15. 懺悔
第三章 『古の海の魔物編』
「おはよう、リリィ」
「…………お、おはよう……」
「どうしたリリィ。共に目覚めることに、まだ慣れないのか?」
「う…… だ、だって」
シェリと共に生活を始めてから…… 婚約指輪を受け取った夜から約ニ週間が過ぎた。
「しかと寝たか? これから2000年、ずっとこんな調子では其方の身が持たんぞ」
シェリがくすくすと笑みながら、私の髪に唇を押し当ててくる。
……私は未だ何もかもがいっぱいいっぱいの状態だ。
だが、それとは裏腹にシェリは余裕で、こちらへと向けてくる表情はとても穏やかで、それでいて。……幸せそうだ。
あの夜から毎晩。シェリは私のことを抱きしめて眠る。そしてわざとなのか、「其方は意外と体温が高いな」などと発言してくる。
…………誰のせいで体温が上昇しているのか知ってる? と問いたい限り。いや、きっとそれも知ってて揶揄っているのだと思うけれど。
私ばかりドキドキさせられっぱなしで本当に悔しい。だから、少しだけ意地悪を言いたくなる。
「うん、そうなの。毎晩ドキドキするし、体温上がって暑くて眠れないから、結婚したら寝室別々にしていい?」
「断じて却下だ」
が、スパッとそう言い切られ、私の意地悪は敢えなく却下された。
そしてやはり、シェリに寝台の上で抱き込まれてしまうのだった。
「……ふふっ」
「どうした?」
「ううん。幸せだなぁって思っただけ。
曾おばあちゃんにも、シェリのこと紹介したかったな」
「……俺も其方の家人殿に会いたかった。こんなに愛おしい者に出逢わせてくれたのだから」
「……うん」
「……リリィ、やはり俺が、」
「シェリ。"交渉には女神の愛し子一人で臨むこと"
これが、彼らが出した条件だったでしょう?」
私はシェリの胸元に顔を寄せたまま、彼の言葉を遮った。
一週間前、ナプティムウトから新たな情報が入った。
なんと、ユーリたちに捕らえられたシリスハムが他海魔族との接触に成功し、ノワルに会談の場を設けたい旨を伝達したとのこと。
やはり、騎兵団の者たちの目を掻い潜り、王都には数名のスパイ海魔族なるものたちが潜んでいた。
シェリたちは会談の場 設置以前に、王都に海魔族の残賊がいたことに神経を尖らせていたのだが、マーレデアム王国側からの提案が先にカリュブディス側に伝えることが出来たということは、大変幸運だったと思う。
しかも、その僅か数日後には海魔族の一人が王都郊外へと現れ、あちら側からの承諾の言伝を持ってきたのだから。
"とある条件" 付きではあるが。
「我々からの提案は、愛し子のリリィと海人族幹部数名の出席だったが、それは不可。
マーレデアム王国の代表者として、"交渉発案者であるリリィのみ" を歓迎するなど……
やはり、何か罠がある気がしてならない」
「……そうだね。でも、仮にもしそうだったとしてもこの機会を逃すわけにはいかないよ。
もともと、カリュブディス側とちゃんと話し合いたいって言ったのは私なんだし。私が行くのが筋だよ」
「だとしてもだ。やはり納得は出来かねる。
だから例え会議出席者がリリィ一人であっても、根城の外には海人騎兵団の部隊を待機させる。それだけは絶対に譲らん」
「ありがとう、シェリ。でも、そんなに心配しないで。
"カリュブディスとノワルの主人" の関係性が分かれば、海底戦争を回避する交渉の他にも、何か良い案が浮かび上がるかもしれないでしょう?
