第105章:データゴミと涙する神
1. ワイヤーネットと聖女の足音
座標D13。Leviathan島の南西に位置する森の境界。
ガサッ……ガサッ……
濡れた木の葉が左右に分かれる。鋭い茨の茂みをすり抜けてきたのは、小柄な人影だった。その足どりは軽やかだが、余計な足音を一切立てない確固たるものだ。
Celiaである。
6キロメートル。第五拠点を出発してから、彼女は原生林を6キロも休むことなく移動し続けていた。
今のこの島の暑さは異常だった。カビの生えた湿った泥土から立ち上る熱気は、まるで焼却炉のように息苦しい。
Class Cの聖女のシャツはとうの昔に汗でずぶ濡れになり、素肌に刻まれた無数の引っかき傷に張り付いていた。肩は今も脳髄を突き刺すような痛みに痙攣し、その小さな身体の忍耐力を少しずつ削り取っている。
Celiaは一本の古木の後ろで立ち止まった。その双眸が前方20メートルの範囲をぐるりと見渡す。
「やっぱりこの辺りに見張りはいない……」Celiaは呟いた。「……でも、罠の数が多すぎるわ」
ほんの一瞥しただけで、彼女は地形を丸裸にしていた。あの腐葉土の下、ゴツゴツとした木の根の隙間には、極細のワイヤー、落とし穴、そして宙に吊るされた岩塊が無数に仕掛けられている。
躊躇うことなく、Celiaはハンドガンを抜き放ち、15メートル先にある罠の結び目に向かって真っ直ぐに腕を伸ばした。
ターンッ!
弾丸が起動ピンを正確に撃ち抜く。その瞬間、ドミノ倒しのように連鎖的な反応が爆発した。
ドスン!ドゴゴゴッ!
ワイヤーがプツンと切れる。左右から鋭く尖った木杭が無数に飛び出してきた。頭上からは巨大な岩が崩れ落ち、その下にある3、4個の落とし穴の偽装網を粉砕する。土埃がもうもうと舞い上がった。
しかし、それらは完璧な殺戮のネットワークを形成するどころか……罠同士が真っ向から衝突し合った。木杭は岩に挟まり、落とし穴は上に張られていた網の罠によって自ら埋まってしまう。無秩序に重なり合った結果、罠は互いの殺傷力を完全に相殺してしまったのだ。
「雑ね」Celiaは静かに評価を下した。
Class Dは質よりも量を優先したらしい。奴らは単に……詰め込んだだけだ。
だが、そのデタラメな雑さこそが、別の形の危険を生み出していた。罠の配置がいかなる論理にも従っていない時、その圧倒的な物量は最も理不尽な死角を作り出す。
Celiaは銃を収め、土埃の中へと一気に加速した。落下してきたばかりの岩を踏み台にして跳躍し、ポッカリと口を開けた3つの落とし穴を飛び越える。
跳ぶたびに、身をよじるたびに、負傷した肩が引きつり、発狂しそうなほどの痛みが走る。それでも彼女のスピードは落ちるどころか、ますます速くなっていった。時間というプレッシャーが、彼女の脳内で叫び声を上げているのだ。
ビュンッ!ビュンッ!
左右の茂みから、耳障りな風切り音が鳴り響く。単なる原始的な罠だけではない。Class Dは極めて悪意に満ちた、相手を確実に仕留めるための有刺鉄線トラップまでも隠していたのだ。
Celiaは体をわずかに捻り、腰を屈めて、飛んできたトゲだらけの丸太を回避する。
しかし、熱とこの島の息苦しい暑さが、聖女の感覚をほんの一瞬だけ鈍らせた。
落とし穴を避けるため、Celiaのつま先が地面に触れたまさにその時、泥の下に極めて巧妙に偽装されていた土色の地中ワイヤーが突如として跳ね上がった。
シュバッ!
ワイヤーがCeliaのスカートの裾にきつく絡みつく。大きくしなった木の枝による強烈な反発力が彼女を即座に引き戻し、毒を塗られた鋭い竹槍が林立する落とし穴へと真っ逆さまに引きずり込もうとした。
Celiaはその引力に抗おうとはしなかった。引きずられる勢いを利用して背中から倒れ込みながら、右手を振り上げる。軍用ダガーの刃が冷たい軌跡を描いて閃いた。
ズバッ!
ワイヤーを切るのではなく、Celiaはきつく絡みついたスカートの布地ごと斬り捨てた。
間一髪で引力から解放された彼女の身体は、落とし穴の縁をゴロゴロと転がり、芝生の上へ無事に着地する。
Celiaは勢いよく立ち上がった。スカートは大きく引き裂かれ、脇腹、太もも、そして剥き出しの肩の肌が露わになっている。
だがこの瞬間、羞恥心や肌を隠すといった概念は、聖女の辞書において最も不要なものだった。原始的な生存本能が、あらゆる些末な障壁を凌駕している。
彼女は大きく息を吐き、額に張り付いた濡れた髪を払いのけると、再び前へと向かって走り出した。
加速しながら、Celiaの脳はオーバークロックで計算を弾き出していく。
「時間から計算すると、Aegisの障壁が再び開いて試験が終了するまで、あと2時間ちょっとしかない」Celiaは眉をひそめて推論した。
「昨日の連盟からのキルポイントによると、現在Class Dがトップ。あいつらが外縁部の拠点を全て失ったとしても、合計ポイントは残留するのに十分なはず」
Celiaは地面から突き出た木の根を飛び越えた。
「Class Dは外縁部の防衛を放棄した可能性が高い。でも、なぜ手動の防衛線を空っぽにして、自動トラップだけを仕掛けたの? 偵察情報では、Class Dは人員を深刻なまでに消耗していて、部隊を分散させる余裕なんてないはず……」
顔に吹き付ける熱気で、こめかみの血管がドクドクと脈打つ。
「部隊を分散させないなら、一箇所に集めて統一した戦力にするしかない。中央の拠点に集中させている? それとも、全戦力を注ぎ込んでClass Aを攻撃するため……?」
突如、宙を蹴るCeliaの足が一瞬止まった。双眸が見開かれる。彼女の推論が、致命的な誤差にぶつかったのだ。
「違う……計算違いだわ」
Arisa Valenのような怪物と正面からぶつかって、勝機を確信できるわけがない。毒蛇は、獲物が必ず自ら足を運ぶ場所でだけ待ち伏せするものだ。
「Class DはClass Aを攻撃していない。奴らは別の網を張るために全軍を撤退させたんだ。奴らのターゲットは……」
ドゴォォォン――!
鈍い爆発音が轟き、Celiaの思考を断ち切った。Leviathan島が微かに揺れる。
彼女から数キロ離れた南西の方向から、極太のブルーのレーザー光柱が雲を切り裂き、ひび割れた空へと真っ直ぐに撃ち放たれた。
Celiaは完全に立ち止まり、森の中で身動き一つしなくなった。彼女の瞳には、森の片隅を照らし出しながら天へと立ち昇る、その冷たい光が反射している。
「第九拠点……Class Bが占拠したわね」
Celiaの声は静寂の中に吸い込まれていった。彼女は手を伸ばし、ピアスに強く触れた。
「もう間に合わない、罠に掛かる……Class DのターゲットはClass Aじゃない」
彼女の指先がKiminukoの金属面を何度も叩く。だが返ってくるのは、乱れた周波数のノイズ音だけ。通信不能。電波が完全に妨害されている。
駆け出そうとしていたCeliaの足取りが次第に遅くなり、やがて完全に止まった。ピアスを押さえていた手が、力なく体の脇へと垂れ下がる。距離が遠すぎる。今から引き返しても無意味だ。
彼女の視線は、先ほど光の柱が閃いた南へと向けられた。
Akabane……あの包囲網の中で持ち堪えられるのかしら?
彼女の指先が微かに丸まる。それとも、Harutoに軍を率いてそこへ向かわせるべきか?
だが、芽生えかけたその考えは、彼女自身によって即座に打ち消された。今、Class Cの軍を介入させることは、単なる施しと変わらない。
Class Fにはポイントが必要であり、彼らはそれを自らの手で勝ち取らねばならないのだ。
虚ろでありながら、絶対的な静けさを湛えた目を持つ少年の姿が、彼女の脳裏をよぎった。
同情してはならない。軽蔑してはならない。
そして、昨夜の彼の、一切の揺らぎがない淡々とした声色を思い出す。
「Mizuhara、俺は君の判断を信じている。自分が正しいと思うことをしてくれ」
Celiaは1秒だけ目を閉じた。まつ毛が開かれた時、その瞳の奥にあった迷いは完全に払拭されていた。
「ダメよ。今の私の最優先事項はClass Cなんだから」
彼女は身を翻し、ハンドガンを太もものホルスターへと迷いなく収めた。「Akabaneは自分の問題を自分で解くはずよ」
彼女のつま先が地面を蹴って飛び出そうとした、その時。
ヒュォォォンッ――!ドゴォォォン!
鼓膜を引き裂くような轟音が、頭上の真上で爆発した。Celiaは反射的に両手で頭を覆い、身を屈めて大樹の根元に隠れる。
強烈な衝撃波が地面を舐めるように吹き荒れ、無数の枝葉をへし折り、周囲の細い木々をなぎ倒していった。
Celiaは薄く目を開けて上を向いた。プラチナ色の眩い光の筋が空を切り裂き、異常な速度で南へと真っ直ぐに飛んでいく。
一体何なの? 軍事用ミサイル? 学校側はこの島で何をやらかそうとしているの?
しかし、聖女の視線はすぐに、その光の筋が残した痕跡に奪われた。プラチナの軌道が通り過ぎた場所、空を覆うAegisの障壁に網の目のような亀裂が走り、眩い光を放っている。
Celiaは指をかすかに丸めた。
……軽すぎる。
ふくらはぎに力を込めてみる。筋繊維が滑らかに収縮し、あの特有の重たさが消え失せていた。くすぶるような熱の奔流が血管を駆け巡り、ゆっくりと、だが決して気のせいではないほど明確に感じ取れる。
さっき、あれだけ何度も宙返りをしたのに……違う。アドレナリンだけじゃあり得ない。私の身体は、とうの昔に限界に達していたはずなのに。
Celiaの指先が微かに握り込まれる。この感覚……彼女にはあまりにも馴染み深いものだった。
Aegisの障壁が……弱まっている?
その瞬間、耳元のKiminukoが赤いランプを激しく点滅させた。無機質で冷酷な電子音声が、鼓膜に直接響き渡る。
【Leviathan島にいる全生徒への最終通告です。】
【複数の異常事態の発生により、現在Aegisの障壁を維持するエネルギーは残り5%となっており、極めて深刻なペースで低下を続けています。】
【本試験は、あとちょうど10分で終了します。繰り返します。本試験はあと10分で終了します。】
通告が終わるや否や、周囲の空間はまるで巨大な燃焼室に投げ込まれたかのようになった。カビ臭い泥から水蒸気がモクモクと立ち昇り、木々の根元に薄暗くまとわりつく。
「クソッ……」Celiaは唇を噛んだ。顔に吹きつける熱気で、肺がヒリヒリと痛む。
躊躇なく、彼女は邪魔になっていた制服のジャケットを脱ぎ捨て、薄手のシャツ一枚だけになった。
「あと10分……」彼女は呟き、その視線を前方にそびえ立つ第十拠点へと鋭く突き刺した。この距離なら、残る体力のすべてを解放すればギリギリ到達できる。だが、ハッキングする時間は残されているのだろうか?
