10. 策
陸地の暦では現在1月。
グッセンスタシューンの地は毎年大雪が降るほど寒さにも厳しい。
一週間ほど前にその母国を出航し、今日は随分と離れた海上にいるとはいえ、かなりの肌寒さである。
「今年は特に寒ぃな。異国酒の熱燗とかいうやつが飲みてえわ」
「わあ、おじさんっぽい! あたしはそんなに寒く感じないけど?」
「子供体温は羨ましいなあ」
「あっ! またあたしのこと子供扱いする!」
「お前は正真正銘のガキだろうがよ」
ここは現グッセンスタシューン王国国王であるギルが船長を務める、元海賊船・バルバロス号の船中である。
で、その船中の客間でぎゃあぎゃあと言い合っているのは、ギルとエマだ。
二人は酒と体温の話で盛り上がっているのかと言えば、実はそうではない。
一応ギルはエマの保護者としての監督があるため、本日も客間で彼女に勉強を教えている最中なのだ。
「もーっ。まあいっか。
ところでギル、ここの問題ってこの解き方で合ってる?」
「おー合ってる合ってる。てかエマお前、意外と優秀だったんじゃねえか」
「えっへーん! あたしだって毎日ちゃんと勉強頑張ってるもん。せっかくリリィさまが教材作ってくれてるんだから」
「いいぞー、その意気だ。ガキのうちにたくさん知識吸収しとけ。大人になってからだとココが固くなっちまってるからな」
ギルはエマの頭を指でトントンと叩く。
「あたし、ぜーったい、リリィさまみたいに綺麗で頭が良くて優しいレディになるんだもん。ギルのお嫁さんにならなきゃだから!」
そう言って屈託なく笑うエマの頭を「はいはい」とギルが撫でていると……
「キャプテン! 白くてでっかいイルカがバルバロス号にくっ付いてきてるんすけど!」
客間の扉をバン!と勢いよく開けたロキと目が合った。
「おいロキ、ドアが壊れるだろうが」
「すんません! でも白いイルカが近くに来たらすぐ知らせろってキャプテン言ってたじゃないすか」
「まあそうだ。すぐその白イルカの所に案内
しろ。あ、エマは問題の続き問いとけよ」
ギルはロキと共に船の後方へと移動すると、船縁から少し身を乗り出して海上を確認した。
「ピピピ、ピピピ〜!」
「おう、久々だなベル。そろそろあいつらから連絡が来るんじゃねえかって思ってたぜ」
ギルは自身の懐からある液体を取り出した。
「……それが噂の ".女神の秘薬" ってやつっすか」
ロキがゴクリと喉を鳴らす。
「 "もどき" な。本物は六時間の効き目らしいが、これは海中でたった三時間しか呼吸が続かねえ。
ただの三時間では出来ねえことの方が多いだろうが、その三時間が "カギ" になる可能性だってある」
ギルは女神の秘薬を上空に掲げた。太陽に反射した赤い液体が、ギラギラと妖しく光る。
「全員ちゃんとイヤープラグは持ってんな?」
「持ってるっす! セイレーンとかいう魔物にはなるべく会いたくねー……」
といいつつ、ロキは自分の懐をギュギュッと握っている。おそらくそこに、そのセイレーンの歌声をシャットダウンするためのイヤープラグが入っているのだろう。
船員たちには船旅中、古の海の魔物たちについても色々と話しておいた。
「ま、何とか頑張ってくれ」
「キャプテンひでーっ! 他人事!」
「アホか。俺は今から海神相手にケンカ売りに行くんだぞ」
「くぅっ。姉御のために、俺も何とか頑張るっす!」
ロキが今度は腰に下げている短剣をポポンっと叩く。彼はこう見えて、実はかなり遣り手の短剣使いである。
ギルは念の為、もう一度念を押しておいた。
「ロキ、何度も言うが」
「第一に自分とエマの命っしょ? ちゃんと心得てるっす。
生き残らなきゃ、姉御に会えねーっすからね」
彼はニカっと、人好きのする笑顔をギルへと向けた。
いよいよ、女神一族、マーレデアム王国、そして自国グッセンスタシューン王国の三者と、海魔による因縁の冷戦が終結を迎えようとしている。
「俺が教えてやるよ。てめえの祖国は、こんな伸び代ある期待の発展国だってな」
ギルは秘薬の入った小瓶の蓋を外すと、鼻を摘みながら、中の液体を一気に飲み干した。
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「リリアナよ、余だ。入るぞ」
「どうぞ」
アランフォルスは最近ちゃんとノックをし、私が返事をしてから部屋へと入ってくるようになった。
相変わらず、彼は日に一度はノワルを引き連れ私のもとを訪れる。
「おや、メリドゥーシャよ。其方はまたリリアナの部屋に来ておったのか」
「ご機嫌麗しゅうございます、アランフォルス様。妃同士の必要な情報交換があるものですから」
近頃、私はメリドゥーシャと一緒にいることが本当に多くなった。
出会いはアレだったし、以前は私付きの三従士とも色々とあったようだが、今では互いにかなり良好な関係を築いている。
「情報とやらは一体何の情報なのでしょうね?」
アランフォルスの後ろに控えるノワルがメリドゥーシャを一瞥する。
シェリとの再会を果たし、今日で数日が経ったのだが、彼女によると彼はまだこの本城にはたどり着いていないようだ。
「女性同士の密話に聞き耳を立てるのは無粋よ。それともお前も、陸地のあれそれに興味があって?
