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11. 開戦〈前編〉



「メリドゥーシャとリリアナはまだ来ていないの? あの二人がいないと退屈しちゃうわ」


「リリアナ発信、陸のお話は飽きないものね。


でも、お菓子やお料理のことはたくさん話してくれるのに、何故だか人間自身のことは全然教えてくれないのよねえ」


「彼女の母国にはどんな男がいるのかもっと知りたいのに。


彼らの肉付き方も気になるし、あとは食べ物の好みもね。わたくしは肉食よりも菜食主義の男の方が好み。肉に臭みがないから」


「諦めなさいな。貴女には絶対に教えてくれなくてよ。

リリアナはそんな、同種族を売るような真似はしないわ」




アランフォルスの本城・中庭では本日も見目麗しい側妃たちが優雅にお茶を飲みながら談笑中である。




「貴女たちは本当に懲りないわね。リリアナの前ではその話をするんじゃなくてよ?


彼女は今読書中だから、午後からこちらに来るわ」

 



中庭でお茶をしている側妃たちのもとに、彼女たちのリーダー的存在であるメリドゥーシャが訪れる。



「まあ! リリアナったら本当に読書が好きねえ。細かい文字の書物ばかり読んで疲れないのかしら?」


「わたくしたちは読書よりもオトコだものね♡」


「あら、主の耳に入ったら大変よ?」


「やあね、"食料" の話に決まっているじゃない」




メリドゥーシャは未だ落ち着きのない後輩側妃たちにほとほと呆れつつも、先程から僅かに鼻をかすめる、とある存在に気付いていた。



(珍しいわね、こんな海底で)




メリドゥーシャが気付いているのだから、未だ "現役" である他の側妃たちが気が付かない訳がない。



「……ねえ。噂をすればの芳香じゃなくって?」


「わたくしも思っていたの。これはもしかすると、もしかするわよ?」




側妃たちは両口角を上げてニタリと笑むと、皆一斉に中庭を抜けて本城を離れ、とある場所を目指し一斉に走り泳ぎだした。


彼女たちに付き従っていた海魔族も十数名、慌てて後を追っていく。



メリドゥーシャはある可能性を想起しながらも、そのかすかな "血液" の匂いをたどっていった。




程なくして側妃たちが到着した場所には、数匹の獰猛な鮫たちが旋回していた。


そのうちの一匹の口元には……




「やっぱり……! ビンゴよ。あの一番大きいカルカロドン・カルカリアスを見て。人間の男を捕らえているわ」


「今しがた海上付近から連れてきたのかしら? まだ肉が新しそうだもの」


「あの鮫たちを、どうやって男から引き離そうかしらね? 下手に刺激をして一飲みされてしまっては叶わないし」




少し遅れて現場へとやってきたメリドゥーシャは辺りを見渡し、続いて人間の男をくわえて旋回している鮫をじっと見据えた。


そして。



「……ねえ、貴女がた。あの鮫たちがせっかくの獲物を他の捕獲者に譲るなんてことは万が一にも有り得ないわ。


だから、今このまま海上へと上がってみるのはいかがかしら?


あの人間の肉はまだ新しいもの。きっと船が難破したか、あの鮫たちに襲われてすぐに海中へと引きり込まれてしまったのね。


今ならまだそう遠くには行っていない船中、あるいは海上に幾人かの船乗りが残っている可能性があるのではなくて?」




メリドゥーシャのその言葉に、一部の側妃たちの目色が変わる。



「さすがメリドゥーシャ、相変わらず聡くて最高よ。ティータイムは止めにして、わたくしはお食事に行ってくるわ」


「わたくしも」


「わたくしはもう人間狩りを辞めているからパスね。戻ってお茶会の続きを楽しむわ」


「あら残念。リリアナにはくれぐれも内緒にしておいてね」


「分かっているわよ、貴女たちも程々にね」




いそいそと海上へ向かう狩りチームと、すっかり野次馬心が落ち着き本城へと戻っていくお茶会チーム。


メリドゥーシャは両チームの側妃、従者の海魔族全員がこの場から完全に立ち去ったのを確認した後、ある人物の名を口にした。




「……全く。出ていらっしゃいな、ラドシェリム王子」




そう口にするメリドゥーシャの前に姿を現したのは、



「其方はやはり、他の側妃らとは違うようだ」




彼女の予想通り、やはりシェリだった。



「あの人間は貴方がたのお仲間ね?」




メリドゥーシャの視線がホメロスたちに向かうと、シェリは手を掲げ、愛鮫を呼び寄せる。


すると、今しがたまで死体だったはずの男がむくりと顔を上げ、声を張りだした。



「……っはあ、マジで心臓止まる。てかラドシェリム! てめえ覚えとけよ!