Celiaは頭を振り、一切の迷いを振り払った。腰に提げていた最後の予備の水の入ったボトルの半分を取り出し、首を反らせて大きく一口飲むと、残りの水を頭から一気に浴びた。
氷のように冷たい水が髪を伝い、背筋を滑り落ちていく。周囲の気温の息苦しさと、脳内で燃え上がりかけていた熱を一時的に鎮めた。
Celiaはしゃがみ込み、軍用ブーツの紐をきつく締め直した。顔を上げた時、その瞳はClass Cのリーダーとしての、最も鋭く静謐な研ぎ澄まされた感覚を取り戻していた。
「罠はもう多くない。拠点の足元まで移動するのに、ちょうど6分かかる」彼女は呟く。脳内で数字が踊り出していた。
「Class Dのレベルで設定できる最も複雑なアルゴリズムをシミュレート……それにハッキングにかかる時間を足して……」
「9分15秒。それが必要なトータルタイム」
数字を確定させると、Celiaはブーツのつま先で地面を強く蹴り、その身体を弾丸のように飛び出させた。
すべての計算、すべての不安は背後へと置き去りにされた。
彼女はただ前へ進む。今の自分自身でさえその規模を測りきれない一手へ向けて、全力を注ぎ込んでいるのだ。
それは音なき一手。しかし、この過酷な試験の権力秩序を根底から覆し、勝敗を決定づける盤面返しとなろうとしていた。
2. 機械の狂った心拍
ビュンッ……ビュンッ……
無数の枝葉が次々と後方へ置き去りにされていく。Arisuは「最適」な速度で森を抜け、北へと真っ直ぐに向かっていた。
両足が絶え間なく木の幹を蹴って推進力を得ている間も、彼の脳内では戦局を評価する方程式がバックグラウンドで走り続けていた。Arisuは南西の方向へと首を巡らせる。
そこでは、第七拠点の漆黒の光柱が、薄暗い空間の中に依然としてそびえ立っていた。
「Class C、安定」Arisuは暗算する。どうやらHarutoと残りのメンバーは、拠点を防衛するという協定を正確に守っているようだ。
もしClass Cが自分たちの役割を果たしているのなら、LeonhartやClass Bも他の戦線で契約を遵守している確率が高い。Arisuは第一拠点の断崖へと視線を移した。
重火器はない。直接的な指揮官も欠如している。
一連のリスクがプロセッサーを駆け巡る。しかし、Arisuは即座にそれを自ら排除した。最大の脅威は、座標I15にて彼自身のこの手で既に片付けられている。
彼女たち二人の安全誤差は、現在2.4%以下で推移している。統計上、彼女たちの生存確率は絶対的である。
「現在のLeviathanの局地戦況は……」Arisuは呟き、太いツタを掴んで身体を振り、峡谷を飛び越えた。「……論理的な安全閾値に達した」
Class Fは第七拠点を保持し、さらに収集したキルポイントがある。ランキング上の正確な順位は重要ではない。
核心となるのは、Class Fが最下位に転落し、追放処分を受ける確率が、現時点においてゼロであるということだ。
Class Fを保護するという任務は完了したと見なしていい。彼は合流地点へと向かう必要がある。
峡谷の対岸にArisuのつま先が着地した瞬間、耳元のKiminukoが微かに鳴動した。
AIの無機質な音声が、試験終了まで残り10分であることを告げ、同時にAegisの障壁のエネルギーが壊滅的に低下しているという警告を発した。
走っていたArisuの足取りが、一拍だけ遅れた。「10分? エネルギーが非線形の速度で削られている? どこから漏洩している?」
彼が仮説を立てる間もなく、周囲の環境が代わりに答えた。足元の島が微かに震える。空気が突如として粘り気を帯び、頭上のすぐ上で息苦しいほどの熱気が立ち込めた。
Arisuは空を見上げた。その瞳孔が瞬時に収縮する。彼は移動している物体を捉えた。
いや、物体ではない。それは巨大で、眩いほどに輝く暴力的なエネルギーの塊であり、虚空を切り裂き、Aegisの障壁にひび割れを刻み込んでいた。それは人間の物理的限界を遥かに超えた跳躍によって移動している。
そのプラチナ色の光の輪の中に、恐ろしいほどに見覚えのある小さなシルエットが隠れていた。
「Arisa?」
Class Aの女王の名が、認識領域を通り過ぎる。そしてまさにその瞬間、0号機の身体にエラーが発生した。
ドスッ。
島に上陸して以来初めて、Arisuの足取りが重く地面に叩きつけられ、その軌道を完全に外れた。
両太ももと肩の筋肉が、石化したように硬直する。胸が激しく波打った。常に静寂な周波数で脈打っていたはずの心臓が、突如として拍動を一つ飛ばし、そして混沌とした状態の中で連続的に打ち鳴らされた。
何か奇妙なものが胸の裏側を引っ掻いているような、むず痒く、焦燥に駆られる感覚。それは解放されることを叫び求め、あのプラチナ色の光へと向かって急加速しろと喚き散らしている。
何かが、彼の身体の制御権を奪おうとしている。
Arisuは森の中で完全に立ち止まった。彼は目を閉じる。
メキッ……メキッ……
彼は手を使って、痙攣する肩と二の腕の関節を逆方向に捻り上げ、暴力的な手段で強制的に弛緩させた。胸いっぱいに深く息を吸い込み、固く圧縮してから、途切れ途切れの呼吸へとゆっくりと吐き出す。心拍数を強制的に減速させ、循環系をデフォルトの周波数へと引き戻す。
3秒後、Arisuの目が開かれた。虚無と冷たさが戻り、先ほどのあらゆる揺らぎを深い底へと完全に封じ込めた。
「バッテリー低下の警告によるハードウェアの同期エラー」Arisuは淡々と無機質な結論を導き出し、自らのシステムを欺くことで感情を封鎖した。
彼はデータを再分析する。
[ Aegisのエネルギー、残り5%。
あの方向へ進路を変え飛び込んだとしても、Kill Streakのポイントを一切もたらさず、Class Fの生存方程式にも何の寄与もしない。 ]
「非論理的だ」
断固たる判決が下された。彼は最後にもう一度関節を点検し、身体が絶対的に命令に従っていることを確認した。Arisuのつま先が北を向く。彼は膝を沈め、加速する準備を整えた。
しかし、そのボロボロのシルエットが深い森の静寂な闇へと完全に沈み込む前に、Arisuは木の股の上で微かに動きを止めた。
彼は東の方向へと首を巡らせた。プラチナ色の光が姿を消した場所だ。
虚ろな眼差しがそこに留まったのは、ちょうど1秒。それ以上でも、それ以下でもない。そして、0号機は闇の中へと身を投げ出し、彼自身の道を再び走り続けた。
3. プラチナの隕石
座標J15 ―― 第八拠点エリア。
何キロも離れた場所からの震動で揺れていた木々の梢が、今や完全に地面へとひれ伏していた。まるで、壁を切り裂いて襲来した極大の圧力の奔流に頭を垂れているかのように。
5キロメートル……3キロメートル……500メートル……
規則的なカウントダウンの声が虚空に響く。低く掠れているが、氷のように冷たい。
原生林の最上層、巨大な枝の分かれ目を大股で駆け抜ける一つの人影があった。
Arisaは物理的限界を遥かに超えた跳躍で宙を舞っていた。踵で蹴り出すだけで、森の樹冠から30メートルの高さへと身体を弾き飛ばし、低く立ち込める雲の層を平然とすり抜ける。そして別の木の頂へと着地するや否や、再び反発力を圧縮して己の身体を前方へと弾き出していく。
彼女の髪の毛一本一本が、本来の墨のような色から徐々に変化していた。暗夜の黒が洗い流され、代わりに目も眩むような鮮烈なプラチナの輝きが取って代わる。
「奇妙ね」宙を舞うArisaは微かに眉をひそめた。鋭い両眼が、眼下に広がる霞んだ原生林の地帯を見下ろす。
「どうして……あいつの気配がこれほど綺麗に蒸発しているの? まるで、AkatsukiがAegisの結界から完全に外へ出てしまったみたいじゃない」
バチッ……
Arisaの袖口から静電気の火花が散った。
「くっ……」彼女は荒い息を微かに押し殺し、歯を食いしばる。毛先は既に真っ白になっていた。血管から発せられる熱量が、額に滲んだばかりの汗の雫を瞬時に気化させる。
「こんな手探りじゃ……埒が明かないわね」
靴の踵が古い松の枝に触れた時、Arisaは水平方向へ跳躍し続けるのをやめた。彼女は膝を曲げ、全体重をつま先に集中させると、真上に向かって一気に加速し跳び上がった。
人外の跳躍。それはClass Aの女王を老樹の森の霧の層から完全に抜け出させ、島の南側エリアのほぼ全体をその視界に収めさせた。
ターゲットは定まった。座標、第八拠点。すぐ真下だ。
ドゴォォォォン!
第八拠点の足元の土砂が吹き飛び、弧を描く衝撃波の破片となって爆散した。衝突のすさまじい圧力が、元のコンクリートの塊を砂利へと粉砕し、極大の熱を帯びた深いクレーターを穿つ。
灼熱の蒸気がモクモクと立ち昇り、枯れ草の茂みを通り抜けると、それらは瞬く間に灰と化して地面に黒くこびりついた。軍用の耐熱合成繊維で織られているはずの戦闘用スカートの裾とジャケットの縁でさえも、持ち主自身から発せられる熱量に耐えきれず、外縁部からチリチリと焼け焦げている。
Arisaは爆心地の中央で、ゆっくりと立ち上がった。プラチナの髪の房が熱風に煽られて舞い踊る。白く染まった双眸が、晴れゆく土埃の帳をぐるりと見渡した。
「どこ?」
彼女の声は静寂の空間へと落ちていく。硝煙と、肉の焦げるような、硫黄のような匂いがまだ漂っていたが、生きている鼓動の返答は一つとしてなかった。
濛々たる土埃が沈んだ時、第八拠点の全体像が、ようやくClass Aの女王の目の前にその真の姿を現した。
Arisaは微かに目を細めた。「Class Fの全員が……ここにいるの?」
それは、背筋が凍るほどに静まり返った死体置き場だった。
彼女の周囲、瓦礫と泥土の間に無数に転がっているのは、Class F特有の黒い制服に身を包んだ生徒たちだった。彼らは皆、Exo-skinの装甲の中に硬くロックされていた。
だが、観察してわずか3秒で、Arisaはこの光景の残酷な異常性に気づいた。
彼らが倒れている位置がおかしいのだ。
地面を削るように伸びる長く曲がりくねった泥の跡が、森の外縁にある木の根元から、拠点の足元にある空き地まで続いている。幾つかの身体は無造作に、いびつな形で積み重ねられていた。
ある男子生徒のシャツは摩擦で引き裂かれており、その横に倒れている女子生徒の靴の踵には、遠くの茂みから運ばれてきた雑草がびっしりとこびりついている。
彼らは、ここで一緒に倒れたわけではない。
誰かが、戦場のあちこちに散らばっていたClass Fの生徒たちを一人一人拾い集め、乱暴に地面を引きずり、スクラップの山のように一箇所へ無造作に放り投げたのだ。
残酷な演出。誇り高き戦士たちをゴミ山に変えることで、後から来る者を嘲笑するためだけの、安っぽい心理攻撃。
Arisaの眼差しが冷ややかになる。しかし、その悲壮な彫刻の一つ一つをさらに深く見つめた時、彼女の胸の内に全く別の感情が湧き上がってきた。
敵に引きずり回され、無残に捨て置かれたにもかかわらず、臨床死を迎えたClass Fの者たちの姿勢は、驚くべき頑強さを保ち続けていた。
誰一人として背中に傷を負っていない。誰一人として、頭を抱えて命乞いをするような姿勢でうずくまっている者はいない。
Arisaの足元にいる男子生徒は、身体を横向きに投げ出されているにもかかわらず――その指先は、真っ二つに折れたダガーの柄を密かに強く握りしめたままだった。
その向かい側では、仰向けに放り投げられた女子生徒が、両目を大きく見開き、決して閉じることなく空を真っ直ぐに睨みつけている。
彼らは最後の鼓動の瞬間まで戦い抜き、己の肉体を盾として使い、手元の武器が粉々に砕け散ってもなお、相手に噛みつこうとしたのだ。
常に弱者を見下してきたClass Aの女王は、今、その黒い屍の山の中で微動だにせず立っていた。
普段のArisaは無能を軽蔑している。強者の影を見ただけで降伏し、過酷な生存法則からの赦しを泣きながら乞うような輩を嫌悪していた。
しかし今、彼女のプラチナの靴底の下に、卑怯さの痕跡は微塵もなかった。ここにあるのは、社会から底辺と見なされた者たちの、牙であり、意志であり、そして誇り高き足掻きだけだった。
彼らは泥沼の中で頭を高く上げていた。まさに、あの0番を背負う怪物が彼らに教えた通りに。
純白の髪を持つ死の天使が戦場の中央に立つ。そこからはもはや傲慢さは放たれず、代わりに静謐な威厳が漂っていた。
Arisaはゆっくりと、半歩後ろへ下がった。
彼女は身を屈め、戦闘用スカートの裾を丁寧に手で持ち上げてから、歩を進めた。彼女の一歩一歩は、極めて慎重なものになった。
硬直した身体の間の狭い隙間をすり抜ける。距離は完璧に微調整されており、Class Fの生徒の誰一人に対しても、絶対に自分の靴底を跨がせたり、触れたりすることはなかった。
Arisaはぬかるんだ泥の窪みの前で立ち止まった。そこには、誰かが引きずられた時に落とした、Class Fの刃毀れした軍用ダガーが落ちていた。
彼女はゆっくりと屈み込む。寒さとエネルギーの過負荷によって色褪せた細く長い指が伸び、ぽつんと落ちているダガーの柄を拾い上げた。Arisaは自身の掌を使って、変色した金属の表面にこびりついた黒い土を払い落とす。
そして、断固としていながらも荘厳さに満ちた動作で、Arisaは手を返し、泥溜まりのすぐそばにある一枚岩へと、ダガーの刃を真っ直ぐに突き立てた。
ガキンッ!
