18. 古の海の魔物たち
第三章 『古の海の魔物編』
『リリアナ女神様、もうすぐこの海底森林を抜けるようです』
シリスハムが海底森林と呼ぶこの場所に入ってから随分と時間が経った。
彼の言葉通り、木々の生い茂る先には出口が見えてきている。
『異空間 故、森を抜けた後もどこに飛ばされるか分かりませんので、私から離れないでいて下さい』
彼はそう言って片腕で私を抱き寄せ、もう片方の手でベルの少し出張りのある頭部を軽く押さえている。
「ピピッ!」
『申し訳ない、ベルとやら。少し我慢だ』
頭を抑えられている感覚に違和感を感じているのか、ベルが少々不服そうだ。
「すみません、シリスハム様。ベル、もうちょっとで森を抜けるから、ね?」
ベルにそう言い聞かせた後、私はだんだんと近付いて来る出口へと視線を向けた。
シリスハムと私は、また別異空間へ飛ばされないかを懸念していた。
だが、何故だかベルだけは迷わずスイスイと出口の方へと泳いで行く。
その彼女の行動の訳は、私たちが森を抜けた後に判明した。
「リリィ……?」
「え…… シェリ…………?」
出口の先は陸地の森林ではなく、確かに別の異空間を思わせるような平地だった。
しかし。その土地にはシェリを初め、戦闘鮫魚たちに跨る騎兵団の人たちが整列していたのだ。
彼らは私たちの姿を見つけると、ほっと胸を撫で下ろしながらこちらの方へと走り泳いでくる。
シェリたちが見えたことで、シリスハムも私たち二人から腕を解いた。
彼はベルから降りると、私にも腕を伸ばし、その背中から降ろしてくれる。
「ありがとうございます、シリスハム様。
……もしかして。中で揉めてることに気付いて迎えに来て下さったんでしょうか」
『そのようですね』
私とシリスハムが彼らの方へと向き直ると……
「リリィーーっ!」
「わ……! ユ、ユーリ?」
私は駆けつけてくれたユーリにガシッと両肩を掴まれてしまい、少々後ろのめりになった。
「リリィ良かった! 無事だったんだね」
「……うん。来てくれてありがとう、ユーリ」
「リリアナ様、お怪我はありませんか?
ベルが城の窓を突き破って突進して行ったものですから、もしや貴方様の身に何かあったのではないかと」
ユーリの肩越しから、ナプティムウトが声をかけてくれた。
「ナプティムウト様、ご心配をおかけしました。実はカリュブディス様と少し揉めてしまって……
その…… 海魔とも対面しました。
でも、ずっとシリスハム様が庇って下さったので怪我はありせん」
私がそう話すと、シリスハムはナプティムウトに向かい跪く。
「……そうでしたか。しかし、リリアナ様がご無事で何よりです。
ありがとう、シリスハム。よくリリアナ様を守ってくれた」
『恐れ入ります』
そして……
「リリィ」
「シェリ……」
シェリはゆっくりとこちらへ歩み寄ると、私の顔を仰がせ、両頬をなぞるようにして手を添えてくる。
彼の表情はほっとしているようで、それでいてとても疲れているようにも見え、触れられた手も冷たい。
シェリは私の頬から手を離すと、今度はシリスハムへと視線を移した。
「礼を言う、シリスハム」
『……いえ』
「しかしここはどこだ? 其方ら二人はあの森からこの平地へと抜けて来たが、森の先には何があった?」
『森の先は平原でした。……しかし、逆方向のここは、また別の空間のようですね。
どうやらこの城はカリュブディスの一部らしく、城内は異空間になっているようです』
「……なるほど、異空間か。だから城内の広さが外観に反していたというわけか」
シェリは訝しげ眉をひそめながらも辺りを見渡していた。
私たちが落ち合えたこの場所は、どこか遺跡集落を思わせるような、岩石で造られた建造物たちが立ち並ぶ所。
しかし、それらが崩れ落ちているところも多く、足場が非常に悪い。
この場所から城外へと出られる出口を探すことが先決なのは承知の上だが、それでもまず。
私は彼らに伝えなければならないことがある。
「……ごめんなさい、シェリ。もう気付いてると思うけど、会談、上手くいかなかった」
「……其方のせいではない。恐らく、カリュブディス側の出した条件とやらが受け入れ難いものだったのだろう?」
「そうだとしても……! マーレデアム王国側の提案を一つも伝えることが出来なかったのは私の力不足だよ」
私は自身のドレスをギュッと掴む。
「……もう! リリィってば、そんな暗い顔しないでって。他に何か良い方法がないか、またみんなで考えようよ!」
「ユーリ……」
「彼の言う通りです。リリアナ様が気に止む必要などありません。
むしろ貴方様お一人にこのような役目を負わせてしまい、申し訳なく思っています」
「そんな、ナプティムウト様……」
他の騎兵団の人たちも、皆私を励まそうと声をかけてくれる。
しかし、あれだけ大口を叩いておいて何も成果を得られなかったことが情けなくて、本当に申し訳なくて。
(どうすればカリュブディスの心と向き合えるんだろう。同じ土俵に立つには、まず私は何をすべきなんだろう。
海魔のことだって……
グッセンスタシューン王国の現状を伝えるにはどうすればいい?