俺の血の匂いを嗅いで舌舐めずりしてるおっかねえ女どもが薄目でも分かる上、芝居中のホメロスですら目が血走ってやがったんだぞ?!」




シェリがホメロスに目配せをすると、彼はとても残念そうにパカリと口を開け、彼の歯にやんわりと挟まっていた男、ギルを解放する。



ようやく動くことを許されたギルは、自身の小刀で付けた少し血のにじむ小指に、サラシをこれでもかというくらいにぐるぐると巻き付け始めた。



「ホメロスで気が付いたか」


「ええ、この鮫とは一度面識があるもの。それに、今しがた彼と共にいた他の二匹が姿を消したわね。おそらく、本城へと戻っていった側妃の後を付けているのでしょう?」



「ご明察。しかし、さすがは海神の本城。あれからすでに五日も経つというのに未だ見つからんとは、実に上手く隠してある」


「あの鮫たちが貴方がたの案内係になるというわけね」


「我が海人騎兵団の戦闘鮫魚は優秀なのでな。ここにいるホメロスがあの者たちからの超音波を受信し、我々を本城へと誘導してくれる」



「考えたものね。でもこの辺りには怪魚がうようよ浮遊しているわよ?」


「それも先回り済みだ。先代団長が一部の騎兵団の者を連れて怪魚をおびき寄せてくれている」




先代団長とは言わずもがな、ナプティムウトのことである。

彼は魔笛を利用して怪魚たちのおとりとなり、しばしこの場を離れているのだ。


なお、ユーリは残りの騎兵団を従え、岩場が多く身を潜めやすい場所で一時待機している。



「わたくしが案内出来ないのを知っての上で実行したのね」


「案内は不可だと言いながらも他の側妃を俺の目の前で本城へと帰したのは、もはや先導していると言ってもいいのではないか?」



「……もし、アランフォルス様に害をなしたその時は、貴方のその身を八つ裂きにして食らってやるわ。


リリアナも永遠に、マーレデアム王国へは返さなくってよ」




メリドゥーシャは自身の鋭く尖った爪と牙をシェリへと見せつける。




「……おいおい。セイレーンの女ってのはこんなにやべえ奴らばっかなのか?


上に残してきた野郎どもが、今さらながら心配になってきたぜ」




しばしの間、シェリとメリドゥーシャの傍観者と化していたギルが、ポツリとそう呟いた。


船上にいるのは自身の腹心たちばかりとはいえ、やはり元はゴロツキの海賊。よって、女好きも多い。


一歩気を許せば間違いなくその血肉を喰われてしまうだろう。



「一人でもビシッとあいつらのケツを叩ける奴がいればいいんだが」




そんな男は一人もいない気がする、と、本気で不甲斐ない部下たちの心配をし始めたギルのことを、メリドゥーシャはとても愉快そうに、シェリはやや呆れた様子で見やっていた。






真下の海底でそんな事態が起こっていようとはつゆ知らずの海上では。




「大丈夫っすかねえ、キャプテン……」


「あの人なら大概のことは切り抜けるから心配いらねえよ。


それよかロキ、久々に俺らと手合わせしねえか?」


「お、いっすねー! 最近自主トレばっかなんで腕が鈍ってないか心配なんすよ〜」


「お前、海賊時代は先陣切って他国船に乗り込んでくぐらい戦闘狂だったもんな」




少々物騒な単語が飛び出しつつも、バルバロス号の船内ではチャンバラごっこ、もとい元・海賊たちによる手合わせ大会が始まった。



「てかほんとに魔物なんているのかねえ? 俺たちはずっと海に出てたがそんなん一度も鉢合わせたことなくね? ほっ!」


「ないよなー。海魔族とかいうのはともかく、セイレーンの女ってのはすげえ美人ばっかなんだってな。 よっと!」



「見目は人魚なんだろ? 人魚ってのは人間の男に恋するもんだって聞いたぞ! 誘われちまったらどうしよ〜! おりゃ!」



 

元海賊たちは軽口を叩きながらもロキに向かって攻撃を仕掛けていく。



「うわあ。みんな、セイレーンの格好の餌食になりそうっすね〜」




ロキがケラケラと笑いながら彼らの攻撃を愛剣で受け止めていた時。



バンっ!