……あと。ノワルが私を嫌うのは、多分 "性別" のせいもあると思う」
ユーリが実家から持ち出してくれた古書には、女のセイレーンたちはその歌声で人間の船乗りたちを惑わし、その血肉を自身たちの糧にすると書かれていた。
ギルが部下から仕入れたという商人たちの話が真実なら、恐らくノワルはセイレーン一族の外れ者なのだ。
人間の男たちを惑わせることが出来ない一族の男児たちは、欠損子扱いになるのだと言うからには。
その証拠に、ノワルは初めて出会った時から、私のことを何かと "女性" だと強調してきた。
"こう見えても僕は男ですので、貴女お一人をお支えするくらいわけはありません"
何も知らない当初は、この言葉は彼の優しさだと思っていたが、どうやら違うみたい。
"貴女は女性なのですから、男に縋って生きれば良いのですよ"
こんな風に女性をどこか軽蔑視していたのは、彼自身の生い立ちのせいからかもしれない。
でも、その話は別にして。ノワルに関しては許し難いことがたくさんある。
さらに言えば、あちらの希望通り、私が "カリュブディス" と婚姻を結ぶなど絶対にあり得ないことだ。
それでも、私は彼らと同じ土俵に立って話がしたい。話さなければならないのだ。
「国王陛下以下、守護者たち、騎兵団幹部らで決議した我々からの交渉案件は、
国境線を明確にし、国を完全に二国に分けること。
そして例え今後、カリュブディス側が勢力を取り戻したとしても、双方共に戦争を放棄すること。
国内情勢は互いに干渉しないこと。
…………譲歩は、」
「愛し子の祝福をカリュブディス側の土地にも捧げに行くこと。
これは私が提案したんだから、シェリは気にしないで。
って言っても、海魔や怪魚を囲ってるカリュブディスが、これを希望するとはあまり思えないんだけどね。相手側からの希望も考慮すべきだろうし。
あ、もちろん婚姻以外で、だよ?」
私は不安な気持ちを表に出すまいと、シェリに向け笑顔を作った。
「海男神様との会談なんて、本当はすごく怖いよ。でも、今の愛し子は私なんだからしっかりしなきゃね。
いざとなれば神力で怪魚も小さく出来るし、しかもほら、私は人間だからノワルの魔声にも惑わされないし!」
「……相変わらず、頼もしい愛し子殿だ」
少し苦笑しながら、シェリはいつものように私の額に自身のそれを当ててくれる。
「必ず成功させよう」
「……うん。マーレデアム王国の未来のためにも、絶対に」
今日は午後から、ここ、私たちが仮住まいをさせてもらっているセシルドの生家にて、ナプティムウト、ユーリと共に会談に向けての打ち合わせが行われる予定。
……例のあの人も、来るはずだ。
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「えっと、ご無沙汰しています。私のことは、その、覚えていらっしゃいますか……?」
『……勿論です。リリアナ女神様』
海人騎兵団の制服を着用したシリスハムが、私の前に跪いている。
時刻はお昼を少し過ぎた頃。
私の後ろにはシェリが、シリスハムの背後には、ナプティムウトとユーリが控えている。
「改良を重ねた返化薬をシリスハムに注入したところ、言葉が少し話しやすくなったようです。
でもどうしてか、肌の色合いや皮膚の凹凸は元の海人族のようにはなかなか戻りません」
ナプティムウトのその言葉に、私はシリスハムを改めて見やった。
シリスハムは顔を伏せるようにして腰を落としていたので表情は見えない。
だが、彼の左胸に添えられている右手がマクリルの屋敷で出会った時よりも、さらに深い土色となっていることは分かった。
『申し訳ございません。こんな、化け物のような姿を貴方様にお見せするなど……』
「……顔を上げて下さい、シリスハム様」
そう言いながら、私がシリスハムの目前で膝を付くと、彼は少し驚いたように肩を揺らした。
「マクリル右大臣のお屋敷でシリスハム様に
お出会いした時は、本当にびっくりしました。
……ノワルから、海魔族になった経緯も聞いています』
『……はい』
彼の、土色の手が少し震えていた。
「それと、先日ナプティムウト様が教えて下さいました。
あなたが本当は、ノワルから私を逃して下さったこと。海森に着くまでもずっと、守ろうとして下さってたって」
私は、小刻みに揺れ続けるシリスハムの右手甲に自身の手のひらを重ねた。
「シリスハム様。助けていただいて、ありがとうございます」
震えなくていい。怖がらなくていい。
海魔族となることが彼の正義だったと言うのなら、私はそれを受け入れたいと思っている。
だから、心から彼に感謝の言葉を紡いだのだ。
すると。
「…………シリスハム様……?」
ぽたりと、私の手背に温かな雫が落ちてきた。
シリスハムは、私が触れていた手とは逆の手のひらで自身の両眼を覆い始める。
「えっ、え?! シ、シリスハム様?!」
……シリスハムが、泣いていた。まさか、彼の涙を見る日が来るなんて思わなかった。
私はオロオロと焦りながらもスカートのポケットからハンカチを取り出して、それをシリスハムの頬に当てた。
「シリスハム様、お茶にしましょう。ね?