流行の服飾やお料理、街の様子、それに人間同志の愛の語らい方……」
メリドゥーシャが話し出すと、ノワルはあからさまな怪訝顔を彼女へと向けた。
顔に「くだらない」という五文字が書いてある。
「リリアナったら初で本当に可愛らしいのよ。わたくしが男だったら誘惑して
いたかしら」
「ほほうメリドゥーシャ。その話、詳しく聞かせてくれるかの?
リリアナは余に一向になびかぬ故、是非参考にしたいものだ」
「うふふ、アランフォルス様もご興味がありまして?」
……そして最近。
この夫婦は私のことを揶揄うのが趣味なのでは? と思うくらい、実は息がぴったりなことも分かってきた。
なので、二人が貴重な夫婦時間を過ごしている間は自然とノワルと話すことが多くなっている。
私はいつものように世間話をノワルに振る。
「ねえノワル。そういえばみたらし団子は口に合った?」
「……」
「? ノワル?」
「……ああ、リリアナ女神様。いかがなさいました?」
ここ数日、ノワルはずっとこの調子である。どこかぼうっとしていて、反応が鈍い。
マーレデアム王国にいた時もそうだが、この本城でアランフォルスの秘書的役割を務めている時も、いつも抜かりなく仕事をしているイメージだったのだが。
(もしかして、先日シェリに会ったのが実はバレてるとか……?)
冷や汗がタラリと顳顬を伝いそうになるが、私はそれを気合いで止める。
だって、そんなはずはない。
手引きをしたメリドゥーシャは、本人が一番ノワルとの鉢合わせを避けようとしていたし、三従士にいたっては私の不利になるようなことはしないと信じている。
何より、元上司であるメリドゥーシャにきつく口止めされているに違いない。
何か他に要因があるのだろうか。
私はノワルをじっと盗み見る。
彼はぼんやりとアランフォルスたちのことを見ていた。やはり、シェリとの相引きに気付いている様子はない。
もしや、先日差し入れたみたらし団子が思ったよりも美味しくなかった、とか実は案外そんな理由だったりするのだろうか?
「ノワル、前に差し入れしたみたらし団子、あんまり美味しくなかった?」
「……は?」
しまった。やはりノワルにいたってはそんなわけがなかった。完全に質問を間違えてしまったようだ。
「あ、えっと、陸のお菓子の」
「いえ、それは分かっています。美味でしたよ、とても。というか、何故そのような質問を?」
今度はノワルがきょとんとしている。
「えっと、ここ数日あまり目が合わないし、
何か難しい顔してるから」
「……そう見えていたのなら失礼しました。特に何もありませんし、変わりないつもりでしたが」
「そっか。うん、じゃあ変なこと言ってごめんなさい」
「謝る必要などありませんよ。でも、そうですね。僕はあのミタラシダンゴという菓子が気に入ったので今後もまた作って下さい」
私はノワルを見上げる。意外なリクエストを聞いてしまった。
そしていつの間にか、どこか心ここにあらずな態度も元に戻っている。
メリドゥーシャといい、ノワルといい、セイレーン一族はどこか掴めない節があるなあと思いつつも、あのノワルがお菓子を褒めたことが意外すぎて、ついつい話を続けてしまう。
「みたらし団子美味しいよね。私も子供の頃から大好きなお菓子なの」
「リリアナ女神様は時に女童のような発言をなさいますね。御歳はおいくつになられたのですか?
女性に年齢を聞くのは失礼ですが、貴女はとてもお若いと思いますので問題ないかと判断しました」
女童って……。子供っぽいとでも言いたいのだろうか?