刃毀れした刀身が岩に深く突き刺さり、堂々とそびえ立つ。それは戦場の誇り高き墓標となった。
Arisaが立ち上がると、森の風がプラチナの髪を激しく吹き上げ、彫像のように冷たくも美しい顔をかすめた。彼女の靴の踵が軽く向きを変え、岩に深い刻印を残してから、再び歩き出す。
「あなたたちは……」風の中に微かに放たれた声は、誰かに向けたものではなかったが、千鈞の重みがあった。「……ゴミなんかじゃない」
数歩歩いたところで、空中の何もない場所で、彼女の指先が不意に軽く握り込まれた。トップに立つ者の、王者のような冷静さと傲慢な表情が、ほんの一瞬だけ崩れる。
プラチナの踵がもう一歩後ろへと下がるが、今回は尊厳を保つための距離の確保ではなかった。彼女の目は黒い屍の海を見渡し、その走査速度は普段の慎重な習慣の何倍も速くなっていた。
女王の視界は、一着一着の制服を、一つ一つの硬直した顔をなぞっていく。
彼女は探していた。
忌々しいほどに馴染み深い姿を。冷酷で完璧な顔立ちをしているのに、その内面は空っぽで、四六時中、木石のように無機質な物理方程式を口にする奴を。
Arisaの灼熱の息遣いが、鼻先で微かに止まる。リーダーとしてのプライドを投げ捨て、彼女は大股で震央の瓦礫エリアへと足を踏み入れ、その視線で死角の隅々まで、崩れたコンクリートの破片の一つ一つまで掘り返し、さらにはひっくり返った鉄くずの下の暗がりまで屈み込んで覗き込んだ。
指先が無意識に丸まり、彼女の絶対的な自尊心でさえ名前をつけることを拒むような、声なき葛藤を隠し込んでいた。
一人。二十人。
いない。
あの虚ろな目はない。物理法則を無視して常に頭頂部でピンと立っているあいつのアホ毛の影もない。
あいつは、ここに倒れてはいない!
固く張っていたArisaの肩がスッと落ちた。先ほどから押し殺されていた、熱く長い息が、両唇の隙間からゆっくりと漏れ出る。
Arisaは瞬きをし、つい先ほどの自分のコントロールの喪失に、自らハッとした。
女王の純白の頬が、ふと鮮やかな薄紅に染まった――第八拠点の息苦しい熱気のせいかもしれないし、あるいは単なる「バカ」のために、自分が心配して死体の山をあさっていたことに気づいた羞恥の痕跡かもしれない。
彼女はクルリと背を向け、戦闘用スカートの裾が空気を軽く叩いた。Arisaは胸の前で腕を組み、顎を少しツンと反らせると、拗ねたように鼻を鳴らした。
「やっぱり、ここにはいないわね。あんな怪物みたいな奴が……こんな惨めな隅っこで倒れるわけがないじゃない?」
彼女は手を振って熱風を払い退け、まるで自分自身を納得させるかのように、わざと大きな声で愚痴をこぼした。
「本当に……人の時間を無駄にさせるんだから!」
Arisa自身も全く気づいていなかったが、その誇り高き鼻息と、通り過ぎたばかりのあてのない拗ねた態度は、空間を包み込んでいた暴力的な殺気を綺麗に一掃していた。
彼女の身体の周りを覆っていた静電気の奔流は徐々に薄れ、虚空へと消え去り、第八拠点に戦争跡地特有の静寂と沈鬱さを返した。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
「へぇ……誰かと思えばぁ?」
語尾を間延びさせた、ねっとりと絡みつくようなその声が、背後から響いた。
Arisaは僅かに視線を後ろへ向けた。
今現れたこの男の移動音や痕跡を、彼女は全く捉えることができなかった。まるで、彼が最初からここの闇の一部であったかのように。
Ryokuは煤だらけの岩の上に足をぶらつかせて座っていた。彼は悠然とミネラルウォーターのボトルのキャップを開け、首を反らせて大きく一口飲むと、平然と手の甲で口元を拭った。
「暑すぎるよなぁ……」彼は首を傾げてへらへらと笑い、水のボトルを掲げてヒラヒラと振った。「……このカタコンベのど真ん中で、女王様のために完璧なティーセットを用意できなくて申し訳ないねぇ」
Arisaは完全に振り向くことすらしなかった。彼女は立ち尽くし、戦闘用スカートの裾が静かに垂れ下がる。その声は、氷のような軽蔑を宙に突き刺した。
「随分と上手く隠れていたわね……。この惨状について、何か説明したいことはある?」
「説明? ははっ……そうだな……」Ryokuは半分空になったボトルを揺らし、プラスチックの壁にぶつかる水滴を見つめた。
「試験終了まであと3分もないぜ、女王様。あんたの力は、まさに時間を燃やし尽くすって感じだね」
彼はボトルを下ろし、頬杖をついて彼女を見つめ、唇の笑みをさらに深めた。
「でも、あの怪物君なら……たった5秒で大虐殺を起こすのに十分だけどな」
Arisaが鋭い視線を後ろへ流すと、彼女の周囲の静電気が冷たい光を放って閃いた。
「おっとぉ、目の前に立っているのに、何もおかしいと思わないのかい、女王様?」Ryokuはケラケラと笑い、興奮で肩をブルブルと震わせた。
「そんな安っぽい挑発を使わなくていいわ……とっくに分かっているから」Arisaは断固として完全に振り返った。両目は対峙する者の精神を真っ直ぐに射抜き、一切の揺らぎのない判決で、彼の醜悪な外殻を剥ぎ取っていく。
「お前は、HVIの数値の後に『+』の記号を持つ者の一人。そうでしょう?」
Ryokuは答えなかった。唇の歪んだ笑みが突如として凍りつく。第八拠点の息苦しい熱気の中、彼の髪の生え際から冷や汗が一滴滲み出し、ゆっくりと頬を伝って顎へと滑り落ちた。
「その反応を見ると……私の推測は当たっていたみたいね」Arisaは少し首を傾げた。
Ryokuは大きく息を吐き、すぐさまいつものふざけた表情を拾い集めた。彼は呆れたように首を振るが、その眼差しはふと、細められたまつ毛の奥に潜む、狂気と狂乱の様相へと変わった。
「なぁ、それを知ってるなら、俺を守ってくれなきゃダメだろ、女王様? なんだかんだ言って……俺たち、同じ陣営の人間じゃないか」
彼は岩から飛び起き、両手を大きく広げた。まるで、周囲のClass Fの死体の山全体を、一つの偉大な演劇の舞台に抱え込もうとするかのように。
「どうだい……あんたは本当に、あの目障りな『システムエラー』を排除したくないのか? それとも、この世界が定めた自然淘汰の法則に逆らうつもりか?」
法則に逆らう。排除する。コントロールする。
粘り気のあるそれらの言葉がArisaの耳にぶつかったが、後に残ったのは空虚な沈黙だけだった。
そして、女王は鼻で笑った。自分を操ろうと網を張る相手に対する、究極の軽蔑を込めた笑みだ。
「くだらない……」
Arisaはゆっくりと半歩引き下がった。プラチナの殺気が、防御の枷をすべて外そうとする火山のように湧き上がる。
彼女はRyokuの歪んだ顔を真っ直ぐに睨みつけ、支配者の至高のプライドを懸けて宣言した。
「この力は私のものよ! お前のような闇に隠れる卑劣な連中が……そんな腐りきった法則を使って、私をコントロールしたり押し付けたりできるとでも思わないことね!」
ビュンッ!
何の前触れもなかった。風を切り裂く音が響き、Arisaの踵が上空の死角から真っ直ぐに振り下ろされた。
Ryokuはビクッと体を震わせた。殺気の奔流が押し寄せた瞬間、彼の全身の毛穴が総毛立つ。
彼は考える暇もなく、脊椎を異常な角度に鋭く曲げ、上半身を地面すれすれまで折り畳んだ。
ドガッ!ドゴォォォォン!
蹴りは間一髪で彼の髪の先端を掠めたが、その一撃に圧縮されていた衝撃波は違った。
地面に触れた瞬間に圧力の奔流が爆発し、第八拠点の構造を完全にへし折った。厚さ一メートルもある鉄筋コンクリートの塊が、衝突の衝撃でそのまま細かい粉塵へと砕かれ、空間にもうもうと舞い散る。
爆発の余波がRyokuの脇腹を真っ直ぐに打ち据え、嵐の中の枯れ葉のように彼を宙へと跳ね飛ばした。
Ryokuは歯を食いしばり、即座に膝を曲げ、靴の踵を泥に突き刺してブレーキをかけた。彼の全身が、焦げ臭い地面に何十メートルにも及ぶ深い溝を2本刻み込み、ようやく停止した時には両手がビリビリと痺れていた。
「逃げ足だけは速いわね」石の粉塵の向こうから響くArisaの声は、ドアの隙間をすり抜けたネズミを評価するかのように淡々としていた。
Ryokuは軽く咳き込み、余波で痛む肩をさすった。彼が顔を上げると、唇のふざけた笑みは、先ほどよりもかなり無理をして保たれているのが分かった。
「やれやれ……どうやら俺の指した手は完全に間違ってたみたいだな。俺の拠点が吹っ飛んじまった。なんてこった……仲間の血と汗の結晶だぜ、女王様」
彼は立ち上がり、ジャケットの泥を払った。Arisaの足元で砂利へと変えられた巨岩を見つめるRyokuの瞳の奥に、歪んだ興奮の光が閃く。彼は口角を上げ、火をつけるような挑発の言葉を投げかけた。
「それにしても……恐ろしいな。これが『ORDER』のたった5パーセントの力ってわけかい?」
「黙りなさい」Arisaの歯の隙間から吐き捨てられたその言葉は、もはや傲慢さではなく、禁忌に触れられた至高の存在による暴力的な憤怒だった。
「私の前でその名前を吠えるんじゃないわよ」
警告が終わるや否や、Arisaの立っていた地面が深く陥没した。彼女の身体は空間を切り裂く白い閃光と化し、背後には耳をつんざくような圧縮空気の連続爆発音だけが残された。
風を切り裂く彼女の拳が、Ryokuの顔面の中心へと一直線に突き進む。
今回は、Ryokuは避けなかった。
彼は自分の体力が、超音速に達するその拳筋からもう一度逃れられるほど残っていないことを知っていたのだ。
彼は全身の筋肉を弛緩させ、その場に立ち尽くし、顎を少し上げ、唇の笑みをさらに深く刻んだ。彼は自身の命を、頭の中にあるカウントダウンの時計に賭けていた。
ビュンッ――ゴォォォォッ!