確か棚に、リラックス効果のある茶葉があったはずですから!」
そう言って、次はシリスハムの両手を取って立たせ、ダイニングの椅子へと誘導した。
そしてシリスハムの手を取ったまま、私はもう一度彼の前で腰を落とす。
『……申し訳ありません。まさか、そんな言葉をいただけるとも、触れていただけるとも思っていなかったので』
「シリスハム様。海魔族になっても、あなたはあなたです。だって、心は海人族のままでしょう?」
『……しかし、こんな化け物、』
「人の外見をそんな風に言うのは感心しません」
『……すみません』
「はい。もう言わないって約束して下さいましたね?
では私、お茶を入れてきますから待ってて下さい」
私はいそいそと台所へ向かい、お茶の準備を始める。
(……シリスハム様。前と違って少し雰囲気が柔らかくなったな。
もしかすると、こっちが本来の彼の姿なのかも?)
そんなことを思いながら。
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「……ね、シリスハム。リリィってば一年前と全然変わってないでしょ?
王国最上位なのに、相変わらずパタパタ動き回ってるし」
ユーリはそんなリリィの姿を見やりながら、シリスハムの隣席へと腰を下ろす。
ま、君は反省したのか随分と丸くなっちゃったけど、と言いながら。
そんな二人を目前に、ナプティムウトは穏やかに笑みを浮かべ、シェリは、はぁ、と大きなため息を付いている。
「僕たちの愛し子は相も変わらず、優しくて心が綺麗な人だよ。
彼女を守るのは海人騎兵団なんだから、しっかりしなよ!」
ユーリはそう言って、シリスハムの背中をペシッと叩いた。
シリスハムは、『痛い……』と一言呟きながらも、忙しそうにテキパキと働くリリィを見つめた。
そして、リリィが全く躊躇わずに触れた自身の硬い土色の手を、シリスハムはぐっと強く握りしめていた。
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『カリュブディスの根城は、マーレデアム王国郊外から数千キロほど離れた場所に所在しています。
周りが巨大な海岩で覆われているせいか、陸からの太陽光はほとんど差しません。
海魔族の数は正確には分かりかねますが、マクリル右大臣の屋敷にいた者たちはざっと300ほど。
カリュブディスの城にも、あと数百人ほどいるはずです。
ほとんどの者は1000年前の海底戦争の際にカリュブディス側へ付いた元海人族の者たちだと思われますが、ここ最近に海魔族となった者たちも十数人いました。
私が言うのも差し出がましいのですが、罪人塔からも数名が脱獄しています』
私が皆の分のお茶を用意し終え、戻ってくると、早速会議開始となった。最初に話を切り出したのは意外にもシリスハムだった。
「なるほど。確かに、何百人もの民が行方不明になっていたなら、流石に海人騎兵団にも何らかの通達、及び情報が回ってくるはずだからね。
私たちが罪人塔を捜査して分かったことは、シリスハムを除く全ての者が、個人で幽閉されている者たちだった、ってことだ」
「だから発見が遅れたんですよね。シリスハムみたいに一族で捕らえられていたら、誰かが抜けるとすぐにバレちゃいますしね」
「……なのに、お前の一族は何も報告してこなかったな。また罪がのしかかるとでも思ったか」
ナプティムウトとユーリの言葉に、シェリが鋭い一言を付け加えた。そしてシリスハムのことをジロリと睨める彼。
……私はこの場でも争いが起きやしないか少しヒヤヒヤしてしまう。
『……申し訳ございません』
「シェリ。それはアブサハム殿たちの責任であって、シリスハムのせいではないだろう?」
が、その空気はナプティムウトがすかさず宥めてくれた。
「あと、海魔族の戦闘方法ってば独特すぎ!