何だかちょっぴり小馬鹿にされている気もするが、一応質問には返答しておく。
「18歳になりました」
「なるほど。思ったとおりの若さです」
「でも、母国ではちゃんと成人していますよ! 学校を卒業して、定職にも就いており
ました」
「……何故突然そのような話し方に?」
「子供っぽいですね」と言う幻聴が聞こえたため、少し大人っぽい物言いをしてみただけである。
そう言えば私もノワルの年齢を知らないままだった。良い機会なので聞いてみることにする。
「ノワルは何歳なの?」
「僕は201歳になりました」
「え?! 意外と若い!」
「……どういう意味でしょうか?」
ノワルは妙な落ち着きがあるのでもっと上だと思っていた。
周りに300歳や600歳や800歳や、それ以上の方がたくさんいらっしゃるので、100歳、200歳代の人たちがとても若く感じられる。
「ちなみにセイレーンの平均寿命は8000歳です」
「ええっ?! す、すごい…… やっぱり古の海の魔物だから?」
「メリドゥーシャ様は御歳2500歳です。あのお方は他の側妃方よりも年齢が上ですが!誰よりも生気が有り余っておいでです」
「……それこそ女性の年齢、勝手に言っちゃっていいの?」
私がメリドゥーシャの方をチラチラと気にしながらノワルにそう耳打ちすると、ノワルの表情がふと緩み、少しだけ笑みを見せた。
いつものような、どこか艶めかしく挑発するようなものではなく、初めて見る表情だった。
「リリアナ女神様。運命に抗ってみるのも案外興味深くて面白そうですね」
「? 何の話? どういうこと?」
「さあ、どういうことでしょうね」
ノワルが発した言葉の意味が全く分からず、私は思わず眉間に皺を寄せた。
すると、どうやらノワルは私のその顔がツボにはまったらしく、何やら肩を震わせて笑い始めた。おそらくまた、唇も尖らせてしまっていたのだろう。
一向に止む気配のないくぐもった笑い声を私へと向けてくる彼。
だんだんと恥ずかしくなってきた私は「聞こえませんー」と言いながら耳を塞ぎ、彼の笑い声をシャットダウンさせていただいた。
「……その百面相。100年後と言わず、その先も見たい限りです」
耳を塞いでいる私に、ノワルが何か話しかけたようだ。
「? 何? 聞こえなかった」
「百面相のバリエーションをもっと披露して下さいと言ったのです」
「……辞退します」
ジトリとした目をノワルへと向けると、彼は再び、今度は正真正銘に声を上げて笑い出した。
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アランフォルスはリリィとノワルが談笑?している姿を横目に見つつ、メリドゥーシャへと問いかけていた。
「我が寵姫は一体、何の悪策を働かせておるのだ?」
少々棘のある言葉とは裏腹に、アランフォルスは彼女の頬に自身の手を当て、優しく撫で上げる。
「いいえ何も。ただ、恩人であり友となったリリアナには、もっと自分の人生を楽しんでいただきたいと思っておりますの」
「……ほう。だからあの男と引き合わせてやったのか?」
「あら。やはりご存知でしたのね」
「ノワルは誤魔化せても海神である余を騙すことは出来ぬであろう?
賢い其方なら知っているはずだがの。余とお主は2000年以上共に在るのだから」
「……本当にそうですわね。正直、海人族の王子にはそれほど関心がありませんが、リリアナの "人生" を預けるに当たって、あの者の内情を知っておかねばと思いまして」
「……あの忌々しい男にリリアナは返さぬ」
「アランフォルス様。貴方様が真に許し難く思っておられるのはラドシェリム王子ではなく、先の国王ですわ」
「其方は、海人族王家の者によって余の姉が殺害され、テティスの娘が辱めを受けたことを忘れたわけではあるまいな?」
メリドゥーシャの頬に当たるアランフォルスの指圧が、ほんの少し強くなっている。
「……では、条件付きではいかがでしょう?」
「条件?」
「海魔の愛し子が海人族を許せば、テティス女神のもう一人の娘であるリリアナと彼の仲を認めるというのは?」
「ふん、馬鹿馬鹿しいにも程がある。そんなことが起こり得ると?」
メリドゥーシャは肯定の返事とばかりに、アランフォルスの黒い瞳を見つめた。
「……仮にそのような奇跡に近いことがあろうとも、余は認めぬ。