震動を伴う真空爆発。
拳から放たれた衝撃波が音の壁を破壊し、Ryokuの背後へと真っ直ぐに打ち据えた。
彼の背後、半径30メートル以内のすべての枝葉が完全に吹き飛び、地面は蜘蛛の巣状の亀裂となって弾け飛び、無数の古木がバキバキと折れ曲がり、稲穂のように倒れ伏した。
しかし、その破壊の嵐の中心で、Arisaの拳は……止まっていた。
衝突の音はしない。一滴の血も飛び散っていない。
女王の手は、Ryokuの鼻筋からわずか2ミリメートルのところで寸止めされていた。
拳筋から発生した鋭い風圧が吹き抜け、Ryokuの額に垂れていた前髪の一房をスパッと切り落とす。その髪の毛が、足元の黒ずんだ泥溜まりへとゆっくりと舞い落ちた。
Ryokuの心拍が完全に一拍跳んだ。彼はたった今、死を目の当たりにしたのだ。
もしArisaがあと0.01秒でも制御を失っていれば。もし彼女の筋肉の制動力が1万分の1ミリでも遅れていれば。彼の頭蓋骨は血の霧となって粉砕されていただろう。
だが、彼女は止めた。
なぜか?
Ryokuは微かに視線を動かした。彼の耳にあるKiminukoのピアスが、赤いランプを激しく点滅させていた。
「チッ……女王様は俺の頭をカチ割りにかかってくると思ったんだけどな」Ryokuは長く息を吐き出し、喉元の震えを隠すためにわざと間延びさせた声を出した。
そうだ。Arisaのピアスは既に砕け散っており、スーパーAIのカウントダウンを告げる無機質な声は彼女には聞こえていなかった。
だが、その鋭い直感と、彼女の瞳の奥に反射した赤い光こそが、最も完璧な答えだった。
00:00:00。
総力試験は正式に終了した。
「時間切れだ。どうした?」Ryokuは余裕ぶって両手を大きく広げ、全く無防備な胸元をさらし、わざと相手の自尊心を抉るように言った。
「さっきみたいに、もう一発俺の顔面に蹴りを入れてみればどうだい?」
Arisaの目は、Ryokuの眼窩の奥深くまでを射抜くように見つめた。
彼女の周囲に渦巻いていた殺気の津波が、潮が引くように穏やかに退いていく。熱風に煽られて眩く輝いていたプラチナの髪は、根元からゆっくりと色を失い、滑らかで神秘的で誇り高い、黒い墨の滝へと戻っていった。
Arisaはゆっくりと腕を下ろした。彼女は背筋を伸ばし、ジャケットの肩に付いた石の粉塵を手で軽く払う。その王者のような風格は、目の前の敵の安っぽい挑発を、川を流れるゴミのように平然と見なしていた。
「Ryoku Akatsuki……」Arisaの声はもはや唸り声ではなく、冷ややかな周波数帯へと落ちていた。
「……勘違いしないで」
彼女は破れて片方の肩が露わになったジャケットの襟を引き寄せ、少し首を傾げて、ポキッとゆっくり関節を鳴らした。
Ryokuは微かに目を細めた。
「お前が私の目の前で生き延びられたのは、そんなゴミみたいな計算尽くの一手のおかげじゃないわ」
Arisaは半歩下がり、泥の中でもがくウジ虫を上から見下ろすように、冷ややかな視線を彼に落とした。
「お前がそこに立っていられるのは……学園の目覚まし時計が、たまたまお前の命を救うのに間に合ったからに過ぎないのよ」
Ryokuの唇の笑みが、0.5秒だけ強張った。「まぁ、心配するなよ……」
彼は舌打ちをし、すぐさま別の話題に切り替えて南の方へと振り向いた。「いやぁ、Class Dの拠点は一つも残ってないのか? そばには誰もいないし、本当に孤独だね。でも大丈夫……」
彼は、Arisaによって粉々に砕かれた第八拠点の残骸をチラリと見て、肩をすくめた。「素晴らしい花火だったよ、女王様。認めざるを得ないな」
彼は背を向けて歩き出し、相手に鬱憤を残したまま、森の境界の霧の中へと姿を眩まそうとした。
「あんたのClass Aが、望み通りの最高の順位を勝ち取れるといいな、Arisa Valen」彼は振り返ることなく手を振った。
「そして、これだけは覚えておきなさい、Akatsuki」
Arisaの声が背後から響く。Ryokuの足が途中でピタリと止まった。
Arisaは、Aegisの障壁が砕け散り、空を明るく照らす流星群となって崩壊していく天空を見上げた。彼女の頭頂部にあるアホ毛が、静かに一拍だけ揺れた。
「あの『システムエラー』は……私が自分で選んだ相手よ」
Ryokuが首を巡らせる。流星群の光の下、Class Aの女王は口角を上げていた。戦神の気迫を色濃く宿した、誇り高く、残酷な笑み。
「もしお前や、お前の背後に隠れているネズミ共が、私より先にあの人に汚い指で触れようものなら……」彼女は一拍置き、一文字一文字を鉛のように重く落とした。
「……私が直接お前を八つ裂きにして、お前たちが崇拝するその『法則』ごと粉砕してあげる」
「さっさと失せなさい!」
反駁を一切許さない絶対的な王者の威圧を前にして、Ryokuは二度と言葉を返すことはなかった。
彼はただジャケットの襟を深く引き上げ、顔を横切るように浮かんだ興奮と歪みに満ちた笑みを隠すと、その姿は原生林の破れた霧の中へと瞬く間に飲み込まれていった。
第八拠点の荒涼とした大地には、Class Aの女王ただ一人が光の雨の中に孤独に立ち尽くし、学園の歴史を永遠に変えてしまった試験に対する、システムからの判決を静かに待ち続けていた。
4. 1%のデータゴミ
だが、Class Aの光柱を永遠に輝かせないために、もう一つの戦いが繰り広げられていた。
[残り時間:00:12:00]
[座標:天文台F7の遺跡 — 第一拠点外縁部]
Class Aの女王が森を切り裂き、隕石のように南へと疾走している頃、島の北部エリアでは、心臓を締め付けるほど重苦しい静寂が支配していた。
天空では、Aegisの障壁が網の目のようにひび割れ、巨大な焼却炉のような息苦しい熱気を大地へと吹き降ろしている。
ガチャンッ……ターン!
Seriは身体を振って最後の金属の縁を飛び越え、第一拠点頂上の金網の床に足を踏み下ろした。
彼女の身体は汗でずぶ濡れになり、荒い息を吐いている。一秒の猶予もなく、彼女はスナイパーライフルを床へと直接放り投げた。
「Seri! 来てくれたんだね!」Mikaの悲痛な声が響いた。「止血帯を貸して……早く! 血を止めるものは何かない!?」
Seriは膝を沈め、大股で駆け寄った。だが、射撃台の縁越しにその視界が開けた瞬間、彼女の足はピタリと止まった。Seriの右手が下がり、指先が太もものダガーの柄をきつく擦る。
鋼鉄の床の上、Mikaは黒黒とした血溜まりの中で膝をついていた。そして、彼女の腕の中で気を失っているのは……Class Dの深紅の制服を着た者だった。
「Kobayashi?」Seriの冷酷な声が空間を切り裂く。「なぜそいつがここにいるの?」
「ダメ! 手を出さないで、Seri!」Mikaは慌てて自分の身体を盾にして前に立ち塞がった。
「この子が私を救ってくれたの! この子が……命懸けでYukishiroを倒すのを手伝ってくれたんだから!」
Seriは立ち尽くし、状況を評価した。
床では、Himawariが意識を失って倒れていた。彼女の手首はズタズタで、拘束用の縄を自ら引きちぎったせいで、樹皮や小石の破片が深く突き刺さっている。微弱な脈拍に合わせて今も新鮮な血がドクドクと溢れ出し、スカートを赤く染め上げていた。
しかし、泥と乾いた血がこびりついたその気絶した顔には、二筋の無言の涙が今もツーッと流れ落ちている。
Seriはその涙の跡を2秒間じっと見つめた。冷ややかだった眼差しが徐々に変化する。彼女はダガーの柄から手を離した。
「なるほどね……」SeriはMikaの横をすり抜け、その声は平坦で現実的な周波数帯へと沈み込んでいた。「……これが、彼女なりの自分の罪に対する弁明というわけね」
「わかってる……裏切りを簡単に許すことなんてできないって、」Mikaは言葉を詰まらせ、真っ赤になった目で見上げた。
「でも少なくとも、彼女の決死の一撃がなければ、私はここで死んでいた。応急処置をさせてくれないかな、Seri?」
Seriは言葉では答えなかった。彼女は腰の後ろのポーチに手を突っ込み、医療用包帯のロールと、即効性の血液凝固剤の入った注射器を取り出すと、ポイッとその傍らに投げ落とした。
「急ぎなさいよ、Mika」Seriはキッパリと背を向け、手を伸ばしてロープのケーブルを点検した。「私たちに慈善活動をしている時間なんてないんだから」
Mikaは慌てて頷いた。彼女は歯を食いしばり、血まみれの両手で注射器のキャップを開けると、Himawariの傷口の周りの筋肉に真っ直ぐ突き刺して血流をロックし、耐力包帯を何重にも巻いて太ももをきつく締め上げた。
処置が終わると、Mikaは最後に残った半分の予備の水を水筒から取り出し、かつての敵であった者の唇に一滴ずつ慎重に含ませた。
Himawariの呼吸が次第に安定してくると、Mikaは優しく彼女を抱き起し、最も日陰になる鋼鉄の柱の裏の安全な死角に背を凭れさせた。
彼女は立ち上がり、肩をすくめて気合を入れ直すと、毅然とした足取りでSeriの元へ向かった。
「まだあと3時間近くあるよ、Seri……」Mikaは無事な方の手で頬の血痕を拭い去る。
「……南に戻ってArisuを救援するのに、間に合うかな?」
「間に合うわよ」Seriは短く答えた。「この拠点の制御権を奪ったら、Sakuragiから逃げる方法を考える。あいつなら私たちに追いつけないわ」
「でもKiminukoのピアスが壊れちゃったの! さっきから押してるのにスコアボードにアクセスできないし、通信周波数も拾えないし、」
Mikaは耳たぶを何度も押し、不安に満ちた声にトーンを落とした。「私……Arisuが今無事かどうかもわからないよ……」
「デバイスの故障じゃないわ。私も接続が切れてる」Seriは空を見上げ、歪んでいく光の層を見つめた。「学園のシステムに、間違いなく大規模な障害が起きているのよ」
ピッ! ピッ! ピッ!