騎兵団みたいに訓練は受けてないだろうから、もちろん戦法とかはめちゃくちゃなんだけど、あいつらは自分の "身体” を武器に変えれるみたいなんです。
例えば、手を鎌みたいな形に変えたり、身体から自分の骨みたいなのを取り出して、それを矢にして射ったりね。
あと、やつら動き早すぎ! 何なの、あのすばしっこさ!」
ユーリはマクリルの屋敷での戦闘を思い出しているのか、片方の手で頬杖を付きながらも唇を尖らせた。
「シリスハム。君はカリュブディスの血を飲んで海魔族になったと言っていたね?」
『……はい』
「君が会ったカリュブディスはノワルの主人に間違いはないかい?」
『それは断言出来ると思います。しかし……』
シリスハムが少し眉を寄せ、表情を強張らせる。
『私が初めてカリュブディスと対面した時…… つまり、血を分け与えられた時ですが、彼はまだ齢10ほどの、子供の姿をしておりました』
「子供……ですか?」
思わず、私はそう呟いてしまった。
カリュブディスの正体が、ますます分からなくなってくる。
「……ふむ。今は古の魔物と言われているが、本来は海神ポセイドンの子。
恐らくは自在に姿を変えられるのだろうな」
シェリのその言葉に、今度はユーリが乗る。
「じゃあさ、やっぱりノワルの主と女カリュブディスは同一人物なのかな?
子供になれるなら、女にだってなれそうだし」
『ユリウス。おそらくそれは違う』
ところが、ユーリの発言をすぐに否定したのはシリスハムだった。
『私はカリュブディスは "二人いた" のではないかと見ています』
シリスハムの言葉に、私たちは皆目を丸くした。
「カリュブディスが、二人いる……? それは、どちらかが本物とか偽物とかではなく?」
思わず、そう漏らしてしまった私。
『はい。正確には、"同等の力技が使える者が二人いた" ということです。
というのも、私が会った方のカリュブディスが、"自身の血でも海魔族へと変化させ得る事が証明された" と言っていたので』
証明された……?
それは、1000年前から海魔族を従えているというのに、まるで、今回初めてそれを成したような発言だ。
「……つまりは1000年前の、"海底戦争時の カリュブディス" と、"現カリュブディス" は
全くの別者である、ということか?」
シェリの金色の瞳が細められた。
「じゃあさ、1000年前までのカリュブディスは女で、今のカリュブディスは男だってこと?」
「なるほど。それだと、ギルとリリアナ様たちが得られた情報と一致してくるね」
ユーリとナプティムウトの言葉に、私は数週間前の、ギルとの会話を思い出す。
"ノワルの主人が女性で女神の愛し子の力が欲しいだけなら、何も婚姻なんて突き付けてこないと思う"
"巨大な渦の中から女の声が聞こえていたのは、昔々、大昔の船乗りたちが言ってたことだ"
頭の中で色々な情報がぐるぐると回っている。ということは。
1000年前の女性カリュブディスと今の男性カリュブディスは全くの別人。
けれど、巨大な渦潮を引き起こす能力や、海人族を海魔族へと変化させる血液を持っていることに関しては共通している、ということだろうか。
「……なるほど、"同じ血" か」
そう言って、シェリは私へと視線を移してくる。
……確かに。私はテティスや過去の愛し子とは全くの別人だけれど、女神一族の子孫であるため、海を浄化させる能力や祝福を行える神力を受け継いでいる。
何故ならば、私は彼女たちと "血縁関係" にあるからだ。
「何となくの背景が見えてきた気がするけれど、この話はここまでにしようか。
カリュブディスとの会談まで、まだ少し日もある。このことはもう少し、皆で考察を練ってみよう」
ナプティムウトのその言葉に、私たちは皆、真剣な面持ちで頷いたのだった。
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話し合いがひと段落した時、ナプティムウトが一人、静かに席を立った。
「シリスハム、話してくれてありがとう。
あと、今日君をここに連れて来たのはこの会議のためだけじゃない。
カリュブディスのもとを訪れる前に、ちゃんと自身の思いをリリアナ様にお伝えしておきなさい」
そして、こんな言葉を言い出した。
『……はい』
「リリアナ様、少しシリスハムと話してやっていただけますか?」
「わ、私で良ければもちろん……」
「ありがとうございます。シェリ、ユーリ。我々は少し席を外そう」
私たちがそんな言葉を交わしていると、シェリがチラリと、ナプティムウトへと目を向けた。
「……兄上。何も我々が席を外す必要はないのでは」
「シェーリ、ほら行くよ!
