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20. 秘宝と 秘薬と 秘の系譜

第三章 『古の海の魔物編』



「イシス。リリィの居場所はまだ先?


シェリはノワルの後を追ってるから、お互い目的地に着いたら、自動的に合流することになると思うんだけど……」




海人騎兵団の第5部隊、それに、ネレオとマルフェスを率いたユーリがリリィ追跡の道中で自身の愛鮫へと話しかけた。



キュ……キュ



「……大丈夫だよ。ちゃんと心を落ち着かせてる、とは言えないけど、シェリがきっと、僕たちよりも先に奴らに近付いてると思うから。


親友を信じてるよ。シェリなら、僕の好きな人を絶対に守ってくれるって」




ユーリは前方へと目を向けながらも、さらに言葉を紡いでいく。



「シリスハムだってさ。同じ守護者一族だから昔っから知ってたけど、家同士が仲悪すぎて、今まではあんまり接点なかったんだよ。


それに、リヴァイアサン事件の時は、なんて馬鹿なヤツなんだって思ってたし。



……でも今は、実は結構気が合うんじゃないかって。ほら、女の子の好みも一緒だし、実は同い年だし?



早く返化薬を完成させて、あいつが元の姿に戻って、ちゃんと罪を償ってさ。


そしたらさ、今度は一緒に飲みに行ったり出来るんじゃないかって思うわけ」




キュ!キュ!



イシスが「いいじゃない!」と伝えてくれている。



「いつかギルにも紹介してさ。失恋コンビから失恋トリオに変更ーー! ってね」





海中に漂うキラキラと光る水泡みずあわが、ユーリの肩をそっとかすめる。



「……ん? 今、誰かの手が肩に触れた気がしたんだけど…… まあ、僕の気のせいだよね」




------




シェリがリリィの捜索を開始してから、すでに一時間ほどが経った。




「まさか…… あれは海魔か?」



今、シェリの眼に映っているのは、遥か遠方でその身をうねらせ、よろり、よろりと逃げるように上方へと上っていく海魔の姿。



「随分と弱っているように見えるが、何かあったのか。


しかし奴がいるということは、ノワルとカリュブディスもあの近辺にいるはずだ。おそらくはリリィも。



よし、ホメロス。あの海魔のいる近辺へ……」




シェリがホメロスへと指示を出そうとした時、



「?! あれは……」




突然、まばゆいばかりの白光が、ある遺構集落から放たれたのが確認出来た。



「まさか、リリィの祝福か? いやしかし……」




普段とはどこか異なっているように思えた。


いつもは光の粒が空間全体へゆっくりと降り注がれていくが、目前のそれは強い光束が天へと直線に伸びているのみ。



「……リリィが、一箇所に集中して祝福を行っているのか?」




額に汗が滲む。嫌な予感がしてならない。



リリィが女神の間で怪魚と対峙した時のように、浄化の力でノワルやカリュブディス、海魔たちを相手にでもしているのだろうか。


……いや、むしろ逆か。



彼女ならば交戦ではなく、誰かを守護、あるいは助力するため祝福を行っている可能性の方が高い。


しかも、おそらくはナプティムウトかシリスハムのために。



「急ぐぞ、ホメロス」



シェリは眉を寄せ、その光を放つ遺構へと急くが、しばらく経つとその光はだんだんと弱まり、やがては完全に消えてしまった。



「光が消えた? リリィが祝福を送るのをやめたのか? 」




すると、先程の遺構から放たれていた光束とはまるで入れ違いとなるように、今度はキラキラと光る細かな水泡みずあわが、シェリの横をゆっくりと通り過ぎて行く。



シェリは水泡の一部をすくうようにして手のひらへと乗せた。


水泡など、この海には溢れかえっているし、別に今さら珍しいものでも何でもない。

しかし。





"彼女を頼みます"



