6. マーレデアム王国
第四章 『海女神の娘たち編』
(幕間)
ついにこの日がやってきたのだ。
テティス海女神の意思を受け継ぐ選ばれし乙女が2000年に一度、この海底王国へと降臨し、類稀なる神力を以て王国に栄華と繁栄をもたらすという伝承の根源を、マーレデアム王国の全民らに語る時が。
夢物語、あるいは神話として語られてきた海女神の実像と、己の祖先が隠しに隠し通した、とある愛し子の真実を伝える時が。
その選ばれし乙女たちの今の姿と我が祖先の罪と共に。
そもそも。そんな奇跡のような乙女が、神々の悪戯によって無作為に選ばれるはずなどなかったのだ。
なのに、何故我々王家も民たちも、そんな当たり前のことに長い間気が付かないでいたのだろう。
血縁とは己を縛り付けるなかなかに厄介なもの。
しかし、己を繋ぎ止める手綱にもなるというもの。
自身の宿命をどのように捉えるかなど本人次第だ。
変わることがない、変えることが不可能ならば、それを受け入れ、認め、教訓にし、先の人生に生かす他ない。逃げてはならない。
祖先が過去に犯した罪を、そして現在、己たちが犯し続けている罪を、マーレデアム王国の民らに全て打ち明けるのだ。
例えそれによって、彼らの心が王家から離れたとしても。
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「ラドシェリムよ、首尾はいかがか」
「問題ありません、国王陛下」
「今この時も、リリアナ様が其方の隣に立ってくれていればと願わずにはいられぬ」
「……今この瞬間には共に在らずとも、近い未来にはそうなります故、心配には及びません」
「……そうか。そうであったな」
シェリは国王にそう言葉を告げた後、下方へと視線を向けた。王都広場下方の地には、もうすでに王都中の民らが集まって来ている。
本日、シェリは王国全民らへ向けての声明を発表する。
それは無論ポセイドン家、言わば王族の過去の愚行のことである。前女神の愛し子と海魔の真実も、ここで明確にする予定だ。
そして、それを告白するとなれば、自ずとテティスと愛し子の真の関係性を問われることになるだろう。
さらに、現愛し子であるリリィがこの二月、何故一度も民らの前へと姿を見せていないのかということも明らかにしなければ。
(……リリィ。民らに王族の秘密を、それに其方とテティス、海魔の愛し子の関係を話すことを一人でに決めてすまない。
でも、其方ならきっと受け入れてくれるはずだ。俺はそれを、独りよがりだと思ってはいない)
シェリはそう思いながら、王都広場の側面に備え付けられている欄干をぐっと握りしめた。
「シェーリ、準備はいいの?
ならほら、手貸しなよ。僕がその今にも折られそうな手すりの代わりに握っててあげるから」
すると、その場の緊張にはそぐわない、少し砕けた物言いが背後から聞こえて来た。
……が、目をやるまでもない。
この期に及んでそんな冗談を言いながらシェリの元へと近付いて来れる人物なんて、王族以外では一人しかいない。
「……ユーリか」
今日は王族の警護として、元ユーリの部隊だった海人騎兵団第三部隊の者たちが広場の後方に控えている。
ユーリは副団長として隊を取りまとめているのだが、第三部隊にはすでに新部隊長も備わっているため、彼は比較的自由に行動出来るのだ。
「有難い申し出だが断る」
「えーっ、つれなーい。ま、手持ち無沙汰じゃないなら別にいいんだけどさ。
てか広場の備品壊さないでよ? リリィが帰ってきたら、またお披露目の時みたいにみんなで "お祝い" するんだから」
ユーリが、ビシっと人差し指をシェリへと突き出してくる。
普段なら人に向けて指を指すなと物申したい所だが、今日だけは言わないでおく。
「……分かっている」
「緊張してる?」
「当たり前だ」
「大丈夫だよ。君には女神様が付いてるんだから」
ユーリはクスリと笑い、シェリと少し距離を取るように後方へ下がるとその場に跪いた。
