18. 帰還〈前編〉
「少しの間お別れね、リリアナ。次に貴女とお茶できるのは一週間後で良くて?」
「……メリドゥーシャ殿。其方には本当に感謝しているし恩もあるが、一週間後は無理だ。
俺もリリィも、マーレデアム王国に帰れば山のような仕事が待っている」
本日、ついに私はマーレデアム王国へ帰還することになった。
そして今、アランフォルスの本城を前にして、私はシェリと共にメリドゥーシャと対面している。
ナプティムウト、ユーリ、ヒューマ、エルゴの四人は、皆の戦闘鮫魚、そして私の愛獣ベルを従え、本城外門で待機してくれている。
「では二週間後で手を打つわ。それまでに何とか一区切り付けなさいな。
それに帰って早々、仕事を理由に愛おしい恋人を放っておくなんてこと、貴方に限ってしないわよね?」
「もしそんなことをすればリリアナを即刻連れ戻すわよ」という幻聴を背後に背負ったメリドゥーシャがニコリと笑むので、シェリは大きなため息をついていた。
「当然だ。それに、マーレデアム王国にも "ノワルのような者たち" が未だうようよ隠れているだろうからな。正式に婚姻を結ぶまでは油断も隙もない。
……いや。婚姻を結んでからも、おそらくは油断も隙もない生涯となる」
「うふふ。一夫一婦制ならぬ、一婦多夫制にならないよう気を付けることね」
「死んでもならん。なってたまるか」
「まあそうね。リリアナも貴方以外はまるきり目に入っていないもの」
「……ねえ、さっきから二人で何の話?」
話すタイミングを見事に失い続けていた私は、やっとシェリとメリドゥーシャの会話に立ち入ることが出来た。
お茶会の話だったのに、それが何故だか一婦多夫の話に発展している。
「メリドゥーシャ。次に会う時までに、またお菓子のレシピ集作成しておくね」
「本当? それはすごく嬉しいわ。あと、今度はお料理のレシピも教えてちょうだい」
「もちろん! 海底の材料で代用するから "もどき" になっちゃうけど、意外と味も再現出来るの」
「それは楽しみね」
メリドゥーシャはいつも美しいが、今日は格段に輝いて見える。
しかしそれもそのはず。
何故なら彼女は本日付けで、アランフォルスの正妃となったからだ。
数日前、シェリたちを交えたマーレデアム王国と海神アランフォルス・ポセイドン間で無事に条約が締結された。
メリドゥーシャの正妃昇格の話は、その会議の後に彼女や他の側妃たちによって知らされたのだ。
彼女たちも認めるように、元来セイレーンはとても嫉妬深い者が多いらしいが、メリドゥーシャを正妃に推す意見は、私がこの本城を訪れる以前から結構あったらしい。
しかし私がここへと来てしまったことで、その話が有耶無耶になっていたとのこと。
……今さらではあるけれど、とんでもないタイミングで本城を訪れてしまったと、その話を聞いた直後は思ったものだ。
メリドゥーシャや他の側妃たちによる私への当たりがきつかったことも納得出来る。
というか、逆に申し訳なく思っている。
「リリアナと友人になれて本当に良かったわ。でも、帰ってしまうのは心配ね。
貴女は無意識のうちに自己犠牲ばかりが働いてしまう性分だから」
「……ちゃんと分かってる。それに、メリドゥーシャとノワルが贈ってくれた命は、もう私だけのものじゃないもの。
私が守らなきゃいけないものはたくさんあるけど、一緒に守ってくれる人がいるから無茶はしないって約束する。だから心配しないで」
私たちは自然と腕を広げ合い、そしてお互いを抱きしめた。
出会いは決して良いものではなかったし、互いに良い印象もなかった。
それが今では何ということ。
アランフォルスには親友認定だってされている。
「そういえばアランフォルス様は?」
「ああ、彼なら選別を行っていてよ」
「選別?」
「ええ、海魔族のね」
「えっ?! ど、どういうこと?」
すると、メリドゥーシャはチラリと本城の玄関扉の方を指差した。
「良いタイミングね、来るわよ」
「ええっ? だ、誰が?」
私は事態を読み込めずドキドキする心臓を持て余しながらも、思わずメリドゥーシャの腕を自身の腕でギュッとホールドする。
バンッ!!