手中にある水泡の弾ける音が、かつての恋敵だった男の声と、どこか重なって聞こえた気がした。




------






「シリスハム様……」




シリスハムが私の目前で海の泡となってから、どれくらい時間が経っただろう。


彼がその手でぬぐってくれた跡を上書きするかのように、涙は未だ私の頬を伝い続けている。 




「さて、終わりましたか?」




今の、私の心情とはまるで非対称なさわらかな声が背後から聞こえてきた。



「思っていたよりも純愛でしたね。彼も本望だったでしょう。愛する女性の腕中で消滅出来たのですから。


まあ、僕は女のために死ぬなどとても考えられませんが」




ゆっくりと遺構の外へと目をやると、そこにはノワルと、彼に拘束されたナプティムウトが立っていた。



「……ノワル」


「ご機嫌よう、リリアナ女神様」


「どうして…… どうして、シリスハム様がこんな……」


「何を言っているのですか。全ては貴女のためでしょう?


シリスハムを不憫に思うのなら、彼が願った、"海底戦争からマーレデアム王国民を救済すること" を叶えて差し上げてはいかがですか?」



ノワルはくすくすと笑いながら、私にそう言い放った。




「……シリスハムが願ったのは、マーレデアムの民たちが、リリアナ様と共に未来を歩むことだ。彼女を犠牲にすることじゃない」



「……はて。宰相様はもっと物分かりの良い方だと思っていましたよ」



言葉を紡いだナプティムウトのことを、ノワルがじろりと一瞥いちべつした。



「……ノワル。以前あなたが言っていた、私があなたたちの "希望" になるっていうのは、一体何のことなの……?」




"リリアナ女神様。貴女は僕たちの最後の希望なのです"



マクリルの屋敷地下で、確かにノワルはそう言った。



この言葉の真の意味を知れば、彼らが何故、私をここまでに欲し、多くの犠牲を生み出すのかが分かるのだろうか。



「貴女には先にきちんと話しをすべきでしたね。そうすれば、こんな回りくどいことをしなくとも良かったのかもしれません。


でも、シリスハムが貴女に再会出来たのは間違いなく、海魔族となるため塔を脱獄したからですよ?」




私は唇を噛み締めた。ノワルの言葉に惑わされてはいけないと分かっているのに、身体の震えが治らない。



「以前にお話した、貴女が僕たちの希望だと言う話ですが、正確に言えば、"海に生きる全ての生き物" の希望。


即ち、貴女が愛する海人族も、また彼らが従えている鮫獣たちも、全てがその対象者となり得ます。



海に生きる全ての者たちが未来に命を繋いでいけるよう、貴女には我が主の、"生命の源" になっていただきたいのですよ」



「……生命の、源?」



「ええ、そうです。ご存知の通り、我が主は1000年前に勃発した海底戦争のせいで、随分とその神力を失われました。何故だか分かりますか?」



「……カリュブディス様の、お姉様が亡くなったことと関係しているの?」



「さすがです、リリアナ女神様。お察しの通り、前カリュブディス閣下がその生を閉じられたためです。


海神・"アランフォルス・ポセイドン" 様は、ご自身の神力を極限まで削り捨て、姉上様の跡を継いで、"古の海の魔物の役目" を果たさねばならなかったのですよ」



「"アランフォルス・ポセイドン" ……?」



「現カリュブディス閣下の、真の名です」



「……彼の役目って、何?」



「聞きますか? なかなかに衝撃を受けますよ」



「……教えて」



「……ふふ。では、お伝えしましょうか。


主が請け負った役割とは、愚かな海人族前国王が陸王国へ侵略するのを未然に防ぐ、ということです」



「?!」




話が、全然付いていけない。


海人族の人たちが、陸の国を攻める?


シェリが、あれほどに自身たちの存在を隠したがっている陸に?