と、バルバロス号の客間扉が勢いよく開いた。



「来たわよ、みんな!」




扉を開いたのは、ただ今も勉強中であるはずのエマ。



「どうしたんすか、エマ。エマがここにいるのはみんな知ってるっすよー?


ちゃんと問題問いとかなきゃ、キャプテンが戻ってきた時どやされるっす!」




手合わせを中断し、エマの元へとやって来たロキの胸元を、何故だかエマがぐいっと掴んできた。



「あたしじゃないわよ! まものの群れのこと! あんたたち、海面を見てみなさい!」




エマのその言葉に、乗組員たちは一斉に船の側縁へと移動する。



海面から顔を覗かせ、バルバロス号を取り囲んでいたのは、



「あらあら。若くて美味しそうな殿方がたあくさん」


「ねえ貴方がた。わたくしたちと一緒に海のお散歩はいかがかしら?」




雪のように白き肌、若紫の髪色、青い眼を持った麗しき美女たち。


ただ、海下にぼんやりと揺らめいているのは人の足ではなく、魚のような尾びれである。




「……キャプテンを疑ってたわけじゃねーけど、ほんとにいたんすね。古の海の魔物なんて、伝説上のもんだと思ってたのに」




冷やりと流れる汗を背中に感じつつも、ロキは懐から自身のイヤープラグを取り出し、それを装着した。手には再び短剣を握りしめる。



「ゴクリ。ま、まさかこの女たちがセイレーン……?」


「清楚なリリアナ様とは真逆だがこれもまた良い!」


「色っぺーー!!」




ロキ以外の乗組員たちは、ギルが予想した通りの反応をしている。




「可愛い坊やにはお歌を聞かせてあげるわ」



セイレーンの女、もとい側妃の一人が透き通るようなソプラノを奏で始めると、それに続き、他の側妃たちもまるでハーモニーを作るかのように、皆それぞれに美しい声を音楽に乗せていく。



「あ! みんな何してんすか?! なんでまだイヤープラグしてねーんだ!」




ギルにあれほどセイレーンの歌声には気をつけろと言われていたはずなのに、いざ彼女たちを目の前にするとその見目と歌声の美しさに、人間の男たちはおろかにも虜になってしまう。



乗組員たちは何かに取り憑かれたように、皆次々と船の側縁に足をかけ始めた。



「行っちゃダメっすよ! 食われちまう!!」




ロキは乗組員たちの身体をつかみ船中へと戻そうとするが、ロキ一人がそうしたところで二十名ほどいる彼ら全員を止めることなど到底叶わない。



(マジでみんなしっかりしてくれ……!)


「いい加減にしなさいっ!!」




するとその時。

ロキの心の声をかき消し、セイレーンの歌声よりもさらに甲高かんだかく、耳の奥にキーーンと何度も木霊してくるような幼き少女の声が、このバルバロス号に響き渡る。



ロキも、歌声に操られそうになっていた乗組員たちも、皆一斉に視線を声主である少女へと向けた。



「なさけないわねあなたたち! それでもバルバロス号の元海賊なの?!


セイレーンのおんなたちは人間のおとこの肉を食べて生きてるってギルからも聞いてる

でしょ!