マイクロチップの甲高い電子音が、二人の耳元から同時に爆発するように鳴り響いた。
「あ! 信号が戻った!」Mikaはビクッとした。
しかし、微かに芽生えた束の間の喜びは、即座に握り潰された。真っ赤な血のような文字が表示されると、SeriもMikaも揃って呆然と立ち尽くした。
[緊急通知:総力試験はあと10分で終了します。]
「10分!?」Seriは歯を食いしばり、即座に身を翻した。「クソッ! また時間の短縮!?」
それと同時に、塔の頂上の熱量が突如として跳ね上がった。頭上にあるAegisの障壁に大きな亀裂が走り、焼け焦げるような熱気を吹き下ろし、肌に残っていたわずかな水分すらもすべて蒸発させていく。
「Seri……私、肩の関節が外れちゃってるの」Mikaはだらんと垂れ下がった自分の腕を押さえ、顔面を蒼白にした。
「自分で早く降りることはできない。あなたは……早く先に降りて、私は後で自分で降りる方法を探すから!」
「気合で降りるつもり!?」Seriは怒鳴りつけた。
彼女はダガーを引き抜くと、金属の切っ先を自分の戦闘用ジャケットの襟元に突き立て、荒々しく長く切り裂いた。ズバッ! ズバッ! 丈夫な軍用布が次々と引き裂かれ、長い布の帯へと変わっていく。
「待って! 何するつもり、Seri……あっ!」Mikaは背中側へと強く引っ張られた。Seriは屈み込み、Mikaを背中にぴったりと担ぎ上げる。
「じっとして!」Seriの冷徹な声が響き、素早い手つきで脇の下に布の帯を巻きつけ、Mikaの身体を自分の背中にしっかりと固定した。「私が背負って滑り降りるわ!」
二人の命が秒単位でカウントダウンされていることを理解し、Mikaは歯を食いしばって痛みを飲み込んだ。「わかった!」
彼女は無事な方の腕でSeriの首をきつく抱き締め、両足を友の腰に回してしっかりとロックした。「今は恥ずかしがったり足手まといになったりしてる場合じゃない。急がなきゃ、Seri!」
Seriは頷いた。彼女は手を伸ばし、床に落ちていたMisakiのスナイパーライフルを拾い上げる。Seriはその鋼鉄の塊を金属の縁に立てかけ、靴の踵を真っ直ぐに踏み下ろした。
ガンッ! バキッ!
長い銃身が薬室からボキリとへし折られる。Seriは銃身部分を投げ捨て、銃身の根元にある耐荷重性の金属塊だけを手元に残した。
彼女はその金属塊に衝撃分散用のロープケーブルを引っ掛け、塔の頂上から地面へと真っ直ぐに伸びるメインケーブルの周りにきつく巻き付けて固定した。
「しっかり捕まってて、Mika!」Seriは声を振り絞り、足の筋肉の束を一つ一つ極限まで緊張させた。「揺れるわよ!」
ハッ!
Seriは床の縁から強く足を蹴り出し、斜めのケーブルへと身体を自由落下させた。
ギイィィィィィィィッ————!
恐ろしい摩擦音が響く。金属塊が鋼鉄のケーブルと激突し、眩い火花の束を散らした。
Seriは歯を食いしばる。風が焼けつくように顔を打つ。ロープが切れたり、即席のブレーキブロックが外れたりするのを防ぐため、彼女は絶えず身体を捻り、塔の交差する鉄の梁へと両足を強く蹴り込んで減速しなければならなかった。
ドンッ! ガキン! ドンッ!
硬い鋼鉄に靴の踵を叩きつけるたびに、強烈な衝撃が跳ね返ってくる。2倍になった重量が、疲労しきった両足にすべて重くのしかかる。
さらに苦痛なことに、Seriの内太ももの傷口が、衝撃による引き裂く力で布地の下からパックリと開き、温かい血が滲み出して包帯を赤く染め上げていく。
Seriの両目は、視界の中で次第に拡大していく塔の足元をカッと見据え、鋼の意志で両足を蹴り続けさせ、空中で摩擦を削り取っていった。
ドゴォォン!
地面との激しい衝突が、滑降の勢いを完全に打ち砕いた。塔の頂上から落下してきた加速度による2倍の重さが脊髄へと跳ね返り、SeriとMikaは二人揃って弾き飛ばされ、第一拠点の足元の枯れた芝生の上をゴロゴロと転がった。
Mikaは歯を食いしばってうめき声を上げると、即座に無事な手を伸ばしてSeriのダガーを引き抜いた。
ズバッ! ズバッ! 金属の刃が、二人を一つの塊に縛り付けていた軍用布の帯を切り裂く。
結び目の圧迫が解けると、二人の少女の身体が離れる。接触していた素肌の間に張り付いていた汗の跡が瞬時に冷たくなり、むず痒くも痛ましい感覚を残した。
「大丈夫、Seri!?」Mikaは慌てて片手で地面を突いて立ち上がった。彼女の顔は極度の疲労と、天空の亀裂から吹き降ろす息苦しい熱気で真っ赤になっている。這い上がった直後によろめいて泥の中に膝をついたSeriを見て、Mikaは慌てて駆け寄り、友を抱きとめた。
「私……平気……」Seriはうめき、声は喉の奥で押し殺されていた。
「もう少し我慢して! すぐに血を止めるから!」Mikaは荒い息を吐く。声こそ毅然としていたが、その瞳の奥には、仲間の衰弱しきった状態に対するパニックを隠しきれなかった。
「よう……お前ら、あの上で何グズグズやってたんだ?」
前方から、騒がしく粗野な声が響き、緊迫した空気を引き裂いた。
Leonhartが、第一拠点の中央制御パネルへと続く階段にへたり込んでいた。
獅子王の今の姿は、SeriもMikaも思わず身震いし、反射的に半歩後ずさりするほどボロボロだった。
どす黒い血に染まった破れた服の切れ端で応急処置された切断部は、今も足元の砕けた大理石のタイルへと一滴ずつ血を滴らせている。
「Sakuragi……あなたの腕……」Mikaはパニックになって声を上げた。
「ああ、塔の上の野良犬に不意打ちで噛みちぎられただけだ。気にするな」Leonhartは顔をしかめ、残った右手を振り払う。まるでちょっとした擦り傷について話しているかのように平然としていた。
彼は血走った琥珀色の目で見上げ、二人の少女を見た。「あのクソッタレな放送を聞いたんだろ?」
SeriとMikaは同時に頷いた。
「だったら……」Leonhartは荒く息をついた。深刻な失血により、筋骨隆々な胸が激しく波打っている。
「……お前ら、突っ立って何してやがる? 早くしろ! あと9分だぞ。この拠点を占拠しなきゃ、俺がこの手でぶっ壊してやるからな!」獅子は吼え、無理やり立ち上がろうとしたが、肉を引き裂くような激痛に顔を歪めてよろめいた。
「まあ、もうぶっ壊す力も残っちゃいねえがな……さっさと手を動かせ! ここの温度のせいで、丸焼きになっちまうぞ!」
「わかってるわよ!」Seriは歯を食いしばり、Mikaの手を振り払うと、血の滲む両足を引きずりながら、彼女と共に階段へと飛び込んだ。
Mikaは手を伸ばし、認識用のピンを強く叩いた。
ピッ! 第一拠点のHolo制御パネルが空中に展開し、鮮やかな碧色の画面が汗まみれの二人の少女の顔を照らし出した。
「ええと……さっき俺が電源だけは入れといたんだがな」下に座り込んでいるLeonhartは、汗でベタつく金髪を掻き毟り、ひどく無力感に満ちた声にトーンを落とした。
「俺もいくつかステップを解いておいてやりたかったんだが……見ても、何が何やらさっぱりわかんねえんだ」
彼は首を振り返り、後から来た者たちに希望を託すように口角を上げた。「だから……全部お前らに任せたぜ、Mikado、Satou」
しかし、Leonhartの強張った笑みが凍りついた。
階段の上で、SeriとMikaは二体の石像のように呆然と立ち尽くしていた。二人の少女の顔は蒼白になり、激しく揺れ動く瞳が、Holoスクリーンを縦に流れるコードの羅列に釘付けになっている。
「私たち……」Seriの声が割れ、究極の苦渋と無力感に満ちていた。「……こんなものの知識なんてないわ」
そうだ。総力試験の前に、Class Fは地獄のような訓練を経ていた。
彼らはJinとArisuから、最も基本的なアルゴリズム解読の知識を叩き込まれていた。それは、生き残った底辺の生徒なら誰でも自力でハッキングを行い、中堅クラスの拠点を占領できるように緻密に設計されたカリキュラムだった。
だが、ここは第一拠点。Class Aの防衛の心臓部である。
このセキュリティシステムは、Class Aの傲慢な戦術頭脳であるIori自身によって構築され、暗号化されているのだ。
12層のファイアウォールは、Class BやClass Cの知能に特化した極めて優秀な戦略指揮官たちでさえ頭を抱えさせる代物だ。ましてや、SeriやMikaのような狙撃を専門とする二人の生徒にどうにかなるものではない。
Mikaは制御パネルの縁に必死にしがみついた。しかし、彼女の目の前で霞むように踊り狂う数字たちは、目に見えないレンガの壁と化し、あらゆる努力を砂漠のように干上がらせていく。
「どう……どうしたらいいの……?」Mikaは混乱し、無力感による悔し涙が目尻から溢れ出した。
「どこを押せばいいの? このコードの変動リズムが読めない……私、何もわからない!」
「やめて、Mika。触らないで!」
Seriは手を伸ばし、Mikaの震える手首を強く握った。彼女はギュッと目を閉じ、息を吸い込むと、断固とした態度で手を離した。
「私たちにこの拠点はもう必要ない……行くわよ! Arisuを探しに行く!」
「てめえ、何言ってやがる!?」Leonhartが吼えた。
彼は唯一の腕で地面を突き、ふらつきながらも無理やり立ち上がった。
「ここまでボロボロになって戦ってきたんだろうが! 俺は片腕を捨てて、お前らも命懸けでこのクソ拠点を取りに来た……それを今更、諦めるだと!?」
「だったら何!? あんたはどうやって私たちを助けるつもりなの、Sakuragi!?」Seriは振り返り、冷酷だが血を吐くような声で叫んだ。
「目を開けてよく見なさいよ! 奴ら、ループキー構造で暗号化してるのよ! 12層のファイアウォールを9分で突破するなんて、絶対に不可能だわ!」
Seriは、無情に明滅するHoloスクリーンを真っ直ぐに指差した。「一文字でも入力を間違えれば、システムは自爆プロトコルを起動するか、アクセス権を永久にロックするのよ! ここに留まったって、最後の数分間を絶望の中で焼き尽くす馬鹿な奴らにしかならない! 私たちの負けよ!」
肉体的な力と知能という障壁の残酷なまでの格差が、初めてこれほどまでに明確に現れた。彼らは血を流してClass Aの最強の戦士たちを打ち負かしたが、今、幻影のようなスクリーンの前で無力に崩れ落ちようとしている。
生存者たちの意志を絶望が粉々にすり潰そうとしていた、まさにその時。
カサッ……カサッ……
北西の茨の茂みから、枯葉を踏みしめる音が響いた。一つの人影がふらつきながらシダの枝を掻き分けて姿を現す。その姿勢は傾いていたが、足取りは極めてしっかりしていた。
「あ?……Mizuko?」Leonhartがパチクリと瞬きする。
亀裂の入った天空の光の下、Mizukoがゆっくりと歩み寄ってきた。Class Bの副将は今、その場にいる誰とも引けを取らないほどボロボロだった。
彼女の左肩は無惨に潰れ、どす黒い血が染み込んだ軍用止血帯できつく縛り上げられており、シャツの裾はズタズタに引き裂かれている。しかし、この学園一の美少女の唇には、あの馴染み深いふふっとした笑みがそのまま保たれていた。
「あはは……あんたも私に負けず劣らずボロボロみたいね、Leo」Mizukoは折れた木に寄りかかり、微かに顔をしかめた。
「あなたの肩……」Mikaは慌ててポケットから医療用包帯のロールを取り出し、急ぎ足で近寄った。
「心配しないで、Satou。私は平気だから」Mizukoは無事な手を伸ばしてMikaを制止し、熱い息を微かに吐き出した。
「Yukishiroの狙いは非常に正確だったけど、あの徹甲弾は私に突き刺さる前に、巨岩を貫通しなきゃならなかったの。殺傷力はかなり削がれていたわ……まだ死なないわよ」
「運が良かったな」Leonhartは微かに鼻を鳴らし、獅子は血の滲む切断部へと顎をしゃくって、しゃがれた声で言った。「あんたんとこのリーダーの腕なんか、完全に吹っ飛んじまったんだぜ」
MizukoはLeonhartの切断された腕をチラリと見た。彼女の瞳の奥が一瞬沈み込んだが、すぐに極度の決意の光が閃いた。蒼白な額に張り付いた汗まみれの髪を払い、制御パネルの前へと真っ直ぐ歩を進める。
「今は泣き言を言ったり、冗談を言ったりしている場合じゃないわ。私がこの拠点を奪うのを手伝ってあげる。急がないと……もうあと8分きっかりしかないわよ!」
Seriが歩み寄り、MizukoがHoloパネルの前で崩れ落ちないように、無事な肩に手を回して支えた。「ありがとう、Minamoto」
Mizukoは首を横に振った。その美しい眼差しは、真剣にSeriの泥だらけの顔を見つめ返した。「いいえ。Akabaneがしてくれたことに対して……感謝しなきゃならないのは私たちClass Bの方よ」
Seriは半秒だけ固まった。Arisu? 結局、あいつは何をしたっていうの?