と、玄関扉が勢いよく開けられ、そここら飛び出して走り泳いできたのは……
『メガミ!』
『メガミ マッテクレ!』
『……オイテ イカナイデ』
なんと、本城の中から飛び出してきたのは、ここでの私付き海魔族三従士、もとい、ルビ、パル、メノウの三人だった。
彼らに勢いよく胸に飛び込まれ、私は後方へと吹っ飛びそうになってしまったが、横にいたメリドゥーシャが素早く私の腕を掴み、後ろにいたシェリが瞬時に背中を支えてくれたお陰で、地へと倒れ込むのは何とか免れた。
「お前たち! いきなりリリアナに体当たりなど危ないでしょう!」
「リリィ付きの三人組か。何やらワケありのようだが、一体どうしたのだ」
メリドゥーシャの叱責とシェリの問いに慌てふためきながらも、彼らは私のことを決して離すまいという具合で、ひしっと抱きついてくる。
「え、ええっと、三人とも。アランフォルス様と何かあったの?」
『メガミ オレタチヲ ステナイデ!』
「え?! ちょっと待って、一体何の話?」
『……メガミ オウコクニ カエル キイタ。ボクタチ オワカレ……?」
……なるほど。そういうことだったのか。
マーレデアム王国に戻ることになった私とはもう離れ離れになってしまうと、それが嫌なのだと訴えてくれているのだ。
私はじんわりと目元が熱くなってくる。最近涙腺が緩みっぱなしだ。
「置いていくつもりなんてもちろんないし、もし三人が良ければ私と一緒に来て欲しいって思ってる。
……でも、三人はその、1000年前に何かマーレデアム王国にはいられない理由があって、それで海魔族になってアランフォルス様のお城にいたんだよね?」
三従士たちだけではない。他の海魔族たちがマーレデアム王国へ戻ることを望むのなら、それを叶えてあげたいとも思う。でも……
「マーレデアム王国に帰るのは、お前たちに任せようと思っている。しかし、王国に戻る条件は飲んでもらうぞ。
もし戻ることを希望するなら、お前たちには必ず海人族に戻るための "変化薬" を服用させる。
しかし、シリスハムの血液成分をもとに作成したものでは1000年の時を海魔族として過ごしてきた者たちに効果があるのかどうかは分からない。
よって、戻ってから一月の間は王国郊外で療養を命ずる。もし、お前たちが良ければ血液も随時調べさせてもらいたい」
『ワタシ リユウ ワスレタ。ダカラ モドッテモ ヘイキ』
『チ デモ ナンデモ ヤル。オレタチ ハ ズット メガミヲ マモル』
『……メガミト ハナレルホウガ イヤ』
「……ルビ、パル、メノウ、本当にありがとう。これからも三人がそばにいてくれるなら
すっごく嬉しいし、心強いよ」
三人を抱きしめ返すと、さらにひしりと、私に抱きつく彼らが本当にいじらしい。
本城に来た最初の頃、一人ぼっちだった私のことを色々と気遣って、ずっと支えてくれた大切な友人たち。
「……決まりのようだな。お前たちの他にも、マーレデアム王国に戻ることを望む者はいるか?」
シェリの言葉に、三従士たちがコクリと頷く。
彼の出した条件を受け入れるのなら帰還は可能だという旨を、その海魔族たちに知らせてもらうためにルビたちに説明していると、
「その必要はない。王国への帰還を望む者たちの選別なら既に済んでおる」
「アランフォルス様……」
本城の玄関扉から姿を見せたアランフォルスは、その後ろにたくさんの海魔族たちを従えて外へと出てきた。
「ざっと百五十ほどかの。あとの者たちは余と共にこの本城へ残るようだ」
「そうですか……」
1000年前の海底戦争の際に前王に見切りをつけ、海神であるアランフォルスに付き従い、海魔族となった人たち。
長い長い年月を共にして、アランフォルスに忠誠を誓った人たちだって、きっといるのだ。その人たちを無理にマーレデアム王国へ戻す権利など、私たちには当然ない。