海に引きり込まれたらさいご! りせいを持って戦いなさい!」




エマはぜいぜいと肩で息をしながら元・海賊である乗組員たちをビシッと叱り付けた。



「お、俺たちは何を…… まさか、海に飛び込もうとしてたのか?」


「ダメだダメだ! みんなイヤプラ忘れてんぞ!」


「う〜、やっぱキレイな姉ちゃんと戦わなきゃなのかあ」


「しっ! またエマに最もな理由で怒られる!」


「いや、マジでエマのおかげで命拾いした。でなきゃ俺たち全員、あの女どもに即座に食われてたな」




エマの叱責によって我に帰った乗組員たちは、皆それぞれの懐から慌ててイヤープラグを取り出し、装着する。


彼らのその様子をエマは腰に手を当てて見張っていた。



「ふんっ、まったく。あたしがいないとみんなだめだめなんだから!」




エマによってセイレーンの歌声が一時的に止んだため、ロキは今のうちにとほんの少しだけイヤープラグを浮かし、彼女に話しかけた。



「姉御はもちろん偉大っすけど、あんたの度胸も凄すぎっす、エマ」


「あら、まものなんかにおびえてたらギルのつまなんて務まらないでしょ?」




エマもロキと同様の所作を取り、彼に言葉を返す。



「いや、うん。マジでパネエっすね。姉御 2《ツー》って呼んだ方がいいすか?」


「あたしはまだリリィさまの侍女よ。守役のロキとは同僚なんだから、今まで通りなまえで呼んでちょうだい!」


「お、おお、了解っす。キャプテンと姉御にとって俺はエマの弟らしいんで、ちゃんとねーちゃんのこと守るっすよ」


「頼んだわよ、わがおとーと!」




ビシッと、額に手を添えて敬礼のポーズを取って来たエマに、ロキも同ポーズをお返しした。


ロキは、まだ7つになったばかりのエマに尻を叩かれ奮い立っている自分や他の乗組員たちの様子に、あの上司も、この頼もしい少女にいつか言いくるめられる日が来るのでは?と思ってしまった。



