。


彼はゆっくりと身を翻した。その青白い顔には、微塵の怒りも、取り乱した様子もなかった。ただ、極限の嫌悪感だけが張り付いていた。


泥の中で転げ回る手下を見下ろすその視線は、まるで貴族が、自身の極上のフルコースの皿を横切る悪臭を放つゴキブリを見つけた時のようだった。


Ryoku はゆっくりと歩み寄った。その一歩一歩が、周囲にいる者たちの心臓の鼓動を踏み躙るかのようだった。


彼は立ち止まった。ブーツのつま先を持ち上げ、泣き叫ぶ手下の顔面を真っ直ぐに踏みつけ、力任せに泥沼の奥深くへと踏み躙った。


Ryoku の声は一定のトーンで、冷え切り、歪んだ殺気を濃厚に孕んでいた。「僕がいつ……僕の『作品』に触れていいと許可を出した?」


森全体が静まり返った。ざあざあと降り注ぐ雨音さえも、苦痛とパニックによる手下のむせび泣きを掻き消すことはできなかった。


Ryoku は銃口を向け、Class D の青ざめた顔ぶれを舐め回すように見渡した。彼は一言一言を噛み殺すように言い放ち、真の悪魔の哲学を顕にした。


「よく聞け、進化に失敗した猿ども。服を剥ぐ? 女をレイプする? お前らの頭の中には一体どんなクソが詰まっているんだ?」


Ryoku は身を低く屈め、左手で手下の泥まみれの髪を掴んで力任せに後ろへ引き上げた。彼は火薬の匂いが立ち込める銃口を、あんぐりと開いた男の口の中へと真っ直ぐに深く突き入れ、冷たい鉄の銃身を丸ごと飲み込ませた。


「んっ……ンンッ……兄貴……俺はただ……」手下はうめき声を上げ、涙と鼻水を垂れ流し、死の淵で全身を痙攣させた。


「そんな遊びは、下半身の制御すらできない、汚らわしくて無能な下等生物がやることだ」Ryoku は首を傾げ、その深淵のような瞳孔を死にゆく者へと深く食い込ませた。


「お前らは、人間の肉体を辱めることで僕が満足すると思ったのか? 違うね。そんなのは安っぽい。退屈すぎるんだよ」


Ryoku は銃身をさらに一段階深く押し込み、足元にある肉体から伝わってくる戦慄の震えを心ゆくまで堪能した。


「肉体なんてものは、ただの脆い革袋にすぎない。ズタズタに引き裂かれた肉塊に、何の価値がある?」


彼は囁いたが、その言葉は地獄の神託のように響き渡った。


「僕が叩き潰したいのは、信仰だ。理想だ。あいつらが誇りに思っている、吐き気がするほど純粋な感情だ。僕はあいつらの魂が粉々に砕け散る光景が見たいんだよ。あいつら自身の手で互いの尊厳を打ち砕かせ、生き地獄を味わうところを見たいんだ」


手下の両目が白目を剥いた。彼の目に映っていたのは、もはやただの精神異常者ではなく、狂気の深淵そのものだった。


目の前に立っているのは、残忍で、独自の原則を持ち、決して哀願など通じない本物の悪魔だった。彼は目を閉じることすらできなかった。弾丸が脳を貫くよりも先に、極限の恐怖によって彼の心臓は鼓動を止めた。


「分かったかい?」Ryoku は微かに笑った。


ズドン!!


口腔内でくぐもった爆発音が鳴った。変態的な手下の脳は粉砕され、死体はビクッと一度跳ねた後、泥溜まりにドサリと倒れ込んだ。彼の両目は白目を剥いて見開かれたまま、絶対的な恐怖の瞬間に永遠に凍りついていた。


Class D のメンバーの何人かは恐怖に悲鳴を上げ、後ずさりして互いに激しくぶつかり合ったが、誰一人として一言も発する勇気を持たなかった。


Ryoku は血まみれの死体を冷淡に脇へ蹴り飛ばした。彼は Aoi の前へ歩み寄り、ゆっくりと身を屈めた。その冷たい鉄の銃身を使って、彼女の顎を持ち上げた。


まだ熱を帯びている銃口が、Aoi の青白い肌に赤い跡を焼き付けた。Aoi の胃が激しく痙攣する。生臭い血と人間の脳漿の匂いが混ざり合い、吐き気が喉の奥まで込み上げてきた。


彼女はこれまでにも死に直面したことがあったが、今目の前に立っている狂気の深淵は、彼女の精神が許容できる残酷さの概念を遥かに超絶していた。


「君の肉体には何の興味もないよ、Tsuguri」Ryoku は囁き、その目には満足気な光が宿っていた。


「その不屈の意思を保ち続けな。しっかりとね。君の希望が崩れ去るのを目の当たりにした時、君自身の手でそれを噛み砕かせてあげるから」


彼は背筋を伸ばして立ち上がり、雨の中で呆然と立ち尽くしている手下たちに顔を向けた。そして、死刑宣告のように優しい声で告げた。


「今この瞬間から、その下等な思考で僕の『舞台』を汚す者がいれば、次の弾丸はその者の眉間に収まることになる。僕の友だち……よく聞こえたかな?」


「は、はい! 兄貴!」Class D 全員が声を揃えて叫んだ。凍てつくような雨の下でも、彼らの額からは滝のように冷や汗が流れ落ちていた。


Ryoku は満足げに頷いた。彼は銃をホルスターに収め、胸ポケットから純白のハンカチを悠然と取り出した。彼は手の甲にうっかり飛んでしまった微小な血痕を丹念に拭き取り、その振る舞いは再び、恐ろしいほどに上品で清潔なものへと戻った。


Brutus が通り過ぎざまに、Ryoku の足元にある死体を横目で見て、冷たく鼻を鳴らした。「お前……俺が思っていたよりも悍ましいな。さあ、片付けて次の戦いに備えろ、Ryoku」


「もちろんさ、僕のリーダー」Ryoku は軽く頭を下げ、唇に狡猾な笑みを浮かべた。


上空で、Drone のプロペラが空気を切り裂く音が鳴り響いた。バースト射撃用ライフルが入った二つの軍用補給箱が、ドスンと地面に投下された。


小道具は揃った。舞台は綺麗に片付いた。観客はきつく縛り上げられている。Leviathan 島における最も血塗られた演劇は、今やたった一人のゲストが足を踏み入れるのを待つばかりだった。

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