あともう一つ。メリドゥーシャよ、其方は他にも、何か計謀を担っておるな?」
「……さすがでございます、我が君」
「さらに、ノワルにもけしかけておるだろう。あれの様子を見てみろ」
メリドゥーシャはリリィと共にいるノワルを見やった。
何か考え事をしつつも、彼女に向けられている彼の視線は驚くほどに優しいのだ。
まるで、どこか希望に満ちた目をしている。
女性を軽視し、極端に嫌悪していた過去では考えられないほどに。
「我が弟には "相談事" として持ちかけたまで。もし頷かなければ私が倍をお支払いすれば良いだけのことだと思っておりましたが、あの様子だとやる気がみなぎっておりましてよ」
ノワルを見やりながら、そう淡々と言葉を放つメリドゥーシャのことを、アランフォルスの黒い瞳が睨め付ける。
「"それ" は、リリアナが決して望まぬことだ」
「リリアナが望まなくとも、わたくしたちが "それ" を望んでいるのです」
メリドゥーシャは怯むことなく、アランフォルスへと微笑み返した。
「もし、ラドシェリム王子とリリアナが海魔の説得に成功した暁には、どうか貴方様の寵姫のお願い事を聞いて下さいまし。
例え、貴方様がわたくしの願いを叶えて下さったとしても、少なくともあと "3000年" 以上はお仕え出来ますわ。
わたくしはこの通り、生気が有り余っているものですから」
メリドゥーシャは尾びれを浮かし夫の頬へと優しく口付けた。
アランフォルスはリリィへと視線を向ける。
「……テティスよ。此度に其方が送り込んだ愛し子は、ほんに厄介な娘よ。
我が寵姫と優秀な家臣の心を、こうも簡単に盗みおった人たらしぞ?
其方はこのような未来を予測して、当代の愛し子にリリアナを選んだのか?」
リリィの腕には相変わらず、自身がテティスへと贈った腕輪がはめられている。
アランフォルスは瞳を閉じながらも、ふう、と大きく息をついた。
「……カリュブディス姉上。貴女の唯一無二の友であり、私のもう一人の姉は、2000年ごとに何度でも厄介ごとを運んでまいりますぞ」
彼の脳裏には、自身に向かい女神のような微笑を見せる実姉と、どこか小悪魔のような悪戯っぽい笑みを浮かべるテティスの姿が過った。
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リリィとの再会を果たしてから本日で五日が過ぎた。
シェリたち海人騎兵団一行は、カリュブディスの本城を目指すと共に、"ある者" との後会も望んでいた。
「ねえシェリ。"海魔" の居場所なんて、本城を探して当てるよりも厳しいんじゃないの?
城は移動しないけど、海魔は移動可能でしょ?」
イシスに跨ったユーリが、隣に並ぶシェリへと話しかけてくる。
「ユーリ、以前に訪れたあやつの別城の構造を覚えているか? 外観はともかく、門を一歩 潜れば中は異空間だっただろう。
俺が予想するに、海魔の居場所もおそらくは本城内だ。
あの男は腐ってもやはり海神。
我々が想像も出来ないようなことも、意図も簡単にやってのける」
「確かに、カリュブディスの力は私たちの予想を遥かに超えていた。
愛し子の全神力を自らに取り込むという異技ですら、ほんの数分で終わらせるほどだからね」
シェリのもう片側には、オリオンの背に跨るナプティムウトがいる。
彼は実際にカリュブディスの神力を目の当たりにしているためか、シェリの言葉に深く同意している。
「……ええ、兄上。あの男が自身の神力をほんの少しリリィに与えただけで、彼女は海中でも女神の秘宝なしで呼吸が出来るようになりましたからね」
あろうことか、口移しで。
「……この上なく忌々しい。国の責任を背負っていなければあの男を殺してやりたい」
「シェリ、気持ちは分かるよ。でも今回の目的も一応会談だからね。海魔のことがあるから多少の戦闘が起こる可能性は五分五分にあるけれど。
あと、いくらシェリが攻撃しようとも、海神は不老不死だから死なないよ」
リリィとカリュブディスの接吻現場をシェリと共に目撃しているナプティムウトが、すかさず彼にフォローを入れてくる。
「でもさ、やっぱり先に目指さなきゃなのはカリュブディスの方なんじゃない?
海魔との戦闘は僕たち騎兵団の仕事だけど、海魔の心の浄化っていうやつ? それはリリィが自分で成し遂げたいことなんでしょ?