いや。そもそも、海人族の人たちが、陸の国を攻める意図が全く分からない。


女神の秘宝がなければ、人間である私が海中では生活出来ないように、海人族の人たちだって、陸の地では長く呼吸が続かないはずだ。


国王ともなれば、そんなことは当然分かっているだろうに、何故、陸王国など手に入れようとしたのか。




「その陸王国っていうのは、グッセンスタシューン王国のこと?」



「いいえ。グッセンスタシューン王国ではなく、貴女が生まれ育った母国のことです。


2000年前にマーレデアム王国に降臨した女神の愛し子は、海人族王家の子を身籠るもそれを誕生させることなく、醜い海魔となってしまった。



しかし、王家はどうしても海女神の血を自身の血筋に入れたかったようです。

そこで狙いを定めたのが、"陸国" で生きるテティス一族の娘。



王家は数百年もの時をかけ、ある薬剤の研究を進めていきました。


体内に取り込めば、一時的に陸地でも適応出来得る身体となれる薬の開発を」




……ちょっと待って欲しい。薬剤って、まさか。



「海人族の王家では、"女神の秘薬" と呼ばれているそうですね」




……なんということだ。

まさか、王家に伝わってきた "秘薬" の裏側にも、こんな背景があっただなんて。



「前王らがテティス一族の女性を狙ったのは、女神の血がる子を生ませるため。生まれた子供が海人族であればマーレデアム王国に連れ帰ることが出来ます。



時代を経て、やがてその子々孫々が繋ぐ、命の時が満ちた吉日。



マーレデアム王国王家の元には、テティスの神力を受け継ぐ "女神の愛し子" が誕生する、というわけです」




顳顬から冷やりとした汗が流れ落ちる。


歴史の背景に、さまざまな闇が隠されているのは珍しいことではない。


しかし、その裏側の事情に当代愛し子となった私や家族、それに先祖たちがほんの少しでも関わっていた可能性があったかと思うと背筋が冷える。


けれど。



「……でも、当時だって、私の母国にいたテティス様の血縁の女性は、何もたった一人だったわけじゃないでしょう?