"彼女" の心に触れるために、今の私には何が出来る?)
疑問ばかりが頭の中に飛び交ってしまい、明確な答えが全然出せない。
私は思わず、唇を噛み締めた。
「……リリィ、一度王国に戻って練り直そう。そのためにも、まずはここから脱出する必要がある」
シェリが私の髪を撫で、そう言葉をかけてくれた。
……だが。
ドゴゴゴゴゴォォォ
突然、陸の巨大地震のように私たちの立つ地が揺れ出し、大地がまるで蛇のようにうねり出した。
「……っ、リリィ!」
私はシェリに咄嗟に腕を引かれ、腕中に収められる。
「すぐに収まるはずだ! 低姿勢で待機!」
シェリの指令通りに騎兵団員と戦闘鮫魚たちも動く。
突然の大きな地揺れに遭遇し、しばらくはドクドクと心臓が鳴り止まなかった。だが、揺れが少しずつ収まっていくにつれ、私も他の皆も落ち着きを取り戻していった。
「シェリ、今のって地震…… 海底地震か何か?」
「……分からん。この辺りは海洋プレート同士の境目でもない故、普通はこのような現象など起こらぬはずだが……」
「その通り。今のは海底地震でも何でもない。"我々三人" が異空間を移動した際に、どうやら地を揺らしてしまったらしい。
何せ此方には大海生物一、巨大なヒュドラーがいるからのう」
「??!」
私たちは皆一斉にその声主の方へと視線を向けた。もちろん、騎兵団の人たちは皆、手に武器を構え、すぐさま戦闘態勢に入っていた。
だが、
「は? こ、子供……?」
「子供の横にいるのはノワルだぞ?!」
「あいつらの後ろにいる怪物って、まさか……」
それに向かい立っていたのは、まだ年端もいかない人間の姿をした少年。
「駄目ですよ、リリアナ女神様。閣下以外の男性にお身体を触れさせては。
貴女は海神の正妃となられる方なのですから、もっと自覚を持っていただかないと」
ギィィィィィィィィーーー
セイレーン一族の末裔であるノワルと、ヒュドラー呼ばれる大海蛇、海魔を従えた、黒髪黒瞳のどこか儚げな印象のある美しい子供だった。
「リリアナよ、其方を迎えに参った」
「…………カリュブディス様」
しかし私がその名前を口にしたことで、騎兵団の人たちが一斉に武器を構え直した。
シェリは私を背側へと隠し、ユーリとナプティムウトがその両脇を固めた。
「貴様がカリュブディスか」
カリュブディスの黒い瞳が、シェリの方へと向けられた。
「……はて、見覚えのある嫌な顔だ。反吐が出るほどに忌々《いまいま》しいほどの。
其方は1000年前に垣間見た余のことなどは覚えてはおらんか?」
「誰と勘違いしているのかは知らんが、貴様とは初対面だ」
「……ほほう。ならば其方は、あの男の血族者ということか。
指輪の送り主、とな」
シェリの片眉がピクリと上がった。
「それでは話が早い。単刀直入に申そう。
海底戦争を勃発させぬ条件は、その娘が余の正妃となり、生涯我が元へ留まることのみよ」
「……ふん、笑わせてくれるな。その条件を我々海人族が飲むと?」
「海人族共の意思などどうでも良い。余は "三代目愛し子" に提案しておるのだ」
カリュブディスはシェリを見やりながら、なおも楽しげにそう話す。
「……ねえシェリ。あいつ、さっきから一体何の話してるの?」
ひっそりと小声で、シェリにそう話しかけたのはユーリ。
「どうやら1000年前の恨み主が俺に似ているようだ。
……恐らくは海底戦争でのことだろうな。俺の親族の者に遺恨があるらしい」
「でもさ、1000年前のカリュブディスと今のカリュブディスは別人なんじゃなかったの?」
「……1000年前のカリュブディス様は、今のカリュブディス様のお姉様に当たる方だったみたいなの」
シェリとユーリの会話を聞いていた私は、思わず口を挟んでしまう。
「は……? え、それが女カリュブディスの正体ってわけ?