そのためにあの子は未だ、カリュブディスの元に残っているんだから」
確かにその通りだ。
本城でカリュブディスと再会談してリリィを奪還し、その後に海魔の元へ向かうのが理想中の理想。
しかし、以前の会談ではリリィですら聞く耳を持たれなかった上、あの男はシェリたち海人族王家の者たちをすこぶる憎んでいる。
協力者でもいない限り、奴とまともに話が出来る機会すら持てないだろう。
「……彼女に連絡する手段がないな」
「彼女って、リリィのこと?」
「いや、俺が先日会った海神妃のことだ。まだ完全に信用したわけではないが、彼女ならリリィが危険な目に遭うようなことはしないはずだ」
「へえ、随分信用してるじゃん」
「あの時、俺がリリィを連れ帰る可能性もあったというのに、一時間も対話の猶予を与えてきたのだ。
……おそらく、リリィとあの海神妃の間にはかなりの信頼関係が築かれている。
よって、あの本城にいる古の海の魔物の中では、まだ一番見込める」
「なるほどね。でも前みたいに、こちらの意図を汲んで海魔族が都合よく現れてくれるとは思えないけど?」
シェリがふむ、と顎に手を添えてどうしたものかと思考を巡らせていると……
「ピピピピピピピ〜!」
「! シェリ! 上、上! ベルが帰ってきたみたいだよ」
シェリが上方を見上げると、こちらの方へと下降してくる見慣れた姿の者 "たち" が。
「ご苦労だった、ベル。背中に随分と大きな荷物を乗せているな」
「……やっぱ来たんだ。三時間しか呼吸続かないのにほんとに大丈夫なの?」
「海上にいる君の仲間は平気なのかい? この後戦闘になるかもしれないのに」
「……おいおい。一月半ぶりに会っての第一声に、労いの言葉が一切ないってのはどうなんだ?
てかこっちもひっさびさに見たな、海人騎兵集団」
ベルの背中に乗っていたのはギル。
彼はその背に跨ったまま、片手を額付近に持っていき、ポカンと呆気に取られている騎兵団員たちを眺めている。
「皆の者、驚かせてすまないな。こちらはグッセンスタシューン王国新国王のギルストロン・アムレート二世だ。
以前に船上で交戦したこともあるので知っている者も多いだろう。
見ての通り、人間の男だがこやつは信頼してもらって良い。我々海人族の、陸での唯一の協力者だ。今はとある薬を服用中で、海中でも呼吸が可能な状態になっている」
騎兵団員たちは皆動揺した様子で顔を見合わせている。
仕方がない。マーレデアム王国及び海人族の存在を人間側に知られているというのは本来ご法度のことだ。
「先日、王都広場でマーレデアム王国王家の秘密やテティス女神と愛し子の関係を皆に伝えただろう。
以前二度に渡って女神の間を怪魚に襲撃された時、リリアナ様が一時非難されていた場所は他でもなくテティス女神自らが建国した陸国、グッセンスタシューン王国だ。
我々は現在、海陸同盟なるものを結んでいる。
海人族のことを知っているのはこの陸王と、我々と交戦したことがあるこの者の側近のみ。口外は国交条約に反する故、破れば死罪となる」
だからこの陸王が決して口外させない、と付け加える。
「海賊の親玉が何で今は国王なんだ? てか俺、あいつとやり合ったことあるわ」
「ヒューマ、やめておけ。団長たちのご様子を見て分からないか? かなり信頼されているご友人のはずだ」
「オルフェスの言う通りです。過去のことは水に流し、団長のご意志に従いましょう」
「はあ、しゃーねぇ。捕虜になってたユーリですら、あの人間と仲良くなってるみてえだしな」
部隊長であるヒューマ、オルフェス、エルゴの言葉に、他の騎兵団員たちも納得せざるを得ない。
「……そう言えばユーリ。セイレーンの女性たちは、確か人間の男を好んで食すと言っていたね?」
すると、ナプティムウトがギルをまじまじと見やりながら、突然ポツリとそんな言葉を口にした。
「らしいですね。エーギル家にあった古書にはそう書いてありました。
セイレーンの男の歌声は海人族を、女の歌声は人間の男を惑わす。
……って、え? まさか宰相様……?」
「……ほほう兄上、さすがです。大変良いことに気が付かれました」
ナプティムウトは同情の目で、
ユーリは青ざめながら、
そしてシェリはニヤリと口角を上げつつ、
三人は一斉にギルの方を見やった。
「…………おい。おいおいおい。ちょっと待て。嫌な予感しかしねえんだが」
ギルは死んだ魚のような目つきになり、手のひらで口元を押さえている。
「ギルストロン、来て早々で悪いがお前にはここで、是非とも "屍" になってもらいたい」
騎兵団員たちは再び口をあんぐりと開け、良策が思い付いたと言わんばかりの笑みを浮かべているシェリと、頭を抱えているギルを交互に見やっていた。