その女性たちを全員、王家の妻にするなんて出来っこない。


生まれてくる子たちだって、海人族とは限らない。人間ばかりの可能性だってあるもの」



「まあ、それは前国王も計算内だったでしょうね。


まず、妻に関して言えば、眉目秀麗かつ健康そうな女性を十数人ほど残して、あとは殺してしまう予定だったかと。


子供についても、人間の場合は一人残らず消していたでしょうしね」



「は……?」




さらりと。しかし、とんでもないことを、ノワルはあっさりと言ってのける。



「あながち間違ってはいないと思いますよ? 次代の女神の愛し子は、どの女の腹から生まれてくるか分かりませんからね。


マーレデアム王国に選ばれなかった女性と、人間として生を受けた子供たちの子孫から愛し子が生まれてきては、元も子もないですし。



でも、それは陸に限らず海底でも同じことです。


女神の血を受け継ぐ海人族の者たちが万一、海底では到底生きられない人間の赤子を産んだとしても、その赤子らの運命は溺死、という二文字だけ。



2000年先に女神の愛し子が生まれた際だけ、その子のみに女神の秘宝を与えれば良いだけです」



子々孫々の間引きを行うということです、とノワルは冷たく言い放った。




……もし。この話が本当なら絶対に許されないことだが、先程からのノワルの発言にも、そろそろ私の堪忍袋の緒が限界だ。


女性を見下すにもほどがある。



「おや、怒っていらっしゃるのですか? でもむしろ、貴女には感謝をしていただきたいくらいです。


主は、マーレデアム王国が陸へと侵略するのを回避するため、カリュブディスという魔物がまだ存在していることを匂わせておいたのです。



海魔を従えるマーレデアム王国最大の敵が生きているとならば、自分たちの生活を守ることが第一となり、陸への侵略は二の次になりますから」



「……カリュブディス様がお姉様の跡を継いだ理由は分かった。


じゃあ、私があの人の生命の源になるっていう話は?」





「余にも時間がない、ということよ」


「?!」


「おや、閣下。随分とゆっくりでしたね」




ノワルの背後から、今度はカリュブディスが姿を見せた。

彼は私の元まで歩みを寄せ、そして目前で腰を落とす。今の見目は青年の方だ。



「シリスハムは逝ったか」


「……っ!」




私は思わず、カリュブディスの衣を掴んでしまった。



「どうした、テティスの娘よ」




……分かっているのだ。海魔族となったのはシリスハムの意思。取引きを持ちかけたのだって、彼からだと言っていた。


でも、私はこの人たちを許せない。私の、大切な友人を奪った。




「リリアナよ。先程の答えだが、其方そちの神力、即ちテティス海女神の祝福を取り込まなければ、まもなく余は消滅する。


つまり、この海全ての生命が近い将来に消え去るということだ」



「…………今度は何? どういうこと?」




「……リリアナ様。それは、カリュブディスこそがこの海を統べる "海神" 、我々海人族を含む海の全生命を、その手中に握っているいうことです」



ずっと、口を閉ざしていたナプティムウトがそう話す。


彼の顔色は蒼白。 

当然だ。先程のノワルの話は、王族側であるナプティムウトにも相当堪こたえたはず。



「宰相様のおっしゃる通りです。主が消滅されると、この海の海神は実質いないも同然。



海域では嵐が多発し、怪魚の暴動によって海は荒らされるでしょう。


さらに、それに伴う生体の乱れと全海域の水質汚濁によって、個体から別種個体へと広がる病原や疫病はもはや避けられない。


これは海洋生物だけでなく、人である海人族にも言えることですよ」



ノワルが私に向けて、再びそう言葉を投げてくる。カリュブディスの服を掴む私の手が、僅かに震え出した。




「マーレデアム王国は長くみても100年以内には滅ぶでしょうし、陸の国々も危ういですね。海からもたらされていた恵みの水が、途絶えてしまうということですから。



リリアナ女神様。貴女は海女神の愛し子と言えど、その実態は人間であり、不死の神ではありません。


マーレデアム王国が滅亡すれば、その時には当然、貴女も共に散るでしょう。永遠に海に寄り添うことなど不可能です」




全身の力が抜けていくのを感じる。

昨日に思い描いていた美しい未来を、今日の現実が黒く塗り潰していく。



「神力を極限までぎ落とした余の身体は、今はもう完全なる神のそれではない。


人と同じく、"消滅"という死期が来る。


それを元の軌道に戻すためには、愛し子の神力を我が体内に取り込む必要がある」



カリュブディスの手が、私の顎下あごしたに添えられた。




「海に生きる全生命のため、其方そちは自身の "2000年の時間とき" を以て、余の生命の源となるが良い」




2000年の時を使って、私がカリュブディスの生命の源となる……?




「今の余は、海魔となった先代愛し子から僅かなる神力を得て、この海に在る。


しかし、それももう潮時。


御歳2000歳を優に超える海魔の愛し子にも間もなくが死期が訪れるからの」




カリュブディスは私のあごに添えていた手を、うなじへと移動させる。




「リリアナよ。其方そちは余と正式に婚姻を結び正妃となり、その生涯をかけて夫である余に祝福を与え続けよ。


今、其方がマーレデアム、及びグッセンスタシューンへ向けて日々行なっておる祝福を、この先2000年間、余ただ一人へと注ぐが良い。


そうすれば、余の海神としての神力が完全に復活し得る」




カリュブディスは女神の紋章を指の背でなぞりながら私の耳元へと唇を寄せた。



「リリアナが真にマーレデアム王国らを救いたいと願うのならば、まずは生命のいしずえとなる余、この海を司るポセイドン海男神を救ってみせよ。



そうなれば、海陸国に祝福を送ることなど、もはや必要ではなくなる」




囁くようにそう言った彼の言葉は、まるで呪いのように聞こえた。




"この先2000年間、カリュブディスただ一人へと祝福を注ぐ"


"生命の礎となる海男神を救えば、海陸国に祝福を送る必要がなくなる"





マーレデアム王国の地に、もう私の居場所など何処にもないのだと、


そう言われてしまった気がして。



いつもご訪問いただきありがとうございます。

次話が最終話、そのあとエピローグとなります!

(その後は第四章へと続きます。次章で完結となります)

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