「承知した。では、この者たちにはマーレデアム王国郊外にて一月間の療養を義務付ける。管理管轄は海人騎兵団、健康管理は王宮医療班から数人を派遣させる」
「ほほう、随分と手厚い処遇ではないか」
「当然だろう。彼らをマーレデアム王国民として迎え入れるのだ」
「はてさて。リリアナに出会う以前の其方でも同じことをしたか?」
「……それは、分からん」
「正直者よのう。嘘でも偽善者ぶれば、リリアナを嫁にはやらぬと思うておったのに」
「……お前はリリィの父親か? 俺は別に、正直者でも偽善者でもない。
ただ、思考や答えは一つに絞らずとも良いこと、歩み寄る努力を怠らなければ自ずと結果は付いてくるという事実に、最近になってようやく気が付いただけだ。
リリィに出逢わなければ、俺はこの考えには決してたどり着かず、頭も岩のように硬いままだっただろうがな」
「……結局に、1000年前を引き摺っていたのは、余ただの一人であったという訳か。
メリドゥーシャの言う通り、お主はお主であり、それ以外の何者でもなかったわ」
「お前もだ、アランフォルス。あれほどの神力を誇示された今なら、海神以外の名称など見つからん」
「……海人族の王子よ。其方は余との賭けに勝ったと言えようかの。
海魔の……アレキサンドラの心を解放しただけでなく、あれの娘にまで慈悲を見せた」
「アリィに関しては慈悲などではない。俺が勝手に縁を感じ、親となり子となってくれればと、そう願っただけだ」
「生い立ちも身体の不自由さも併せ持つ不憫な娘 故、其方とリリアナとでとくと守ってやることだ」
「言われなくとも。親となるかからには命をかけてあの娘を守り抜く」
「……左様か。ならばアレキサンドラも安心よの。テティスの髪飾りも、これで後世に受け継がれる」
アランフォルスの瞳は、外門付近に控えるナプティムウトの腕中、アリィに注がれている。
彼女の胸元に添えてあるのは、ヒトデ型の美しい髪飾り。
「……ふ。全く、アランフォルスも海魔の愛し子も素直ではないな。本当はテティスの装飾品のことなどさほど気にしていないだろう?
お前たちが真に気にかけているのは、アリィの行く末だ。もうそれで良いではないか」
シェリの言葉に、アランフォルスがほんの少し、口端を上げる。
「リリアナは選ばれるべくして女神の愛し子となった乙女だが、お主もまた海人族王家になくてはならぬ存在だったようだ。
余は、其方ら二人を巡り合わせたテティスを心から称賛する」
アランフォルスが私に近付くと、ルビたち三従士は私の後方へと下がった。
彼は私の左手を取り、テティスの腕輪に自身の額を押し当てた。
「行くが良い、リリアナ。その男、ラドシェリム次王の隣で、マーレデアム王国と、この大海の行く末を見守っておれ」
「……心得ました、アランフォルス様」
私のその言葉に満足したように、アランフォルスはゆっくりと腕輪から離れると、彼の懐からはクリオネのノワルがひらひらと現れた。
彼はアランフォルスの手のひらに置かれている私の手甲にそっと乗る。
「アランフォルス様もノワルも、これではまるで、今生の別れ際のようですわ。
二週間もすればわたくしたちはまた、リリアナに会えますのに」
メリドゥーシャがそう言って、私の右手を彼女の両手のひらで包んでくれる。
「他の側妃たちも見送りに来たがっていたけれど、騒がしくさせてしまうだろうから遠慮してもらったわ。
その代わり、次のお茶会の時には色々と質問攻めに合うだろうから覚悟なさいね?」
「質問攻め? 何の?」
「ラドシェリム王子と、彼の兄であるナプティムウト王子。あと、あの可愛らしいユリウスとかいう海人騎兵と陸王ギルストロンのことね。
ハンサムだの麗しいだの魅力的だの、昨日から騒がしいったら」
「……なるほど」
彼女たちの気持ちはよく分かる。
「全く、浮気な側妃たちよ。しかし内三名が同者を、内一名が亡者を好むとならば、世の女たちはとくとついておらんの」