だが、時間が彼女に質問を許さなかった。
Mizukoは、薄暗く明滅するHolo制御パネルの前に背筋を伸ばして立った。その瞳が微かに細められ、12層のマトリックスを走査する。
「Satou! あなたがメインの入力を担当して。Mikado、あなたはサブの変動関数列を処理して。12層構造……開始!」
カタタッ……カタタッ……ピッ!
Holoキーボードを叩く音が、機関銃のように絶え間なく激しく鳴り響き、息苦しい熱気を切り裂く緊迫した音楽となって交じり合った。
「Satou、関数列7をカット! Mikado、第一層の負の数値を反転させて!」Mizukoの声が、一拍の無駄もなく、鋼のように明瞭に響き渡る。
Class Bの副将による戦術指導の下、飛ぶように動くMikaの器手と、Seriの反射的な計算能力により、セキュリティの各層が恐るべき速度で剥がされていく。15秒……1層が突破される!
ピッ! [第1層:Cleared]
ピッ! [第2層:Cleared]
Holoスクリーンが連続して明滅する。Mizukoは口角を上げ、その顔に誇り高い笑みを浮かべた。
「ふん! YanagiとKamado……あいつらのトラップの思考は、まだまだ型にハマりすぎてるし単調ね! こんな教科書通りのアルゴリズムじゃ……私を困らせるには程遠いわよ、Class A!」
Mizukoの目は瞬きよりも速く動き、変数を読み取る速度はますます熱を帯びていく。
「Mikado、そのまま第9層を処理! Satou、数列を変換して、第10層へ直行して! このスピードなら、あと60秒以内に第一拠点の制御権を奪えるわ!」
軽快な指先が仮想スクリーン上を滑る。
ピッ! [第9層:Cleared]
ピッ! [第10層:Cleared]
第9層のサブ関数列を完成させたばかりのSeriは、即座にMikaの第10層解読をサポートに入った。Mizukoはペースを調整しながら、目を吊り上げて第11層のデータを先読みする。
しかし、第11層のデータゲートが開いた瞬間、Mizukoの唇の笑みは消え失せた。コマンドを読み上げる彼女の声が、途中でピタリと止まる。
「待って……難易度が急激に跳ね上がってる」Mizukoは呟き、こめかみから冷や汗が一滴滲み出し、青白い頬を滑り落ちた。
目の前のアルゴリズム構造が変形している。それはもはや、Ioriの筋の通った論理規則や、Yukinoの緻密な計算にも従っていなかった。数列が収縮し、脳が痛むほどに非論理的で混沌とした形で互いに交差しているのだ。
SeriとMikaが第10層の最後のキーを叩き終えた時、二人は同時に見上げて第11層を見た。二人の少女の瞳に、見覚えのある認識の光が微かに灯る。これは逆マトリックス形式。3週間の訓練の間、彼女たちが何百回も解かされた基本的なアルゴリズムだ!
「Minamoto!」
Mikaは断固として、血まみれの両手でHoloキーボードを嵐のような速度で叩き続けた。「この第11層は……私とSeriで解ける! あなたはもう見なくていい!」
Mikaは首を振り返り、Class Bの副将の呆然とした顔に真っ直ぐに決意の眼差しを突き刺し、死神の難問を先へと投げ投げた。
「……集中して、第12層を突破する方法を考えて!」
Mizukoは反射的に目を上げ、点灯している第11層越しに先を見つめた。
「これは……」Mizukoの声が嗄れる。「YanagiやClass Aの指揮官たちのセキュリティコードじゃない。これは……Arisa Valen自身が構築した、独自のアルゴリズムよ」
「なんだと!?」Leonhartが驚愕する。
「クソッ! どうしてあいつは、こんな異形の代物をここに仕掛けているの!?」Mizukoは、激しく脈打つこめかみに強く手を押し当て、顔を蒼白にした。
「Leo……時間はあとどれくらい?」
LeonhartはKiminukoのピアスを強く押し、血を吐くようなしゃがれ声で答えた。「3分! いや……あと2分50秒だ!」
「もう間に合わない……」Mizukoは首を横に振った。無力感が彼女の頬にありありと浮かんでいる。「
このマトリックスの塊を通常の方法で解きほぐすには、少なくとも15分は必要。特異な解読プロトコルでもない限り……でも私にはそのデータがない。最初から手作業で解くしかないわ!」
SeriとMikaも、ちょうど第11層の最後の関数を入力し終えたところだった。第12のセキュリティウォールが彼女たちの目の前に現れる――それは交差する量子球体であり、眩いばかりに輝きながらも冷たく、人を圧倒するほど完璧だった。
「完璧すぎる……」Seriは歯を食いしばり、肩を微かに震わせた。「つけ入る隙も、構文エラーも全くない!」
Mikaはスクリーンの前に立ち尽くした。踊る数字が、彼女のボロボロの瞳の奥に反射している。しかし、絶望的なまでに隙のないデータ塊の中に、極めて非論理的ながらも見覚えのある感覚がふとよぎった。
正確に言えば……誰かがかつて、この問題について言及していたのだ。
砕け散った記憶の欠片、ささやかで静かな一幕が、Mikaの脳内でパチンと弾けた。
Leviathan島の数字が滲んだ瞬間、硫黄と血の匂いが充満する息苦しい空気が一気に吸い取られた。Mikaの視界は、総力試験の前、Class Fの教室での穏やかで黄金色の陽射しが差し込む午後へと引き戻された。
黒板を規則正しく叩くチョークの音。
Jinは眼鏡を折りたたみ、びっしりと長い微分方程式で埋め尽くされた3枚のスライド式黒板の前に立ち、誇らしげな笑みを顔に浮かべていた。
「Nocturniaの世紀の難問だ」Jinは定規で黒板を叩き、クラス全体に熱っぽく解説した。「Reizelの最高レベルの研究機関や量子スーパーコンピュータが、最終段階の解答を導き出すために、長年ぶっ続けで計算させ続けている代物さ……」
Jinは腕を組み、口角を上げた。「この問題の崩壊メカニズムさえ理解できれば、島にいる他のクラスの暗号化トラップなんて、子供のおもちゃに過ぎない!」
「だからArisu……前へ出て見てくれ。お前ならこの問題の答えを出せると信じてるぜ」Jinは、下でノートを取っているシルエットを真っ直ぐに指差した。
Arisuは黙々と教壇に上がった。彼は世紀の難問と対峙し、冷徹で虚ろな瞳が複雑な関数列を走査する。
ピッ。
Arisuは耳元のKiminukoに指先で軽く触れた。
わずか5秒。
Arisuの手にあるチョークが、極限まで無駄を省いた速度で黒板の上を滑る。彼がチョークを叩くたびに、無数の変数が自動的に相殺され合い、主方程式から剥がれ落ち、最も基本的な対称関数へと完全に崩壊していった。
「うひゃー……」下に座っていたHaruが口をあんぐりと開けた。「偉い人たちの世紀の難問を……たった5秒でさくっと解いちまったぞ……」
「そうでもない」Arisuの平坦で無機質な声が、学術講義のようにゆっくりと響いた。
「Reizelの数学者たちは、3年前の時点でスーパーコンピュータを使って、最終ステップの直前まで結果を出している。俺はただ、彼らの代わりに最後のステップを完成させるという単純な作業をしただけだ」
「わぁ……じゃあ、Arisuお兄ちゃんは帝国のスーパーコンピュータよりもすごいんだね?」Ririsaは目を瞬かせて感嘆した。
「違う。俺は人間であり、コンピュータではない」Arisuはチョークを粉受けに置き、平然と振り返った。
「これを破壊する方法は、実は非常に単純だ」彼はNocturniaの方程式の中央構造を指でトントンと叩いた。
「最も完璧なシステムというものは、常に自ら崩壊する傾向にある。なぜなら、それを設計した者はすべてのパラメータが論理に従って動作すると想定し、人間の非論理的な誤差を無視しているからだ。もし、100%の精度を誇るシステムを破壊したいのなら……」
Arisuの底知れない黒い瞳が、Class Fの生徒たちを真っ直ぐに見つめた。
「……そのコアの真ん中に、1%のデータゴミを投げ込んでやればいい」
「なんだか、うちのクラスにいる誰かさんの理屈そっくりだな」Haruはへらへらと笑い、頬杖をつきながら隣の席の少女に視線を流した。
Aoiはため息をつき、お手上げといった様子で額をこすった。「彼しかいないじゃない。みんなが感情や絆の話をするたびに……丸太みたいにフリーズしちゃうんだから」
「君が言っているその事象こそが……」Arisuは真顔で両手をポケットに突っ込み、声色を全く揺るがせずに言った。
「……まさにデータゴミだ。それはキャッシュメモリにノイズを発生させ、システムの処理速度を低下させ、最適な戦闘パフォーマンスを完全に相殺する」
救いようのない0番の無知蒙昧っぷりに、Class Fの全員が揃って頭を抱え、ため息をついた。
その穏やかな記憶の欠片が砕け散り、Mikaは灼熱の第一拠点の頂上へと投げ戻された。
[残り時間:00:00:50]
「Minamoto! サブの対称関数列の監視をお願い!」
Mikaが絶叫した。普段の子供っぽい声は、Seriがハッとするほど鋭く、断固としたものになっていた。
「何をするつもりなの、Satou!?」Mizukoは痛む肩越しに慌てて身を乗り出し、Holoスクリーンを睨みつけた。「デタラメに入力しないで! Valenのマトリックスがシステムを逆ロックしてしまうわ!」
「デタラメじゃない。私、この問題の解き方がわかったの!」
Mikaの震える腕がHoloキーボードに触れた。Class Aの女王の、冷たく一点の瑕疵もない完璧な量子方程式のコアの中央に、
Mikaは極めて非論理的なキーの組み合わせを直接打ち込んだ。一つのスマイリーフェイス(^_^)。そしてそれに続く、終わりのないスパム関数の羅列。
ピタッ!