「僕はずっと二人を守るよ。例え最後の一兵になってもね」
「……ユーリ」
だから話してスッキリしてこい! とでも言うように、ユーリは頷いた。
シェリは深く深呼吸をし、もう一度前に向き直る。そして下方で言葉を待つ全民らへと声を発した。
「本日は皆に集まりいただき感謝する。此度は我々王族と女神の愛し子に関する全てを其方たちに話す。どうか聞いてほしい」
今日はホメロスたちにも協力を仰ぎ、王都全体にシェリの声が届くよう配慮している。
そのため、彼のよく通る凛とした声色がマーレデアム王国全体へと響き渡っていく。
(ついにこの日が来た。むしろ遅すぎたくらいだ)
シェリは胸元にあるリリィの指輪にそっと手を添わせた後、さらに言葉を紡いでいった。
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「キャプテン、船に詰め込む荷物はこれで全部っすか?」
「そうだ。検品しておいてくれ」
「了解っす! 姉御〜っ、待ってて下さいよーー! 」
「ギル、孤児院長が夕方お城までご挨拶に来るって。
あ! あと、毎日ちゃんと勉強してたか、帰ってきたらテストするって言うんだよ〜」
「諦めろ。むしろお前は学業を優先させても良いんだぞ。リリアナはお前が学校サボるのなんて、これっぽっちも望んじゃいねぇ」
「やだ! 絶対に行く!! あたしだってリリィさまの侍女なんだから。主人のピンチなのに、のんびりなんてしてられないもん」
こちらはグッセンスタシューン王国組である。
ギル、ロキ、そしてエマの三人はそう言い合いながらも海上に浮かぶバルバロス号を見上げていた。
「エマは頑固っすからね〜」
ギルの右隣にはロキ。
「ロキは黙ってて! あたしは真剣に話してるの!」
左隣にはエマが立つ。
「エマはほんと怖えっす。姉御はあんな優しいのに」
「あ、ひどいロキ!」
「おいおい、姉弟喧嘩もそこまでだ。二人とも、リリアナが大事なのはよーく分かったから、さっさと航海の準備をしろ」
「「はーい」」
実の姉弟 (年齢は逆)ではないのに見事な会話のキャッチボール…… いや、微妙にズレてるか?
などと考えつつも、ギルはてきぱきと他の船員たちにも指示を出す。
「今回は他海賊とやり合うわけでもお宝を奪還しに行くわけでもねえが、まあ同じこった。
相手が海神で、取り戻す相手がリリアナなわけだな。このことは以前説明した通りだ」
連れて行くのはギルの海賊時代の部下たち、そしてリリィの側近であるロキとエマである。
彼らには、今回の対戦で海人族たちと連携することを予め伝えてある。
ロキを含む元海賊たちは以前に船上で海人騎兵団と対戦したことがあるし、エマもシェリとは対面済みだ。
それに、彼らは海陸同盟で結んだ、"人間たちに海人族の存在を知らせないこと" という項目条件を頑なに守る、優秀なメンバーたちでもある。
「海人族どもから合図があれば、俺は秘薬を飲んで海底に潜る。だから船上で対戦が始まった場合は頼んだぞ。
第一は自分の命を守れ。万一死んだら俺とリリアナが許さねえからな」
「はい!」
「エマは対戦が始まったら地下の食糧庫に逃げろ。鍵をかけて、何があっても絶対に出るんじゃねえぞ」
「わ、分かった!」
「ところでキャプテン、俺たちが戦う相手ってどんな奴らなんすか?」
「おそらくは元海人族」
「え?! 海人族は今回は味方じゃないんすか?!」
「元、海人族だ。海魔族って呼ばれてる奴らで、動きが最強に速いらしいから気を付けろ。
さらにヤバければ魔物が出てくる可能性もある」
「魔物?!人間の俺らに太刀打ち出来るんすか?!」
「お前たちなら応戦出来る。ただし、イヤープラグをしておけ」
「イ、イヤープラグ……?」
「耳栓だ耳栓。旅備品として乗組員全員分用意してあっただろ? 何で必要かは船旅しながら話す。
ま、すぐには交戦にならねえだろうよ。俺たちは海上から開戦の機会を待てばいい」
ギルは遥か彼方の地平線を見やる。
「時は満ちたり、ってか?