「? メリドゥーシャ、アランフォルス様って誰の話をしてるの?」
「リリアナはいつも鋭くて聡いのに、色恋に関してはとんと鈍感ね。
いいのよ、貴女はそんなことを知らなくても。隣にいる伴侶だけを見ていれば、それで良くてよ」
そう言って優しく微笑むメリドゥーシャにつられ、私も笑みを返した。
「よく分からないけど、ありがとうメリドゥーシャ。じゃあ、二週間後……で、いい? シェリ」
「もちろんだ。メリドゥーシャ殿のため、俺も善処しよう」
シェリがそう答えると、メリドゥーシャはしてやったり、といったように声を上げて笑った。彼女の隣には、やれやれと肩をすくめているアランフォルスの姿がある。
「ではの、リリアナ、ラドシェリム次王よ。
国に帰り、マーレデアムの現国王に、条約締結の旨を伝えよ。
1000年の時をほんの数か月で覆しよる奇特な愛し子とその子々孫々が其方の国にいる限り、余が浄化と祝福を送り続けることを確約するとも託けよ」
「……我が国王陛下に変わり礼を申し上げる、海神・アランフォルス。国王にも必ずや伝える」
長い長い旅路が、ようやく終わろうとしている。
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「リリアナ様ぁっ!!」
「ううっ……本当に、本当によくお戻り下さいました……!」
私はシェリたちと共に、一先ずは女神の間に帰ってきていた。
これから国王陛下との謁見や、海人騎兵団本拠地への訪問、そして王国民たちへの帰還報告と状況説明を行わなければならないが、取り敢えずはこのアランフォルス好みの真っ黒な衣装を、マーレデアム王国のものと取り替えなければならないらしい。
ところで、ルビ、パル、メノウ他、共にマーレデアム王国へと帰ってきた海魔族たちはというと、シェリの言及通り、一旦は郊外の施設へと入った。手続きはナプティムウトが請け負ってくれている。
私たちは王都に住む民らの騒ぎにならないよう、ひっそりとこの女神の間へと戻ってきたのだ。
「モネもルルも落ち着いて下さい」
「お帰りになられて早々、このような事態で申し訳ございません、リリアナ様、団長」
女神の間の外で私たちを待っていてくれたのは、侍女であるモネとルル、そして彼女たちのパートナーであるネレオとオルフェスだ。
「ネレオ、オルフェス、ありがとう。モネとルルはいつも通りすぎて、何だか安心しちゃった」
私はモネとルルの背中を撫でながら彼女たちの肩に顔を押し当てる。
「ただいま、二人とも。モネとルルに会えたら、やっと家に帰ってきたんだって感じがする」
「リリアナ様のお帰りをずっとお待ちしておりました。だって、わたくしたちの主は貴方様だけですもの!」
「こ、今回ばかりはもう、リリアナ様には二度とお会いできないのではないかと、不安で不安で……!」
くわっと目を開き、私の両腕を取って離すまいとしている二人。
侍女という立場はあるが、彼女たちも私にとっては姉のような、友人のような人たちだ。
「……ずっと待っててくれてありがとう。やっぱりモネとルルのそばは安心するなぁ」
二人の涙を拭たいのに、両手をガッチリ掴まれているため拭えないのがもどかしい。しかし、私の涙は二人が優しく優しく、その手で払ってくれている。
「……リリアナ女神様には一生勝てない気がいたします」
「言うなネレオ。そんなことは愛を伝える以前から分かっていることだ」
はあ、と大きなため息をつくネレオとオルフェス。
皆の様子を静かに見守っていたシェリだが、彼の開口一番の言葉は、
「……まあ、何だ。ネレオもオルフェスも元気を出せ」
だった。気の毒そうな視線を添えて。
少し落ち着いたモネとルルはゆっくりと立ち上がると、今度はシェリの元へと歩み寄り跪く。
「お帰りなさいませ、ラドシェリム殿下。そして……アリィ姫様」