Holoスクリーンが突如として激しく痙攣した。碧色の光が即座に、血のような真紅へと変わる。
[警告:コア構文エラー!]
[外部データを検出。第12層自爆プロトコル起動まで:5……4……]
「Satou! まずいわよ!?」Mizukoは絶望の中で腕を垂れ下げた。「永久にロックされちゃう!」
Mikaの心臓が止まりそうになった。彼女の手はガタガタと震え、冷や汗が吹き出して額をずぶ濡れにする。まさか……Arisuが間違っていたの?
[……3……2……]
スクリーンの上の量子球体が狂ったように回転する。最高レベルの知能攻撃をすべて防ぐために設計されたスーパーアルゴリズムは……これほどまでに粗悪で馬鹿げたデータゴミの断片を処理するためのプロトコルを、何一つ持ち合わせていなかったのだ。
そして、残り1秒となったまさにその時。
真紅の球体が突如としてフリーズした。非論理的な誤差を分析できないため、Class Aの防衛システム全体が内部で自己矛盾を起こし始めたのだ。
ファイアウォールが自らを喰らい尽くし、絡み合っていたコードの帯が自動的に剥がれ落ち、方程式のバランスを取り戻すために互いに相殺し合う!
「何よこれ……」偉大なる量子塊が粉々に砕け散り、大きくぽっかりと穴の空いた一直線の数列へとパラパラと崩壊していくのを見て、Mizukoの瞳孔は極限まで拡大した。
「自己相殺したわ! 脆弱性が出た! Mikado! 今すぐ基本的な対称アルゴリズムを適用して!」
「了解!」Seriは、Mikaが剥がしてできた隙間へと対称数列をすべて流し込んだ。
[残り時間:00:00:15]
Seriの指先が幻影のHolo平面を打ち砕く勢いで、最後の確認キーのマスへと叩き込まれた。
空間が凍りついたかのようだった。Holoスクリーンが連続して明滅し、システム最後の絶望的な抵抗の中で、赤と碧の二色の間をチカチカと点滅する。
Leonhartは息を呑んだ。Mizukoは血の滲む肩をきつく掴んだ。Mikaは両目をぎゅっと閉じた。
そして……
ピーッ! ピーッ!
二つの電子音が虚空に軽く響いた。しかしこの瞬間、それは彼らがこれまでに聞いた中で最も偉大で、甘美な交響曲であった。
第一拠点の中央制御画面全体から赤い光が消え去り、同時に漆黒の色が閃いた――それはClass Fの支配を象徴する色。
「私……やったよ、Seri……」
Mikaは両足からすっかり崩れ落ちた。彼女はSeriの胸に飛び込み、きつく抱きついて、顔を埋めて声を上げて泣きじゃくった。恐怖、プレッシャー、そして肉体的な苦痛の涙が、今、究極の解放となって堰を切ったように溢れ出した。
彼女たちは勝った。底辺の戦士たちが、自らの手でこの島で最も誇り高き要塞を陥落させたのだ。
第一拠点の頂上から、Class Aのプラチナのような純白のレーザー光柱が消えた。代わりに、Class Fのすべての血と涙、そして不屈の誇りをまとった漆黒のレーザー柱が、天空を切り裂くように咆哮を上げ、天の頂きへと真っ直ぐに撃ち放たれた!
そして……
ドゴォォォォン!
大気圏から轟くような爆発音が鳴り響き、Leviathan島の息苦しい空間を切り裂いた。
Aegisのエネルギー障壁が完全に砕け散った。島を覆っていた巨大な球体が何万もの眩い結晶の欠片へと崩壊し、暗い原生林の絨毯の上へと、壮麗で悲壮な流星群のように宙を舞いながらパラパラと降り注いでいく。
光の破片が大地へと降り注いだ瞬間、Leviathan島の空に何百機ものDroneの羽音が同時に響き渡った。
それらは飛び回り、空中に新たな監視網を展開し、CNA学園の絶対的な支配権を帯びた声を響かせた。
[CNA学園からの通告]
総力試験は正式に終了しました。
生存しているすべての生徒は直ちに戦闘を停止し、1時間以内に自クラスの初期スタート地点へ集合してください。
学園の救助隊及び迎えの船はすでに各港にて待機しています。規律を遵守し、協力をお願いします。
通告の音声は三度繰り返され、それぞれの断崖、それぞれの谷間に響き渡り、このサバイバル島での地獄のような時間の終焉を告げる宣言となった。
第一拠点の階段で、Mizukoの目尻がふと南東の空へと向けられた。そして、失血で青ざめたその唇に、感嘆と安堵の笑みがごく自然に浮かんだ。
彼女は無事な肩を使って、隣に座り込んでいるLeonhartの腕を軽く小突き、嗄れてはいるが晴れやかな声を出した。
「あはは……見てよ、Leo。さすがはMizuharaね。彼女……やっぱり、一番クレイジーなタイミングでチャンスを掴む方法をいつも知っているわ」
Leonhartは目を細め、Mizukoの顎が指し示す方向を見上げた。
遥か東方、Leviathanの戦場に残る雲や土埃を突き抜けて、鮮やかな緑色のレーザー光柱が誇らしげに立ち昇ったのだ。
「おお……マジかよ」Leonhartは口角を上げ、獅子は低くしゃがれた笑い声を漏らした。
「あいつがここまで素早くて大胆な決断を下すとはな。土壇場で第十拠点を直接奪うとは。これじゃ……Class Dの奴ら、拠点が一つも残ってねえじゃねえか」
「あれがClass Cってやつよ……」Mizukoはホッと安堵のため息を密かに漏らし、ゆっくりと頭を仰け反らせて塔の壁に背を預けた。
そこから9キロメートル離れた森の片隅。第十拠点――かつてClass Dの支配下にあった最後の拠点にて。
Celiaは冷たい岩肌に背を預けて立っていた。
Class Cの聖女の呼吸は、体力を完全に使い果たして途切れ途切れになっていた。だが、その肉体的なボロボロさの中にあっても、彼女の立ち姿はいつにも増して王者のように威厳に満ち、誇り高かった。
Aegisの流星群の眩い光の下、Celiaはゆっくりと顔を上げた。聖女の瞳には、最後の瞬間に自らの手でハッキングを完了させた、あの緑色の光の輪が反射している。
彼女たちには暴君のような体力もなければ、理不尽な残酷さもない。
しかしClass Cは己の地位を証明した。知恵と忍耐、そして鋭利な盤面を読む力を用いて成果を勝ち取り、この過酷なLeviathanの闘技場において、その尊厳を完璧なまでに守り抜いたのだ。
5. 血塗られた人形
第一拠点の足元へと視点を戻そう。
SeriとMikaはゆっくりと身体を離した。二人の少女は揃って腰を折り、Mizukoの前に深く頭を下げた。
「ありがとう、Minamoto。あなたがいなかったら……私たちだけじゃ絶対にできなかったわ」
Mizukoは慌てて手を伸ばして二人を起こし、優しく首を横に振った。
「そんなに畏まらないで。昨夜、私たちClass Bの命を救ってくれたのはAkabaneよ。恩を言うなら、Class Fの前に頭を下げるべきなのは私たちの方なんだから」
地面にへたり込んでいたLeonhartが舌打ちをした。「あーあー、感動的だな……」
彼は勢いよく首を巡らせ、疲労の色が濃いその眼差しを、40メートルほど離れた一本の木の根元へと真っ直ぐに向けた。Leonhartは顎をしゃくる。
「で……あの馬鹿はいつまでそこに隠れてるつもりだ?」
焦げ臭い匂いと熱気に満ちた空気が、突如としてピタリと止まった。MikaとSeriは揃って首を振り返り、Class Bの獅子が示す方向を見た。
黒焦げになった樹皮の背後から、見覚えのあるアホ毛が一本、頑固にピンと立っていた。それは、この荒涼とした戦場の風景の中では完全に浮いている。そして、そのシルエットが霧の中から黙々と歩み出てきた。
それはもはや、一人の生徒の姿ではなかった。
Arisuの制服はズタズタに引き裂かれ、無数の布切れとなって垂れ下がっている。肌は泥まみれで、赤黒く乾いた血の跡とべったり混ざり合っていた。さらに恐ろしいことに、その破れた布地の隙間には……細かな肉片すらこびりついていた。
その汚泥と血の悪臭の中で、Arisuの顔は、新鮮な血溜まりから引きずり出されたばかりの磁器の人形のように、静謐で虚ろだった。今の彼の外見は、見る者すべてに嫌悪感を抱かせ、後ずさりさせるような代物だった。
しかし、その嫌悪感はClass Fの者たちの目には全く映っていなかった。彼女たちにとって、その血まみれの怪物は……まさに光そのものだったのだ。
「Arisuーーーっ!」叫び声が森に響き渡る。Mikaは気にするそぶりすら見せなかった。彼女はすべてを忘れ去り、そのまま真っ直ぐに前方へと飛び出していった。
ドスッ! MikaはArisuの身体に激突した。その衝突の勢いは、彼が危うく仰け反って倒れそうになるほど強烈だった。
彼女は小さな顔を彼の胸に強く押し当てた。小さな両手を伸ばして彼の肩をきつく掴み、ブルブルと激しく震えている。
Mikaの涙が雨のように溢れ出した。温かい涙が布地から染み込み、Arisuの胸元の乾ききっていない血の跡と混ざり合う。
「Arisu……Arisu、生きてた……よかった、生きてたんだね……」Mikaの泣き声は喉の奥で詰まり、究極の無力感と、胸の痛み、そして安堵を孕んだ嗚咽へと砕け散った。
Arisuにこの予期せぬ一連の行動を処理する暇を与えず、Seriもゆっくりと歩み寄ってきた。
彼女は血まみれの両足を引きずり、ガタガタと震える両膝に無理やり力を込めて、身体が崩れ落ちるのを堪えていた。Arisuの正面に真っ直ぐ立つと、Mikado家の女性狙撃手は、ゆっくりと手をこめかみへと掲げた。
これまで彼女が行ってきた中で、最も正確で、最も厳粛な軍隊式の敬礼。
だが、普段は鋭く冷たい彼女の瞳も、今は真っ赤に充血していた。滲み出し、頬を伝う涙の筋が、彼女が必死に保とうとしている気丈さを裏切っている。Seriの声は厳格だったが、一音節を発するごとに、むせび泣きによって途切れてしまった。
「ほ……報告します……! 私たちは……与えられた任務を完了しました……っ!」
Arisuの虚ろな目が、微かに見開かれた。
ほんの一瞬、常に滑らかに稼働していた彼の論理システム全体が突如として停止した。Arisuは俯き、自分の胸の中で震え続ける汗まみれのMikaの髪を見つめ、それからSeriの顎を伝い落ちる涙の雫へと視線を移した。
彼はゆっくりと手を挙げた。人殺しのその手は、空中で一拍だけためらいを見せ、そして……優しくMikaの頭頂部に置かれ、不器用に撫でた。
[慰めデータを記録。生体心拍の鎮静率:100%の有効稼働。]
彼は顔を上げてSeriを見つめ、こくりと一度頷いた。普段の平坦な声色が、突如として……一拍だけ柔らかくなった。
「よくやった、Seri。もう休んでいい」
その無味乾燥で短い言葉は、まるで圧力解放バルブのようだった。SeriもMikaも、溢れ出る涙の中で同時に吹き出して笑った。
第一拠点の荒涼とした廃墟の中、眩い流星群となって崩壊しつつある天空の下で、彼女たちが織りなす笑いと泣き声だけが、唯一の傷ついていない、温かなものだった。