リリィ、僕達は玄関の外にいるからさ。話、終わったら声かけてくれる?」
だが、そんなシェリの腕をユーリが掴み、その場でくるりと彼のことを反転させた。
「あ、リリィ。もし何かそいつに変なことされそうになったら叫んでね。すっ飛んで行くから!」
そしてユーリがそんな言葉をも付け加えると、シリスハムはジロリと彼を睨め付け始めた。が、ユーリは全く動じずふふんと笑っている。
私は少しお伺いを立てるようにシェリのことを見やると、彼はそんな私に気付き小さく息をついていた。
「……シリスハム、手短に終わらせろ。二度目はないぞ」
『……御意』
シェリは私の頭をぽんぽんと撫でた後、やがて玄関の外へと移動して行った。
これで家の中には、シリスハムと私の二人きり。
「あ、えっと……。シリスハム様、何かお話がありましたか?」
『…………』
だが私と二人きりなると、シリスハムがまた俯いてしまった。
……どうしよう。今、もう彼に対してリヴァイアサンの時のような恐怖心はないけれど、二人きりだとやはり少し緊張してしまう。
「あ、あの、」
『リリアナ女神様はどうしてそのようにお優しいのでしょうか? 私が怖くはないのですか? 』
「え……?」
『私は貴方様のお披露目時に、散々恐ろしい思いをさせてしまったのに』
そう言って、シリスハムは拳を握りしめている。
『貴方様が、私たち兄弟の刑の軽減を王に直談判して下さったと聞きました。
……貴方様には恨まれても、罵られても仕方がなかったはずなのに。
私が言うのもあれですが、お人好しにも程があります。そんなだから、あんな悪心丸出しのノワルにも利用されてしまうのです』
「え、えっと。すみません……」
『まあ、リヴァイアサン事件を引き起こした私が言うのもあれですが』
「は、はあ……」
『私が言うのもあれですが、今後はどうぞお気を付けて下さい』
「…………シリスハム様。さっきも思いましたけど、やっぱりなんだか雰囲気が変わりました」
『そうでしょうか』
「何というか、話しやすくなりました」
私がきょとんとしつつそう言うと、シリスハムもまた、きょとんとしていた。
『……あの日。リヴァイアサンを使って貴方様を危険な目に合わせてしまったことをとても後悔しています。
カイリという少年にも本当に申し訳ないことをしてしまった。心からお詫びいたします』
そして、あの日の非を認め、謝ってくれた。
『リリアナ女神様にお救いいただいたこの身。必ずや貴方様のために役立ててみせましょう』
……が。そんなことを言いつつ、何故だかシリスハムは私の手を取り、その甲へと自身の頬を当てた。
「シ、シリスハム様? あの」
『ご心配なく。私は海魔族になりましたが、この先も永遠に美しい貴方様を忘れることはありません。そういう契約を交わしていますから』
「け、契約?」
『美しい貴方様を忘れたくありませんでしたので、私は他の海魔族のように脳が衰退しないという契約をオプションで交わしています』
「そ、そんなことが出来たんですね……
そ、それとシリスハム様、近い、近いです」
『おっと、申し訳ございません。変わらずお美しいもので、ついつい。やはり、私にしておきませんか?』
少したじろきつつ後退りする私を見やり、シリスハムがニタリと笑う。
「…………シリスハム様。私のこと、揶揄ってますね?」
『いやいや、何のことでしょう?』
「顔に「楽しい」って書いてありますよ」
『……ふふ』
シリスハムが降参したように、少し声を上げて笑った。
……正直。シリスハムとこんな会話をする日が来るなんて思ってもいなかった。
さすがに分かる。
彼は私に、もう恋人になって欲しいなんて望んでいない。
「……シリスハム様、知ってました? 会話のキャッチボールが出来ちゃうと、それってもうお友達なんですよ?」
『麗しいリリアナ女神様が私などのご友人とは。我が一族の子々孫々にまで語り継がれる矜恃話になりそうです』
「残念、シリスハム様! 友達って、そんな煽てても何も出ないものなんです」
『……はは!』
私たちの笑い合う声が聞こえたのか、玄関の戸口からシェリたち三人がひょっこりと顔を覗かせてきた。
「随分と楽しそうですね」
「えーっ、リリィすっごく笑ってる! シリスハムってば何言ったの?」
「貴様……(一人でリリィの笑顔を堪能するなど)100年早い!」
初めは少し重い雰囲気の会議になるだろうと構えていたのに、最後は何事もない、平和な世に戻ったかのようなこの空気を、私はとても心地よく感じてしまった。
「ふふ。お友達が増えるのって、やっぱり嬉しいですね」
『…………本当に。貴方様という友を得たことは、生涯忘れられそうにありません』
だから、気付けなかったのだ。
この日の彼の、言葉たちの真実に。