海神やら魔物やら海魔族やら、もう何が何だか訳分からねえが、うちの王国の後見人を横から掻っ攫う奴は許しちゃおけねえよな。
……それに、リリアナ。お前の居場所は海神の所なんかじゃねえはずだろ。
でなきゃ、何で俺が身を引いたか分かんねえだろうがよ」
ギルは船に乗り込むと、軽く手を上げて船員たちに出航の合図を送る。
「仕方ねえから手貸してやるよ。
"友人のてめえら二人" にな」
不敵な笑みを浮かべながら、ギルは海面下へと目を向けた。
心地よい潮風を肌と帆に受けながら、ギル一行もいよいよ航海へと踏み出した。
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「諸君、今話したことが全てだ。
私はそう遠くない未来、父の後を継ぎ、このマーレデアム王国の王座に就くことになっていた。
しかし、それはほんの数時間前までの話だ。今後の私の処遇は、この国の民である其方たちに決めてもらいたい。
……責任を押し付ける形になることも、度々申し訳なく思う」
声明の間、握る拳がずっと震えているのは分かっていた。
かと言って、やはり親友に手を握ってもらっていれば良かったなどとは、もちろんこれっぽっちも思わないが。
「……それに、私はリリアナ様とも、正式ではないが婚約をしている」
非難の覚悟は出来ている。だがそれを受けるのは己一人で十分だ。
「王家が犯した罪の責任は全て私が取る。テティス女神が陸に上がったことも、リリアナ様とは何の関係もない。
しかし私とリリアナ様の関係を断つことだけは、其方らが反対しても認めるわけにはいかない。
相手が海神であろうが魔物であろうが、
……例えリリアナ様の寿命が残り僅かであったとしてもだ。
あのお方は我々の女神の愛し子。
彼女の最期の時まで私がそばでお守りしたい。どうか、それだけは容認して欲しい」
拳を握り直した後、シェリは真っ直ぐに民たちを見据え、そう伝えた。
「…………ひどいです、ラドシェリム殿下」
「何故、黙っていらっしゃったのですか?!」
そう言われるのは覚悟の上だった。
「どうして我々に相談して下さらなかったのですか?!」
「私たちはそんなに頼りないですか?!」
……それは違う。
「う、うう……っ、リリアナ様……!」
「……みくびってもらっては困りますよ、殿下。
どうして我々に、あなた方を恨むことなどできましょうか?」
……だが、思ってもみない答えたちには、
「…………は?」
という、間抜けな声が思わず漏れてしまった。
「血の繋がりが何だって言うんです?
どうして過去の王族方の罪を、2000年も後にお生まれになった殿下が償おうとするのですか?」
「私たち民のことをどんな時でも最優先し、
こんなに大切に思って下さる王家の皆様のことを憎むはずがない。
もちろん、知らされていなかったことはショックです。もっと早く教えていただきたかった。
でもそれで、私たちが国王様や殿下たちを恨むなんてことは絶対にありえません。私たちは自分の意思で、国王様方にお仕えしているのです」
「私たちの女神の愛し子様はリリアナ様だけです。
あのお方が海をお離れになったテティス女神様のご子孫だろうが、海魔と血縁関係にあろうが、そんなことはどうでも良いことです。
あのお方こそが、我々の救世主なことには何の変わりもないでしょう?」
「リリアナ様は母国である陸を離れ、たった一人でこの地へ来て下さった。
きっと陸にはご友人もいたでしょう。家族の思い出が残るものが多く在ったでしょう。
天涯孤独の身の上で、まだたった18歳という若さで、この国のために生きて下さろうとする。
……私たちのために、命を削ってまで」
「ううっ。リリアナさま、死んじゃやだぁ!!」
「ラドシェリムでんか! リリアナさまのこと絶対に取り戻して幸せにしてあげて!!」
子供たちまで議論に参戦し、さらには一斉に泣き出してしまった。
もちろん、泣いている大人たちもいるのだが、皆どこか肝が据わったように冷静に、大丈夫だ、リリアナ様はすぐに帰ってくる、それに簡単には死なせない、と子供たちに言い聞かせていた。
…………何と言うことだろう。
覚悟が出来ていなかったのは己の方だったのだ。
以前もリリィが言っていたではないか。このマーレデアム王国の民らはとても明るく元気で、そしてタフだと。
「……俺よりも、其方たちの方がよほど逞しいな」
ようやく、笑うことが出来たように思う。
自身もリリィも一人きりではない。
マーレデアム王国の民たちがそれを証明してくれている。
「ありがとう。其方らを誇りに思う。
諸君らがいてくれる限り、マーレデアム王国の未来は安泰だ」
シェリがそう言葉にすると、王都広場が揺れるほどに民たちの歓声が沸き起こった。
「……ご苦労であったな、ラドシェリム」
「我が民らはマーレデアム王国の宝です」
「左様。我々が誇るべき宝であり、守るべき家人でもある」
「家人……」
そうだ。
血の繋がりがあってもなくても、マーレデアム王国は一つなのだ。
「国王陛下、ラドシェリム殿下。お近くに寄らせていただいても?」
「構わん、ユリウス」
「ありがとうございます、国王陛下」
「……ユーリ、俺へのその呼び名はやめろ」
「えーー、そっちが正式名称でしょ?