Arisuはしばらくの間、そのまま静止していた。システムが二人の少女の生体リズムが安全レベルまで低下したことを確認した後、彼はようやく優しくMikaの肩を掴み、彼女を引き剥がしてSeriに寄りかからせた。
「少し待っていてくれ」Arisuは手を引っ込め、ゆっくりと身体の向きを変える。「提携相手と話をする必要がある」
Leonhartは歯で布の端を咥え、残った右腕で強く引っ張って、左腕のどす黒い血が滲む切断部にもう一巻き止血帯をきつく締めた。
そして、疲労に満ちた琥珀色の目を上げてArisuを横目で見た。「お前、4分前からあの黒焦げの木の後ろに隠れてただろ」Leonhartは瓦礫に血の混じった唾を吐き捨て、しゃがれた、しかし鋭い声で言った。
「あいつら二人が必死こいてキーを叩いて、Satouが泣きそうになるまで、ずっと黙って見てやがったな……仲間の宿題のチェックでもしたかったのか、Akabane?」
「前に言ったはずだ、Sakuragi」無機質な湖面のように平坦で均一なArisuの声が響く。
「彼女たちは解ける。この3週間の訓練で彼女たちに組み込んだ記憶容量に基づけば、確率は100%だ。すでに正しい結果が出ている方程式に、俺が介入する理由はない」
「へぇ……そうかい」Leonhartは口角を上げ、頬の筋肉を微かに引きつらせた。「相変わらず、癪に障る話し方だな」
Arisuは答えなかった。彼は静かにClass Bのトップ二人を見渡す。
極度の疲労と軟部組織の損傷だけで済んでいるMikaとSeriに比べ、今のLeonhartとMizukoの状態は遥かに残酷な有様だった。彼らは矢面に立ち、Class Aの怪物たちから最大火力を浴び続けたのだ。
Arisuは二歩前へ出た。彼は階段の前で立ち止まり、Leonhartの血溜まりを踏まないように慎重に足を収めると、頭を下げた。
標準的で、無駄がなく、厳粛な一礼。「第一拠点の暗号解読と占領を直接支援することは、元々の契約条項には含まれていなかったが、」Arisuは顔を上げ、Class Bの二人の指揮官の目を真っ直ぐに見た。
「Class Fを代表し、火力支援、ならびに俺の仲間たちの安全を守ってくれたことに対し、二人に深く感謝する」
Mizukoは額に張り付いた汗まみれの前髪を軽く払った。学園一の美少女は、肩にズキズキと痛みが走っているにもかかわらず、身体を乗り出してふふっと笑みを浮かべた。
「そうきっちり計算しないでよ、Akabane。私たちがこの塔に足を踏み入れた瞬間から、Class BとClass Fの古い契約は正式に完了していたの。塔の上で起きたことは……私たちが勝手に追加した派生条項よ」
Mizukoは微かに灼熱の息を吐き出した。その唇の笑みには、生き残った者たちの誇りが色濃く漂っている。
「それに安心して。これは同盟の利益に基づいた自発的な決定だから。請求書を送ったり、Class Fに追加の保護費用を要求したりはしないわ。いいでしょ?」
「確認した」Arisuが頷くと、脳内のパラメータが自動的に一つのデータファイルを閉じた。
「Class Bは戦術上の全責任を果たした。同盟契約は正式に清算された。ありがとう、Sakuragi。ありがとう、Minamoto」
Leonhartが吹き出した。筋骨隆々な胸から、低くしゃがれた、しかし晴れやかな笑い声が弾け、戦場の息苦しさを吹き飛ばした。
だが……
ボキッ!
小さく、乾いた音がLeonhartの胸の奥から響いた。まるで、圧力室が破られたかのような音だった。
獅子の唇の笑みが凍りつく。
Leonhartの額と二の腕のすべての血管が一斉に膨れ上がり、皮膚の下で今にも破裂しそうに青白く浮かび上がった。
「Leo!?」Mizukoは驚いて振り向いた。だが、彼女が口を開いたその瞬間、彼女の両膝もまた、支える力を完全に失った。
ブハッ!
Leonhartの口から真紅の鮮血が噴き出し、足元のタイルに派手に飛び散った。
LeonhartとMizukoの耳と鼻腔から、コントロールを失った鼻血が流れ出し始めた。二人の白目は破裂した毛細血管で埋め尽くされ、血のように真っ赤に染まる。
「ゴフッ……あの……クソッタレな障壁め……」Leonhartは喉の奥で唸り声を上げた。彼は自分の内臓が、内側から何かに捻られ、すり潰されているような感覚に襲われていた。
「Sakuragi! Minamoto!」Mikaはパニックになって叫び、Seriと共に即座に身体を離して階段へと駆け寄った。
「Arisu! 二人はどうしたの!?」SeriはMizukoの半歩手前で立ち止まった。「まさか……Class Dの毒がまだ残ってたの!?」
Arisuはすぐには答えなかった。彼は両手を脇にだらんと下げたまま、静止している。両目は、Class Bの二人の指揮官の混乱した呼吸と急上昇する血圧の数値を記録し、すぐそばに立っているSeriとMikaの安定した状態とを照らし合わせていた。
やがて、Arisuは顔を上げた。彼の視線は折れた木々の梢を抜け、天空へと真っ直ぐに向けられた。
「減圧症だ」Arisuはゆっくりと診断を下した。「あるいは、潜水医学ではDecompression Sicknessとも呼ばれる」
「減圧?」Mikaはぽかんとして瞬きをした。
「そうだ」Arisuは視線を下げ、耳元を指先で軽く叩いた。
「Aegisの障壁は圧力室のように機能している。HVIの高い個体の内なる生体エネルギーの奔流を完全に抑え込み、彼らの循環系を縮小・収縮させ、一般人のレベルで活動するように強制するんだ」
彼は一歩前へ出て、Leonhartの腕に浮き出た血管を見下ろした。
「Aegisのシステムがあまりにも早く崩壊したため、その目に見えない『圧縮装甲』が瞬時に消滅した。丸一日彼らの体内に閉じ込められていたエネルギーが適応する時間を持てず、非線形の速度で弾け飛び、毛細血管を引き裂き、内臓にショックを与える反発力を生み出したんだ。深海のダイバーが、減圧室を通らずに急激に水面へ引き上げられたのと全く同じ状態だ」
ArisuはSeriとMikaに視線を向けた。「それが、君たち二人が何の反動も感じていない理由だ。HVIの数値が中〜低レベルの個体は内在するエネルギー量が小さいため、その変化は生体構造を崩壊させるほどではない。だが、四天王やClass Bの上級指揮官のように、限界を超えた数値を持つ者は……HVIが高ければ高いほど、障壁崩壊時の反発はより強烈なものになる」
「クソッタレ……長々とした……反吐が出そうな説明だな……」Leonhartはタイルの上に頭をガクッと落とした。
Arisuは無力になった獅子王を見下ろした。0番の虚ろな目に、短い静寂がよぎる。
そして、彼は動いた。Arisuは身を屈める。彼はLeonhartの目の前に、真っ直ぐに手を差し出した。
「先ほど君とMinamotoが言及した通り……君たちは俺たちを支援するために、勝手に独自の条項を追加してくれた」Arisuの平坦な声が微かに響く。そこには全く異なるリズム、絶対的な敬意に包まれた実利主義が込められていた。
「したがって、取引の公平性を確保するため、Class Fも追加の後方支援サービスを起動することを決定した」
Arisuは獅子の前に差し出した手を軽く振った。
「俺たちが、二人を港まで移動させるのをサポートする。これは俺たちの契約における、無料のプロモーションだ」
Leonhartが顔を上げた。
1秒。2秒。
Leonhartは口角を上げた。彼はクックッと笑い声を漏らし、敗北など知らなかったかのように晴れやかで誇り高く言った。
「このクソ野郎が……人を助けたいなら、素直に助けたいって言いやがれ! いつもいつも……契約だのプロモーションだのってよぉ!」
ガシッ! Leonhartの筋骨隆々とした右手が跳ね上がり、Arisuの腕をガッチリと掴んだ。
「Mika、Seri」Arisuは片手でLeonhartの巨体を真っ直ぐに引き上げ、振り返って聞き慣れた後方支援のリズムで指示を出した。
「二人はMinamotoをサポートしてくれ。彼女の負傷した肩に圧力をかけないよう、重心を右側に保つんだ」
「了解!」SeriとMikaが声を揃えて答えた。
Mikaは素早く最後の医療用包帯を使ってMizukoの肩を固定し、その後Seriと共に両脇から肩を貸し、慎重に学園一の美少女を立ち上がらせた。MizukoはClass Fの二人の少女に寄りかかり、唇に微かな笑みを浮かべ、感謝の代わりにコクりと頷いた。
彼らは第一拠点の廃墟を後にし、救助用の港を目指して、原生林の荒れ果てた獣道を一歩一歩黙々と進んでいった。
森の闇は依然として深かったが、空気は変わっていた。
過去24時間にわたって続いた狙撃銃の音、咆哮、そして息苦しいほどの殺気の匂いは、完全に消え失せていた。
獣道を這うように進む中、Arisuの足取りが一拍遅れた。
彼は完全に立ち止まることはせず、ほんの少し首を傾げ、Leonhartの肩越しに視線を飛ばし、背後を振り返って見上げた。
そこには、流星群の名残の下、黒く冷たい第十拠点がそびえ立っていた。
数十分前に生死を懸けた銃撃戦が繰り広げられたばかりの、塔の最上階の金網の床。そこで、一つのシルエットが金属の縁に寄りかかり、静かに立っていた。
上空の森の風が吹き抜け、ひまわりのように鮮やかな色の髪を激しくなびかせている。
一人のシルエットがそこに立っていた。彼女は片手で血の滲む包帯が巻かれた太ももを押さえ、もう片方の手で避雷針をきつく握り締め、一人孤独に俯いて、去りゆく一行を見下ろしていた。
Arisuの視線が走り、塔の頂上のその位置へと真っ直ぐに突き刺さった時、その小さなシルエットはビクッと震えた。彼女は反射的に身をすくめ、発覚を恐れる犯罪者のように、慌てて一歩下がって中央のコンクリートブロックの陰に身体を隠した。
しかし、120メートルの虚空を隔てて二つの視線が交差したわずか0.5秒の間に、Arisuの脳はすでに、その瞳に込められたメッセージを捉え、完全に解読し終えていた。
涙ぐみ、真っ赤になったClass Dの少女の瞳にその時満ちていたのは、ただ静けさと、感謝、そして心の底からの安堵だけだった。
『本当によかった……』
そのコードが、0番の分析チェーンの中に明確に浮かび上がった。
彼は静かにデータファイルをロックし、ステータスを「リスク要因」から「サイクルを完了した静的変数」へと切り替えた。
「どうした、Akabane?」隣を歩く者の足が止まったのを感じ取り、Leonhartは微かに眉をひそめ、Arisuの視線を追って空っぽの塔の頂上を横目で見た。「敵がつけてきているのか?」
Arisuは振り返った。頭頂部のアホ毛が微かに垂れ下がり、身体の規則的な移動リズムに大人しく沈み込む。
「何もない」少年の無機質な声が風の中へと落ちていく。それは軽く、だが嵐の後の巨岩のように揺るぎないものだった。「道は片付いた。帰ろう」
彼はLeonhartの肩を担ぎ直し、Seri、Mika、Mizukoと共に再び歩き出した。