でも "カリュブディス" って、前の海底戦争では確か討ち取れなかったって聞いてるんだけど……
ってことは、今もカリュブディスって名乗ってるやつが二人生きてるってこと?」
「……ううん。その女性は、もう亡くなってるみたい」
私がユーリの問いに答えると、シェリが顔を後ろへと向けてくる。
「恐らく、1000年前にその女カリュブディスが命を賭した後、現カリュブディスが彼女に成り代わったため、死んでいない、討ち取れなかったとそう伝えられてきたのだろう。
先代国王…… 俺の祖父が滅したのは、あやつの "姉" 。そしてその後継者となったのが、目前に在る "弟"の方というわけか」
「……じゃあ何? その報復でリリィを寄越せって言ってるの? ばっかじゃないの!」
「そうではないよ、ユーリ」
しかし、ナプティムウトが悄然としながらそう言った。
彼はいつもの穏やかな表情とは打って変わり、額に汗を滲ませ、どことなく顔色も悪く見えた。
「先程から何を言い合っているのかは知らぬが、その娘は必ず、余・カリュブディスを夫に選ぶであろう。
何故なら余はこの大海を統べる、唯一の "海男神" 。
海の平安を望むリリアナならば当然のこと」
「……はっ。貴様のふざけた話にはもう付き合いきれん。
海神だろうが魔物だろうが、我々の愛し子を奪うことは断じて許さん!」
シェリのその言葉が開戦の合図となったように、私たちの周りを戦闘鮫魚を従えた騎兵団の人たちが取り囲んだ。
「やれやれ。海人族共は昔も今も血の気が多くてかなわんな」
「ぬかせ! 交渉は不成立。貴様らを攻撃せぬというつまらん口約束も終いだ!」
カリュブディスのどこか見下したような物言いが、シェリの神経をさらに逆撫でさせていく。
(どうしよう、戦闘が始まっちゃう。私が…… 私が交渉に失敗したから……!)
「ネレオ! マルフェス!」
冷や汗を伝わせている私をよそに、シェリはあの書類仕事組に属している二人のことを呼び付けた。
すると、ネレオとマルフェスがすぐさま、彼らの戦闘鮫魚と共にシェリの前へと出てくる。
「先程立てた作戦通りに動いてくれ。リリアナ様を頼む」
「御意」
「お任せ下さい!」
「リリィ、何かあればネレオとマルフェスに申し付けてくれ。
ベル、其方もリリィに付いて行け」
シェリは彼らに指示を出した後、再びホメロスに跨って、騎兵団の人たちに向け指揮を取り始めてしまった。
「リリアナ様、こちらへ!」
私はネレオとマルフェスに連れられ、遺構の一つへと身を隠すことになった。
「リリアナ女神様、ご心配なさらず。今決着を付けようと言うのではありません。
城外へ抜けることが第一優先なことに変わりはありませんので、戦闘の混乱に紛れて貴方様を脱出させます」
「我々もお供しますから心配いりません!
我々は待機組ですが、出口捜索組もまもなく行動を開始いたします。
捜索組が出口を探り当てた後、我々はそちらに合流します。
団長たちはリリアナ様の脱出が済み次第、順次城外へと向かわれる予定です!」
二人は私を元気づけるようにそう話してくれるが、あのカリュブディス相手にそう簡単にうまく事が進むだろうか。
「モネからも、貴方様のことをしかとお守りするよう言われていますから」
「オルフェス兄さんも、ルルからきつーく言いつけられているようです!」
「……うん? モネとルル……?」
ネレオはしまったと言わんばかりに目を逸らし、マルフェスはニカっと笑って親指を立てていた。
「では、リリアナ女神様はここにいて下さい。我々は外の様子を見て参ります」
ネレオとマルフェスは戦闘の状況を確認するため、再び外へと繰り出してしまった。
私はそんな二人のことを遺構の内側から見守りつつ、女神の間に残してきた可愛い侍女たちを思い出す。
(そっか。いつのまにか、ネレオとオルフェスがモネとルルの大切な人になってたんだね。
……なら、二人のためにも、絶対に騎兵団の人たちを無事に王国へ帰さなきゃ)
そして、そう決意をした。
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「ユーリ。海魔を囲むよう四方に分かれて団員らを整列させた後は、後方と左方の指揮を頼む。
俺は前方と右方の指揮、隙を見てカリュブディスとノワルへの攻撃を指示する」
「了解。話には聞いてたけど、海魔って首多すぎ。一、二、三…… って、うわあ九体も集まってる。
取り敢えず、とどめは刺さない方がいいんだよね?」
「……リリィが悲しむからな」
「だね」
手短に確認を取った後、シェリとユーリは対となる逆方角へと飛び立っていった。
そして。
ギィィィィィィィィ!