でもシェリ、良かったね。これで一つ肩の荷が降りたね」
後ろに控えていたユーリがシェリの元へとやって来て、その肩をポンと叩いた。
「ああ、お前にも心配をかけたな」
「心配なんてしてないよ。今さらみんながシェリとリリィに背を向けるなんてあり得ないって思ってたし?
それにほら、"あっち" だって。
リリィ以上に愛し子のことを熟知してるヤツが頭なわけだし、心配無用だね」
ユーリが視線と共に、人差し指を上へと向ける。
「むしろ早く動きたくてウズウズしてるんじゃない?」
「そのことについてだが、先程ベルから情報が入った。ギルストロンが本日早朝に出航したようだ」
「お! ギルってば用意周到! そういや航海はシェリの声明に合わせるって言ってたよね」
「しかし、その声明が万一失敗したら、奴は一体どうするつもりだったのか」
「失敗するはずないって思ってたんでしょ。
いつもあんな態度取ってるけど、シェリの
ことめちゃくちゃ評価してるってギルの顔に書いてあるじゃん」
「……そうは見えんが」
「ま、でもそういうことなんだよ。陸王にも信頼されてんだから、シェリはもっと自信持って堂々としてればいーの!
早く準備してリリィのお迎え行かなきゃ。ね?」
ユーリが片目を瞑ってシェリに同意を求めてくる。
「……そうだな。予定通り、午後には出立しよう。
騎兵団員たちへの指示はユーリに任せるぞ。俺は一旦王宮に戻り、国王陛下と兄上、姉上と共に計画の最終確認を行う」
「了解。早速本拠地に戻ってみんなに伝えるね。王都に行ってくれてる戦闘鮫魚たちも呼び戻さなきゃ」
「頼んだ」
了解、と手を振り、ユーリは踵を返し本拠地へと向かって行った。部下たちを伴って。
シェリはユーリらを見送った後、国王へと向き直る。
「我々も王宮へ急ぎましょう、国王陛下。兄上と姉上がお待ちです」
「……そうだな。
それにしても、ラドシェリムよ。其方は民にも恵まれているが、友人たちにも大いに恵まれておるな」
「……全くもって、そのようですね。有難いことに」
「良きことだ」
国王は穏やかな笑みを浮かべ、民たちに向けて片手を上げた。シェリも、今日のために集まってくれた皆へと拝礼する。
「ラドシェリム殿下! リリアナ様のこと頼みましたよー!」
「お二人がお帰りになられたら、婚約式をすっとばして、もう結姻式ですからね!」
元気そうに手を振ってくれる民たちも、本当は心が震えていることを分かっている。
リリィが自身の命をかけてマーレデアム王国民を救ったことや彼女の寿命のことを聞いて、平然としていられるわけがないのだから。
「……安心してくれ。リリアナ様を必ず、この腕に取り戻してみせる」
シェリは少しでも民たちの心を安心させるようそう言って、彼らに笑顔を向けた。
( リリィがその命をかけ、止めさせた海底戦争を我々が引き起こすわけにはいかん。
よって、此度は以前のように海神を殺す覚悟で奴の本城へと赴くわけではないのだ。
……あの男と "意思の疎通" が取れる気配など微塵も感じられんが、やるしかない)
シェリは鮫笛を使ってホメロスを呼び寄せると、その背に跨って王宮へと急いだ。
(リリィ、皆が其方の帰りを待っている。必ず、計画を成功させてみせる)
シェリは、指輪に備わる美しいエメラルドの宝石にも唇を寄せながら、その金の瞳を鋭く煌らせた。