シェリの腕に抱かれたアリィを見るや否や、二人の表情は少し高揚し、緩んでいく。
「何と可愛らしい姫様かしら……リリアナ様にそっくりだわ」
「そうね。でも口元はラドシェリム殿下にも似ていらっしゃらない?」
アリィは私たちの実子ではない。
でも、国王にはもちろん、モネとルルにも彼女はシェリと私が親となり育む意思を伝えてある。
マーレデアム王国民たちにとって、海魔はこの上なく恐怖の対象だった。
アリィはその血を直に分けた娘であり、その上2000年もの間胎内で時を止め生存していたとなると、きっと、決して良いとは言い難い感情を持つ人たちも少なからず現れるだろう。
しかし、私たちはアリィのことも、民の意見も全て受け止め、その上でアリィを守っていくという決意がある。
アリィは私たちとは血縁関係にあるが、そんなことは関係ない。私たちが彼女のことを愛おしいと思っているから、この先もずっと育んでいきたいのだ。
その第一歩として、どんな時でも私の一番の味方でいてくれるモネとルルに受け入れられたことは、この上なく嬉しいし心強い。
「これからもモネとルルには世話をかけることになるが、どうかよろしく頼む」
「もったいなきお言葉でございます。お二人の御子となられるアリィ姫様とお会いできたことを、心より喜ばしく思っております」
「リリアナ様同様、アリィ姫様のことはわたくしたちが必ずお守りいたします」
シェリからアリィを受け取った二人の瞳はさらなる使命に燃えていた。
アリィをモネとルルにお任せし、着替えを終えた私が次に赴いた先は騎兵団本拠地だ。
そして、シェリたちが案内してくれたのは、その本拠地左棟にある医務室である。
「リリィー! いらっしゃーい!」
医務室の扉を開けるや否や、元気よく私に駆け寄って来てくれたのは、ユーリ。
「わー! リリィ、すっごく綺麗だね。着替えてきたの? とっても似合ってるよ!」
ユーリが褒めてくれた衣装はモネとルルが用意してくれたものだ。
今私が着用しているのは純白のエンパイアドレス。後ろの裾は長く引きずってしまうが、前方部分は足首ほどまでの長さになっていて見た目よりも歩きやすい。
ドレスがとても繊細で凝った作りになっているので、装飾品はテティスの腕輪と皆が贈ってくれたイヤリングのみ。
「ありがとう、ユーリ。みんなの怪我の具合は? 大丈夫なの?」
「海人騎兵はタフだからぜーんぜん平気だよ。海魔相手に大怪我をせずに済んだのは、やっぱりあいつのおかげ、かな?」
「……シリスハム様のこと?」
「当たりー。悔しいけど、やっぱ軍略ではシリスハムに勝てない」
「すごい人なんだね、シリスハム様は」
「そうだね。……バカだけどね」
ユーリは一度唇を固く結んだ後、小さく息をついた。そして、
「みんなー! リリアナ様と団長がお戻りだよ! 注目注目ー!」
と、医務室にいる海人騎兵たちに明るく声を飛ばしてくれたのだった。
相変わらず、ユーリは太陽のような人だ。
友人を亡くし、彼だってとても辛いはずなのに、いつも笑顔を絶やさない。
その笑顔に照らされ、周りの人たちも自然と笑みがこぼれるのだ。
「お帰りなさいませ、リリアナ様、団長! お戻りの道中、何か危険なことはありませんでしたか?」
「リリアナ女神様、もうお身体は平気なのですか? 邪気は?!」
「海神とはどのような決着となりましたか?!」
次々と質問が飛び交い、私が一体何から答えるべきか迷っていると、
「落ち着け皆の者。リリアナ様とてつい先程お戻りになられたばかりなのだ。
早る気持ちは分かるが、全ての報告は明日王都広場にて行う。お前たちも今は療養に専念しろ」
シェリのその言葉で、私たちへと詰め寄って来ていた騎兵団の人たちが、一旦落ち着きを取り戻している。
「みなさま、本当にご心配をおかけしました。邪気はもうありませんし、身体も元気です。
それよりも傷の具合はいかがですか?