やがて海魔のこの雄叫びが合図となったように、海人騎兵団と海魔間における戦闘の火蓋が切られたのだった。
「やはり、始まってしまったね」
『……ナプティムウト宰相様』
戦闘の様子を見据えるシリスハムの元に、ナプティムウトが訪れる。
彼らはリリィたちとは別の遺構に身を潜め、戦闘の成り行きを見守っていた。
「シリスハム、君に聞きたいことがある。
君はカリュブディスと、一体何の "契約" を交わしているんだい?」
ビクリと肩を揺らしたシリスハムが、ナプティムウトからほんの少し、視線を逸らした。
『……いえ、何も。宰相様が気になさるようなことではありません』
シリスハムは淡々とそう言葉を放ち、再び騎兵団と海魔の方へと目を向けた。
「シリスハム。リリアナ様を悲しませるようなことだけは絶対にしてはいけないよ」
『承知しております』
「あの方はもう、君のことをとっくに赦しているし信頼もしている」
『……リリアナ女神様のことは、命に変えてもお守りいたします。ご安心下さい』
「……シリスハム。それが心配だと言っているんだ」
ナプティムウトはシリスハムの肩へと手を添えた。だが、シリスハムは彼の方を見ようとはせず、上方を仰いだままだった。
「其方も難儀な男よの、シリスハム」
「!」
『?!』
だが突然。そんなナプティムウトとシリスハムの背後から、あどけない少年の声が聞こえてきた。
二人は瞬時に、後方へと距離を取る。
『カリュブディス、いつの間にここへ……!』
「其方が海魔族となるため、我が城へ参った日をよう覚えとる。
従順で、何の迷いもなく余の血を受け入れた時のことを」
「……カリュブディス。あなたは一体、彼に何をした。何の "契約" を結ばせたんだ」
長剣を構えるシリスハムの隣で、ナプティムウトも同じく自身の手中に獲物を創り出す。
「……ほう。お主もあの男に似ておるな。指輪の男よりは大分と優男に見えるが。
余がここへ来たのは、其方の隣にいる者に、まさにその "契約" の上書きをしてやろうと思うているからだ」
「契約の上書き……?」
カリュブディスの言葉を聞き、ナプティムウトは眉をひそめる。
「シリスハムよ。もし、其方が望むのなら余と結んだ "契約" に少し手を加えてやっても良いぞ」
『……手を加えるだと?』
「三代目愛し子との "話" とやらは済んだのだろう?