ロキは一先ひとまずエマを抱えて船の地下へと移動し、ギルの言いつけ通り、彼女の身を食糧庫へと隠す。



そした急いで船上へと戻り、再び海面を確認すると、先程の艶めかしい笑みを浮かべていたセイレーン集団は、苛立ちを隠せないといったように顔を歪めていたのだった。


しかも彼女たちのかたわらには、土色の肌に大きなヒレのような耳を持つ海魔族と思しき者たちの姿も。




「さてと、ようやく開戦っすかね?」




ロキがバルバロス号の乗組員たちに目配せをすると、皆もしかと頷いた。



「キャプテンは海底で海神とやり合うんすから、俺らはここで踏ん張るっすよ!」




乗組員たちが武器を構えたと同時に、海魔族たちは海面から次々と勢いよく船上へと飛び移って来た。



ロキは海魔族の素早い攻撃を、慣れた剣さばきで応戦する。


途中二体の海魔族から同時攻撃を受けたが、腰からもう一本の短剣を取り出し二刀を用いて反撃した。



「俺、実は短剣二刀流使いなんすよねえ」




ロキはバルバロス号の側縁に飛び乗り、ニィッと余裕の笑みを浮かべる。


今まで海魔族とセイレーンに怯え少々へっぴり腰だった他の乗組員たちは、ロキのその姿を見て俄然士気が上がったようだ。



「俺たちも行くぞ!」


「ロキにばっかいいカッコはさせらんねえからな!」




バルバロス号の乗組員たちは皆 雄叫びを上げ、自身を鼓舞し、海魔族たちに突撃していった。




------





「あれ、メリドゥーシャは不在中? てっきり中庭にいるって思ってたのに」




午後になり、ちょうど小腹が空く頃。

読書を終えた私は三従士たちと共に、側妃たちのいる中庭を訪れていた。



「昨日ね、またルビたちと一緒にお菓子を作ったからみんなで食べない?」




パルとメノウが持ってくれていたバスケットを受け取り、私は側妃たちの元へと歩みを寄せる。



「ご、ご機嫌よう、リリアナ」


「お、遅かったわね。待ちくたびれちゃったじゃない」



「ごめんね、読書に夢中になりすぎちゃってたから。あ、今日のお菓子はね、アップルパイだよ」




正確に言えばアップルパイもどき。

海底でリンゴが手に入らないのが悔やまれるが、深海にある未知なる海底食材は以外と陸料理の代替えになることを、私はすでに知っている。



「きょ、今日のティースイーツも素敵ね!」



「……? みんな何かあったの? さっきから全然目が合わないんだけど……


それに、いつものメンバーが半分くらいいないけど、どこかに出かけてるの?」




ギクリ、という擬音が彼女たちから聞こえてきた気がするが、何かあるのだろうか。



「た、確か散歩に行くって言っていたわよ。

ほら、わたくしたちは基本本城にいるから身体もなまっちゃって」




確かにそれは分かる。

私も、この本城へと住み始めた当初は一日中部屋の中に閉じこもっていたから、身体のあちこちからどんよりとした陰の気が出ていた気がする。


見かねたアランフォルスが、私の散歩を日課として義務付けたほどだ。



メリドゥーシャ含め、まだ数名が帰って来ていないことが気になったが、側妃たちの目はもうすでにアップルパイに釘付け状態。彼女たちは本当に陸菓子が好きだ。


スイーツタイムが待ちきれない彼女たちのために、一足先にと私はナイフでパイを切り分ける。



「はい、どうぞ。サックサクで美味しいよ」



「ありがとう、リリアナ」


「あら? リリアナのお菓子につられてやって来たのかしら?」




すでにパイを食し初めていた側妃の一人が、吹き抜けである中庭の上方を見つめている。



「本当ね。アロピアス・ペラジカスとイスルス・オキシリンクスだわ。


リリアナのお菓子は鮫たちにも人気が出そうね」



("アロピアス・ペラジカス" と "イスルス・オキシリンクス" ……?)




私はゆっくりと、顔を上へと向ける。


中庭の上方を旋回していたのは、ホメロスよりも少し小ぶりな二匹の鮫たち。

特徴的な長い尾を持つオナガザメと、その名の通り、肌の青いアオザメ。



(イシスとオリオン……?! どうしてここに)




ユーリの戦闘鮫魚であるイシスと、ナプティムウトの愛鮫オリオンがどうして本城に?


というか、どうやってここにたどり着くことが出来たのだろうか。



「あの子たち、もしかしてさっきの鮫じゃない?」




……さっき?

私は耳をダンボにして聞き耳を立てる。



「ほら、カルカロドン・カルカリアスと一緒にいた子たちよ。


さっきのあれはきっと、一番大きいあの子が食べちゃったのよ。だからお腹を空かせてわたくしたちの後を追って来たんじゃない?」



(カルカロドン・カルカリアスって、きっとホメロスのことだよね?


あと、"あれ" って一体……)



「おやつをねだりにきたのね……って、あらら? 違ったのかしら。帰ってしまうみたいよ」




イシスとオリオンは吹き抜けになっている中庭から城外へと出ていき、やがて見えなくなってしまった。


側妃たちは特に気にする様子もなく、その後は普通にいつものごとくお茶会をし始めた。




(……もしかして、海人騎兵団のみんなが近くまで来てるってこと?)




もし、イシスとオリオンがこの本城を探り当てたのなら、それは必ずホメロスを通してシェリへと伝わるはずだ。



「リリアナ、どうしたの? 何だかお顔が怖くってよ」



「ご、ごめん、何でもないよ! みんな、アップルパイの他にクッキーも焼いたけど食べる?」




わあ、という側妃たちの歓声を受けながらも、私はイシスとオリオンが去っていった方角を見やる。




きっと間もなく、シェリたちが本城へとたどり着く。


アランフォルスとの二度目の会談がどのように進行するか今は想像も出来ない。


けれど、そうなってしまえば彼は間違いなく、海魔の愛し子とシェリを再び引き合わせるだろう。


彼女と騎兵団の開戦はおおよそ避けられない。



……しかし、今回に限ってはそれで良いのだ。



正直、海魔の心を私が沈められるかどうかは

まだ分からない。


でも、たくさんの大切な人たちが私に足掛かりを与え、ここまで導いてくれたのだ。

マーレデアム王国の皆はもちろん、シリスハムやメリドゥーシャもそう。



私にはもう女神の神力はないけれど、テティスの髪飾りと腕輪が、きっと海魔の愛し子と私を繋ぐ橋となる。




決戦はすぐそこに。


シェリとアランフォルス。

騎兵団とヒュドラー。


そして、マーレデアム王国と海魔の愛し子。




私がテティスの現愛し子であり、彼女の意思をつむぐ者なら寄り添わなければ。



渦巻く九つの感情が、どうか平安へ行き着くように。




※カルカロドン・カルカリアス……ホホジロザメの学名。ここではマーレデアム王国での呼び名として使用。


※ アロピアス・ペラジカス……オナガザメの学名。以下同上。イシスは "ニタリ" という種。


※イスルス・オキシリンクス……アオザメの学名。以下同上。


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