……神力がもう、なくて、祝福を行えず申し訳ありません。でもせめてお祈りだけは唱えさせて下さい」
私は両手指を組んでその場に膝を落とし、女神の愛し子の祈りを唱える。
祝福はもう行えなくとも、彼らの傷が早く癒えるよう、祈りだけは捧げたい。
その思いだけはこの三か月間、ずっと消えなかった。
「……これはまさしく、リリアナ女神様の "祝福" だ。重かった身体がだいぶと楽になった」
「頭もすっきりしたし、何より痛みが軽減してる」
「リリアナ様、その、実はまだ祝福がお出来になるんじゃあ……」
騎兵団の人たちの言葉に、思わず目を丸くした。
私は自身の頸に触れてみたが、特に変わった様子はないし、光だって発していない。
何より、私はもう女神の秘宝を着用していない。
「……なるほど。アランフォルスが言っていたのはこのことか」
「だね。無意識のうちに体内で祝福が行えちゃうってやつ。やっぱリリィはすごいや」
……どういうこと? と聞く前に、シェリが説明してくれた。
「海神によると、リリィの体内には少々の神力が残っているため、必要となれば自力で祝福を引き出せるらしい。
もちろん、以前のような大きな祝福や浄化は無理だそうだが、其方自身が身体に毒や邪気を取り込んでしまった場合でも、無意識にそれを浄化出来得るほどの神力は備わっているそうだ。
今の祝福はまさしく、それが形となって体外に発されたものだろう」
……ちょっと、待って。
「私、まだみんなの役に立てるの……? 少しでも祝福を行えるってこと?」
「もうっ、リリィ! 君は役に立つとか、そんな簡単な言葉で片付けられるような女の子じゃないってこと、いい加減気付いてよ!
祝福がなくても、みんなリリィがいてくれるだけでいいんだ。
君が笑って、元気で生きてくれてるだけで、それだけで僕たちは嬉しいんだよ。
リリィの可愛い笑顔はヒーリング効果バツグンなんだから!」
ユーリが私の両手を取って立たせてくれる。
「そうですよリリアナ様! あなたが笑ってくれるなら、俺たちは百人力です!」
「リリアナ女神様の美しい笑顔が見られるなら、オレたちは火の中水の中だって飛び込みます!」
「馬鹿野郎! 海は最初から水だらけで火もつかねぇよ!」
「あ、そうだな!」
ユーリと騎兵団の人たちの言葉が私の心を救ってくれる。
シェリやギルも言ってくれたように、私は私のままでいいのだと、特別な力が何もなくとも、マーレデアム王国の人たちは私を必要としてくれるのだと。
「……ありがとう、みなさん。でも、ほんの少しでも祝福が行えるなら、私はこの力を使いたいです。
私も、マーレデアム王国の人たちにはいつも笑っていてほしい」
笑顔でそう言うと、何故だか騎兵団の人たちは次々と、その場に膝から崩れ落ちていった。
「あれ? だ、大丈夫ですか?!」
「……リリィ。ここはユーリに任せて次は王宮に向かうぞ」
「え?! でも……」
「大丈夫だよー、リリィ。みんな君が尊すぎて倒れちゃっただけだから」
「と、とうと?」
「行くぞリリィ」
少しばかりゲンナリとした表情をしているシェリに腕を掴まれ、私は医務室の扉の方へと足を進まされてしまう。
「あの、また来ますね! 次は食堂で、またみんなで帰還祝いをしましょう」
にっこりと笑ってそう言うと、部屋の中から「ぐはっ」とか、「か、かわ」とか、「とうとみ」などという単語が聞こえてきた。
だが、さらに目を座らせているシェリによって、私は強制的に医務室を退出させられてしまったのだった。