だから、もう一度だけ機会をやろう。
其方があの娘を我が元へと連れて来るが良い」
『……何をふざけたことを。私は、』
「そうすれば "本来の寿命" を戻してやろうと言うておるのだ」
シリスハムの、獲物を握る手に力が込められる。
「本来の寿命を取り戻し、完全体となって自我を無くせば、その虚しい恋情も忘れ去ることが出来ようぞ」
カリュブディスは片口角を上げ、面白がるような物言いでそう話す。
『……見くびるな。もうあの時の愚かな自身ではない』
だが、シリスハムは額に筋を浮かび上がらせ、カリュブディスを睨め付けた。
『…… "本来の寿命" も契約の上書きもいらぬ。
私とて女神の愛し子を守護する海人騎兵団に属する者。守護者一族の端くれなのだ…………!』
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「ちょっと、一体なんなのこいつ! 首を切ったら、そこから二つの首が生えてきたんだけど……!」
「首を切れば切るほど、それが増えていくということか」
一方シェリとユーリたちは、海魔との交戦に苦戦していた。
「ならば首の切断は避け、獲物で打撃を与えていくしかあるまい」
だが、その実態を徐々に把握していることも確かだった。
「ユーリ、長剣部隊を率いて後方へ回ってくれ。長槍部隊が前方から海魔を引き付け、囮になる」
「おっけ。隙をついて裏側から一気に叩き込むね」
「頼む」
シェリは自身の獲物である長槍を構え直し、海魔への攻めの攻撃から、迎撃へと変える。
「容赦はせんぞ。この2000年もの間に、こやつが与えた民への被害はこんなものでは済まされん……!」
シェリとユーリの動きに合わせるよう二手に分かれた騎兵団の者たちは、自身たちを鼓舞するかのように更なる雄叫びを上げ、進撃を再開したのだった。
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「こちらが優勢のようです。二手に分かれ、後方が中心となって海魔に斬り込んでいます」
「首を切れない分、体外攻撃へと変更されたようですね。
それにしても、団長の槍 捌きはやはり随一です!」
ネレオとマルフェスが興奮気味にそう話す内容を、私は黙って聞いていた。
「ピピ!ピピピ!!」
ベルも、彼らと同じく遺構の外から、戦闘の様子を窺っているようだった。
私は遺構の内側から、遥か遠方で繰り広げられている交戦の様子を見やる。
戦闘を止めたいのに、止めることが出来ない。
騎兵団の人たちが攻撃をやめれば、海魔だって反撃に出てくる。
(……私、なんて役立たずなんだろう)
心が弱っているのか、つい、そんな本音が漏れてしまった。
互いに血を流し、戦闘に身を委ねる彼らをただ見ていることしか出来ない私が、女神の愛し子を名乗る資格などあるのだろうか。
…………私はこのまま、マーレデアム王国にいても良いのだろうか。
(……っ、弱気になっちゃだめ。私は、私に出来ることから始めなくちゃ)
今の私に出来ることは、お祈りで皆に祝福を飛ばすことだけだ。
私は遺構の中で膝を付き、胸前で手指を交差させた。
だが。
「見つけましたよ、リリアナ女神様」
次の瞬間には、私の身体は "誰か" によって拘束され、身動きが取れなくなってしまったのだ。
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「シリスハム、其方はもっと賢い男だと思っていたがどうやら余は読み違えたか?」
『くっ……!』
カリュブディスは笑みを浮かべながら、シリスハムの攻撃を身一つでかわしていく。
「シリスハム! 一旦下がりなさい!」
その言葉と共に、今度はナプティムウトが長剣を振るうが、やはりカリュブディスはいとも簡単にそれらをすり抜ける。
ナプティムウトはシリスハムの荒い息遣いを後方に感じながら、獲物を構え直した。
「シリスハムが随分と苦しそうなのは、その寿命とやらに関係しているのかい?」
「ご名答。お主は指輪の男とは違い、随分と理性的な考えが出来る者よの。
もう、余が何を求めているか、何を欲しているか。其方には分かっているのではないか?」
ナプティムウトは腕に力を込め、恋人の形見であるブレスレットを見つめた。
「……例えそうだとしても。愛する者と引き裂かれることがどれほど酷で、どれほどまでに心を痛めつけられるものなのか、私はそれを痛いほどに知っている。
だから決して、あの二人にはそのような思いはさせまい…………!」
ナプティムウトの長剣がカリュブディスに向けて、もう一度振り下ろされる。
「……やれやれ。ここにも一人、恋に溺れ、愛に飢えた男がいたか。
しかし、それももう時間切れだ」
だがカリュブディスのその言葉と共に、ナプティムウトの放った攻撃が、彼の "神力" によって跳ね返されてしまう。
「ぐっ……!」
『宰相様!』
駆け寄ったシリスハムが、ナプティムウトを庇うようにして前へと立った。
「おや、お取り込み中でしたか?」
すると、この戦況には似つかわしくない艶やかな声が、カリュブディスの背後から聞こえてきた。
「続けて下さってて良いですよ。
……ああ。でもお二人ともすでに、かなり体力を消耗されているようですね」
ナプティムウトとシリスハムの前に現れたのは、ノワル・マクリルだった。
……しかし。
「ナプティムウト様?! シリスハム様……!」
「?!」
『なっ……!』
予期していなかったのは、ノワルと共にリリィまで姿を見せたこと。
顔面蒼白の彼女は背側で両腕を拘束されるようにして、ノワルに捕らえられていた。




