22. エピローグ
「ここが余の本城だ。好きに寛ぐが良い」
私はカリュブディス、ノワルと共に、彼らの居城を訪れていた。
涙の跡をゴシゴシと手背で擦り上げた後、私は城内を見渡した。
薄暗いし、空気もどんよりとしていておどろおどろしい。もしかすると、ここの城内も異空間かもしれない。
外観も、マーレデアム王宮やグッセンスタシューン城とは違い、巨岩を掘った殺風景な城、という感じだったし。
だが、そうこう思考を巡らせているうちに、私はカリュブディスに、とある一室へと連れられていた。
「リリアナ。今後 其方の身の回りの世話はこの者たちが担う」
カリュブディスの言葉と共に、私の前に三名の海魔族たちが跪いた。
「……リリアナ・マリンクロードです。今日からよろしくお願いします」
『メガミ オセワスル』
『メガミ アルジノ ダイジ』
『……メガミ アノヒトタチカラ マモル』
「……? "あの人たち" …………?」
また、何だか一波乱ありそうな予感が否めない。
ノワルが眉を上げ、海魔族の人たちを一瞥していたことも、この時の私はまだ知らない。
「其方ら、リリアナに湯浴みをさせ、新しいドレスを用意してやってくれ。務めが終わればまた様子を見に来る」
「務め……?」
「其方から受け継いだ神力で、海への祝福と浄化を行わねばの」
「…………」
「ではな」
カリュブディスとノワルが部屋から出て行った後、私は一度、深く深呼吸した。
(……まだ、終わりじゃない。私にはまだ、ここで "やるべきこと" が残っているもの)
私は、ヒトデ型の髪飾りを外し、それを曾祖母の形見である腕輪へと寄り添わせた。
送り主が誰であれ、これらはどちらとも、女神一族に受け継がれてきたもの。
( 私と "アレキサンドラ様" 。
二人ともが生きているうちに、何とかして憎しみの連鎖を終わらせたい。
シェリが。マーレデアム王国の"今" を生きる人たちが、心穏やかに未来を切り開いていけるように)
遠く離れた場所からでも、私は彼らを護るのだ。
私は、女神の愛し子なのだから。
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一方、ここは王都郊外。
罪人塔の立ち並ぶ様が遥か遠方に確認できる、静粛な場所。
「我々はどうしてここに……」
「リリアナ様はどこにいらっしゃるんだ!」
「団長、宰相様! 一体何が起きたのでしょうか?!」
"あの時" 突然、カリュブディスの別城からこの王都郊外へと飛ばされた。
シェリの周りには、別場所にいたはずの部下たちも集まっていた。
「ちょっと僕、全然理解が追いつかないんだけど!」
後方からはユーリの声が聞こえてきた。
「リリィを探しに行く途中でベルに会って、先に宰相様とシリスハムを探して欲しいって言われて。
でも、なんでかシリスハムの匂いが残ってないって、イシスたちが焦っちゃって」
シェリの元へと赴いたユーリが、自身の隣で腰を落とした。
「宰相様とリリィはどうやら同じ場所にいるっぽいって言うから、てっきりシェリもシリスハムもみんな一緒にいるんだと思ってたんだけど、まさか、あの二人だけまた逸れちゃってるの?!
てゆーか、僕たちはなんでここに戻ってるわけ?!」
全くだ。何故、己たちだけ帰国した。
何故、彼女が一緒ではないのだ。
「シェリ? さっきから何でしゃべんないのさ。
……まさか。カリュブディスと何かあったの?!」
ユーリがハッとしたように、シェリの肩を掴んできた。
「ねえ、シェリ。なんで…… リリィもシリスハムもいないんだよ……?!」
「ユーリ、やめなさい」
すると、今度はナプティムウトが足を引き摺るようにしてこちらへとやって来た。
ユーリは、ナプティムウトとシェリを見比べている。
「…………シェリ。ほんとに何があったんだよ。
ていうか。何で君、泣いてるんだよ……」
ユーリにそう問われ、シェリはほんの少しだけ、眼を見開いた。
幼き頃より数百年と流れ落ちることのなかったものが、確かに今は、己の頬を伝っている。
(そうか。俺は今、泣いていたのか)
眼を、地へと向けた。
目前に転がっていたのは、マーレデアム王国王家に伝わる女神の秘宝と、自身が贈った、彼女との婚約の証。
「……宰相様。リリィと、シリスハムは、」
「ユーリ。国王陛下に向けて早魚を飛ばして
くれるかい?
今からシェリと私が王宮へ向かう旨を、先に伝達しておいて欲しい」
「……御意」
「よろしく頼むよ、ユーリ」
ユーリへとそう言付けた後、今度はナプティムウトがシェリの肩へと手を添えた。
「立ち上がろう、シェリ。立って王宮に急ごう」
「…………」
「シェリ、進みなさい。自分の足で、前へ。
リリアナ様が君に願ったことを、もう忘れてしまったのかい?」
"王家を継いで、マーレデアム王国の人たちを守ってね。
私もずっと、天に召される日が来るまでずっと、あなたたちの幸せを願うよ"
彼女の願いは、マーレデアム王国民らの平安。そして、己が彼らの未来を守ることだった。
「…………忘れるはずが、ありません」
シェリは、女神の秘宝と指輪を手に取ると、ゆっくりとその場を立ち上がった。
「皆の者、状況は後で説明する。先に騎兵団の本拠地へと戻っておいてくれ。
傷を負っている者はそれの手当を。戦闘鮫魚らの健診も頼む」
シェリは部下らに指示を飛ばした後、ユーリに向き直った。
「……ユーリ、変なものを見せたな。すまん」
「……今さら何言ってんの。シェリの恥ずかしいところなんて、昔っからいっぱい知ってるっての! お互い様!」
ユーリはそう言って、シェリの背中をパシッと叩く。
「シェリ、リリィはカリュブディスの所だよね。
取り戻しに行くんでしょ? あの子のこと。
当然、僕もお供するからさ。
海神だろうが、古の魔物だろが、海魔だろうが、何でも相手になってやろうよ」
「……ユーリ」
「シェリ。リリアナ様は何があろうとも、我々の女神の愛し子だ。それは何も変わらない。
シェリはどうだい? 何かが変わってしまったかい?」
ナプティムウトの問いに、シェリは首を振った。
「変わるはずがありません。
俺の伴侶は生涯、リリアナ・マリンクロード嬢、ただの一人だけですから」
そう、はっきりと言葉を乗せて。
「……そうこなくっちゃね」
「うん。それでこそ、マーレデアム王国の次代国王だ」
ユーリはニヤリと口角を上げ、ナプティムウトはしかと頷いた。
シェリは自身の鮫笛に指輪をくくりつけ、秘宝を懐へと仕舞うと、自身の愛鮫ホメロスへと飛び乗った。
そして、ただ真っ直ぐ前だけを見据え、王宮へと走り泳いで行く。
己との約束を反故にはさせまい。
彼女は確かに、マーレデアム王国の民らと共に、そして己と共に未来を歩むと誓ってくれたのだ。
「 "どこにいようが、リリィは絶対にこの腕に取り戻す。あきらめるんだな" 」
決して離しはしない。
彼女の一番近くに在り、守る者は己だけだ。
己が彼女の、唯一の夫なのだから。
こちらで第三章完結です!お読みいただきありがとうございました。
今後の詳細は活動報告の方に記載いたします。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!